――何やってるんだよ!馬鹿野郎がっ
マーフィーの計画に沿ったルートを進んで5日目。
都市が用意してくれた職員用の食堂で、入ってきた同業に顔見知りがいるらしいマーフィーが近づくといくつか言葉を交わしたのちに激高して叫ぶ。
自分は受け取っていたB定食との対戦で忙しくしていたのだが。あのいつも陽気な彼の本気の怒号に一瞬動きが止まるほど驚いた。
席に戻ってくるが、まだ怒りが収まらないようで顔は真っ赤に変色していたままだ。
「あの、なにかあったんですか?」
不安そうなこちらの声にギロリとにらみつけてくると、自分のトレイの肉に八つ当たりをするようにフォークでグサグサと刺しながら冷静になろうというように声の調子を落として話してくれた。
「コーディネーター、つまり俺とお前が知っている。あのジョッシュが世話したルーキーがいたんだがな。死んだ。今朝のことらしい」
とたんに自分の喉がきゅっと締まって食欲が霧散しそうに感じた。
「なにがあったんです?」
「ルートを進行中に”時雨”が降った。ルーキー、BTは”時雨”と共に出るのは知ってるな?」「もちろん」
「雨の中、馬鹿がルーキーを連れて囲まれたんだとさ」
ここの都市に到着する前に、自分もBTと遭遇はしていた。
地上に浮かぶ黒い影は、たしかに不安定に動いているのを見たと思う。マーフィーはすぐにその場から離れ、迂回ルートを進んだことで安全にここに到着することができた。
でも、あれが自分の周囲にいきなり次々と出現したとしたら……自分は冷静でいられるだろうか?
「ヴォイドアウト、ですか」
「いや、そうはならなかった。ならなかったが――パニックからそいつは荷物を放り出し、大騒ぎで走り出したとか」「最悪じゃないですか!」
「ああ、あっという間に追いかけられて。だがそいつに追いつく前に、進んだ先に崖があったらしい」
ごくりと喉が鳴る。
「BTの手を逃れることはできたが。重力がそいつを地面にたたきつけた。あのアホはそれを息を止めてただ見学してたんだとさ」
そう語り終えると、マーフィはようやくのこといじめていた肉を口の中へ放り込む。
「でもな、ルーキー。俺が怒っているのはそいつらが運がなかったからじゃない。あのアホはそれも経験だと危険を承知でルートを設定して、死なせたことが許せないんだ」
「わざとこうなるとわかってたって。本当ですか?」
「ああ、昔のノリってやつだよ。そういえば、お前には話した気がするな。俺の頃は、スパルタでいきなり現場に放り込んだって」
「はい」「そのころはまだBTなんて化け物がどれほどヤバいのかってわかっていなかった。あいつらに出会ったら生きて帰れないからな。だからそんなやばいことができたんだ。でも、俺たちはそうじゃないことを思いしらされた世代さ。なのになんて馬鹿なことを――」
そこで言葉を切ると、ため息をひとつ
「覚えておけよ、ルーキー。政府は配送業を復活させたけどな。今のこの業界にいるのはそこそこの元経験者とお前のようなルーキーだけだ。かつてのようなベテランなんかほとんど残っていない」
「ベテラン?ポーターにベテランなんてあるんですか」
「以前にいいポーターと悪いポーターの話をしただろ」「ええ」「あれには続きがあってな。いいポーターは時間がたつと熟成されてさらに良いポーター、もしくは偉大なポーターになるってルートがある」
「あなたは自分を偉大とかいってましたね」
「そうなる予定のポーターってことさ。真面目に言うとな、そのレベルのポーターは政府と契約して、個人でこの世界を歩くことができた」
「ひとり。凄いですね」
「ああ、そうだろ?楽しい政府の犬になれるわけだ。噂では第2次遠征にはとんでもないポーターが参加しているとかなんとか聞くが……フン、アメリカ再建計画とか派手に宣伝しちゃいるが。本当なのかね」
マーフィはそれだけ言うと、もう話したくはなくなったみたいで席を立ってしまった。
代わりに今度は僕が思い沈む。ミュール、BT。危険な世界なのにあいつらから僕は身を守るすべはないというのか。
10日以上たって、ようやく兄が帰ってきた。
玄関で迎える僕は、そこにいる兄が別人のように感じられて少し戸惑う。雰囲気は別のものとなり、厳しさや険しさが増したような気がする。
だがそんな僕と違い、アリーは恋しかったとすごい高い声で鳴きながら兄に飛びついていった。アリーを抱き上げ、ほおずりと犬の体臭を吸うのを交互にしながら、居間に向かう兄の背中は少し大きくなった気もした。
夜、兄がなぜか両親の部屋に閉じこもったので気になった僕はのぞきにいく。
正直にいうとここまでうまく会話できていなかったことも気になっていたのだ。何を考え、どんな思いで帰ってきたのか知りたかった。
部屋の中央で何かを引き出してきたのか。座り込んでいる兄の背中に近づく。
「あれ、それって」
「ん、爺ちゃんの形見。旧世界の銃だ」
Gからはじまる今は存在しない銃器メーカーの刻印が入った非売品だ。
たしか今の法律だと個人の所有は推奨されないとかなんとか。
「なんでそんなのだしてるのよ」
「ん?んんん」
「まさか、売り飛ばす気っ」
「なんでそうなるんだよ。思い出したからちょっと出してきただけさ」
「ふーん」
なんか、沈黙が続きそうな気配だったので。慌てたように僕は話題を変える。
「そういえばさ、ポーターってよくわからなかっただけど」
「そうか」
「あの人達って、DOOMSってのを持ってるみたいだね。兄ちゃんは——」
「俺はないぞ」
えっ。思わず驚いて口が開きっぱなしになってしまった。
ポーターというものに興味が出て調べたらはっきりと書かれていた。彼らには不思議な力があり。それがないと外で出現するBTを見ることができない。だから人間は自由を失ってしまったのだと。
普通の人間が幽霊に触れてしまうと助かることはない、と。
兄は、なんでポーターなんかになったんだろう。
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ポーターとなって3カ月がたった-ー。
活動として10日前後のルートを歩き、複数の都市を回って帰宅。数日、休みを取り。前回のルートでおこったこと。どう対処したのか。そういうことをまとめて理解と知識を蓄積させる。
こうすることでカエデは少しでもポーターとして一人前になろうとした。
このおかげだろうか、マーフィは次々と色々なことを教えてくれる。まだ行ったことのない山の知識。気を付けるべきこと。積雪地帯、熱帯雨林での対応など。
最初の頃は、新人に限らないポーターの死亡事故が多数聞かされていたが。
時間がたつと、今度はポーター業に耐えられないと去っていく復帰組や自分のような新人の話を聞くようになった。
マーフィはあまり深刻に聞く必要はない、と言ってくれた。
「ルーキー、このデス・ストランディングってのは安定しない。変化は激しいし常になにかがおこってしまう。そしてだいたいが悪い方向に転がる。期待はするな」
政府は第2次遠征隊の状況について順調そのものだと説明を続けてはいるものの。その実態が明かされることはないから、いわゆる大本営発表というやつになっている。
噂の政府と契約したとかいう偉大だか、伝説だかのポーターの話も聞かないので。名前があるのかどうかも知らない。
そんな日々の中、ついに僕らもトラブルに巻き込まれてしまう。
小人数が住む都市、そこで引き受けようとした依頼の内容がヤバかったのだ。
その荷物は、政府の職員が装備と呼び。外界に出ていく際に使うというBBポッドとよばれるものが入っていた。そのポッドの中には当然のように人の姿をした子供が、赤ん坊がぷかぷかと浮いている。
マーフィだけでなく、ポーターと呼ばれる人々の多くはこのBBユニットと呼ばれる装備を毛嫌いしていた。まァ、なんとなくは理解できる。
BTなんて化け物におびえるポーターが、脳死状態の妊婦の腹から。まだ人ではない赤子を取り出して装置の部品として使ってる。ひどい話だ。
巷に流れる都市伝説といわれるものの中には、このBBは時にBTを引き寄せている、なんて話があるくらいだ。
職員たちの方も揉めるのは想像していたようで、すぐに責任者が出てきて説明してきた。
これはBBと呼ばれる装備ではなく、装備に使うポッドの機能を使って赤ん坊を保持しているだけなのだ、と。
この子の状態は安定しており、あとは送り先にいる親元に返すだけ。ぜひ協力願いたい。
ポッドの中の子供の状態はこちらからはよくわからない。
ずっと眠り続けているように見えるが。実際には目を開くこともあるし、泣き叫ぶこともあるらしい。マーフィは、ついに折れた。
でも自分でもわかる。この依頼は引き受けるべきではなかった。
皆が言うようにBBユニットなんて、かかわって無事に済むわけがなかったんだ。
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意識が戻ると、自分が地面にうつぶせに丸まって倒れていることが分かった。
ゴロリと仰向けになるだけで腰や手足から激しい鈍痛が走るのを感じる。見上げる空は、いつのまにか星々が輝く夜になっていた。
「マ、マーフィ?」
「……大丈夫か、相棒」
「なんとか。なんとか」
膝を曲げ、ゆっくりと体を起こそうとするが。その程度のことをするのも、今はつらい。
湿原地帯の中で僕らはミュールの襲撃を受けてしまったのだ。
マーフィは四つん這いになってこちらに来ると
「まだ立つな。お互いの状況を確認するから」「わかりました」
彼が手にはめた手錠端末で、2人の状態を確認しだすと。僕は周囲を見回す。
「荷物がぶちまかれてます」
「ああ、あいつらはいつもそうする。俺たちに追ってくるな、と警告してるのさ」
「でもあのポッドはないみたいです」
「それも当然さ。あいつらの狙いそのものだからな、運ばなくちゃならん俺たちの荷物は自分たちの野営地に持ち帰った」
今回のルートは”時雨”があまり降らないと思われる場所を選んでいた。
だが歩きなれた道ではなかったので時間がかかり、夕暮れが近づいていて。マーフィは少し焦りを感じていた時だった。
険しい場所から湿地帯に入ったところで。
いきなりミュールがトラックに乗って僕らに接近してきたのだ。そこの草は異様に育っていて僕らの姿を隠してくれていると思っていたが、ミュールはこのエリアに入ってくるポーターを狙っていた。つまりこの場所に入った時点で、僕らはミュールの罠にかかったも同然だったのだ。
マーフィの指示で今回も逃げようとしたけれど。奴らはまず彼の背後にトラックから飛びつくことで足を止めてきた。倒されながらマーフィは構わず走れ、と命じたが。僕は……僕は彼を助けようと戻ってしまった。
大きく振りかぶって敵の横っ面にふりぬいた拳が一発。
僕ができたのは結局それだけだった。
トラックは停止し、降りてくるミュール達は僕を背後からどつきまわしてきた。
子供の喧嘩は学校ですでに履修済みではあったが、イカレた大人たちに囲まれて殴られる経験は初めてだった。
僕は抵抗できない肉の塊になって崩れ落ち、ただ終わるのを耐えて待つことしかできなかった。
「……よし、ひどい目にあったが。大怪我はない。動けるぞ」
「カラテマスターに教えを学んでおくべきでした。喧嘩は得意な科目じゃなかったし」
「構わないさ、俺も酒場でよくぶん殴られてた。路地裏でゲロ吐くと少しすっきりするんだがな、都市だとすぐに清掃ロボットが気が付いてやってくる。
あの瞬間が最悪なんだ。クソしたテメエの尻を吹かれてるみたいでな。泣きたくなる」
「知りたくない話ですね」
「とにかく気にするな。こういう状況になったらどう行動するのか。全部話していなかった俺のミスだ」
「……痛た」
2人で立ち上がると、ばらまかれた装備品を回収していく。いわれていた通り僕らの装備がばらまかれていただけで、荷物はきれいになくなっていた。
「で、どうするんです?もう夜です、荷物もとられた」
「ああ。だが俺たちはまだ動けるし。ミュールの野郎がこの近くにいるってこともわかっている」
「?」
「ルーキー。気合を入れろ。
お前は今夜、俺たちの罪深さを学ぶことになる」
「まさか――」
「今回の荷物は取り戻す。諦めるつもりはない。俺たちはポーターだ。荷物を受け取り、それを届けるだけの仕事をする。できませんでした、は許されないんだよ!!」
あれだけボコボコにされたのに、あいつらのところに行ってお礼参りというか。奪われた荷物を回収して届ける、正気を疑いたい。
マーフィはそれがわかるのか。僕を見るとにやりと笑った。
「巷じゃミュールなんて、狂った野郎共がいる程度の認識だろうけどな。そいつらにいやでも付き合うことになるのが俺たちポーターだ。なんとなくあいつらの考えていることはわかってしまう瞬間がある。どうだ、お前も感じるか?
今の俺たちのように荷物を失う。もしくは必死に守り抜いた荷物を、何の感動もなく受け取って立ち去られる。それが耐えられなくて安心だけが必要になっちまうと、ポーターはいつでもミュールになっちまうんだ」
「自分にはまだ、わからないっス」
「お前は賢いようだし、よくやっている奴だからそのうちわかるようになるさ。無理に理解しなくてもいい、こういうのはな。でも、いつかわかってしまう瞬間はあるんだ」
そう話している間に小さくなった装備をまとめ、背中に背負いなおした。
丘を目指して歩きながら、マーフィはこれからの計画について教えてくれた。
「ミュールの野営地を見つける。別に難しくはない、あいつらは”時雨”とBTを極度に恐れているから、夜の間はライトをつけっぱなしにするものなんだ」
「めちゃくちゃに目立つじゃないですか」
「だから問題ないのさ。見つけたら近づいて様子を見る。主に動いている奴と寝ている奴を観察する。あともうひとつ、奴らが使っている戦利品を隠す倉庫も見つける」
「それから?」
「明け方に行動開始だ。あいつら、トラックを持っていたから俺はそれを使えるか確認する。最終的にはそれで脱出する。
お前は戦利品のロッカーから荷物を回収。やり方はこれから教える」
「トラックが使えない場合は?」
「その時は2人で回収して、気づかれないまま離れる。発見はされないとは思うが、見つかったらまたここでの経験のやり直しだ」
「それは勘弁してほしいですね」
マーフィの言葉は正しかった。
1時間とかからず、ミュールの野営地は見つかる。
残っている仕事があったのか、それとも見張りのためなのか。2人ほどが動いていて、後はテントなどで横になっておそらく朝まで動かないのを確認した。
(ルーキー、俺たちポーターには誇りがある。諦められない、諦めてはいけない依頼。もしくは荷物ができてしまう。
その時、俺たちは瞬間。もっともミュールに近づくんだ。
狂人だからミュールになるんじゃない。ポーターは感情に取りつかれ、現実を認識できなくなると変わるんだ。そこに堕ちるなよ、カエデ)
野営地のそばの草木も、先ほどのように大きいおかげで2人はライトの下に姿をさらしても驚くほど野営地のそばまで接近することができた。
草木の間に座り込み、葉の間から観察を続ける。
夜明けまであと2時間ほど、作戦の開始も近づいていた。
次回は明日のこの時間に