(――ダメだ!カエーデやめろっ)
マーフィの耳の奥であの瞬間の自分の声が、思い出すように今もエコーが繰り返す。
やりきれない思いと共にこれからしなくてはいけない事がとてもつらい。
シティに到着と同時に普段着を新たに購入。それをさっそく着込むと町に出る。
直接行ったことはなかったが、そこにあるのもいるのもわかっていた。ポーター新人斡旋所、そうは書かれていなかったが。彼とカエデをめぐり合わせた男はそこにいる。
「マーフィ?」
「よオ、調子はどうだ」
「ぼちぼちさ」
2人は握手を交わす。
「俺もいろいろ経験しているよ。人を見る目が養われた。馬鹿だし、根性ないし。本当にクソガキってのは手に余るんだ。
ああ、お前のところは別だぜ。俺にとっちゃ揺るぎのない成功例だ」
明るい笑顔を浮かべる友人を見て、マーフィの心が痛む。伝えなくてはいけないことがあった。
「お前、ハラを知っているか?」
「女性?肌の浅黒い美人だったか。復帰するのか?」
「いや……俺は、彼女と今は組んでいる」
友人の顔がにわかに暗くなる。
「すまない。誰が悪いという話ではないんだが、こうなってしまった。その説明に来た」
「俺の紹介した新人とは相棒を解消したということだよな?」
「ああ、そうだ。そうするしかなかった」
「嘘だろ。とても順調だと聞いていたのに」
それは正しい。とても有能で、覚えが良く。
だからそう遠くない時期には当初に予定していた危険なエリアへ挑戦できるかも。そう期待していたのだが。
「なにがあった?」
「……ミュールの襲撃だ。問題はそいつら、銃を。ショットガンを持って向けてきた」
「ミュールの武装化だって?その可能性はあると言われていたが、まさか」
「ルーキーは俺を守ろうとして行動した。あいつ、銃を隠し持っていたんだ」
銃を持って崩れ落ちるミュールを見て、ルーキーは冷酷に残ったもうひとりに銃口を向けようとした。さすがにそれだけは許せなくてマーフィーは飛びついて阻止したが。
なんてことだ。
ポーターが死体をひとつ作り出してしまった。
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その日、ケンジはバイト先で「夕食を食っていけ」と誘われた。
彼がそれを喜んだのは、娘のシオン嬢に言われ。しかもどうやら父親は仕事で留守だ、なんてきかされると色々と想像できてしまってこの若者は落ち着かなくなる。
客席の側に座らされて「なんでもいいよ」なんて言われるのも初めての経験だ。
さすがに冗談かと思ってたけれども、本気で何でもいいという姿勢らしい。お互い楽しく、「これはまだ客に出したことないなァ」とか。「初めて食いましたっ」とか口にして楽しい時間を過ごすことができた。
だが、期待ってのは大抵裏切られるものなのだとこの少年はまだわかっていない。
本当に腹一杯になって、落ち着き始めたころ。
シオンはこの誘いの理由を口にし始めた。
「ケンジ君さ、お兄さんいるよね?ポーターの?」
「あ、はい。まだ新人ですけど」
「うん――あのね、一昨日のことなんだけどさ。父さんが店でお客さんからへんなこと、言われたんだって」
「?」
「この店は犯罪者を雇うのかって」
「え?はいっ?」
犯罪?どういうことだ?
「最初は父さん、相手にしないつもりだったらしいんだけど。その人、べらべらしゃべりだしてさ。それで話が見えてきたみたい」
「な、なんのことなんですか」
今、この都市に出入りしているテロリストもどきのポーターがいるらしい、そんな噂が流れているそうだ。
そいつは殺し屋のように外にいるミュールの野営地を襲い、彼らの奪った荷物を取り返すと。死体を処理して何食わぬ顔で戻ってきているという。
「うちの取り引き先のツテで配送の人と話してきたんだって。その人はまだ誰とはわからないって言ってたらしいけれど、そういうことしているポーターの噂が出てるって」
「それが、兄ちゃん?」
「あたしも気になって昨日、職員の人なんかに聞いてみたの。確かにそれらしい態度をしているポーターがいるって。それでね……君、聞いてた?」
「!?」
「君のお兄さん、ひとりで動いているって。そんなことは普通のポーターはしないって」
「で、でもっ」
「ポーターたちのロッカーってのがあってね。君のお兄さん、相棒の欄が消されてた。それって相棒解消しないとないんだって」
「解消、してた」
ナニカが起こっているのだと、シオンさんは言っているのだとわかるが。頭が動かない、情報を受け入れられない。心臓音だけが体全体に響くほど激しく打ち鳴らしている。
でも、そういえばあの時。兄は何で爺ちゃんの銃なんか触ってたんだっけ?
「どうなるんでしょうか。兄は」
「―-はっきりとは言い切れないらしいの。でも、このままだと恐らくそのうち逮捕される」
「殺人でって、ことですか?」
「どうかな。わからない」
視線が下がり、自分の膝を。置かれた自分の手に力が入った。
「僕にバイト、やめろってことなんですね」
「ああ、もう!そうじゃないって」
怒った声を上げるとシオンさんは僕の耳を引っ張って顔を上げさせてきた。
「あのね!君の大切な家族が苦しんでいるんだよ。ヤバいの、わかるでしょ!?」
「はい」
「ご両親がいないんだからお兄ちゃんは君が助けてあげないと。本当に何もできなくなるんだよっ」
「僕が、助ける?」
そうだ!僕が何とかしなくちゃならない。
「できるでしょうか?」
「コラ、なにもしてないうちに自信をなくすなっ。まず手を出して」
僕が左腕を差し出すと、彼女は腰から手錠のようなものを取り出してきた。
「て、手錠っ!?」
「驚かない。これは手錠端末ってものらしいよ。
よく聞いてね。今夜、君のお兄さんの元相棒がここに到着するらしいの。職員の人に頼んで君と彼らを引き合わせてくれるように頼んでおいたから。コール音が鳴ったら出て、直接会えるはず。都市の出入り口までどう行けばわかるわよね?」
「もちろんです」
「その人たちにあったら兄を助けてくださいって言うの。必死でね。力を貸してもらえるならおそらくお兄さんは大丈夫。しっかりやるの」
「わかりました」
シオンさんはそこまで言うと表情を崩す。
「別にね。あたしらに感謝もいらないから、ケンジ。
うちは商売で寿司握ってるけどさ。世間じゃ勝手に絶望して、馬鹿をやる人ばかりじゃない。だからあたしらみたいなのがマトモなフリをしてでも動かないといけないんだ。
あのね、君にだけ教えてあげる。うちの母さんは家族を捨てたんだ。
デス・ストランディングとやらで死者があちこちさまよっているってのに。商売なんか真面目にやってられるかって。
そうやってどこかの都市に飛び出して行ってさ。家族を捨てたのに、新しい誰かと幸せになるって。結局、だれかの引き起こしたヴォイドアウトのせいで大きな穴になっちゃった」
いきなりの告白にケンジは何も言えなかった。
「母さん……いえ、あの人についてはね。父さんもあたしも色々と言ったし、やったと思ってる。だから別にどうでもいいの。家族を、旦那や娘を捨てて好きにやって好きに死んだんだろうって納得してる。しょうがないもん、つながりなんていらないって言って出ていったわけだからさ。
教えて、君とお兄さん。まだ家族なんでしょ?」
「はい。はいっ、兄弟ですから」
「なら見捨てないであげて。ここからつらいことがあるかもしれないけれど。
もし、やれることをやったことで帰る場所がなくなってしまったっていうなら。うちに来なさい。その時はちゃんと面倒見てあげるからさ」
椅子から立ち上がった。
これからは兄弟で互いの面倒見ないとな、そんな誰かの言葉が頭をかすめる。
「いったん、ここを失礼させてもらいます。
うちの馬鹿野郎をとっちめたら、兄弟で改めてお礼に、ご挨拶に参りますから」
「元気で、頑張ってね」
ケンジの中で、己の時間が加速するのを感じた。
犬は人の手によって生みだされ、人の都合でさまざまな種が誕生してきた。
この絶望の世界にあっては、彼らの数もまた減少傾向にあるとされるのは。いまだ彼ら犬の世界の生死を人の手が握っているからに他ならない。この世界に真の滅びが来た時、彼らもまた人と共に滅亡の道を歩くことになるのだろう。
とはいえである。
アリーとよばれる兄弟の犬にはそんな運命は知らないし、理解もできていない。
ただ、目の前でおこっていた異変についてだけはしっかりと認識していた。
その日の夜、いつもならバイトから帰ったケンジは風呂に入ると自分とイチャイチャしてから寝床に入るのに、そうはしなかった。
長椅子に座って隣に自分を座らせ、ずっと抱きしめてはなれようとはしてくれなかった。ちょっと重苦しくて嫌がろうとしても、解放してくれなかった。
だが、変な音が鳴ると誰かと話し。
今度は自分はいないとでもいうように無視をして、家を飛び出していった。
いつもよりも乱暴にあけられた入り口が、ゆっくりと閉まろうとしていく。
その瞬間だった。
アリーは走り出す。
外に出ると自分の勘というか、残された匂いという情報から推測して地上を目指す。
夜の街を行く人々の足元をくぐって、輝く白と闇に混ざる黒い毛玉は躊躇することなく走り続ける。
そのスピードはもはや人が止められるものではなくなっていた。
(彼を、彼を)
アリーはそう思い、生まれて初めて全力で人々の間を駆け抜けていく。
しばらく前に彼女の家族は減って、それから自分はそばにいかなくてはいけないと考えていた。彼らは自分から離れようとしている。急がなければいけない、とにかく急がなければ。
次回は明日の15時頃を予定