「よお、朝から散歩か?」
滝へ続く道を歩いていると、前からやってきた聖美さんに声をかけられた。
「うん、そんなとこ」
「滝って天然のエアコンみたいに涼しいよね。宿のおじさんにオススメスポット聞いたんだけどさ」
「昨日言ってたこと、しっかり聞いたんだね」
昨日、滝を見に行きたいと話していたのを覚えていてくれたらしい。
聖美さんは、どこか得意げな顔で持っていた包みを持ち上げた。
「そんでさ、弁当も作ってもらっちゃったんだ。まあ座れよ」
「くれるの? ありがとう」
促されるまま近くの岩に腰を下ろす。
包みを開くと、中にはいくつかのおにぎりが入っていた。形も大きさもまちまちで、いかにも手作りといった感じだ。
「おにぎりだろ、それから……」
「コレ貰おうかな」
目についたおにぎりに手を伸ばすと、聖美さんが慌てたように声を上げた。
「ん? あ、それは……形が悪いからこっちのにしなよ」
「いや、コレ美味しい」
ひと口食べてみると、ちょうどいい塩加減で、思わず顔がほころんだ。
「食べるの早い、それオレが作ったんだよ」
「そうなの?! めちゃ美味いよ」
聖美さんが作ったものだったとは思わなかった。
そう聞くと、なんだか余計に美味しく感じる。
「あははは、おにぎり握ったくらいで?」
「家庭的だと思うよ?」
何気なく口にした言葉だった。
けれど、聖美さんは一瞬きょとんとしたあと、みるみる顔を赤くした。
「あははははは……っきゃー!」
「聖美さん?!」
突然、足を滑らせた聖美さんの体が傾いた。
止める間もなく、その姿が滝壺へと吸い込まれるように落ちていく。
「捕まって!」
慌てて手を伸ばす。
どうにか助け出すと、聖美さんは濡れた髪を払いながら、けらけらと笑い出した。
「びっくりした、あははは、お前が変なこと言うから照れちゃって」
「大丈夫?」
「ああ、驚かせてすまなかったな」
そう言って笑う聖美さんの顔は、まだ少し赤い。
さっきの言葉がよほど恥ずかしかったのだろうか。
僕にはよくわからなかったけれど、聖美さんが笑っているなら、それでいいかと思った。
しばらくして、聖美さんは立ち上がり、服についた水を軽く払った。
「じゃあ、オレ野暮用があるからさ」
「うん、ごちそうさま」
お礼を言うと、聖美さんは片手を上げて歩き出した。
手作りのおにぎりを食べて、滝を眺めて。
朝から、なんだか得をした気分だった。
* * *
夕食を終え、部屋でのんびりしていると、聖美さんが今日の出来事を話しに来た。
「今日はマングローブを見てきたんだ。もう道も覚えたからいつでも行けるぜ」
「そっか。良かったね」
気に入った場所を見つけられたらしい。
また行けると嬉しそうに話す聖美さんを見ていると、こっちまで楽しくなってくる。
「なあ、ちょっとこれから外に出ねえか?」
「ん? いいよ」
特に断る理由もない。
僕が返事をすると、聖美さんは満足そうに笑った。
二人で外へ出ると、夜の空気が昼間とは違って感じられた。
「いつも夜、本牧の方をバイクで走るんだけどさ」
「そうなんだ、夜寝れなくない?」
「……昼間」
「学校で?」
聖美さんの言いたいことがわかって、思わず聞き返した。
夜にバイクで走っているから、昼間は眠くなるということらしい。
「授業聞いてもわかんねえしさ」
聖美さんは、何でもないことのように言った。
けれど、学校の授業がわからないというのは、やっぱり大変なんじゃないだろうか。
「大学とかは?」
ふと気になって、そんなことを聞いてみた。
「行くつもりねえよ」
返事はあっさりしたものだった。
「そっか。僕はできれば行きたいけど……」
大学に行ったら、どんなことを勉強するんだろう。
まだ具体的に決めているわけじゃないけれど、できることなら進学してみたいと思っていた。
「お前と一緒なら楽しいかもな」
「うん、きっと凄く楽しいと思う」
聖美さんと一緒に大学へ通う。
そんなことを想像すると、確かに楽しそうだった。
授業のあとに一緒に帰ったり、学食でご飯を食べたり。
そんな何気ない毎日も、聖美さんがいたらきっと面白いだろう。
もちろん、今すぐそんなことが実現するなんて考えていたわけじゃない。
ただ、聖美さんも大学に行ったら楽しいかもしれないと思ってくれたことが、少し嬉しかった。
「ま! 今のオレじゃ無理そうだけどな」
聖美さんは、いつもの調子で笑った。
さっきまでの話が、まるで冗談だったかのように。
僕はそれ以上、何も言わなかった。
夜風に吹かれながら、二人でゆっくりと歩いていった。
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