卒業バケーション   作:飽きやすい創作隊

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5日夜イベント

 



「聖美さんを追いかけてきたんだよ」

 

「オレは、お前のことなんて興味ねえよ」

 

 聖美さんは、そっけなく言い放った。

 

「というか、教えといてやる。そういうのはさ、二人きりの時に言うもんだぜ」

 

 そう言って、聖美さんは悠に向き直る。

 

「大勢いる中じゃ、本音で話せねえこともあるだろ?」

 

「あ、ああ。うん……」

 

 悠は少し戸惑いながらも、頷いた。

 

「ねえ、河口の方に行ってみましょう」

 

「そうね、行きましょう」

 

 美佐子たちが話を切り上げるように声をかける。

 

「悠も来るか?」

 

「うん、マングローブの形面白いしね」

 

 その言葉に、聖美さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「マングローブってなんだ?」

 

「え? 男の人のグローブだよ」

 

「あぁ、それか。女のグローブはウーマングローブだろ?」

 

「悠さん……」

 

 美佐子が固まった。

 

「聖美ちゃん……」

 

 由紀恵も、どう反応すればいいのか分からない様子で聖美さんを見つめている。

 

「なんだ、か……すごい誤解を与えてしまったような」

 

 静さんがぽつりと呟いた。

 

「あのね、聖美さん。マングローブっていうのは……」

 

「男のグローブだろ? もう分かったって、ありがとうな」

 

「いや……冗談だよ?」

 

 訂正しようとする悠の言葉も、聖美さんには届かなかった。

 

 聖美さんはすっかり納得した様子で、みんなを置いてどんどん先へ進んでいってしまう。

 

「あの。私から真実を話しておきますね」

 

 静さんは珍しく苦笑いを浮かべていた。

 

「うん、よろしくお願いします」

 

 悠は、先を行く聖美さんの背中を見送りながら、静さんに後を託した。

 

 * * *

 

 夕食後。

 

 部屋でひとり過ごしていると、扉の向こうから声がした。

 

「ちょっと、いいか?」

 

 顔を出したのは聖美さんだった。

 

「うん」

 

 悠が返事をすると、聖美さんは部屋に入ってきた。

 

「なんか部屋が静かでさ」

 

 聖美さんは、どこか落ち着かない様子で辺りを見回した。

 

 昼間はあれだけ賑やかだったのに、夜になると急に静かになる。そんな空気が、少し物足りないのかもしれない。

 

「ホームシックってやつ?」

 

 悠が冗談めかして尋ねると、聖美さんはすぐに顔をしかめた。

 

「誰があんなクソ親父に会いたいもんか」

 

「お父さんのこと嫌いなの?」

 

「すぐ怒鳴るし、でぇきれぇだよ」

 

 聖美さんは、まるで当たり前のことを話すように言った。

 

 その口調はいつもと変わらず、特別気にしている様子もない。

 

「それじゃあ、お母さんも大変だね」

 

 何気なく口にした言葉だった。

 

 けれど、聖美さんは少しも表情を変えずに答えた。

 

「オレのおふくろ、いないんだよ」

 

「ご、ごめん」

 

 思いがけない返事に、悠は慌てて謝った。

 

 知らなかったとはいえ、触れてはいけないことを聞いてしまった気がした。

 

「いいって、気にしなくて」

 

 聖美さんはあっさりとそう言った。

 

 悠を責めるでもなく、話を引きずるでもない。

 

 いつもの聖美さんらしい、さっぱりとした言い方だった。

 

 それでも悠は、何か言葉を返そうとして、結局何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「明日もマングローブ、見に行こうと思ってるんだ。よかったら一緒にどうだ?」

 

 聖美さんは、思い出したようにそう切り出した。

 

 昼間の勘違いが頭をよぎり、思わず笑いそうになる。

 

 静さんは、ちゃんと説明してくれただろうか。明日になったら、聖美さんはマングローブの本当の意味を分かっているのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、僕は頷いた。

 

「うん、いいね」

 

 僕が答えると、聖美さんはどこか嬉しそうに口元を緩めた。

 

「まあ、ころころ気が変わって何時に行くかわかんねえけどさ」

 

「ははは、それでいいと思うよ。自由だし」

 

 聖美さんらしい言い方に、僕は笑った。

 

 きっちり予定を決めて、その通りに行動する。そういう過ごし方は、聖美さんにはあまり似合わない気がする。

 

 そのときの気分で行きたいところへ行く。

 

 それも、聖美さんらしい旅の楽しみ方なのだろう。

 

「宿のおじさんにもおすすめのスポット聞いてみようと思ってさ」

 

「うん、いいと思うよ」

 

 明日はどんな一日になるのだろう。

 

 マングローブを見に行くのも楽しみだけど、聖美さんと一緒なら、予定どおりにいかなくても退屈することはなさそうだ。

 

 昼間のように、また何かとんでもない勘違いをするかもしれない。

 

 そんなことを考えると、明日が少し楽しみになった。

 

「それじゃ、また明日な」

 

 聖美さんはそう言うと、軽く手を上げた。

 

「うん、おやすみ」

 

 部屋を出ていく聖美さんを見送る。

 

 扉が閉まると、部屋には再び静けさが戻ってきた。

 

 けれど、さっきまで感じていた静けさとは、少し違う気がした。

 

 明日もまた、聖美さんに会える。

 

 それだけで、明日が待ち遠しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな娘は誰ですか?

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