残酷な世界に生まれたけれど、幸せです   作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!

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『幸せの道はずっとずっと遠くまで続いているって思い込んでいた。
 破壊されて初めて、その幸福が薄い硝子の上に乗っていたものだと気づく。
 自分たちが救われたようにまだ破壊されていない誰かの幸福を
 強くなって守りたいと思った』

 


フェリ・ロスという少女(3)

 

「──すみません。その、初歩的な質問で申し訳ないのですが。ツェルニの滅びって、絶対に回避しないといけないものなんですか?」

 

 カリアンから一通りの事情(ツェルニのバックグラウンド)を聞いたアークライトは、困惑した表情で問いを投げた。そして一瞬答えに窮したカリアンへ、無自覚に追い打ちの言葉をかける(フェリ並のロジハラをする)。

 

「これは僕なりの考えなんですが、学園都市の『都市戦』は温すぎると思うんです。犠牲者はまず出ませんし、都市が滅んでも市民はほぼ確実に他の学園都市へ転学したり、一般都市へ移住できます。実際の都市戦(戦争)や、あるいは汚染獣戦と比較すると、そこには天と地の差があります。*1 そんな『温い』学園都市の都市戦でも、『都市の滅び』という事象だけは発生するようになっている……ということは。これは、意図的な仕様なんじゃないかと僕は思います。僕なりの推測ですが、学園都市(揺り籠)にて都市の滅びを経験した人材を、一定のペースで、一定の数量、社会へ供給することで。市民や武芸者の『危機感』が、低下し過ぎることを防ぐ意図があるのではないかと──」

「アーくん、そこまでにしてあげてください。兄が死にそうな顔になっています」

「……す、すみません。僕は、カリアンさんを批判するつもりはなかったんです」

「いや、構わないとも……」

 

 アークライトから遠回しに、『ツェルニを救えなかった』という聖痕(スティグマ)を負って故郷へ帰ることを。そんな悲劇を『社会から望まれている』可能性を指摘され、顔色を青くしたカリアンは、額に手を当て、ポツリと呟いた。

 

「だが、だが……。愛するものを守りたいという気持ちは間違っているのだろうか? ──愛しているんだ。私は、ツェルニのことを」

「……」

「……アーくん」

「……うん」

 

 カリアンの告白に、フェリとアークライトは目を合わせて頷きあった。

 

 ──とある日の。

   ロス兄妹が暮らす、アパルトメントのリビングで。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「お疲れ様です……」「お疲れ様でした(さまっした)!」「ありがとうございました!!」「ありがとうございました(ありゃーすっ)!」

 

「おう、お疲れぇーい」

 

 シン・カイハーン、ツェルニ武芸科の4年生にして第14小隊の小隊長を務める優等生(エリート)。

そんな彼は、気さくな人柄を感じさせる声音で。

後輩たちへ後ろ手にひらひらと手を振って、錬武館を後にした。

 

 

(……悪くねえ。まだこの時期*2ってことまで考えると、相当に悪くねえ仕上がりだ。

 今年の対抗戦(学内対抗戦)では、かなり良いところまで行くんじゃねえか?)

 

 歩きながらも無意識に、碧宝錬金鋼の収められた剣帯へ利き手を添えて。シンは今日の訓練を振り返る。

小隊員の中では、相変わらず2年生のニーナ・アントークが良い。

1年生で小隊員になったほどの才覚(センス)もそうだが、何よりも。根性(ガッツ)がある。

 

 ツェルニは今、保有するセルニウム鉱山を一つしか持たない崖っぷちの都市だ。

つまりニーナ・アントークは、入学早々に栄えある小隊員へと選ばれ。

そして都市戦での惨敗を経験した(己の力不足をたっぷりと突き付けられた)という、非常に稀な背景を持つ後輩だった。

 

 並の精神性であればそこで挫折して腐ったり、あるいは、そこまで堕ちずとも。

小隊員であることに耐えられず自主的に小隊を離隊してしまっても、何らおかしくはないだろう。

 

 

「くく……」

 

 だが、あれ(ニーナ)は違う。

あの一対の鉄鞭を振るう後輩は、惨めな敗北の後もギラギラとした目で貪欲に、少しでもシンや周囲の小隊員達から何かを学び取ろうと必死だった。

 

 そして後輩のそんな健気な姿に刺激され奮起しない弱卒(ヘタレ)など、第14(俺の)小隊には存在しない。

そうだ。ツェルニはまだ(・・)終わってなどいない。後輩(ニーナ)の根性(ガッツ)が吹き起こした熱い風に背を押されて。

今、第14小隊はツェルニで最も質の高い訓練を、最も長時間行っている。

……この確信が、シンにはあった。

 

 

「来年(次)こそは、か……」

 

 そう。全ては来年だ。

まだ来年が、ツェルニにはある。

しかし、もう来年しかツェルニにはない。

 

 

(悪くねえ、悪くねえんだ……。だが、な。

 ──第14小隊(俺達)は、間に合うのか?)

 

 シンは一寸足を止めると、ぐっと歯を食いしばって湧き上がる不安を堪えた。

充実感に満ちていた今日の訓練だって、落ち着いて振り返ってみれば『ああすればよかった』という反省がいっぱいで。

武芸科、あるいは生徒会、あるいはツェルニという都市全体にまで視野を広げれば『どうしてこうなんだ』という不満も。内心では尽きることはない。

 

 

(けどよ、そんな胸に抱えたもののうち──

 一体どれだけのもの(不安や不満)が、第14小隊のためになる(俺達を成長させてくれるんだ)?)

 

 そしてシンは小さく「へっ……」と笑い、錬金鋼(片手剣)の収まる剣帯をポンポンと叩く。

結局のところシンにできることは、自分と後輩達を死ぬほど鍛えることしかない。

そして運命(都市戦)の日に後輩達を率い、自らこの片手剣を振るって。

切り開いていくしかないのだ。ツェルニの未来を。

 

 

(学園都市ってやつは下に見られがちだけどよ……

 ガキども(俺たち)に自覚を促すって意味では、これほど良い環境もないと思うぜ)

 

 4年生、19歳のシンは。一般都市ではまだ単なる子どもか、精々、未熟で経験不足の若造としか扱ってもらえないだろう。

だがここ学園都市ツェルニでは。既にシンは後輩達を教え導き、ひいては都市の未来に責任を負う立場にあるのだ。

 

 シン・カイハーン。自らが歩むべき道を歩んでいる好漢(おとこだて)は、背筋をピンと伸ばして。その歩みを再開した。

 

 

(──さぁて。

 それで、今日のメシは何にするかね)

 

 錬武館から自宅までの。いつもの帰り道を歩きながら、シンは夕食のことを考える。

ここで夕食の準備をして自宅で待っていてくれる彼女でもいれば、話は別なのだが……生憎とシンにそんな夢のような存在はいなかった。*3

 

 ゆったりと路面電車の駅まで足を動かしながら。自宅最寄り駅の一つ手前、二つ手前で降りた場合の飲食店まで選択肢に入れてシンは考える。

味も価格もボリュームも、何れも見逃せないポイントだが。ただでさえ外食中心の生活では偏りがちな栄養価こそを、シンは最重視していた。何しろ武芸者にとって、体は資本なので。*4

 

 

(ん? そう言えばこの辺にある店って……)

 

 ここでシンはピタリと足を止め、キョロキョロと辺りを見回す。

最近になって自分の情報網(ネットワーク)に入ってきたネタのエリアと、周囲に存在する飲食店は、位置座標が重なっていたのだ。

 

 

 

「──少し、遅くなってしまいましたね」

 

「う、うん。ごめんね……フェリ」

 

「かまいません。今日の課題は少し多かったですし。

 まあ、全て自力で解いただけでもアーくんにしては頑張った方でしょう」

 

「うう……ありがとう」

 

「はぁ……これくらいで大袈裟すぎます。アーくんは本当に仕方ないですね。

 ……では、今日も家まで送ってください」

 

「うん!」

 

 その二人がちょうどレストランの入口から姿を現したのは、まさに運命のいたずらとしか言いようがないだろう。二人の様子は、キョロキョロと辺りを見回していたシン・カイハーンの視界にバッチリ捉えられることになった。

 

 

(あっ、あれは……っ! 今年の新入生で、いや! ツェルニで最もかわいいことで有名な、一般教養科のフェリ・ロスちゃん!! うおおおおっ!! そして一体誰なんだっ?! フェリちゃん(マイ・エンジェル)の隣にいる男はっ?! まっ、まさか真実(ほんとう)だったというのかっ?! あの週刊ルックンのクソみたいな報道は?! そ、そんなこと許せはせん!! 許せはせんぞぉっ!!*5 フェリちゃん(マイ・エンジェル)はなあっ! 俺が卒業するまでは……恋人なんか作らないんだぁっ!!)*6

 

 唐突に食らわされた脳破壊に、ぶるぶると身を震わせながら心の中で絶叫する悲しき好漢、シン・カイハーン。

フェリ・ロスファンクラブの初期会員である彼にとって、フェリ・ロス嬢(ラブリー・マイ・エンジェル)が眼前で繰り広げる甘酸っぱい青春模様は、あまりにも刺激が強すぎた。

悲しみを背負った男(シン)はふらふらと、亡霊のような足取りで二人(フェリとアークライト)に近寄る。

 

 二人に何か言いたいことがあるわけではなく、まして何かしてやろうなんて悪しき企みがあるわけでも、当然ない……。

ただシンは、目の前の光景が現実のものか、確かめたかった(と信じたくなかった)だけである。

 

 そしてシンの視界の中で、フェリがアークライトに対して抱っこでも強請(ねだ)るようにして両手を伸ばした*7、その瞬間に。二人は姿を消した(・・・・・)。

 

 

「……何……だと?」

 

 視覚に映る景色も、周囲から感じられる気配も。

五感、あるいは五感を超えた第六感すらも通したあらゆる感覚が……二人(フェリとアークライト)がもうそこには居ないことを。すなわち、シンの前から一瞬で姿を消した可能性(事実)を伝えてくる。

 

 だが、そんなことがありえるのだろうか? 一般教養科の二人が、武芸科が誇る小隊長(エリート中のエリート)の知覚を欺くことなど……。

論理的思考を尊ぶシン(小隊長)の脳内を(幻覚、か……?! やはり……幻覚だったのか?!)という混乱した思考が支配していく。

しかし、シンの魂は違った。

 

 

(いや、俺がフェリちゃん(マイ・エンジェル)の姿を見間違えるわけがない!

 俺の魂が否定してんだよ!! さっきの光景は幻覚なんかじゃねえ!!)

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 ──地上でそんなちょっと面白い一幕が繰り広げられているとは、露知らずして。

フェリとアークライトの姿は、ツェルニの上空(そら)に在った。*8

 

 

──Wing(ウイング) Halo(ヘイロウ)

 

 

「アーくん、次はあっちです。先日あそこの通りに新しくケーキ屋が開店していました」

 

「うん。……ねえ、フェリ。

 もうこんな時間だから、ケーキ屋なんてどこも閉まってると思うんだけど」

 

「そんなことは、行ってみないとわかりません。

 それに、この時間になった原因のアーくんがそれを言いますか?」

 

「……はい。アーくんごめんなさい」

 

 アークライトの腕の中で、制服(ブレザー)の襟(ラペル)を操縦桿のようにくいくい(・・・・)と引いて。*9

フェリは飛行軌道をコントロールする。

そうして二人は、営業時間を終えて暗くなった店舗を上から見下ろすことになった。

 

 

「……やはり、閉まっていましたか」

 

「残念だったね。また来ようよ」

 

「そうしましょう。……アーくん」

 

 フェリは再び制服の襟を引いて、むずかる子どものように『まだ帰りたくありません』とアークライトへアピールする。

アークライトが「もうこんな時間だから」と言い聞かせると。

フェリは「兄はまだ帰ってきません(どうせ今日も残業です)よ」と更に襟をくいくい(・・・・)して。難なくアークライトを屈服させた。

二人は閉店してしまっていたケーキ屋を静かに後にすると、再びツェルニの上空(そら)をゆっくりと、それでも路面電車よりはずっと速く飛び始める。

 

 フェリの無言の指示に従ってアークライトが目指すのは、都市の中央、最も高くにある場所。

生徒会長の執務室(そこ)は、こんな時間でも煌々と明るくて。部屋の主(カリアン)がまだまだ帰れずにいることを示していた。

 

 二人は執務室の中を、窓からそっと覗き込み。カリアン(お兄ちゃん)の姿を認めて、目を合わせてくすりと笑い合う。

アークライトは今度こそは自分の意志で飛んで、ぐんぐんと高度を上げ始めた。

そして、エアフィルターの頂点、そのギリギリの高度でピタリと動きを止める。*10

 

 

(何とかと煙は高いところが好き……とは言いますが。まったく……)

 

 夜闇のベールの向こう側に、果てしなく広がる荒れた大地へ。ぼんやりとした目線を向けるアークライトを見上げながらフェリは思う。

 

 フェリは、勉強会の帰り道……頻繁にアークライトが連れて(飛翔んで)きてくれる、この場所が好きだった。

念威操者である自分は移動都市(ツェルニ)よりもずっと遠い地平の先を、それこそ何百キルメルも離れた場所を見通すことができたけれど。

その一方で武芸者のアークライトが立つことができる、最も高い視座がここ。ツェルニのエアフィルターが、外界(地獄)との境界線を成す、限界高度だった。

 

 だから。アークライトの腕の中で二人、ツェルニで一番高いところに居る時。フェリはアークライトと同じもの(未来)を見られているような気がして。

いつも『まだ帰りたくありません』という思いを隠す(伝える)ように、彼の制服の襟をきゅっと握って小さく身じろぎをして見せるのだ。

 

 

「アーくん……今、何を考えていますか?」

 

 まるでフェリ(子ども)のわがままを『もう時間だよ』と嗜めるように。

緩やかに高度を下げ始めたアークライト(気が利かない男)を妨害しようと、フェリは会話の口火を切る。

 

 

「……え? ……今週も、アルバイトを見つけられなかったなあ、と思って」

 

 返ってきた言葉は期待していたよりも、ずっとずっとムード(雰囲気)の欠如したものだったけれど。

この男(ポンコツ)との付き合い方というものをいい加減に理解してきたフェリは、溜め息をこらえながら、「そうですか。他にはありませんか?」と辛抱強く会話を続ける。

 

 

「あとは、今日もご飯がおいしかった」

 

「ええ」

 

「フェリがいっぱい勉強を教えてくれた」

 

「そうでしたね。アーくんがいっぱい頑張っていたので、私も指導に熱が入りました」

 

「うん。いつもありがとう。

 ……僕は、フェリと友達になれて、本当に幸(しあわ)s(せ)」

 

「んん゛っ……」*11

 

 隙あらば会話のドッジボールで被弾させてこようとする、この悪い男(ポンコツ)の言葉をフェリは華麗にインターセプトした。

フェリは抗議の意志をこめて、アークライトの薄い(・・)胸板*12へ、ぐりぐりと優しく(・・・)額を押し付けながら、内心で『そうですか。アーくんはそういうことをしてしまうんですね。仕方がありません。ええ、本当に仕方がありません。悪いのはアーくんですからね』と静かに宣戦布告を行った。

 

 

「アーくん……アークライトは、今週は機関部のアルバイト面接を受けていましたね?」

 

「ぅ、うん」

 

「結果はどうでしたか?」

 

「不採用、でした……」

 

「そうですか。それは残念でしたね。

 ところでアークライトは、機関部のアルバイトが非常に不人気だと、知っていますか」

 

「……はい」

 

「これは一般論ですが。人気のない職場は、常に人手が不足しているものです。そうですね?」

 

「……はい」

 

「それでアークライトは、次はどこのアルバイト面接を申し込みする予定ですか?

 その職場は機関部よりも人気のない(・・)職場ですか?」

 

「あの、その……」

 

「どうなんですか? もちろん、そこまでちゃんと考えてアルバイトを探しているんですよね?」

 

「……イイエ。考えが足りなくて、ごめんなさい……」

 

 フェリの正論パンチ(ロジハラ)にボコボコにされ、一瞬にして涙目でぷるぷる震えるだけのクソ雑魚スライムと化す人類最高峰の武芸者(アークライト)。

今やアークライトの飛行は、最初のフェリの狙い通りにピタリと止まり。

その場(ツェルニの上空)で二人はぴったりと身を寄せ合って、会話を続行することになる。*13

 

 既にアークライトはKO寸前の有様だったが、フェリはアークライトの胸をつんつんと突きながら、容赦なく追撃の言葉をかける。きっとこういうところで手を抜かないのが調教の秘訣なのだろう。

 

 

「ところでアーくんは、アルバイトが見つかったとして。

 本当にそれを、続けられると思いますか?」

 

「……え? うん……!

 もしも仕事(アルバイト)が見つかったら、頑張るよ……!!」

 

「はぁ……。そうですか。

 では、ノアに呼ばれたらどうするのですか?」

 

「え?」

 

「アーくんは仕事(アルバイト)中にノアから呼ばれたら、他の都市を見捨てるのですか?

 それとも仕事(アルバイト)を投げ出して、汚染獣と戦いに征くのですか?」

 

「あ、うぅ……」

 

「そこまで考えていなかったんですね」

 

「う゛ん」

 

「私は、アーくんが普通のアルバイトを見つけるのは、難しいと思います。

 そして万が一アルバイトを見つけることができても。続けられないと思いますよ」

 

「ゎ゛、わかったよぉ……」

 

「……ところで。

 そんなダメダメなアーくんでもできそうな仕事(アルバイト)に、私は心当たりがあります」

 

「……………………えっ???」

 

「私はアーくんのたった一人の友達ですから。

 アーくんのために、ちょっとだけ頑張ってしまいました」

 

「っ……! ううぅっ!! フェリぃ……!!」

 

「詳しい話は、また私たちの家でしましょう」

 

「うんっ……! うんっ……!!」

 

 ──つまり、そういうことになった(痴話喧嘩はフェリの圧勝であった)。フェリの手の平の上でころころと転がされたアークライトは『善は急げ』とばかりに翼(ウイングヘイロウ)をはためかせ、二人の家(アパルトメント)へ一直線に駆けていく。

 

 フェリは心地よい向かい風を感じながら*14、アーくんの胸の中で小さく微笑む(口角を上げる)のであった。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 ある休日の午後。

 

「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

 

 おそらく無意識の行いだろう。愛する妹(フェリ)が鼻歌(ハミング)などしながら帰宅したのを聞いて、カリアン・ロスは随分と珍しい妹(フェリ)の様子に目を細めた。兄妹(きょうだい)は、今ではかなり離れた価値観を持ち、意見を違わせることも多かったが。それでもカリアンは身内特有の遠慮のなさで、フェリに声をかける。

 

「おかえり。随分と機嫌が良さそうじゃないか。何か、良いことでもあったのかな?」

「……っ!! 兄さんには……」

 

 関係ありません、と斬って捨てようとしたところで。フェリは事実がそうではなかったことに、肩を落として……大きな紙箱を机の上に置いた。そしていかにも不承不承と言いたげな語調で簡潔に説明する。

 

「アーくんから。私 ……と兄さん に、おみやげです」

「ほう。アークライトくんが、カリアン(私)に? それは珍しい……というよりも、初めてのことだね」

 

 フェリの端的(言葉足らず)な説明を噛み砕いて。一瞬で『真実』に到達したカリアンは、ニッコリと笑い、かわいい妹をからかうように言葉を紡ぐ。そんなカリアン(悪い兄)の巫山戯た言葉に、フェリはイライラしたような口調で厳しく事実関係を正した。

 

「アーくんが、私に、私のために……です。兄さんはおまけです。アーくんが初めてのお給料で、私のために買ってくれたケーキです。以前行けなかったケーキ屋さんに、わざわざ(事前に)予約して作ってもらった、特注のケーキです」

 

 そのまま言い捨てた勢いでずんずんとキッチンへ侵入していこうとする恐ろしい妹(フェリ)へ、カリアンは慌てて謝罪を行う。茶葉を台無しにされてしまってはたまらない。

 

「フェリ、フェリちゃん? 悪かった、本当に私が悪かった……冗談でも口にしていい言葉ではなかったと反省しているよ。だから、紅茶の準備は私がしよう。いや、是非とも私にさせてほしい」

「そもそも日頃からアーくんを便利使いしている兄さんに、アーくんが気を遣ってこんなにおしゃれな贈り物をする理由(わけ)がないとわかりますよね?」

「ああ、そうだとも。その通りだとも。アークライトくんが真面目に働いてくれて、私も感謝しているよ」

「そうです。兄さんは、アーくんにもっと感謝すべきです。感謝しているのなら、きちんとアーくんの働きを評価して来月のお給料(お小遣い)に反映してください」

「ははは。そればかりは予算というものがあるから、そう簡単にはいかないが。しかし、彼の働きに正しく報いることは約束するよ」

「……いいでしょう。今は、その答えに騙されておいてあげます」

 

 フェリは恐ろしい形相*15で実の兄を威圧し、『早く行け』とばかりにキッチンでのお茶汲みを促した。年齢の離れた妹を持つ兄の悲哀が、そこにはあった。

しかもその妹は、男友達(ボーイフレンド)*16を「雑用でもなんでもいいから採用してください」と堂々とねじ込んで(コネ入社させて)きた上に、彼が不当な扱いを受けていないかと常に目を光らせているのだ。

 

 その、結局カリアンの私設秘書として採用した、問題の彼(アークライト)が、購買欲というものをほとんど全く持たない男で。彼が手にしたお給料(お小遣い)はほぼ100パーセント愛妹(フェリ)のために費やされるであろう事実だけが、カリアンの心の慰めだった。それに、こうして御零れにあずかることができているのも、また事実なわけで。他にも──

 

 カリアンはやれやれと肩をすくめながらキッチンへ向かう。何れにせよ妹(フェリ)……と彼(アークライト)の二人が、一般教養科(ツェルニ)で楽しそう(幸せそう)にしているのなら、兄(カリアン)にとっては何よりであった。彼(アークライト)の採用に携わるアレコレで、生徒会長としての悩みが随分と解消されることになったのも、大きい。*17

 

 カリアンが(今日はとっておきの茶葉を開けてしまおうか……)と保存庫を漁り、無惨なことになったそれ(茶葉)を目にして絶叫するまで。あと数秒……。

 

 ──ロス兄妹が暮らす、アパルトメントのリビングで。

 

 

 

 

 

 

*1:
一般都市における都市戦(戦争)と汚染獣戦の間にも、大きなギャップはあるが。ここでは論旨を明瞭にするために、アークライトは意図的に言及を回避している。

*2:
7月。メタ的には前話の『フェリ・ロスという少女(2)』から、一月ほどが経過。

*3:
一般に「武芸科の小隊員はモテる」と言われているが、その実態は人気者・有名人(アイドル)としての方向性であって、彼ら彼女らが恋愛方面で恵まれているかと言えば必ずしもそうではない。と言うよりも学生時代に恋愛関係を持ち、結婚して、子どもまで生して。そのまま卒業後もツェルニに定住する……といった幸せなカップルは、ほぼ確実に小隊員や、あるいは生徒会からは出てこない。それほど彼ら彼女らの双肩に乗った責任とは重く、それ故に多忙なのである。

*4:
フェリ「あれがお手本ですよ。ちゃんと見ていますか、アーくん?」

*5:
カリアン「(つらいだろう。叫び出したいだろう。わかるよ)」

*6:
自分が卒業した後なら自由に恋愛してくれ……というあたりに、厄介ファンとしての自覚と良心が絶妙に滲み出ている。

*7:
シン「嘘だッ!!」

*8:
オーラフォトンを用いた光の屈折や殺剄なども併用して、外部から観測できなくなっている。

*9:
ツェルニの制服は大分デザインが独特だが、それでも一般教養科のそれは、現実の私立高校にありそうな雰囲気をギリギリ保っている。ブレザーをナポレオンカラーで仕立てました……みたいな感じ。

*10:
──Wing(ウイング) Halo(ヘイロウ) 空中での加速・減速・姿勢制御など、飛行全般に特化したオーラフォトンの一形態(フォーム)。その他にも使用者周囲の大気圧・酸素濃度・空気抵抗の影響……などを調節する機能がある。しかし残念ながら、汚染物質を遮断することはできない。 ──オーラフォトンはそれ自体が高い汎用性を誇っており、無論アークライトはウイングヘイロウ無しでも飛行を可能としているが、実戦において『ただ飛行する』という行為の制御に一々リソースを割くのは無駄が多い。そのために、このような外付けの出力装置(アクセラレーター)を構築する……こともないわけではなかった。実際には過去のアークライトは、内力系活剄の恩恵を十全に活用できる陸戦を行うことの方が遥かに多く、仮にウイングヘイロウを用いるとしてもダウンフォース(負の揚力)効果を得るための限定的な使用……といったケースが大半であった。アークライトが独力で『より高い機動力を得るためにはどうすればいいか?』という、言わば『個人戦術』を突き詰め続けた、その限界がここに露呈している。フェリとのお空の散歩(デート)といった私的利用を除いて、ウイングヘイロウの本格的な実戦投入は、アークライトがフェリ(念威操者)による戦域管制……つまり『より高次の戦術的見地』から、ウイングヘイロウによる『三次元機動の有効性』を積極的に提示されるようになって以降の話である。

*11:
超秀才念威操者系神秘的美少女のフェリは、声まで美少女。わかっているね?

*12:
超長期間にわたる極度の栄養失調により、見ていて悲しくなるほどに肉が付いていない。

*13:
ツェルニが移動都市である以上、アークライトはツェルニとの相対速度をゼロにするため、ツェルニの移動に合わせた飛翔を続けていることになるが。こういった無意識レベルでの制御を可能とする剄技が、ウイングヘイロウである。つまり痴話喧嘩のために、天剣技クラスの高度な剄技が無駄に使用されている……。

*14:
「空を飛んでいるという実感が欲しいです」というフェリの要望で、適度な空気抵抗を楽しめるようにウイングヘイロウの機能が調整されている。

*15:
無表情。

*16:
カリアン「彼氏じゃないよねっ?! ねっ?! ちょっと、フェリちゃん……? こっちを見て返事をして……???」

*17:
採用されるなら、ノアのこととそれに関連する事柄をカリアンへ伝える必要があった。つまり……。






・感想・評価、いつもありがとうございます。

・シン先輩のファンの皆様には本当に申し訳ありません。当小説のシン先輩はこんな感じです。

・申し訳ありません。予定していた汚染獣との戦闘まで書けませんでした。
 プロット上は、次話でカリアンともう少しお話してから、汚染獣戦の予定です。

・フェリのドS全開な描写に引かれてしまいましたら大変に申し訳ありません。
 アークライトの何かがフェリに火を着けてしまったようです。
 作者自身も非常に困惑しています。
 唯一のパートナーであることをお互いに少しずつ自覚して、しかも四六時中いっしょにいるというとても怪しい関係なので、色々と煮詰まって秒読みな段階なのだと思います……。
 カリアンは泣いていい。

・高度な剄技の無駄遣い。
 10年ほどぼっちファイトを続けてきたアークライトが、フェリといっしょに技の引き出しを再確認して、戦術を洗練させている最中のできごとです。
 レイジングハートといっしょにスターライトブレイカーを編み出したなのはさん的な……。

・前書きのセリフは私が鬼滅で一番推してるかもしれない胡蝶しのぶさん。
 私はしのぶさんの継子が軒並み戦死しているエピソードで心がバキボキに折れました。
 涙が枯れるまで泣いて泣いて、それでも『誰かの幸福』を守るために戦い続けた凄い人です。

 
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