卒業バケーション   作:飽きやすい創作隊

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8月3日

昨日、いずみさんが「川へ行く」と言っていたことを、もう何度目か分からないくらい頭の中で反芻しながら、俺は軽い足取りで川へ向かっていた。

 

……俺、いずみさんに会いたいんだ。

 

そう自覚してしまった。

 

これが、一目惚れってやつなのかもしれない。

 

一日中でも川に滞在できる気がした。

 

そんなことを考えていたとき――

 

いた。

 

川辺に、いずみさんがいた。

 

「こんにちは! いずみさん」

 

思わず顔がニヤける。

 

嬉しい。

 

「やあ。もう名前覚えてくれたんだね」

 

「いつも一緒にいるじゃない」

 

「そう? 女の子の名前は、すぐ覚えちゃうんじゃないの?」

 

いずみさんが、ふふっと笑う。

 

「そうかも」

 

否定はできなかった。

 

今回一緒に来ている女の子は十五人。

 

その名前と顔なら、ほぼ正確に覚えている自信がある。

 

「正直だね」

 

「颯くんはさ、今回一人旅だよね?」

 

「うん。なんで?」

 

「昨日、お店でアクセサリー見てたから。友達多いのかなって……あ、もしかして彼女に?」

 

「そう思う?」

 

「いや、そこはどっちでもいいんだけど」

 

いずみさんは少し考えるようにしてから続けた。

 

「一人じゃなくて、誰かと旅行したりもするのかな? って」

 

「うーん。一人が多いかな。自由に気ままに過ごせるし」

 

「そうだよね。一人だと縛られないし、楽だよね」

 

「いずみさん、今回は大人数だけど、やっぱり一人が良かった?」

 

「ううん」

 

いずみさんは首を横に振った。

 

「今回のは清華高校のみんなとの思い出作りみたいなものだから。これはこれでよし」

 

「そっか」

 

「颯も次は冬休みとかに友達とすれば? スキーとかスノボとか温泉もいいよね」

 

「確かに、楽しそうだね」

 

いずみさんとなら――。

 

危うく口に出しそうになって、慌てて飲み込む。

 

「あはは。それじゃあ、あたしは別のところも散策してみるから。またね」

 

「あ、俺も行っていいかな?」

 

「え?」

 

「ダメかな?」

 

「一人が好きなんじゃないの?」

 

「それはそれで」

 

「……まあ、いいけど」

 

いずみさんは少し笑った。

 

「それも自由ってことで」

 

そこから俺たちは、港へ向かうまでいろんな話をした。

 

いずみさんは自由人気質らしい、再婚している両親――特にお母さんからの影響が強いとの事。

 

そのお母さんは三十代で、今もバリバリ働いているキャリアウーマン。

それに、お姉さんみたいでめちゃくちゃ若いらしい。

 

……見てみたい。

 

そんなことまで思ってしまった自分に、少し笑う。

 

港へ着くと、いずみさんが海を眺めながら気持ちよさそうに息を吸った。

 

「海ってさ、潮の香りがいいよね」

 

「潮……?」

 

俺もつられて鼻を利かせる。

 

「……あれ? フローラル系の香りがする」

 

「ごめん。それ、あたしのせいだよ」

 

「え?」

 

「香水」

 

「ああ、いずみさん今日も香水つけてたの?」

 

「うん。今まで一緒にいても分からなかった?」

 

「なんか、鼻が詰まってるのかな……」

 

俺が目を瞑って、もう一度香りを探そうとした。

 

そして目を開ける。

 

――近い。

 

いつの間にか、いずみさんがすぐ目の前まで近づいていた。

 

「……?」

 

状況が理解できない。

 

何されてんだ、これ。

 

いずみさんが指先で鎖骨のあたりを示す。

 

どうやら、そこに香水をつけているらしい。

 

距離が近すぎて、視線の置き場に困る。

 

「ここ」

 

手を伸ばせば届きそうな距離に、いずみさんがいる。

 

「……」

 

「どう?」

 

「……どうって」

 

声が上ずる。

 

いずみさんは俺の反応を見て、少しだけ口元を緩めた。

 

「分かる?」

 

「……うん」

 

さっきまで海の潮の香りを探していたはずなのに。

 

今はもう、フローラルな香りしか分からなかった。

 

「そっか」

 

いずみさんは満足そうに笑って、一歩離れた。

 

その瞬間、ようやくまともに息ができた気がした。

 

……この人、ずるい。

 

そう思った。

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