ダメな人いる?
「颯、今日はお母さんに挨拶してくれてありがとう」
「はは、まさかこんな長旅になるなんて思ってなかったよ」
「あたしが産まれた田舎なんだよね」
「お墓も実母の実家の近くにしたの」
「そうだったんだ」
「お父さんは仕事で先に帰ったけど、私たちはのんびり過ごして来てって。宿も取ってくれちゃってさ」
「いいお父さんだよね」
「だけど部屋はひとつとか...何か期待してない?」
「まあ、それはあるよ」
「……即答なんだ」
「だって恋人同士だし」
「そうだけど……」
いずみは少し頬を膨らませる。
「なんか、そういうこと言われると恥ずかしいんだけど」
「聞いたのそっちだろ」
「そうだけどさ……」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
さっきまで普通に話していたのに、急に部屋の存在が気になってくる。
「……どうする?」
「何が?」
「部屋」
「どうするって?」
「いや……だから」
颯は言葉に詰まった。
いずみも同じように視線を逸らす。
「……とりあえず、荷物置こうか」
「うん」
二人は同時に立ち上がった。
けれど、なぜかお互いの顔を見ることができなかった。
夕食は豪華だった。
「美味しい」
「うん。いずみと一緒だから、余計にそう感じるのかも」
「あはは、何それ」
「一人で食べるより美味しいじゃん?」
「それは言えてるね」
いずみは笑いながら箸を進める。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
遠くから虫の声が聞こえてくる。
都会ではあまり聞くことのない、静かな夜だった。
「こういうところ、久しぶりだな」
「私も。子供の頃はよく来てたけどね」
「お母さんのお墓も、この近くなんだよな」
「うん」
いずみは少しだけ箸を止めた。
「……今日、颯が一緒に来てくれてよかった」
「俺も来られてよかったよ」
「ありがと」
「こちらこそ」
いずみは照れくさそうに笑った。
夕食を終えると、二人は部屋へ戻った。
襖を開ける。
そこには、二組の布団が並べられていた。
「…………」
「…………」
二人とも黙った。
昼間は冗談で済ませていた「部屋はひとつ」という言葉が、急に現実味を帯びてくる。
「……お父さん」
いずみがぽつりと呟いた。
「絶対、何か期待してるよね」
「俺もそう思う」
「どうしよう」
「どうしようって……」
颯は布団を見つめる。
「寝るしかないんじゃない?」
「……そうだけど」
いずみの顔が、また赤くなった。
「緊張してる?」
「颯は?」
「俺も」
「あー、もう。とりあえず先にお風呂入って?」
「いずみは入らないの?」
「入るよ」
「一緒に入ろうか」
「え」
いずみの動きがぴたりと止まった。
「……何?」
「いや、だから……一緒に入る?」
「聞こえてるよ!」
いずみの顔が一気に赤くなる。
「なんでそんな平然と言えるのよ……」
「だって、恋人同士だし?」
「さっきからそればっかり!」
「いや、いずみが意識しすぎなんじゃない?」
「颯だって緊張してるって言ったじゃん!」
「……それはそう」
二人の間に、また沈黙が落ちる。
「……先、入ってくる」
「うん」
いずみは逃げるように浴衣を手に取った。
襖の向こうへ行く直前、振り返る。
「……覗いたら怒るからね」
「覗かないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「……ならいいけど」
そう言って、いずみは浴室へ向かった。
残された颯は、布団の横に座る。
「……俺も結構緊張してるんだけどな」
誰もいない部屋で、颯は小さく呟いた。