ちょっと、自分のいずみさん像と違うんだけど...
いつか自分で書き起こしたいです
初めてのふたり旅
――いつもより、少しだけ近い距離。
電車の窓から、見慣れない景色が流れていく。
いずみは窓際の席に座り、頬杖をついていた。
「……旅行って、なんか不思議だね」
「何が?」
隣に座る颯が顔を向ける。
「颯と二人で、こうやって遠くに行くの」
「……うん」
「学校もないし、誰かに会うわけでもないし」
いずみは少しだけ笑った。
「ずっと二人なんだね」
その言葉に、颯は一瞬黙った。
「……そうだね」
「なに?」
「いや」
颯は窓の外に視線を逃がす。
「……嬉しいなって」
「……っ」
いずみの頬が、ほんのり赤くなった。
「……そういうこと、さらっと言うよね」
「思ったこと言っただけだけど」
「……ばか」
そう言いながら、いずみはそっと颯の手に触れた。
指先が触れ合う。
颯が視線を落とすと、いずみは少し迷ったあと、その手を握った。
「……手、繋いでいい?」
「……もう繋いでるじゃん」
「……そうだけど」
「いいよ」
颯は握り返した。
指を絡めるようにして。
いずみは窓の外を向いたまま、口元を緩めた。
その耳が赤くなっているのを、颯は見逃さなかった。
*
宿に着いた頃には、空が茜色に染まり始めていた。
「わあ……」
部屋に入ったいずみが、小さく声を上げる。
大きな窓の向こうには、山並みと街の明かり。
そして、部屋の奥には二人分の布団が並んでいた。
「……すごいね」
「うん」
颯は荷物を置きながら、いずみの様子を窺った。
「……どうした?」
「ん?」
「なんか、固まってる」
「……いや」
いずみは布団を見つめた。
「……二人で泊まるんだなって」
「……うん」
「……なんか、恥ずかしいね」
颯は少し笑った。
「今さら?」
「今さらだよ!」
いずみが振り向く。
「だって、旅行だよ? しかも二人きり」
「……そうだね」
「……颯は平気なの?」
「平気じゃないよ」
「……え?」
颯は少し困ったように笑った。
「さっきから、ずっと嬉しい」
「……っ」
いずみは何も言えなくなった。
颯はそんな彼女を見て、そっと手を差し出す。
「……おいで」
「……なに?」
「抱きしめたい」
いずみは一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑う。
「……うん」
自分から一歩近づいて、颯の胸に額を預けた。
颯の腕が、ゆっくりと背中に回る。
ぎゅっと。
けれど、苦しくないくらいの強さで。
「……あったかい」
「……いずみも」
「……ねえ」
「ん?」
「……もうちょっと、ぎゅってして」
颯の腕に、少しだけ力がこもった。
いずみは彼の背中に腕を回し、制服ではない服越しに、その温もりを感じる。
「……好き」
ぽつりと、いずみが呟いた。
「……うん」
「……すごく好き」
「……俺も」
「……どれくらい?」
颯は少し考えた。
「……今、旅行に来てよかったって思うくらい」
「……なにそれ」
「いずみと二人でいられるから」
「……もう」
いずみは顔を上げた。
「……そういうの、ずるい」
「……ごめん」
「謝らないでよ」
いずみは颯の服をきゅっと掴む。
「……もっと言って」
「……好きだよ」
「……うん」
「……いずみが好き」
「……うん」
「……ずっと一緒にいたい」
いずみは、とうとう耐えきれなくなったように笑った。
「……もう、わかったから」
「……足りない?」
「……足りないけど」
小さな声だった。
「……今は、これくらいでいい」
そう言って、いずみは背伸びをした。
颯の頬に、ちゅっとキスをする。
「……っ」
今度は颯が固まった。
「……いずみ?」
「……なに?」
「……今の」
「……旅行だから」
「……旅行だから?」
「……うん」
いずみは少し照れながら、彼の手を握り直した。
「……いつもより、いっぱい甘えていい日」
颯は思わず笑ってしまった。
「……それ、俺も?」
「……もちろん」
「……じゃあ」
颯は、いずみの額にそっと唇を寄せた。
「……大好き」
「……っ」
いずみは彼の胸に顔を埋めた。
「……もう、ほんとに……」
その声は、嬉しそうに震えていた。
*
夕食を終え、二人で温泉街を歩いた。
夜風は少し冷たかったけれど、繋いだ手は温かい。
小さな土産物屋を覗き、甘いものを買い、何でもない話をしながら歩く。
「ねえ、颯」
「ん?」
「あれ、かわいい」
いずみが指差したのは、小さな犬のぬいぐるみだった。
「……好きなの?」
「うん。なんか、颯に似てる」
「……犬?」
「うん」
「……俺、そんな感じ?」
「……うん」
「……そっか」
颯は少し考えてから、ぬいぐるみを手に取った。
「……じゃあ、これ買おうかな」
「え?」
「いずみが俺に似てるって言ったから」
「……ふふっ」
いずみは笑った。
「……じゃあ、私もこれ」
隣にあった、少し気の強そうな猫のぬいぐるみを手に取る。
「……いずみは猫?」
「……そう」
「……なんかわかる」
「どういう意味?」
「かわいいって意味」
「……っ」
いずみは猫のぬいぐるみで、颯の腕をぽすっと叩いた。
「……ばか」
それでも、二人とも笑っていた。
宿に戻る途中。
いずみが、ふと足を止める。
「……颯」
「ん?」
「……手、繋いでるのに」
「うん?」
「……もっと近くにいたい」
颯は彼女を見つめた。
それから、少しだけ腕を広げる。
「……おいで」
いずみは迷わず、その腕の中に入った。
颯が肩を抱き寄せる。
「……これでいい?」
「……うん」
「……寒くない?」
「……大丈夫」
いずみは彼の肩に頬を寄せた。
「……帰りたくなくなっちゃうね」
「……うん」
「……明日も一緒にいられるのに」
「……うん」
「……なんか、もったいない」
「……何が?」
「……今日が終わっちゃうの」
颯は、いずみの髪をそっと撫でた。
「……じゃあ、明日も楽しい日にしよう」
「……うん」
「……明後日も」
「……うん」
「……また旅行に来よう」
いずみは顔を上げた。
「……約束?」
「……約束」
いずみは嬉しそうに笑った。
そして、颯の頬にもう一度キスをした。
「……大好き」
「……俺も」
「……もう一回」
「……大好きだよ」
「……ふふ」
いずみは満足そうに、また彼の肩に頬を寄せた。
*
部屋に戻ると、二人は並んで布団に座った。
買ってきたぬいぐるみを枕元に置き、明日の予定を話す。
「明日はどこ行く?」
「……水族館、行きたい」
「いいね」
「……あと、おいしいもの食べたい」
「……うん」
「……それから」
いずみは少しだけ言い淀んだ。
「……ずっと、颯と一緒にいたい」
颯は、彼女の手を握った。
「……いるよ」
「……うん」
「……ずっと隣にいる」
いずみはゆっくりと彼の肩に寄りかかった。
「……ねえ」
「ん?」
「……今日、幸せすぎる」
「……俺も」
「……こんなに幸せでいいのかな」
颯は、いずみの顔を覗き込んだ。
「……いいんじゃない?」
「……ほんと?」
「……うん。俺たち、恋人なんだし」
「……そっか」
いずみは、ふっと笑った。
そして、そっと目を閉じる。
「……颯」
「ん?」
「……おやすみのキス、して」
颯は少しだけ照れた。
「……いいの?」
「……うん」
ゆっくりと顔を近づける。
唇が、そっと触れた。
短いキス。
離れたあと、いずみは目を開けて、少し不満そうに颯を見た。
「……もう終わり?」
「……え?」
「……もう一回」
颯は笑って、もう一度キスをした。
今度は、少しだけ長く。
いずみが彼の服を掴む。
離れたあとも、二人は額をくっつけたまま、しばらく笑っていた。
「……好き」
「……うん」
「……大好き」
「……俺も」
いずみは颯の胸に顔を埋めた。
颯は彼女を抱き寄せ、髪を優しく撫でる。
窓の外では、温泉街の灯りが静かに揺れていた。
初めての、二人きりの旅行。
特別なことなんて、何もいらなかった。
ただ隣にいて。
手を繋いで。
好きだと伝えて。
何度も、何度も笑い合う。
そんな時間が、二人には何よりも幸せだった。
「……颯」
「ん?」
「……明日も、いっぱい甘えていい?」
颯は、彼女を抱く腕にそっと力を込めた。
「……もちろん」
いずみは嬉しそうに笑い、彼の胸元で目を閉じた。
「……じゃあ、明日もいっぱい好きって言ってね」
「……うん」
「……約束」
「……約束」
その夜、二人はいつもより少しだけ近い距離で、いつもよりたくさんの「好き」を交わした。