襖が静かに開いた。
「……颯、まだ起きてたんだ」
風呂上がりのいずみが戻ってくる。
「うん。なんか眠れなくて」
「……そっか」
いずみは少し恥ずかしそうにしながら、自分の布団のそばに座った。
さっきまでとは違う、風呂上がりのいずみ。
颯は思わず目を向ける。
そして、すぐに視線を逸らした。
「……何?」
「いや」
「今、見てたでしょ」
「……見てた」
「えっ」
「ごめん」
颯が素直に認めると、いずみの頬が一気に赤くなる。
「……もう」
「だって……」
颯は言いかけて、口を閉じた。
「……何?」
「なんでもない」
いずみは少し不満そうにしながら、颯の隣へ腰を下ろした。
肩が触れそうな距離。
近い。
さっきまでなら何とも思わなかった距離なのに、今は妙に意識してしまう。
「……ねえ、颯」
「ん?」
「さっきの話……」
「一緒にお風呂入るってやつ?」
「そう」
いずみは視線を逸らした。
「……あれ、本気だった?」
「本気だったよ」
「……」
「でも、いずみが嫌なら絶対にしない」
「……そっか」
いずみが小さく息を吐く。
そして、少し迷ったあと、颯の手に自分の手を重ねた。
「……じゃあ」
「ん?」
「今日は……近くにいてもいいよ」
颯は一瞬、黙った。
その言葉の意味を考える。
「……本当に?」
「うん」
「後悔しない?」
「しないよ」
颯はゆっくりと、いずみの手を握り返した。
そのまま、少しだけ距離を縮める。
いずみの顔が近い。
目が合う。
「……いずみ」
「なに?」
「俺、結構いずみのこと好きだから」
「……知ってる」
「いや、そういう意味じゃなくて」
颯の声が少し低くなる。
「今、かなり我慢してる」
「……え」
いずみが息を呑む。
颯はその反応を見て、さらに近づこうとして――止まった。
「……だから」
「……うん」
「これ以上近づいたら、たぶん俺、止まれなくなる」
いずみは何も言わない。
ただ、握られた手に少しだけ力を込めた。
「……嫌?」
颯が尋ねる。
いずみは小さく首を横に振った。
「……嫌じゃない」
その言葉に、颯は一瞬だけ目を閉じた。
そして、いずみの頭に手を伸ばす。
優しく撫でる。
「……待って」
「ん?」
「そこ?」
「うん」
いずみが少し拍子抜けしたような顔をする。
颯は苦笑した。
「本当は、もっと近づきたいよ」
「……颯」
「でも、今ここで勢いに任せたくない」
「……どうして?」
「大事だから」
颯はまっすぐ、いずみを見る。
「いずみとのこと、後から恥ずかしくなって終わり、みたいにしたくないんだ」
いずみはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……ずるい」
「何が?」
「そんなこと言われたら……何も言えないじゃん」
「ごめん」
「謝らなくていいよ」
いずみは颯の肩に、そっと頭を預けた。
「……今日はこれでいい」
「うん」
「でも」
「ん?」
「……いつかは、ちゃんと覚悟しておいてね」
颯は一瞬固まった。
「……それ、俺に言う?」
「言う」
「……分かった」
二人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑った。
「……明日、顔見られないかも」
「俺も」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「だって、颯も同じなんだなって」
「そりゃそうだよ」
颯は照れくさそうに笑った。
「俺だって、平気なわけじゃないから」
静かな夜だった。
二人はそれ以上何もせず、それぞれの布団へ戻った。
けれど、眠りにつくまで――互いのことを意識しないではいられなかった。