卒業バケーション   作:飽きやすい創作隊

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8月3日夜 イベント

「どう?」

 

「……うん。分かる」

 

「ほんと?」

 

「フローラル系っていうのは分かる」

 

「ふふ。じゃあ成功だね」

 

いずみさんは満足そうに笑って、一歩離れた。

 

さっきまで近くにあった香りが、少し遠ざかる。

 

……なんだろう。

 

ちょっと残念に感じてしまった。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろっか」

 

「うん」

 

港を離れて、みんなが泊まっている宿へ戻る。

 

その道中も、俺たちはくだらない話を続けていた。

 

学校のこと。

 

家族のこと。

 

好きな食べ物。

 

そして、コーヒーの話になった。

 

「颯くんってコーヒー飲む?」

 

「飲むよ。ブラックも普通に」

 

「へえ」

 

いずみさんが少し興味を持ったような顔をする。

 

「じゃあ、今度テイスティングしてみる?」

 

「テイスティング?」

 

「味きき。違い分かるかなって」

 

「いずみさん、コーヒー詳しいの?」

 

「まあね」

 

「なんで?」

 

「実家が喫茶店なの」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。小さい頃からずっとコーヒーの香りの中で育ったから、自然とうるさくなっちゃって」

 

そう言って笑う。

 

「めぐみの実家の五月雨神社から歩いて数分のところにあるんだよ」

 

「じゃあ、めぐみさんとも昔から?」

 

「まあね。あの辺は昔から知ってるよ」

 

いずみさんから、ふわっとコーヒーのような香りがした気がした。

 

さっきの香水とは違う。

 

もっと落ち着くような香り。

 

「……なんか、いずみさんってコーヒーの香り似合いそう」

 

「何それ」

 

「いや、なんとなく」

 

「変なの」

 

笑いながら、いずみさんが俺を見る。

 

その笑顔を見ていると、もっと話していたくなる。

 

でも、宿が見えてきた。

 

「じゃあ、またね」

 

「うん」

 

 

 

いずみさんが自分の部屋へ向かっていく。

 

俺も部屋へ戻ろうとした、そのときだった。

 

「……あ」

 

いずみさんが振り返った。

 

「これ、持っていってくれる?」

 

手には、さっき買ったものや飲み物が入った袋。

 

「いいよ」

 

「部屋まで持ってくよ」

 

「ありがとう」

 

いずみさんの部屋まで歩く。

 

ほんの数十秒。

 

なのに、妙に名残惜しい。

 

部屋の前に着いて、袋を渡す。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

それで終わり。

 

そう思った。

 

けれど――

 

「……颯くん」

 

「ん?」

 

「今日はありがとうね」

 

心臓が一瞬だけ跳ねた。

 

「こちらこそ」

 

そう答えた俺に、いずみさんは少しだけ笑った。

 

「また気が向いたら?よろしくね」

 

「俺からもお願いするよ」

 

「そっか」

 

いずみさんがドアを開ける。

 

中は当然、見せてもらえなかった

残念

 

 

 

 

夕食の後、食堂からコーヒーの香りがした

 

もしかして-------

食堂へ向かう

 

 

するとそこにいたのはやはりいずみさんだった

 

「コーヒー淹れてるの?」

 

「そう」

 

「俺も一杯もらえないかな?」

 

「いいよ、部屋に持っていく」

 

「え、悪いよ。そんな...」

 

「大丈夫、部屋で待ってて」

 

 

「分かった」

 

大人しく部屋で待つ

なんだかそわそわしながら部屋を整理していた

 

コンコン

するとノック音が聞こえる

 

「今開ける」

 

「コーヒー持ってきたよ」

 

 

「ありがとう」

 

コップに添えられた指に触れる

 

「その...少し話さない?」

 

 

「いいよ……って言いたいところなんだけど」

 

「え?」

 

「今日はやめとく」

 

「……なんで?」

 

「なんとなく」

 

いずみさんは笑った。

 

「また今度、私からお邪魔するよ」

 

「そっか」

 

「うん。じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ、いずみさん」

 

 

 

一人になった部屋で、俺はしばらくその場から動けなかった。

 

……何なんだよ。

 

期待するだろ、普通。

 

でも。

 

「また今度、私からお邪魔するよ」

 

その言葉だけで、今日は十分だった。

 

俺は自分の部屋へ戻りながら、明日のことを考えていた。

 

――明日も、会えるかな。

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