残酷な世界に生まれたけれど、幸せです 作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!
『幸せの道はずっとずっと遠くまで続いているって思い込んでいた。
破壊されて初めて、その幸福が薄い硝子の上に乗っていたものだと気づく。
自分たちが救われたようにまだ破壊されていない誰かの幸福を
強くなって守りたいと思った』
「──すみません。その、初歩的な質問で申し訳ないのですが。ツェルニの滅びって、絶対に回避しないといけないものなんですか?」
カリアンから
「これは僕なりの考えなんですが、学園都市の『都市戦』は温すぎると思うんです。犠牲者はまず出ませんし、都市が滅んでも市民はほぼ確実に他の学園都市へ転学したり、一般都市へ移住できます。実際の
「アーくん、そこまでにしてあげてください。兄が死にそうな顔になっています」
「……す、すみません。僕は、カリアンさんを批判するつもりはなかったんです」
「いや、構わないとも……」
アークライトから遠回しに、『ツェルニを救えなかった』という
「だが、だが……。愛するものを守りたいという気持ちは間違っているのだろうか? ──愛しているんだ。私は、ツェルニのことを」
「……」
「……アーくん」
「……うん」
カリアンの告白に、フェリとアークライトは目を合わせて頷きあった。
──とある日の。
ロス兄妹が暮らす、アパルトメントのリビングで。
◆
「お疲れ様です……」「
「おう、お疲れぇーい」
シン・カイハーン、ツェルニ武芸科の4年生にして第14小隊の小隊長を務める
そんな彼は、気さくな人柄を感じさせる声音で。
後輩たちへ後ろ手にひらひらと手を振って、錬武館を後にした。
(……悪くねえ。まだこの時期*2ってことまで考えると、相当に悪くねえ仕上がりだ。
今年の
歩きながらも無意識に、碧宝錬金鋼の収められた剣帯へ利き手を添えて。シンは今日の訓練を振り返る。
小隊員の中では、相変わらず2年生のニーナ・アントークが良い。
1年生で小隊員になったほどの
ツェルニは今、保有するセルニウム鉱山を一つしか持たない崖っぷちの都市だ。
つまりニーナ・アントークは、入学早々に栄えある小隊員へと選ばれ。
そして
並の精神性であればそこで挫折して腐ったり、あるいは、そこまで堕ちずとも。
小隊員であることに耐えられず自主的に小隊を離隊してしまっても、何らおかしくはないだろう。
「くく……」
だが、
あの一対の鉄鞭を振るう後輩は、惨めな敗北の後もギラギラとした目で貪欲に、少しでもシンや周囲の小隊員達から何かを学び取ろうと必死だった。
そして後輩のそんな健気な姿に刺激され奮起しない
そうだ。ツェルニは
今、第14小隊はツェルニで最も質の高い訓練を、最も長時間行っている。
……この確信が、シンにはあった。
「
そう。全ては来年だ。
まだ来年が、ツェルニにはある。
しかし、もう来年しかツェルニにはない。
(悪くねえ、悪くねえんだ……。だが、な。
──
シンは一寸足を止めると、ぐっと歯を食いしばって湧き上がる不安を堪えた。
充実感に満ちていた今日の訓練だって、落ち着いて振り返ってみれば『ああすればよかった』という反省がいっぱいで。
武芸科、あるいは生徒会、あるいはツェルニという都市全体にまで視野を広げれば『どうしてこうなんだ』という不満も。内心では尽きることはない。
(けどよ、そんな胸に抱えたもののうち──
一体どれだけの
そしてシンは小さく「へっ……」と笑い、
結局のところシンにできることは、自分と後輩達を死ぬほど鍛えることしかない。
そして
切り開いていくしかないのだ。ツェルニの未来を。
(学園都市ってやつは下に見られがちだけどよ……
4年生、19歳のシンは。一般都市ではまだ単なる子どもか、精々、未熟で経験不足の若造としか扱ってもらえないだろう。
だがここ学園都市ツェルニでは。既にシンは後輩達を教え導き、ひいては都市の未来に責任を負う立場にあるのだ。
シン・カイハーン。自らが歩むべき道を歩んでいる
(──さぁて。
それで、今日のメシは何にするかね)
錬武館から自宅までの。いつもの帰り道を歩きながら、シンは夕食のことを考える。
ここで夕食の準備をして自宅で待っていてくれる彼女でもいれば、話は別なのだが……生憎とシンにそんな夢のような存在はいなかった。*3
ゆったりと路面電車の駅まで足を動かしながら。自宅最寄り駅の一つ手前、二つ手前で降りた場合の飲食店まで選択肢に入れてシンは考える。
味も価格もボリュームも、何れも見逃せないポイントだが。ただでさえ外食中心の生活では偏りがちな栄養価こそを、シンは最重視していた。何しろ武芸者にとって、体は資本なので。*4
(ん? そう言えばこの辺にある店って……)
ここでシンはピタリと足を止め、キョロキョロと辺りを見回す。
最近になって自分の
「──少し、遅くなってしまいましたね」
「う、うん。ごめんね……フェリ」
「かまいません。今日の課題は少し多かったですし。
まあ、全て自力で解いただけでもアーくんにしては頑張った方でしょう」
「うう……ありがとう」
「はぁ……これくらいで大袈裟すぎます。アーくんは本当に仕方ないですね。
……では、今日も家まで送ってください」
「うん!」
その二人がちょうどレストランの入口から姿を現したのは、まさに運命のいたずらとしか言いようがないだろう。二人の様子は、キョロキョロと辺りを見回していたシン・カイハーンの視界にバッチリ捉えられることになった。
(あっ、あれは……っ! 今年の新入生で、いや! ツェルニで最もかわいいことで有名な、一般教養科のフェリ・ロスちゃん!! うおおおおっ!! そして一体誰なんだっ?!
唐突に食らわされた脳破壊に、ぶるぶると身を震わせながら心の中で絶叫する悲しき好漢、シン・カイハーン。
フェリ・ロスファンクラブの初期会員である彼にとって、
二人に何か言いたいことがあるわけではなく、まして何かしてやろうなんて悪しき企みがあるわけでも、当然ない……。
ただシンは、目の前の光景が現実のもの
そしてシンの視界の中で、フェリがアークライトに対して抱っこでも
「……何……だと?」
視覚に映る景色も、周囲から感じられる気配も。
五感、あるいは五感を超えた第六感すらも通したあらゆる感覚が……
だが、そんなことがありえるのだろうか? 一般教養科の二人が、武芸科が誇る
論理的思考を尊ぶ
しかし、シンの魂は違った。
(いや、俺が
俺の魂が否定してんだよ!! さっきの光景は幻覚なんかじゃねえ!!)
◆
──地上でそんなちょっと面白い一幕が繰り広げられているとは、露知らずして。
フェリとアークライトの姿は、ツェルニの
──
「アーくん、次はあっちです。先日あそこの通りに新しくケーキ屋が開店していました」
「うん。……ねえ、フェリ。
もうこんな時間だから、ケーキ屋なんてどこも閉まってると思うんだけど」
「そんなことは、行ってみないとわかりません。
それに、この時間になった原因のアーくんがそれを言いますか?」
「……はい。アーくんごめんなさい」
アークライトの腕の中で、
フェリは飛行軌道をコントロールする。
そうして二人は、営業時間を終えて暗くなった店舗を上から見下ろすことになった。
「……やはり、閉まっていましたか」
「残念だったね。また来ようよ」
「そうしましょう。……アーくん」
フェリは再び制服の襟を引いて、むずかる子どものように『まだ帰りたくありません』とアークライトへアピールする。
アークライトが「もうこんな時間だから」と言い聞かせると。
フェリは「兄は
二人は閉店してしまっていたケーキ屋を静かに後にすると、再びツェルニの
フェリの無言の指示に従ってアークライトが目指すのは、都市の中央、最も高くにある場所。
二人は執務室の中を、窓からそっと覗き込み。
アークライトは今度こそは自分の意志で飛んで、ぐんぐんと高度を上げ始めた。
そして、エアフィルターの頂点、そのギリギリの高度でピタリと動きを止める。*10
(何とかと煙は高いところが好き……とは言いますが。まったく……)
夜闇のベールの向こう側に、果てしなく広がる荒れた大地へ。ぼんやりとした目線を向けるアークライトを見上げながらフェリは思う。
フェリは、勉強会の帰り道……頻繁にアークライトが
念威操者である自分は
その一方で武芸者のアークライトが立つことができる、最も高い視座がここ。ツェルニのエアフィルターが、
だから。アークライトの腕の中で二人、ツェルニで一番高いところに居る時。フェリはアークライトと同じ
いつも『まだ帰りたくありません』という思いを
「アーくん……今、何を考えていますか?」
まるで
緩やかに高度を下げ始めた
「……え? ……今週も、アルバイトを見つけられなかったなあ、と思って」
返ってきた言葉は期待していたよりも、ずっとずっと
この
「あとは、今日もご飯がおいしかった」
「ええ」
「フェリがいっぱい勉強を教えてくれた」
「そうでしたね。アーくんがいっぱい頑張っていたので、私も指導に熱が入りました」
「うん。いつもありがとう。
……僕は、フェリと友達になれて、本当に
「んん゛っ……」*11
隙あらば会話のドッジボールで被弾させてこようとする、この
フェリは抗議の意志をこめて、アークライトの
「アーくん……アークライトは、今週は機関部のアルバイト面接を受けていましたね?」
「ぅ、うん」
「結果はどうでしたか?」
「不採用、でした……」
「そうですか。それは残念でしたね。
ところでアークライトは、機関部のアルバイトが非常に不人気だと、知っていますか」
「……はい」
「これは一般論ですが。人気のない職場は、常に人手が不足しているものです。そうですね?」
「……はい」
「それでアークライトは、次はどこのアルバイト面接を申し込みする予定ですか?
その職場は機関部よりも人気の
「あの、その……」
「どうなんですか? もちろん、そこまでちゃんと考えてアルバイトを探しているんですよね?」
「……イイエ。考えが足りなくて、ごめんなさい……」
フェリの
今やアークライトの飛行は、最初のフェリの狙い通りにピタリと止まり。
既にアークライトはKO寸前の有様だったが、フェリはアークライトの胸をつんつんと突きながら、容赦なく追撃の言葉をかける。きっとこういうところで手を抜かないのが調教の秘訣なのだろう。
「ところでアーくんは、アルバイトが見つかったとして。
本当にそれを、続けられると思いますか?」
「……え? うん……!
もしも
「はぁ……。そうですか。
では、ノアに呼ばれたらどうするのですか?」
「え?」
「アーくんは
それとも
「あ、うぅ……」
「そこまで考えていなかったんですね」
「う゛ん」
「私は、アーくんが普通のアルバイトを見つけるのは、難しいと思います。
そして万が一アルバイトを見つけることができても。続けられないと思いますよ」
「ゎ゛、わかったよぉ……」
「……ところで。
そんなダメダメなアーくんでもできそうな
「……………………えっ???」
「私はアーくんのたった一人の友達ですから。
アーくんのために、ちょっとだけ頑張ってしまいました」
「っ……! ううぅっ!! フェリぃ……!!」
「詳しい話は、また私たちの家でしましょう」
「うんっ……! うんっ……!!」
──つまり、
フェリは心地よい向かい風を感じながら*14、アーくんの胸の中で小さく
◆
ある休日の午後。
「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
おそらく無意識の行いだろう。
「おかえり。随分と機嫌が良さそうじゃないか。何か、良いことでもあったのかな?」
「……っ!! 兄さんには……」
関係ありません、と斬って捨てようとしたところで。フェリは事実がそうではなかったことに、肩を落として……大きな紙箱を机の上に置いた。そしていかにも不承不承と言いたげな語調で簡潔に説明する。
「アーくんから。私 ……と兄さん に、おみやげです」
「ほう。アークライトくんが、
フェリの
「アーくんが、私に、私のために……です。兄さんはおまけです。アーくんが初めてのお給料で、私のために買ってくれたケーキです。以前行けなかったケーキ屋さんに、
そのまま言い捨てた勢いでずんずんとキッチンへ侵入していこうとする
「フェリ、フェリちゃん? 悪かった、本当に私が悪かった……冗談でも口にしていい言葉ではなかったと反省しているよ。だから、紅茶の準備は私がしよう。いや、是非とも私にさせてほしい」
「そもそも日頃からアーくんを便利使いしている兄さんに、アーくんが気を遣ってこんなにおしゃれな贈り物をする
「ああ、そうだとも。その通りだとも。アークライトくんが真面目に働いてくれて、私も感謝しているよ」
「そうです。兄さんは、アーくんにもっと感謝すべきです。感謝しているのなら、きちんとアーくんの働きを評価して来月の
「ははは。そればかりは予算というものがあるから、そう簡単にはいかないが。しかし、彼の働きに正しく報いることは約束するよ」
「……いいでしょう。今は、その答えに騙されておいてあげます」
フェリは恐ろしい形相*15で実の兄を威圧し、『早く行け』とばかりにキッチンでのお茶汲みを促した。年齢の離れた妹を持つ兄の悲哀が、そこにはあった。
しかもその妹は、
その、結局カリアンの私設秘書として採用した、問題の
カリアンはやれやれと肩をすくめながらキッチンへ向かう。何れにせよ
カリアンが(今日はとっておきの茶葉を開けてしまおうか……)と保存庫を漁り、無惨なことになった
──ロス兄妹が暮らす、アパルトメントのリビングで。
・感想・評価、いつもありがとうございます。
・シン先輩のファンの皆様には本当に申し訳ありません。当小説のシン先輩はこんな感じです。
・申し訳ありません。予定していた汚染獣との戦闘まで書けませんでした。
プロット上は、次話でカリアンともう少しお話してから、汚染獣戦の予定です。
・フェリのドS全開な描写に引かれてしまいましたら大変に申し訳ありません。
アークライトの何かがフェリに火を着けてしまったようです。
作者自身も非常に困惑しています。
唯一のパートナーであることをお互いに少しずつ自覚して、しかも四六時中いっしょにいるというとても怪しい関係なので、色々と煮詰まって秒読みな段階なのだと思います……。
カリアンは泣いていい。
・高度な剄技の無駄遣い。
10年ほどぼっちファイトを続けてきたアークライトが、フェリといっしょに技の引き出しを再確認して、戦術を洗練させている最中のできごとです。
レイジングハートといっしょにスターライトブレイカーを編み出したなのはさん的な……。
・前書きのセリフは私が鬼滅で一番推してるかもしれない胡蝶しのぶさん。
私はしのぶさんの継子が軒並み戦死しているエピソードで心がバキボキに折れました。
涙が枯れるまで泣いて泣いて、それでも『誰かの幸福』を守るために戦い続けた凄い人です。