珊瑚礁で潜っていると、浜辺にまみさんが現れた。
海の中から顔を上げると、こちらに向かって手を振っている。
「颯ちゃん、楽しそうー」
「まみさん? あれ? 水着は?」
「持ってきてないんだあ」
「そうなんだ……それは残念だね?」
せっかく珊瑚礁まで来たのだから、泳げたほうが楽しいだろう。
そんなことを考えていると、ふと、まみさんの後ろにいる人物に気づいた。
「って、いずみさん?!」
いずみさんは、あからさまに不機嫌そうな顔で僕を覗き込んでいた。
いつもの落ち着いた表情とは明らかに違う。
「まみが泳ぎたいって、ずっとうるさいの。
しつこい男とうるさい女は嫌い」
「うー……」
小さく唸りながら、いずみさんはまみさんを見る。
どうやら、ここまで来る間にも散々言われていたらしい。
僕はなんとなく、いずみさんの機嫌をこれ以上悪くしないほうがいい気がした。
「あー、まみさん。あきらめなくてもいいからさ。水着の貸し出しとか、なんなら買っちゃうとか? 足だけ入るのもありだと思うし」
「足だけ?」
まみさんは海を覗き込む。
「うん。泳がなくても、足を入れるだけなら気持ちいいと思うよ」
「あ、ほんとだ!」
まみさんは嬉しそうに海へ近づいていった。
「冷たくて気持ちいい……!!!」
どうやら、これで満足してくれたらしい。
いずみさんも、ようやく少しだけ表情が和らいだ。
「なんとか機嫌治ったみたいで、ありがとう」
「いや、なにもできないけど……」
「ううん。そんなことない!」
いずみさんは、今度は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、さっきまでの不機嫌さとの落差に戸惑う。
「まみの相手、このまま引き続きよろしくね」
「……えっ?」
いずみさんは僕の返事を待つことなく、まみさんのところへ歩いていった。
……もしかして。
これ、僕にまみさんを任せて、自分は離れるつもりなのか?
そんなことを考えているうちに、僕はまみさんと二人で海辺に残されていた。
⸻
そのまま離小島へ向かう。
まみさんはすっかり機嫌が直ったらしく、海を眺めながら楽しそうに話していた。
僕も適当に相槌を打ちながら、その時間を過ごす。
しばらくして、いずみさんとまみさんは宿に水着を取りに戻っていった。
僕は一人で離小島に残り、海を眺めていた。
少し休もう。
そう思って横になると、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「……zzz」
「……起きなよ」
肩を軽く叩かれる。
「……ん?」
まだぼんやりする頭で目を開ける。
そこにいたのは――
「え?」
いずみさんだった。
「ほら、もう夕方だよ? そろそろ着替えて戻ろう」
「いずみさん……?」
まさか、起こしに来てくれたの?
そう思った瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。
嬉しい。
それだけで、なんだか目が覚めてしまった。
「起こしてくれて、ありがとう。一緒に戻るから、待って」
「うん」
いずみさんは小さく頷いて、僕が起き上がるのを待ってくれた。
さっきまでまみさんのことであんなに不機嫌だったのに。
今は、いつものいずみさんに戻っている。
……よかった。
⸻
夕食。
みんなで食卓を囲んでいると、まみさんが楽しそうに話し始めた。
「まみちゃん、明日は川に行くんだぁー」
「まみと離れて寂しいんじゃねえのか?」
聖美さんが笑いながら、いずみさんを見る。
「えー? そうなの? ごめんね、いずみちゃん」
まみさんも悪気なく謝る。
「……あ、あぁ」
いずみさんは、気のない返事を返した。
やっと自由になれる。
肩の荷が下りたような気がした。
「明日は静と港に行くよ」
まみの面倒をよく見ている静の存在が、今はいずみにとってありがたく感じられた。
これなら明日は、まみのことを気にせずに済む。
今なら、静とゆっくり話せそうな気がした。
そんな僕の隣で、亮子さんがいずみさんにそっと囁いた。
「よかったわね、いずみ」
「……うん」
いずみさんは小さく頷いた。
その横顔は、少しだけ嬉しそうだった。