いずみが家に着くと、玄関先に父親の姿があった。
「ただいま……」
「おかえり。颯くんは?」
「え?」
「さっき来たぞ」
「もう!?」
いずみは慌てて靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
すると――
「お邪魔します!」
「だから、まだ私帰ってないって言ったのに……」
「ごめん。でも、どうしても気になって」
「何が?」
「昨日のこと」
颯が少し申し訳なさそうに笑う。
「ちゃんと謝ろうと思って」
「別に、颯が謝ることじゃ……」
「いや、俺がいずみにキスしたのは事実だから」
「ちょっ……!」
いずみの顔が一気に赤くなる。
そのとき。
「そういう話なら、俺も聞こうかな」
「お父さん!?」
いつの間にか、父親がリビングの入口に立っていた。
「颯くん」
「は、はい!」
「この間はちゃんと話せなかったからな」
「……はい」
「娘を大切にしてくれるなら、俺は文句を言うつもりはない」
「お父さん……」
「ただし」
父親が真剣な顔になる。
「駅前でキスするのは、もう少し場所を選びなさい」
「……はい」
「お父さん!」
いずみが恥ずかしそうに叫ぶ。
颯は俯きながらも、どこか安心したように笑った。
「分かりました。気をつけます」
「それと――」
父親が少しだけ表情を和らげる。
「今度、母さんのところにも一緒に行こう」
「……」
いずみは一瞬黙った。
「颯も?」
「ああ」
颯がいずみを見る。
「もちろん行くよ」
「……そっか」
いずみは小さく笑った。
「じゃあ、紹介しなきゃね」
父親はその様子を見て、静かに頷いた。
「それでいい」
その日の帰り道。
「なあ、いずみ」
「ん?」
「お母さんって、どんな人?」
「……優しい人だったよ」
いずみは少しだけ空を見上げる。
「私が小さい頃から、ずっと私のことを見ててくれた」
「そっか」
「だから……ちゃんと颯のことも紹介したい」
「うん」
颯はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、いずみの手をそっと握る。
いずみも、その手を握り返した。
「あと、今のお母さんにもちゃんと報告したいんだけど、予定合わせてくれる?」
「もちろん」
颯は笑って答える。
「いずみのお母さんに会うの、楽しみだな」
「ふふっ、ありがとう」
「それとさ」
「ん?」
「今度、俺の家にも来てくれる?」
「颯の家?」
「うん。いずみのこと、親に紹介したいから」
「……うん」
いずみは少しだけ緊張したように笑う。
「緊張するなぁ……」
「ははっ、大丈夫だよ」
そう言って颯は笑った。
やがて二人は駅へと近づいていく。
そして、駅に着く少し前。
颯はいずみの前で足を止めた。
「いずみ」
「ん?」
「ここでチューしていい?」
「……また?」
「今日は駅前じゃないじゃん?」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「ダメ?」
「ダメっていうか……恥ずかしいから」
いずみが俯く。
すると颯は少し考えてから、
「じゃあ、抱きしめさせてくれる?」
「それもどうなんだろ……」
いずみが困ったように笑う。
それでも颯は、そっといずみを抱きしめた。
いずみも、颯の背中に腕を回す。
「この時間が、ずっと続けばいいのに」
颯が耳元で囁く。
「私も……そう思ってる」
いずみがそう返すと、颯は少しだけ身体を離した。
そして――
いずみの唇に、颯の唇が一瞬だけ触れた。
「……怒った?」
颯がいずみの顔を覗き込む。
「もう……」
いずみは恥ずかしそうに頬を赤くする。
「良かった。怒ってない」
颯はほっとしたように笑った。
「次はないよ」
そう言いながらも、いずみは微笑んでいた。