卒業バケーション   作:飽きやすい創作隊

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2日夜イベント

「聖美さん?」

 

 部屋の前に立っていた人物を見て、俺は思わず声を上げた。

 

 こんな時間に、どうしたんだろう。

 

 不思議に思いながら、俺はドアを開けた。

 

「よお、時間平気か?」

 

「今から寝るとこだよ」

 

 正直に答えると、聖美さんは一瞬、気まずそうな顔をした。

 

「あ……悪かったな。帰るよ」

 

 そう言って、聖美さんは踵を返しかけた。

 

 確かに、もう休もうと思っていたところではある。特に予定もないし、このまま寝たって構わない。

 

 でも、せっかく聖美さんが来てくれたんだ。

 

 用事があって訪ねてきたのかもしれないし、何か話したいことがあるのかもしれない。

 

 そう思うと、このまま帰してしまうのも、なんだかもったいない気がした。

 

「まあ、せっかく来たんだから」

 

 声をかけると、聖美さんは足を止めた。

 

 振り返った顔には、少しだけ迷いが残っている。

 

「……そうか?」

 

「うん。別に、まだ眠いわけじゃないし」

 

 そう答えると、聖美さんはほっとしたように苦笑いを浮かべた。

 

「なんかさ、鬱憤溜まっちまって……」

 

「バカンスに来てるのに?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 せっかくの休暇なんだから、日頃の疲れを忘れてのんびり過ごせばいい。少なくとも、俺はそう思っていた。

 

 けれど、聖美さんにとっては、そう簡単な話でもないらしい。

 

「ほら、ここじゃバイクに乗れねえじゃん。スカッとしなくてさ」

 

「ああ、そういうことか」

 

 その言葉に、ようやく納得した。

 

 聖美さんにとって、バイクに乗ることは単なる移動手段じゃないんだろう。

 

 好きなときに走って、風を感じて、気分を切り替える。

 

 そんな時間が、普段の生活の中に当たり前にあったのかもしれない。

 

 それができないとなれば、鬱憤が溜まるのも無理はない。

 

「聖美さん、バイクに乗るんだ?」

 

 そういえば、聖美さんがバイクに乗っているところは見たことがなかった。

 

 話を聞いて、少し意外に思う。

 

「ああ、俺んちバイク屋なんだ。通の間じゃ結構名前通ってるんだぜ?」

 

 聖美さんは、ちょっと得意げに胸を張った。

 

 さっきまでの不満そうな様子とは違って、好きなものの話になった途端、表情が生き生きとしている。

 

 よほどバイクが好きなんだな。

 

 そんな姿を見ていると、こっちまで少し楽しくなってきた。

 

「へぇ、今度ツーリングでも行かない?」

 

 特に深く考えたわけじゃなかった。

 

 同じ趣味があるなら、一緒に楽しめたらいい。そんな軽い気持ちで誘っただけだった。

 

 けれど、聖美さんは意外そうに目を見開いた。

 

「え? 悠もバイクに乗るのか?」

 

「うん、乗ってるよ」

 

「そうなんだ」

 

 聖美さんの顔が、ぱっと明るくなった。

 

 さっきまであんなに不満そうだったのに、今はまるで別人みたいだ。

 

 俺もバイクに乗ると知って、嬉しかったんだろうか。

 

「俺さ、海岸沿いを走るの好きなんだよね」

 

「気持ちいいよね」

 

 潮の香りを含んだ風を思い浮かべる。

 

 海岸沿いの道を走るのは、俺も好きだった。

 

 流れていく景色を眺めながら走るのもいいし、何も考えず、ただ風を感じているだけでも気分が晴れる。

 

 目的地に着くことよりも、走っている時間そのものが楽しい。そんなときもある。

 

「わかる。ああいう道、走ってるだけで気分変わるよな」

 

 聖美さんは、うんうんと頷いた。

 

 きっと、俺と同じようなことを考えているんだろう。

 

 好きなものについて話していると、時間が経つのはあっという間だった。

 

 最初は鬱憤が溜まっていると言っていた聖美さんも、今ではすっかり機嫌がよさそうだ。

 

「帰ってからの楽しみが増えたな」

 

 そう言って、聖美さんは満足そうに笑った。

 

「うん」

 

 俺も笑って頷く。

 

 帰ったら一緒にツーリングに行く。

 

 そんな約束ができただけで、なんだか少し先の楽しみが増えた気がした。

 

「じゃあ、俺もそろそろ寝るとするよ。ありがとうな」

 

「こちらこそ」

 

 わざわざお礼を言われるようなことをしたつもりはなかったけれど、聖美さんが少しでも気分転換できたのならよかった。

 

 そう思いながら見送ろうとした、そのときだった。

 

「なあ……また来てもいいか?」

 

 不意に尋ねられて、俺は少しだけ目を瞬いた。

 

 聖美さんは、いつもの調子で聞いているようにも見えたけれど、返事を待つ顔には、ほんの少し遠慮がにじんでいた。

 

 もしかしたら、さっき帰ろうとしたときも、本当はもう少し話していたかったのかもしれない。

 

「もちろん」

 

 俺がすぐに答えると、聖美さんの表情が緩んだ。

 

「そっか……おやすみ!」

 

「おやすみ、聖美さん」

 

 軽く手を振って、聖美さんは自分の部屋へと戻っていった。

 

 閉じたドアを眺めながら、俺は小さく笑った。

 

 バイクの話をしただけなのに、思いがけず楽しい時間になった。

 

 帰ったら、海岸沿いを一緒に走ろう。

 

 そのときは、今日よりもっといろんな話ができるかもしれない。

好きな娘は誰ですか?

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