「朝早くから散歩?」
「そうだよ」
「毎日こうしていずみさんたちに会えるのが、三文の徳だよ」
「そんなこと思ってくれてたんだ」
いずみさんが嬉しそうに笑う。
僕は、それが嬉しい。
「三文じゃあ足りませんわね」
麗子さんが優雅に微笑んだ。
「え?」
「こんな可愛い女の子たちに毎朝会えるんですもの。もっとご利益があってもよろしいのでは?」
「ご利益って……」
「颯君、朝から何を考えていたの?」
いずみさんが僕の顔を覗き込む。
「洞窟の前で何を思い耽っていたの?」
「女の子のことだよ」
「……女の子?」
いずみさんの眉が、ほんの少し上がった。
「誰?」
「それは……」
答えに困って、僕は湖へ視線を逸らした。
朝の光を受けた水面が、きらきらと揺れている。
「こうして滝壺を見ていると、吸い込まれそうになるな」
「そんなところで身を乗り出したら危ないですわよ」
麗子さんがそう言った直後だった。
「きゃあっ!」
足を滑らせた麗子さんが、僕の目の前から消えた。
「麗子さん!?」
――ドボン!
「ちょっと、麗子!」
いずみさんが慌てて手を伸ばす。
「大丈夫!?」
「いずみ、こっちに――」
「きゃあっ!」
今度はいずみさんまで。
――ドボン!
「ええっ!?」
「二人とも!」
美佐子さんが助けようと駆け寄る。
しかし、その足元も濡れた石で――
「きゃあっ!」
――ドボン!
「美佐子さんまで!?」
三人が滝壺の中で顔を出す。
「颯君、早く!」
「今助ける!」
僕は慌てて湖へ入った。
ところが――
「うわっ!」
足元が滑った。
「颯!」
――ドボン!
「…………」
一瞬、静かになった。
水面から顔を出した僕の周りには、びしょ濡れになった三人の女の子。
「……全員、落ちたね」
「颯君のせいですわ」
「なんで!?」
「だって、助けようとして飛び込んだんでしょ?」
「そうだけど……」
「だったら責任取ってよ」
「責任って何を――」
そこで僕は、足を取られた。
「え?」
視界がぐるりと回る。
水の中に沈んでいく。
「颯!」
いずみさんの声が聞こえた。
それから先のことは、覚えていない。
――そして。
「……ねえ」
「何?」
「僕を助けたのって、誰?」
「…………」
三人が顔を見合わせる。
「それが……」
「誰が助けたんですの?」
「……さあ?」
美佐子さんが首を傾げる。
「さあって……」
僕は思わず三人の顔を見比べた。
全員、びしょ濡れだ。
「僕、どうなったの?」
「それは……」
いずみさんが言葉を濁す。
「颯君、覚えてないんですの?」
「うん。水の中に沈んだところまでは覚えてるけど……」
「その後は?」
「全然」
三人が顔を見合わせる。
「……誰かが助けてくれたんだよね?」
「もちろんですわ」
「じゃあ、誰?」
「…………」
また沈黙。
「え?」
僕は嫌な予感がしてきた。
「まさか、誰も助けてないとか?」
「そんなわけないでしょ!」
いずみさんが慌てて否定する。
「じゃあ誰が?」
「だから……」
いずみさんが美佐子さんを見る。
美佐子さんは麗子さんを見る。
麗子さんはいずみさんを見る。
「……何、この空気」
「颯君」
麗子さんが突然、真剣な顔をした。
「一つだけ聞いてもよろしくて?」
「なに?」
「目が覚めたとき、誰かの顔が見えませんでした?」
「……見えたような」
「誰でした?」
「それが分からないんだよ」
「では、覚えている範囲で教えてくださいな」
「えーっと……」
僕は記憶を探る。
水の中。
誰かの声。
それから――。
「……誰かに助けてもらった」
「そこまでは全員分かってますわ」
「じゃあ何を聞きたいの?」
「誰だったのかですわ!」
「僕が知りたいよ!」
いずみさんが吹き出した。
「ふふっ……」
「いずみさん、笑い事じゃないよ」
「だって、颯が全然覚えてないんだもん」
「そうだけど……」
すると美佐子さんが、ぽつりと言った。
「……じゃあ、誰が助けたことにする?」
「ことにするって何!?」
三人がまた顔を見合わせる。
そして――
「秘密にしましょうか」
「そうね」
「それがよろしいですわね」
「なんで!?」
僕の声だけが、滝の音に負けないくらい湖畔に響いた。