昨日、いずみさんが「川へ行く」と言っていたことを、もう何度目か分からないくらい頭の中で反芻しながら、俺は軽い足取りで川へ向かっていた。
……俺、いずみさんに会いたいんだ。
そう自覚してしまった。
これが、一目惚れってやつなのかもしれない。
一日中でも川に滞在できる気がした。
そんなことを考えていたとき――
いた。
川辺に、いずみさんがいた。
「こんにちは! いずみさん」
思わず顔がニヤける。
嬉しい。
「やあ。もう名前覚えてくれたんだね」
「いつも一緒にいるじゃない」
「そう? 女の子の名前は、すぐ覚えちゃうんじゃないの?」
いずみさんが、ふふっと笑う。
「そうかも」
否定はできなかった。
今回一緒に来ている女の子は十五人。
その名前と顔なら、ほぼ正確に覚えている自信がある。
「正直だね」
「颯くんはさ、今回一人旅だよね?」
「うん。なんで?」
「昨日、お店でアクセサリー見てたから。友達多いのかなって……あ、もしかして彼女に?」
「そう思う?」
「いや、そこはどっちでもいいんだけど」
いずみさんは少し考えるようにしてから続けた。
「一人じゃなくて、誰かと旅行したりもするのかな? って」
「うーん。一人が多いかな。自由に気ままに過ごせるし」
「そうだよね。一人だと縛られないし、楽だよね」
「いずみさん、今回は大人数だけど、やっぱり一人が良かった?」
「ううん」
いずみさんは首を横に振った。
「今回のは清華高校のみんなとの思い出作りみたいなものだから。これはこれでよし」
「そっか」
「颯も次は冬休みとかに友達とすれば? スキーとかスノボとか温泉もいいよね」
「確かに、楽しそうだね」
いずみさんとなら――。
危うく口に出しそうになって、慌てて飲み込む。
「あはは。それじゃあ、あたしは別のところも散策してみるから。またね」
「あ、俺も行っていいかな?」
「え?」
「ダメかな?」
「一人が好きなんじゃないの?」
「それはそれで」
「……まあ、いいけど」
いずみさんは少し笑った。
「それも自由ってことで」
そこから俺たちは、港へ向かうまでいろんな話をした。
いずみさんは自由人気質らしい、再婚している両親――特にお母さんからの影響が強いとの事。
そのお母さんは三十代で、今もバリバリ働いているキャリアウーマン。
それに、お姉さんみたいでめちゃくちゃ若いらしい。
……見てみたい。
そんなことまで思ってしまった自分に、少し笑う。
港へ着くと、いずみさんが海を眺めながら気持ちよさそうに息を吸った。
「海ってさ、潮の香りがいいよね」
「潮……?」
俺もつられて鼻を利かせる。
「……あれ? フローラル系の香りがする」
「ごめん。それ、あたしのせいだよ」
「え?」
「香水」
「ああ、いずみさん今日も香水つけてたの?」
「うん。今まで一緒にいても分からなかった?」
「なんか、鼻が詰まってるのかな……」
俺が目を瞑って、もう一度香りを探そうとした。
そして目を開ける。
――近い。
いつの間にか、いずみさんがすぐ目の前まで近づいていた。
「……?」
状況が理解できない。
何されてんだ、これ。
いずみさんが指先で鎖骨のあたりを示す。
どうやら、そこに香水をつけているらしい。
距離が近すぎて、視線の置き場に困る。
「ここ」
手を伸ばせば届きそうな距離に、いずみさんがいる。
「……」
「どう?」
「……どうって」
声が上ずる。
いずみさんは俺の反応を見て、少しだけ口元を緩めた。
「分かる?」
「……うん」
さっきまで海の潮の香りを探していたはずなのに。
今はもう、フローラルな香りしか分からなかった。
「そっか」
いずみさんは満足そうに笑って、一歩離れた。
その瞬間、ようやくまともに息ができた気がした。
……この人、ずるい。
そう思った。