卒業バケーション 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうか?
川に着いて、最初に目に入ったのは柵だった。
いつもなら気にも留めないはずなのに、今日はなぜか違った。
川の流れを眺めながら歩いていると、視界の端に何かが引っかかったのだ。
柵の一部に、何かが掘られている。
近づいて目を凝らしてみる。長い間、風雨にさらされていたせいか、少し見えにくくなっているが、確かに何かの文字のようだった。
「……なんだ、これ?」
指でなぞってみようとした、そのときだった。
「おう、悠! こんなとこで何してんだ?」
突然、後ろから背中を叩かれた。
「わっ、聖美さん! 驚かさないでよ」
思わず飛び上がって振り返る。そこには、いつもの調子で笑っている聖美さんがいた。
「ん? 何みてたんだよ」
聖美さんは僕の横に並ぶと、柵に視線を向けた。
「なんか掘ってあるんだよね。なんだろう」
「"S"に見えねえか?」
「あれ、本当だ」
言われてみれば、確かにそんな形に見える。
それにしても……。
「え? 聖美さん、ローマ字読めたの?」
「お前、オレのこと相当馬鹿にしてるだろ」
「ぐふっ」
腹に一発、軽くどつかれた。
「ちょっと! 痛いって!」
「うるせえ! 余計なこと言うからだろ!」
そんな僕たちのやり取りを、いつの間にか集まっていたみんなが眺めていた。
「もう、すっかり聖美と仲良しね」
「本当、熱いですね」
「まみちゃん、ちょっと羨ましいなあ」
口々に好き勝手なことを言い始める。
「なんだよ、お前ら! オレが馬鹿にされてるのを見て、なんでそうなるんだ?」
聖美さんが声を上げると、みんなは顔を見合わせて笑った。
そして、聖美さんが追いかけると、みんな散り散りに逃げていく。
川辺に響く笑い声。逃げるみんなと、それを追いかける聖美さん。
僕はその光景を眺めながら、小さく呟いた。
「僕も皆んなが羨ましいよ」
この島を出ても、みんなの日常は卒業まで続いていく。
きっと、これからも一緒に笑って、時には喧嘩をして。今日みたいな何気ない出来事だって、いつかは思い出話になるのだろう。
そんな当たり前の日々が、僕にはひどく眩しかった。
それがすごく……羨ましかった。
しばらくして、みんなが戻ってきた。
さっきまで追いかけっこをしていたのが嘘みたいに、今度は何事もなかったかのように話し始める。
その後は、まみちゃん主導で町にやってきた。
「もちろん食べ物目当てだろうけど……」
僕はみんなの様子を見ながら、そんなことを考えた。
けれど、きっと僕も同じだった。
せっかく町に来たのだから、何か美味しいものでも食べたい。そう思うのはみんな一緒らしい。
誰かが何かを見つければ、自然とみんなの視線がそちらに集まる。
そんな様子を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いた。
こんなにも心の通じた仲間が、僕に今までいただろうか。
一緒にいるだけで楽しくて、何気ない会話を交わすだけでも嬉しい。
いつかこの時間が終わってしまうとしても、今この瞬間を大切にしたい。
僕はみんなの後を追いながら、そんなことを思っていた。
「シンディ、こんなの見つけたネ!」
まみちゃんたちと町を歩いていると、シンディの声が響いた。
声のした方へ目を向けると、シンディが何かを手に取って、興味深そうに眺めていた。
それは、少し変わった形をした壺だった。
「恋愛の壺……??」
シンディが壺に書かれた文字を読み上げる。
恋愛の壺という名前からして、どうやら恋愛に関係する品物らしい。
「シンディ、やめといた方がいいわよ。そんな壺買うの」
亮子さんが呆れたように言った。
確かに、名前からして少し怪しい。
壺を買っただけで恋愛がうまくいくのなら、世の中の人たちは誰も苦労しないだろう。
もっとも、こういうものは信じる気持ちが大切なのかもしれない。
「なんで? 新井先輩みたくミーも彼氏欲しいネ」
シンディは不思議そうに首を傾げた。
どうやら、本気でこの壺に期待しているらしい。
「ばかやろー! オレに彼氏なんていねぇよ」
聖美さんがすかさず反論した。
その声には、否定せずにはいられないという勢いがあった。
「えっ、そうなの?」
シンディは壺を持ったまま、きょとんとしている。
「そうだよ! なんでオレに彼氏がいることになってんだ!」
「だって、悠君」
亮子さんが、突然こちらに話を振ってきた。
恋愛に必要な物...僕は気合いだと思うんだよなあ
そんなことを思っていた僕は話を全く聞いていなかった
しかも、僕の腕を掴んで話に引き入れようとする。
「え、何?」
いきなり名前を呼ばれたので、思わず聞き返してしまった。
「聖美の彼氏の話」
「えっ?! 聖美さんに彼氏がいたの?!」
思わず大きな声が出た。
いや、だって、そんな話は初耳だ。
聖美さんはいつも男勝りで、思ったことを遠慮なく口にする。そんな彼女に彼氏がいるなんて、僕は考えたこともなかった。
もちろん、僕が知らないだけで、そういう相手がいても不思議ではない。
でも、まさか本当に……?
「おい、悠! お前まで何を信じてんだよ!」
聖美さんがこちらを振り向いた。
「えっ、だって亮子さんが……」
「亮子! お前、余計なこと言うんじゃねえ!」
聖美さんが詰め寄ると、亮子さんは悪びれる様子もなく笑っていた。
周りのみんなも、僕の慌てっぷりがおかしかったのか、次々に笑い出す。
「ちょっと、みんな! そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」
僕が抗議しても、笑い声はなかなか収まらない。
どうやら、すっかりからかわれてしまったらしい。
それにしても、恋愛の壺ひとつでここまで盛り上がるなんて。
僕たちは顔を見合わせ、また笑った。
こうしてみんなで騒いでいる時間が、僕は好きだった。
好きな娘は誰ですか?
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