「亮子が昨日、洞窟に行くって言ってたわよね? 颯君は行かないの?」
いつにも増していずみさんはご機嫌だった。
「ああ、お花畑ってやつ?」
「それは舞奈」
真樹が静かに応える。
「あ、そうだった」
颯は苦笑した。
「結構皆んなの予定覚えてるの?」
いずみが尋ねる。
「戸塚さんのはバッチリ」
「え? そうなの?」
いずみは少し驚いたように颯を見た。
「でも港は偶然寄っただけだし、たまたまでしょう」
「……」
真樹は、いずみの胸元に目を向けた。
そこには、午前中に颯から貰った青い魚のブローチがついている。
午後は真樹と二人で港を散歩した。
海を眺めながら、のんびりと過ごした時間。
いずみはそのときも楽しそうだった。
だからこそ、真樹には少し気になっていた。
「いずみ、無理してない?」
「私が? なんで?」
いずみは不思議そうに首を傾げた。
颯も隣で真樹を見る。
「……何が?」
「颯との旅行」
真樹は静かに言った。
「楽しかった?」
「……うん」
いずみは頷いた。
「楽しかったよ」
「そっか」
真樹は少し間を置いた。
「じゃあ、どうしてそんなに『たまたま』って言うの?」
「……え?」
「港のことも、颯が予定を覚えてることも」
いずみは口を閉じた。
胸元のブローチに、指先がそっと触れる。
「……だって」
「うん」
「……たまたま、だったし」
颯は少し困ったように笑った。
「まあ、港に寄ったのは偶然だったけど」
真樹は颯をちらりと見た。
「颯は、いずみと一緒にいたかったんじゃないの?」
「えっ」
颯が言葉に詰まる。
いずみは俯いた。
「……真樹」
「なに?」
「……そういうこと、言わないで」
声は小さかった。
真樹はそれ以上、追及しなかった。
ただ、いずみの胸元にあるブローチを見て、静かに尋ねた。
「……嬉しかったんでしょ?」
いずみは少しだけ顔を上げた。
「……うん」
「なら、いいじゃない」
「……」
「嬉しかったことまで、たまたまにしなくても」
いずみは何も答えなかった。
指先で、青い魚のブローチをそっと撫でる。
颯は隣で、照れくさそうに視線を逸らしていた。
しばらくして、いずみが小さく呟いた。
「……嬉しかったよ」
真樹は頷いた。
「うん」
「……すごく」
颯が、そっといずみを見る。
いずみはまだ俯いていた。
けれど、その口元は少しだけ緩んでいた。
「……そっか」
真樹はそれ以上、何も言わなかった。
いずみの胸元で、青い魚のブローチが小さく光っていた。
「これからどうするの?」
颯が二人に尋ねた。
「昨日話してた遺跡に行くよ」
いずみが答える。
「へえ、遺跡か。面白そうだね」
「颯も来れば?」
真樹が微笑んで言った。
「いいの?」
「うん。いずみが喜びそうだし」
「真樹、やめてよ、そういうの」
いずみが少し慌てたように口を挟む。
「ごめん」
真樹は悪びれる様子もなく、くすりと笑った。
「……もう」
いずみは胸元のブローチにそっと触れた。
颯は二人のやり取りを見て、少し照れくさそうに笑う。
「じゃあ、俺も一緒に行こうかな」
「うん」
いずみは小さく頷いた。
その表情は、やっぱりどこか嬉しそうだった。
遺跡に着くと、三人はそれぞれ気になる場所を調べることにした。
颯といずみは、崩れかけた石壁のそばを歩いていた。
「調べるって言っても、どこを探せばいいのかわからないや」
颯は周囲を見回す。
古びた石柱に、苔むした壁。ところどころに文字らしきものが刻まれているが、何を意味しているのかはさっぱりだった。
「そうね」
いずみも石壁を眺めながら頷いた。
「真樹さんは、なにかわかったかな?」
「さあね」
いずみは軽く肩をすくめる。
真樹は少し離れた場所を調べているはずだった。
「真樹さん、どこにいるんだろう?」
颯が辺りを見回す。
「……こっちに気を遣ってなきゃいいんだけど」
「え? 何か言った?」
「ううん、独り言」
いずみは何でもないように答えた。
颯は少し考えてから、石壁に目を戻す。
「真樹、なにか見つかると思う?」
「うーん、運がよければかな?」
「あはは。それじゃあ真樹は運がないから」
「そうなの?」
颯が不思議そうに聞き返す。
いずみは小さく笑った。
「うん。後ろにいるから聞いてみれば?」
「え? いつの間に」
颯が振り返る。
そこには、腕を組んだ真樹が立っていた。
「運がなくて悪かったわね」
「あれ? 聞こえてた?」
いずみは舌を出して誤魔化そうとする。
「聞こえてた」
「……あはは」
真樹は呆れたように息をついた。
「まったく。人のことを好き勝手に言って」
「ごめんごめん」
いずみは悪びれずに笑う。
颯は二人のやり取りを見て、思わず笑みをこぼした。
「仲いいね、二人とも」
「そう?」
いずみが首を傾げる。
「普通よ」
真樹はそう答えながら、いずみの隣に並んだ。
「それより、何か見つかった?」
「まだ何も」
颯が答える。
「じゃあ、もう少し奥を調べてみましょうか」
真樹は遺跡の奥へと視線を向けた。
「運がよければ、何かあるかもしれないし」
「真樹、運ないんじゃなかった?」
「いずみ」
「はい」
いずみは素直に口を閉じた。
颯はまた、二人のやり取りに笑ってしまった。
夕食の時間。
テーブルには料理が並び、皆それぞれに今日の出来事を話していた。
いずみは隣に座る颯と、ときどき言葉を交わしながら食事をしていた。
胸元には、青い魚のブローチ。
その様子を向かい側から眺めていた由紀恵が、ふと頬を膨らませた。
「なんだかいずみちゃん、嬉しそうだね」
そう言って、ニコッと笑う。
「……そう?」
「うん。いつもより楽しそう」
いずみは手元の箸に視線を落とした。
「別に、いつも通りだけど」
「なんかあったの? いずみ」
亮子がにやりと顔を近づけてきた。
「……っ」
いずみは思わず後ずさる。
「な、何もないよ」
「ふーん?」
亮子は、いずみの胸元に目を向けた。
「そのブローチ、可愛いね」
「……!」
いずみは反射的に胸元を押さえた。
「……何でもない」
「まだ何も聞いてないけど?」
「……」
亮子は楽しそうに笑った。
「明日は一緒に行動しましょう。色々聞きたいし」
「えっ」
「いいでしょ?」
「……」
いずみが困ったように黙っていると、由紀恵がぱっと顔を上げた。
「由紀恵ねぇ、川に行きたい! ボートに乗るんだ!」
「いいわね!」
亮子がすぐに反応する。
「ボートで女子会、変わってて面白いわね!」
「ね! 楽しそう!」
由紀恵は嬉しそうに頷いた。
「……何でもないって言ってるんだけど」
いずみが小さく呟く。
けれど、亮子は聞こえなかったふりをして、由紀恵とボートの話を始めていた。
いずみは隣の颯をちらりと見る。
颯は困ったように笑っていた。
「……もう」
いずみは胸元のブローチにそっと触れた。
青い魚が、夕食の灯りを受けて小さく光っていた。
7日は恫喝イベントだった
立ち入り禁止の看板があって、そのさらに奥には...