見たことのないほど青い空。
そして大地は雪に覆われ、太陽はさんさんとすべてを照らしている。ここは高山地帯。風は強く、酸素も薄い。
平坦な地上の世界では見ることも体験することもない、この環境と美しさに目出兄弟は感動していた。
でも残念ながら、だからといって安全では全くない。
なぜならば雪の上に立つ影、BTの数が多すぎるからだ。
ケンジの手から血液グレネードが投げられると、炸裂音と共に血液が周囲に拡散され。その中でBTは苦しむ声をあげながら、地上から天に向かって浮上をはじめる。
政府の調査によると死者はビーチからこの地上へ天から降りてくるとされているが、面白いことにDOOMSの血液に反応するとこの地上から天へと戻っていく。
消えていくBTのそばで息を殺していたカエデは息を吐き、腕をかかげると指を四本。弟に示す。自分は4体倒した、という意味だ。すると向こうは競っているつもりなのか、5本指をみせてくる。
(バカ、勝負してるんじゃないんだぞ)
遠めでもうれしそうな弟の顔にちょっとイラつくものがあったが、兄は作業に戻る。
彼らは今、ポーターとして配送ではなく。座礁地帯の
なぜこんなことをしているのか?
話は十数時間ほどさかのぼる。
弟とアリーが、到着した拠点のスタッフと外で戯れているのを聞きながら。カエデはカイラル通信を使って、かつての相棒マーフィーに連絡を試みていた。
——来たぞ。いるのか?なんか連絡あったよな
よかった。無視されなかった。
別れ際に相談は聞く、とは言ってくれてはいたが。あのマーフィが本当にこちらからのコンタクトに反応してくれるのかちょっと自信がなかったのだ。
(います。感謝します、反応されないかと)
—―なにが問題だ?お前とおしゃべりする時間はないぞ
(簡潔にいきます。今、山頂近くにある砦にいるんです)
——おう
(そこにサブオーダーとして、BT退治が求められていて)
——は?
(彼らが言うには、雪原に座礁地帯があるらしいのですが。そこで徘徊しているBTがここの砦に徐々に近づいているって言うんです)
——山か。”時雨”はない?
(まったくありません。晴れか雪の降る日が続くだけなんだそうで)
——砦に近づいているというのは?
(確かにここの出入口からでもあいつらの影がみえることはあるようです。個々の職員の話だと以前はもっと離れていたとか)
——本当にそうなのか?
(わかりません。証言だけで、彼らも恐怖からそう思い込んでる可能性も)
——まァ、そうだろうな。その場所に限らず、相手との距離感というのはこの世界だと信用はならない。カイラル濃度の変動は俺たちの視覚を歪ませると発表されてるしな
(そうなんですか。知りませんでした)
——知識は力だ。知らなかったは間抜けである証拠だ
(気をつけます)
——で、引き受けるのか?
(今までここに来たポーターは皆、さっさと立ち去ったとか。自分らもそうしたいところなんですが、縋りつかれてまして)
——そうか、そうだな。よし、引き受けてやれ
(マーフィ!?)
——諦めろ、ルーキー。お前たちは運がなかったんだ。もし、BTにその場所が潰されてしまうとカイラル通信を通じてポーター達が自分たちの助けを無視して見捨てた、と証言が残されてしまうかもしれない
(それはそうですが…)
——お前の弟はDOOMSだ。対処はできる。ま、普通はしないんだけどな
(自分に死ねって言ってます?)
——おい!失礼だぞ。例のグレネード、ブリッジスの。あれのせいでポーターならなんとかできるって。職員たちは考えているから、サブオーダーが出たんだ。これがどういう意味か考えたか?
(知りませんよ。そもそも納得がいきません)
——職員だってバカじゃない。おそらく対処しようと自分たちで座礁地帯に突っ込もうとしたが恐怖でうごけなかったんだろう
(分かってくれると思いますが。ポーターも怖いですよ)
——ブリッジスでも最近、BTとの交戦記録が更新されている。俺達も連中のような役割を求められていくんだろうな。お前だけの話じゃない
まさかマーフィにお前がやれ、などと言われるとは考えてなかった。
——やりたくはないだろうが。逃げたいなら、廃業しろ
(今?ここで?)
——お前がポーター辞めるというなら彼らだって無理は言わないさ。嘘で彼らを見捨てるというなら、お前ら兄弟だけが非難されるだけだ。悪名高いポーターを誰が使いたいと思う?
(キツイですね)
——アドバイスは以上だ。選択肢はまだお前にあるが。どうするかは自分たちで決めろ。
(マーフィ、俺が断る。逃げるとは思ってないんですね)
——当然だ。無事にやり遂げるのを祈ってるよ。どうなったのかは報告しろ
(山頂のクレーターになってるかもしれませんが)
——それじゃ報告はされないだろ。腹をくくれ。じゃ、またな
そして翌日。
カナエは決断する。マーフィの言葉には納得できるものが多く、やはり相談してよかったんだ、と。
職員たちの前でサブオーダーを受理。涙を流して喚起する職員らの前でフローターという運搬補助装置の上に血液グレネードを積み上げて出発した。
本来は避けるべき座礁地帯にポーターが自ら突入する。これまでの常識を、正気を疑うようなことがおこなわれようとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
座礁地帯のBTを殲滅する——いや、求められているのは数を減らしてほしいというものだ。そんなことはデス・ストランディングの世界が始まってから誰もが考えたことのないものだった。
兄弟は周囲に漂うBTの位置をオドラデクで常に把握することを忘れることなく、神経を使って作業を行う。
幽霊を11体、消滅させたあたりから数えるのをやめた。
フローターの上のグレネードも空になった箱が多くなっていく。無意識に息を大きく吐いた。ため息が混ざっていて、かなりストレスを感じている。
次の瞬間、アリーはカエデに向かって四肢に力を入れて吠えはじめた。
BTには視覚はないが、聴覚があるといわれている。自分のそばに生者がいると判断すれば、当然だがピンチが迫ってくる。
ケンジは焦ってアリーの背に手を伸ばし、落ち着かせようとするが。カエデは逆にアリーの態度から周囲の状況に注意を向ける。
アリーは驚いたことにBTの存在が分かっていたようだった。
少し離れたところで動かなかったBTが、突然カエデの存在に気が付いたようでピチャピチャと小さな足音を立てて近づいてこようとしていた。
自分たちが今、危害を加えられているのだと理解しているかのように。黒い影の中に赤い霧がわき始めていて、それが彼らの怒りの感情を表しているのだろうか。
カエデは判断を誤る。
しゃがんだまま息を殺し、できるだけ足早のその場所から移動するべきであったのに。フローターの上でまだ残っていたグレネードを素早く背中にうつしたことで動きが若干、遅れてしまったのだ。
ケンジは慌てて吠えてしまったアリーの体を引き寄せ、口を閉じさせようと長い鼻と口を2本の指で押さえつけようとした。だがアリーは身もだえて抵抗をやめてくれない。
その間に周囲のBT達は吠え声に反応してこちらを囲むように体の向きを変えてくる。
こんなことになったことはこれまで一度としてなかったが、DOOMSとしての能力が発揮されているのか。複数の意識が向けられている感覚にケンジは恐怖を感じる。。
ついにケンジはアリーを放り出すと、心の命じるままにグレネードをあたりにぶちまけ始める。無理な体制でそれをやったのでゴツゴツした地面を転げまわることになったが。
結果、グレネードは次々と爆発し、ケンジとアリーの全身を血液まみれにしてしまう。
真っ赤な雨を浴び、むせるような血液と鉄のにおいの中で。霧の中で苦しむような複数の声とむけられていた意識が消えていくのを感じた。
だがアリーはまだ吠えるのをやめない。
どうしたっていうんだ、このバカ犬は?赤い霧が徐々に晴れて言う中、兄の方を見た時、ケンジの血が凍る。
兄が、カエデが足元に広がるタールに飲みこまれていく姿を見た。
ーーーーーーーーーーーーーーー
無様極まりないとはこのことだった。
逃げ遅れた足元にタールの池が生まれると、すぐに不自然な体勢の自分に、湧き出してくるハンターとよばれる死者の姿でいくつもの手が伸ばしてきた。カエデは直感でその手から自分は逃げられないとわかってしまった。
マーフィの言葉が頭をかすめる、貧乏くじを引いて、自分は間抜けだったのか。
「ダメだっ、ヤメロ!!」
ケンジは叫びながら、兄を飲み込んだタールがむき出しになった地面と岩場の間で引きずり始め。ケンジはアリーは運ばれていくカエデを追って走り出す。
座礁地帯にはまだBTが残っていたはずだが。そのすべてが一気に形を失うと、走るタールに合流するように集まっていく動きを見せる。
カエデはこの仕事に来る前に言っていた。
もしも自分がBTに囚われたら、対消滅を起こす前にそこからアリーを連れてできうる限り距離をとれ、と。馬鹿を言うな。
でも、そんな兄はDOOMSではない。BTと対決するには自分の力が絶対に必要になるはずなんだ。
タールの池は、いつのまにか湖と呼んでも構わない大きさになっていた。
タールの水面からはどこかで飲み込まれてしまったらしい建物の残骸や道路の破片が浮かび上がってくる。
カエデはそんな中で、ハンターから解放されてゆっくりと立ち上がる。同時に、背からアサルトライフルのケースを取り出して展開させた。
遠征部隊に所属する伝説のポーターが言うには、対消滅の瞬間はこうなった次の瞬間に死者が別の形でこちらに接触しようと近づいてくるとあった。
おそらく自分もそうなるだろう。そして自分にはBTを見る力はない。
絶望してもおかしくないはずだったが、カエデにあるのはわずかな興奮とおのれに迫ってきている最後の瞬間までに抵抗するという奇妙な冷静さ、戦う強い意志しかなかった。
だが、目出兄弟の脅威は彼らの創造のすべてを裏切って目の前に出現する。
あのブリッジスに大型BTと名称された存在。人ではなく、大きな体の獣が湖の底から地上に飛び跳ねた。
犬?違う、キツネのように見える。
しなやかな動きとアリーのような長い鼻の上部に黄金に輝くカイラル物質のマスクをつけて認識しているのだろう。カエデを狩るようなしぐさを見せていた。
この展開にはさすがのカエデも、ショックを全く受けないというわけにはいかなかった。
ブリッジスは最近はテロリストを率いるヒッグスとの衝突でこのような存在と戦闘した記録があったが。まさか自分たちのような一般ポーターも、似たような経験をすることがあるなんて思ってもいなかった。
そして気が付く。
なんで自分は大型BTを認識しているんだ?と。
「おいおい、嘘だろ?」
元の場所からだいぶ流されたと思うが。自分が運ばれてきたと思える方向にオドラデクを向けて何度が作動させてみる。
あった。
感じる、バカな弟がアリーと追いかけっこするように。危険な岩場が多いこの場所で走ってこちらに接近してきている。
呆れ、怒り。それらの感情が吹き上がりかけるが。堪える。
兄弟として十数年もつきあっているのだ。感情的にならず、冷静さに注力して目の前の脅威に対処しなくてはならない。そうすることが誰にとってもいい結果になるはず。
どこか遠くから犬の、俺のアリーのあまり聞きたくない悲壮な声が聞こえたと思う。
ドルルルン!!
繰り返されていたオドラデクが発動音に、大きな獣は驚くほど俊敏なステップを見せながら飛び上がってこちらに向かって襲ってくる!
相手の動きに対処しようと、間に合うかわからないが。斜め後方に向かって走り出す。
足をタールが絡み取り、動きを鈍らせる中。こっちも必死だった。
獣の前足が直撃はしなかったが。振り下ろされた一撃が生み出すタールの水しぶきだけでカエデは突き飛ばされたように転がされてしまう。
安易にかわせる、逃げられると考えるのはダメだった。
ひとつ学ぶと覚悟も決まる。
タールの中から再び立ち上がりながら、ライフルを構えてしっかりと。今度はこちらから攻撃を開始する。BT対応のMPシェル弾がタールの巨体の表面で火花を散らせ。相手が苦しんでいるようなそぶりを見せたことで、効いているんだと自信が持てる。
「兄ちゃん!無事かっ、助けに来たぞ!!」
アリーの声に混じって、あのバカの声援が聞こえてきた。
この化け物に対処できることには感謝はするが。それを超えてあのバカには頭にくる。
「こっちはビビってないぞ、馬鹿野郎!」
カエデの返事(?)は背後の家族に向けたものか。それとも眼前の脅威に向けたものなのか。続いてケンジの手から投げつけられたグレネードの炸裂音が、岩場の多い山頂に鳴り響く。
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犬を連れた奇妙なほど若いポーターの兄弟が、危険な任務を引き受けてくれたことに職員たちは喜んではいたものの。
その彼らが朝に出ていったのに昼を過ぎても帰ってこないことに不安を感じていた。
まさか――。
そう思いはすれど、別にこの近くで対消滅の発生は確認されない。
そして彼らは帰ってきてくれた。
人も犬も全身をタールと血液の返り血を浴びて。ひどい姿ではあったけれど、詳しい事情を知りたくても彼らは疲れ果てており、シャワールームで軽く汚れを落とすと。着替えてさっさとベットルームへと行ってしまう。
だが彼らは安心していいのだと理解はできた。
最新のカイラル・エネルギーの数値が、驚くほど低く、安定していたから。
太陽の下の幽霊退治はこうして終わる。
目出兄弟の死闘は、この場所に希望を与えたが。皮肉なことにその翌日には座礁地帯にまた新たなBTの姿が見え始めたと報告されてしまったけれど。
2日後、兄弟はアリーを連れて次の目的地に向かって旅立っていく。
当分は血液グレネードで幽霊退治はしたくない、そんな気持ちを抱えて。
次回は明日のこの時間に