虚無に浮かぶ白銀の月   作:八堀 ユキ

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憎しみのしまいかた

 マーフィが新しい女性の相棒と、復帰は予定していなかったジョッシュを連れての強行軍は無事に完了した。

 前の相棒と別れてから半月ほどたっているが、事態はおそらく悪化しているだろうという予測はあった。だが、どうやらもっと面倒くさいことになるかもしれない。

 

 ミュールは基本、テロリストと同様に社会の外にはみ出してしまった連中だ。

 これに対しての過剰な態度は問題ではあるものの、今のアメリカにとって厳罰で臨むような話にはなっていない。

 とはいえである。そんな存在を相手に凶行を繰り返す危険人物を、同業で元相棒が声を上げた場合。話は変わる。

 

 

 目標だった都市に到着し、荷物を引き渡した直後に職員から呼び止められる。

 そこで少年が現れて、兄を助けてほしいと頭を下げられた。マーフィの新しい相棒は薄情にも視線をそらし、俺にアイツを押し付けたジョッシュは天を仰いでいた。

 

 俺は、俺はあいつの弟になんて答えてやったらいい-ー?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 カエデは獲物がいる野営地を2日ほど観察している。

 4人ほどのミュールたちがいるのを確認した。本来であればとっくに襲撃してもよかったはずなのだが、野営地の大きさに比べて人数が少ないように感じた。

 あせることはないのだ、タイミングは必ずやってくる、はず。

 

 虚無を感じるほどの空白の時間、気が付くとあの光景を思い返してしまう。

 

 初めてミュールを、人を殺した後だった。

 マーフィは怒りながら、どこか恐怖を感じているような目で僕をにらみつけていた。銃はまだ手の中に残っている。彼は自分から取り上げようとしたが、こっちが拒否して彼に渡さなかったのだ。

 

「ルーキー、お前。それはどうした!?」

「爺ちゃんの形見です。旧時代の骨とう品ですよ」

「置物は人を殺したりはしねぇんだよ!」

 

 言いながらマーフィは死体に近づく。てっきりその間抜けな死に顔でも拝むのかと思ったがそうではなかった。

 今まで装備の中で何に使うのかわからなかったものを引っ張り出すと折りたたまれていたそれを展開し、広げさせていく。

 

 それは1分とかからずにミュールを入れる死体袋になった。。

 

「俺の荷物もお前が持て。俺はコイツを担ぐ」

「わかりました」

「ここから近くの火葬場へ向かう。チクショウ、BTが出現しない場所を選ばないとな。死体を背負って奴らに囲まれたくはない」

 

 それからなにがあった?

 いや、なにもなかったんだったな。火葬場には無事について、さっさと処分し。それからもずっと無言で2人で歩き続け。目的地にようやく到着すると、仕事を終えたばかりのマーフィはもう自分とは組めないと顔をゆがませてはっきりと宣言してきた。

 

 僕は―—俺はそれをあっさりと受け入れた。

 

 気が付くと、時間は驚くほど速く過ぎていた。夜はいつの間にか終わっていて。ほんのりと太陽の光が大地を照らし始めていた。

 ボーっとしすぎだ、気持ちを切り替え移動を開始。予定通りに野営地に近づくと、岩場の陰で襲撃のタイミングを計る。

 

 最初の犠牲者が、理想の場所へ移動するのを待つ。

 殴り殺すか。射殺か。

 

 緊張感が増して脳裏にこれから起こるであろう惨劇を思い描く。興奮を覚える。

 だがふと、違和感を感じて岩場の陰から野営地を覗き込むのをやめ。自分の背後を見た。そこには今の自分にいるはずのない”相棒”が座っていた。

 

―—ハァッㇵアッ、ㇵアッ、ハッハッ

 

 犬がいた。

 違う、アリーがいた。自分の犬が、あの家で待ちくたびれたぞ。付き合い悪すぎといつも飛びついてくるあいつがいた。

 いやどうなんだろう、同じ犬種というだけか?そんなわけあるか、デス・ストランディングの世界で野犬がこんなところでお行儀よく座って。しかもキラキラした目でこっちを見てるなんてあるわけがない。それもこんな場所で!

 

「おい、そこに誰かいるのか?誰だっ!!」

 

 天地をひっくり返すような驚きの中で。

 どうやらこちらの気配は駄々もれになってしまったらしい。状況は一気に加速し、悪い方へと転がりだしている。

 

(マズイ、マズイ)

 

 そう思いながらも自分の体は動いている。あのVR訓練は無駄ではなかった。

 自作のトンファーを持ち出すと、初めてしっかりと握りを固定し。飛び出してきたこちらに驚くミュールの腹に一撃、続いて体を曲げる相手の背中に2発をたたきつけて転がしていく。

 

 ああ、アリー。

 いきなりで驚いたのだろうけど、そんなに吠えないでくれ。この大騒ぎに人が集まってきちまう、武装して!

 

「アリー、こっちだ。早くっ!」

 

 トラックの荷台を片手でたたきながら命令すると、白と黒の弾丸は石の陰から勢いよく飛び出してきた。次に運転席に向かうと、素早く乗り込んでエンジンを起動させていく。

 

 テントに殺到してきたミュール達の怒号を無視。

 車体がガタガタと安定しないまま動き続けたのは何人か轢いた可能性があったが、ただひたすら前へ突き進む。

 

 1.2.3.4.5.6.7.8……。

 

 心の中でカウントを続ける。

 30秒、これだけでいい。ミュールの野営地からこの間だけアクセルを踏み続ければあいつらはもう追ってくることはない。

 

 心臓に良くない時間が過ぎると、ようやくエンジンを停止して荷台に回る。

 思った通り野営地はまだ視界で確認できるけど。ミュール達が盗まれたトラックを追ってきている気配はない。それを確認してホッとしたところで、いきなりこちらの腕の中に大きな毛玉が飛び込んできた。

 

 いつも家や散歩のときに経験した覚えのある犬の舌の感触に、安堵と体が震えるほどの恐怖が戻ってきたことを感じた。自宅で待っているはずのアリーがどうやってここまでやってきたのか、さっぱり思いつくことはなかったが。

 自分が馬鹿をやっている最中にこの娘が来たのは、なにか啓示的なものを感じた。

 

 頭の中であの時、マーフィが立ち去る前に見せた、あの苦しげな顔が思い出される。

 彼は自分がこんなことを始めるのを分かっていたのだろうか?彼を遠くに感じるせいでよくわからない。

 

 カエデは大きな犬を抱えながら深呼吸を繰り返しつつ、頭の中では冷静に都市まで帰るルートを考え始めていた。ミュールのことなんてもう、どうでもいいように思えた。

 もう帰ろう、アリーと一緒に。心の底からそう思った。

 

 だが驚くほどの穏やかさを取り戻した自分にたいして、この世界は余裕を与えるなんてなかった。

 自分の手錠端末からビープ音が響くと、装備が”時雨”の到来を告げた。

 

 今度こそ心臓が凍り付いた。

 自分の頭が自動でフードでおおわれていく中で。

 抱きかかえているアリーを、こいつをどうしようではなく。どうにかしないといけなかった。何も思いつかなかったはずなのに体が先に動いてくれた。死体袋になるはずのそれを背負子から1つ取り出すと地面に広げた。

 

「アリー、ここに立って。ちゃんと密封しないといけないけないけれど、大丈夫。帰るまで俺がずっと膝に乗せてやる。トラックに乗るから変に揺れたりしないしな、安心しろ」

 

 そうするのを待っていた、とでもいうように。アリーはこちらの願った通り袋の上に立って協力の姿勢を見せてくれたが。顔を覆い隠すところで寂しそうに泣いた。でも、おかげでギリギリで犬を”時雨”にさらすことは防ぐことができた。

 

 犬が入った袋を抱え上げ、大急ぎでトラックに再び乗り込む。

 アリーは暴れることもなく。袋の中に納まった状態で僕に抱えられてくれている。

 

 ――この手の中に自分の家族がいる

 

 なんてことだ。なんでこうなってる。

 足を止め、自分の考えがまとめる時間など今はない。最悪、BT出現なんてことになれば能力のない自分にはできることはなく。ここにいるアリーだって当然のように——。

 

 家に残してきた弟の後ろ姿が頭をかすめる。

 これが愚かな自分に与えられた罰なのだろうか?

 

 緊張からバキバキになった目はいつになく激しい雨の向こう側に向けられ。トラックは最大スピードで都市の方角へと進路を進めていく。

 ポーターは荷物を持って帰宅する時間だった。

 




次回は明日のこの時間に
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