「お、颯か。ちょっとこっち着いてこいよ」
「え? どこに行くの? 聖美さん」
突然声をかけられ、颯は聖美の後を追った。
木々の陰を抜け、少し歩いたところで、視界がぱっと開ける。
そこには、小さな浜辺があった。
大きな砂浜というわけではない。
観光客が集まるような場所でもなく、少し入り込んだところにひっそりと残っているような浜辺だった。
波が寄せては返し、そのたびに砂浜が濡れていく。
「ほら、すごいだろ? こんなところにも小さいけど浜辺があったんだ」
「本当だ。気づかなかったなあ」
颯も辺りを見回す。
普段歩いている場所から少し離れただけなのに、まるで別の場所に来たような気がした。
人の姿もほとんどない。
「だろ? こういうところを独り占めする気分はいいよね」
聖美は満足そうに辺りを見渡している。
「え? 独り占め……」
「ん?」
「いや、僕たち二人しかいないけど」
「あぁ、二人だ。二人占め……んな細かいことはどうでもいいんだよ」
「ははは」
聖美さんらしいな、と颯は思った。
そんなことを言っているうちに、聖美が海へ近づいていく。
「ほら、早くこっち!」
「え、ちょっと待ってよ」
颯が近づいた瞬間、聖美が足元の海水をすくった。
「それっ!」
パシャッ。
「うわっ!」
突然かけられた水に、颯は思わず後ずさる。
聖美は楽しそうに笑っている。
「ははは!」
「やったな!」
颯も負けじと海水をすくい、聖美に向かってかけ返した。
パシャッ。
「うわっ、やりやがったな!」
「先にやったの聖美さんじゃん!」
「細かいこと言うなって!」
また水が飛ぶ。
二人の足元で波が砕け、夕方の海がきらきらと光っていた。
しばらく水をかけ合っていると、颯は思わず笑ってしまった。
「ははは、冷たくて気持ちいいね」
「うん! あはは」
大人になってから、こんなふうに海で遊ぶことなんて、あまりないかもしれない。
けれど、今はそんなことを考える必要もなかった。
ただ、聖美さんと笑っている。
それだけで十分楽しかった。
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夕飯を食べ終え、部屋でのんびりしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ん?」
颯は立ち上がり、ドアを開ける。
「なあ、ちょっといいか?」
そこには聖美さんが立っていた。
「どうしたの?」
「ちょっとな、鬱憤が溜まっちまってさ」
「バカンスに来てるのに?」
「だからだよ」
聖美さんは少し困ったように笑った。
「ここじゃ、バイクに乗れねえからな」
「聖美さん、バイクに乗るの?」
「まあな」
意外だった。
颯の中では、聖美さんとバイクという組み合わせが妙にしっくりくるような、少し意外なような、不思議な感じがした。
「うち、バイク屋なんだ。通の間じゃ名前通ってるんだぜ?」
「そうなんだ。一回行ってみたいな」
「おう、来い来い。いろいろ見せてやるよ」
聖美さんは嬉しそうに頷いた。
「颯もバイク乗るのか?」
「まあ、そこそこね」
「へえ、本当かどうか今度ツーリング行ってみたいな」
「おー、いいね! 楽しそう」
「だろ?」
聖美さんは満足そうに笑う。
昼間は海で騒いで、夜はバイクの話。
颯は、こういう他愛のない時間も悪くないなと思った。