土曜日。
待ち合わせの駅前に、いずみは約束より少し早く着いていた。
時計を見る。
「……まだかな」
文化祭の日と同じように、いずみはスマホを確認する。
すると――
「いずみ!」
顔を上げる。
颯がこちらへ歩いてきた。
「おはよう」
「おはよう、颯」
「待った?」
「ううん。私も今来たところ」
少しだけ嘘だった。
でも、文化祭の日に颯を待っていたときとは違う。
今日は、恋人として待っていた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人で歩き出す。
しばらくすると、いずみの手が颯の手の近くに触れた。
でも、どちらも繋ごうとしない。
昨日の電話で「俺から繋ぐ」と言っていたことを思い出して、いずみは少し期待していた。
すると――
颯の手が、そっといずみの手に触れた。
「……」
そのまま、指が絡む。
「……颯」
「なに?」
「……恥ずかしい」
「俺も」
「じゃあ、離す?」
「それは嫌」
「……ふふ」
いずみは笑った。
「じゃあ、このまま」
「ああ」
駅前の人混みの中。
二人は手を繋いで歩いていった。
買い物をしたり、映画を見たり。
特別なことをしているわけじゃない。
だけど、隣にいるのが恋人だというだけで、全部が特別だった。
映画が終わったあと、二人はカフェに入った。
「面白かったね」
「うん。でも途中、いずみ寝そうだっただろ」
「寝てない!」
「寝てた」
「……ちょっとだけ」
「やっぱり」
笑い合う。
そんな時間が、いずみはたまらなく好きだった。
夕方。
帰る時間が近づいてきた。
「今日は楽しかった」
いずみが言う。
「俺も」
「……もう帰るの、ちょっと寂しいな」
颯がいずみを見る。
「じゃあ、もう少し歩く?」
「うん」
二人は駅とは反対方向へ歩いた。
夕暮れの街を、ゆっくりと。
しばらくして、颯が口を開く。
「いずみ」
「ん?」
「付き合ってから、今日が一番長く一緒にいたな」
「そうだね」
「……なんか、いいな」
「何が?」
「こういうの」
颯が繋いだ手を見る。
「一緒に歩いたり、映画見たり、くだらないことで笑ったり」
「……うん」
「これからも、こういうこといっぱいしたい」
いずみの胸が温かくなる。
「私も」
少し歩いてから、いずみが立ち止まった。
「颯」
「ん?」
「今日、デートしてくれてありがとう」
「こちらこそ」
「……大好き」
いずみが小さな声で言った。
颯は一瞬、驚いた顔をする。
「……急に言うなよ」
「だって、今言いたくなったんだもん」
「……俺も」
颯は照れながら笑った。
「大好きだよ、いずみ」
「……もう」
いずみは恥ずかしそうに颯の肩に寄り添った。
繋いだ手は、最後まで離れなかった。
「今日は楽しかったね」
「うん」
「映画も見たし、買い物もしたし……」
いずみは嬉しそうに笑う。
「なんか、普通の一日なのに特別だった」
「俺もそう思う」
駅が近づいてくる。
もうすぐ、この手を離さなければならない。
そう思うと、いずみは少し寂しくなった。
「……もう着いちゃうね」
「そうだな」
駅前で二人は立ち止まった。
「じゃあ……またね」
「うん。また来週」
いずみが手を離そうとした、そのとき。
「いずみ」
「ん?」
颯が呼び止めた。
「……もう一個、いい?」
「なに?」
颯は少しだけ迷ってから、いずみの手を握り直した。
「……今日、付き合ってくれてありがとう」
「私も、楽しかったよ」
「それと……」
颯が少し照れたように目を逸らす。
「キス、してもいい?」
「……!」
いずみの顔が一気に赤くなる。
「……今?」
「嫌ならやめる」
「……嫌じゃ、ない」
小さな声。
颯がいずみを見る。
いずみも恥ずかしそうに顔を上げる。
そして――
ほんの一瞬だけ、唇が触れた。
「……」
「……」
二人とも何も言えない。
いずみは真っ赤になったまま、颯の胸元を軽く押した。
「……もう」
「ごめん」
「謝らなくていいけど……」
「けど?」
「……恥ずかしい」
颯も照れたように笑う。
「俺も」
「ふふ……」
二人で笑ってしまう。
さっきまでより、少しだけ距離が近くなった気がした。
「じゃあ、今度こそ帰ろう」
「うん」
いずみは数歩歩いてから、振り返った。
「颯!」
「ん?」
「……次のデートも楽しみにしてるから!」
「俺も!」
手を振る二人。
今日という一日は終わる。
でも、次に会う約束がある。
そして二人には、これからまだたくさんの「初めて」が待っている。
クリスマスも。
卒業旅行も。
卒業式も。
その先の大学生活も。
いずみは帰り道、何度も今日のキスを思い出して、ひとりで頬を赤くしていた。