お土産屋の店先で、いずみが足を止めた。
「お土産買うの?」
颯が尋ねると、いずみは商品を眺めたまま答えた。
「いや、ただのひやかし」
「そっか」
颯も隣に並び、店先に並んだ小物を眺める。
キーホルダーや置物、色とりどりのアクセサリー。旅行先のお土産らしいものが並んでいた。
いずみは特に何かを買うつもりもないらしく、気ままに商品を見て回っている。
そのときだった。
「あ、このブローチ可愛い……」
いずみが足を止めた。
小さな青い魚をかたどったブローチだった。
魚の形をした青いガラスが、店内の灯りを受けてきらりと光っている。
いずみは少し身を屈めて、ケースの中を覗き込んだ。
「へえ、綺麗」
「うん。可愛いね、これ」
颯も隣から覗き込む。
いずみはブローチをしばらく眺めていたが、やがて顔を上げた。
「……あれ? 買わないの?」
颯が尋ねると、いずみは少し困ったように笑った。
「今、お金持ってないの」
「あ、そうなんだ」
「お財布、部屋に置いてきちゃった」
「そっか」
いずみはもう一度だけブローチに目を向けると、そのまま店を離れた。
「じゃあ、行こっか」
「……うん」
颯は一瞬、ケースの中に目を戻した。
青い魚のブローチ。
それから、先を歩き始めたいずみの背中を見る。
「待って! いずみさん」
「ん?」
呼び止められたいずみが振り返る。
颯は店員から受け取った小さな包みを差し出した。
「これ、貰ってくれると嬉しいんだけど」
「……え?」
いずみは足を止めた。
「これって……」
「さっきのブローチ」
「……さっきの?」
「そう」
いずみは包みを見つめたまま、少しだけ目を瞬かせた。
「……買ったの?」
「うん」
「……私に?」
「うん。よかったら」
いずみは、すぐには受け取らなかった。
颯の顔を見て、それからもう一度、包みに視線を落とす。
「……え、でも」
「ん?」
「どうして?」
颯は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「さっき、可愛いって言ってたから」
「……」
「誰かに買われたら無くなっちゃうのは勿体無いと思ってさ」
いずみはしばらく黙っていた。
それから、ようやく小さな包みを受け取る。
「それは、つまり……私へのプレゼントってこと?」
「うん」
颯は、いつもと変わらない調子で頷いた。
いずみは包みを両手で持ったまま、少し俯いた。
「あの、その、つまり……ありがとう」
「どういたしまして」
いずみはそっと包みを開けた。
中から現れたのは、さっき気に入っていた青い魚のブローチ。
指先でそっと持ち上げると、青いガラスが光を受けてきらりと輝いた。
「……やっぱり、可愛い」
「うん」
「……ありがとう、颯」
今度は、さっきよりも少しだけ柔らかい声だった。
颯はその声を聞いて、照れくさそうに笑った。
「どういたしまして」
いずみはブローチを見つめたまま、少し考えるように首を傾げた。
「……これ、つけてもいい?」
「もちろん」
いずみは胸元にブローチを当て、服の生地に留めた。
青い魚が、いずみの胸元で小さく揺れる。
「……どう?」
颯は少しだけ目を細めた。
「うん。似合ってる」
「……そう?」
「うん」
いずみは胸元のブローチにそっと触れた。
それから、颯を見上げる。
「……大事にするね」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ」
いずみは小さく笑った。
「……颯から貰ったものだから」
颯は、返事をするまでに少しだけ時間がかかった。
「……そっか」
いずみは嬉しそうに、もう一度ブローチに触れた。
二人は並んで歩き出す。
胸元には、青い魚のブローチ。
颯は隣を歩くいずみを見て、少しだけ笑った。
さっきまで、ただのひやかしだったはずなのに。
なんだか、自分までいい買い物をした気分だった。
「これから他の用事があるから、またね」
「うん」
「ありがとう」
そう言っていずみさんは走っていってしまった