残酷な世界に生まれたけれど、幸せです 作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!
『歩むべき道を知ることと、実際に歩むことは違う』
「ねえ。アルセイフ君……本当に僕たちが、お邪魔しちゃっても良いのかなぁ」
「あはは、誘っておいて今更ダメなんて言いませんよ」
「でもさ……今日初めて会うような先輩が二人も、いきなりお昼ご飯の時間に混ざってきたら。普通は気まずいよね?」
「……ああ。それなら大丈夫だと思います」
「はぁ……」
しかし僕たちは先日、
「あっ! レイとーん!! こっち、こっち!! きゃーーーーっ!! 本当にレイとんが連れて来た!! お二人の出会いから一年弱が経った今でも『ツェルニ最大の謎』っ!! ミス・ツェルニと
「帰っていいですか? 帰りますね」
「ちょっ、フェリ……さすがにそれはレイフォンがかわいそうだよ」
「こらっ! ミィ!! お前という奴は……!!」
「あうあうあうあう……」
「すみませんっ、本っ当にすみません! フェリ先輩、アークライト先輩……!! ミィは憧れのお二人に会えて、ちょっとテンションが上がっちゃっただけで! 決して悪い人間ではないんですっ!!」
……これは、想像していたよりも、大分違う方向での気まずさだったなぁ。
僕は帰ろうとするフェリの手を掴まえて「
「──申し訳ありません。先ほどは大変な失礼をいたしました。一般教養科の1年、ミィフィ・ロッテンです」
「め、メイシェン・トリンデンです。ミィと同じ一般教養科です」
「ナルキ・ゲルニです。私だけは武芸科所属です」
「ぼ、僕はアークライト・エスペリア……こっちのフェリ・ロスと一緒に、一般教養科の第2学年に在籍中です。よろしくね?」
「……はぁ。もう私の自己紹介は必要ありませんね。全てアーくんの言った通りです。よろしく
「えっと、レイフォン・アルセイフです」
「あはは! みんなを集めたレイとんは自己紹介しなくても大丈夫でしょ!!」
「ミィ!!」
「はぁ……」
……なんだかこのまま流されていると、ひたすらグダグダなままにお昼休みが終わってしまいそうだったから。僕は後輩たちとの親睦は一旦この場では諦めてしまうことにした。僕の戦場はここじゃなかったんだ。たぶん。
僕は手にしていたランチバッグから小さめのお弁当箱を取り出して「はい、フェリ」と手渡した。フェリも僕と同じ結論に至ったのか、「ありがとうございます、アーくん」と返してくれる。テーブルの向かい側からロッテンさんのきらきらとした視線が飛んでくるのを感じたけれど、ここでそれを気にして反応したら負けに違いない。
そうして僕たちがマイペースに昼食を始めると、トリンデンさんもそれにならって怖ず怖ずとお弁当箱を取り出して、レイフォンに渡す。そこまで来るとゲルニさんとロッテンさんも場の流れに逆らうことはなく、全員が昼食を摂り始める。不思議なもので、一度食事が始まると先程までの喧騒は何だったのかというくらい、この場は落ち着いた雰囲気になって。ぽつぽつと穏やかな会話が始まった。
……と、途中までは安心していたんだ。
「──へえ。それで武芸科のゲルニさんが混ざってるんだ」*3
「はい。私たち3人は
「幼馴染ってやつだね。いいね、そういう関係。憧れちゃうなあ」*4
「ナッキは将来警察志望で、今も都市警察でバイトしてるんですよ。ねっ?」
「ええ。まだ始めたばかりで右も左もわからない状況ですが……」
「いやいや、僕も
「アーくん先輩もバイトしてるんですかっ?! どんなバイトですかっ?!」
「えっ?
「ふぉおおおっ! アーくん先輩の謎がまた一つ明らかに……。
「あの……ロッテンさん? 何か誤解が……」
「あっ! 私のことはミィって呼んでください!!」
「えっ……と? ミィ……ちゃん?」
「はいっ!! 私はアーくん先輩のことをアーくん先輩って呼びますね!!」
「う、うん……」
「──帰ります」
僕が比較的に落ち着いたとは言え、相変わらずテンションの高いロッテンさん……ミィちゃんとの会話に戸惑っているうちに。静かに隣で食事を終えていたフェリが、さっさとお弁当箱をたたんで席を立とうとする。それを見た僕は、慌てて食べかけのお弁当箱をたたんで、フェリの分といっしょにランチバッグへしまい*5「ちょっと待ってよ、フェリ」と後を追う。
「慌ただしくてごめんね。今日はちょっと、この後に予定が入ってて……また機会があったら気軽に誘ってください」
「フェリ先輩、アークライト先輩、今日はありがとうございました」
「こっちこそありがとう。楽しかったよ」
いや、特に予定とかはなかったんだけど。フェリがこうなっちゃったらもう止められないから、僕は従うしかない。*6 この場を設定してくれたアルセイフ君とだけ急いで挨拶を交わして、後ろからかけられる「アーくん先輩! また来てください!!」という声には軽く頭を下げるだけで済ませた。
ずんずんと食堂の出口まで早足で歩いていくフェリに、僕は数歩で追いついて静かに隣へ並ぶ。そのまま僕たちの教室へ戻る道を、不機嫌そうに歩いて行くフェリをなだめるように。僕はフェリの右手をそっと握った。何だかフェリは、最近では久しく見なかったほど怒ってるみたいで、僕にできるのはこうして『仲直りしたい』というサインを送ることだけだった。いや、僕が悪いことをしたわけじゃないと思うんだけどね。*7
「許してあげます」
「……?」
教室へ戻る途中、廊下の人の流れがなくなったところでフェリは唐突に足を止めて、ポツリとそう言った。さすがに何のことかわからなくて、僕は困惑して 今日も小さくてかわいい フェリのことを見下ろす。
「ですから! ……許してあげます。私のことを……リーちゃんと呼ぶことを」
「あ………………わ、わかった。ありがとう」
僕の察しの悪さに、一瞬イライラしたような口調になった後。フェリはか細い声になって、僕に
何だかその仕草が妙にかわいらしく見えて。きっとそのせいで僕が困っていしまっているなんて、フェリ本人は自覚していないんだろうなあ……と僕は心の中で溜め息を吐いた。*8 それでもこうして二人、いつまでも廊下で足を止めているわけにはいかないわけで。
僕はきょろきょろと周囲を見回して、それからそっとフェリの耳元へ顔を近付けて「いつもごめんね。そして、いつもありがとう。リーちゃん」と改めて気持ちを伝えるのだった。*9
◆
──フェリを待っている、
崖っぷちの瀬戸際に追い込まれたツェルニを、自らの手で救わんと立った男。カリアン・ロス。
だが残念ながら、本人の志の高さや聡明さ、または努力や献身などと言った要素は、必ずしも結果を保証するものではない。
どちらかと言えば、そのような
何れにせよ就任一年目のカリアンにとっては、それら全ては望むべくもないものであり。つまり、カリアンは暗中模索の日々を過ごしていたのである。
それでもカリアンは、運命の荒波に揺さぶられ、沈みゆくツェルニの上で右往左往していたわけ
事実、彼が就任直後、最も始めに行ったことは。武芸長を呼び出し『来年の
これに対する武芸長の回答は論理的で、
即ち、武芸科小隊の強化である。
武芸科小隊を強化し、スキルアップした小隊員が、武芸科の生徒を指導する。
そして底上げされたツェルニの全戦力で勝利を掴む。
なるほど。非常に真っ当で筋の通った回答である。
カリアンその答えに
このような経緯によって現在進行形で動いているプロジェクトの一つが、錬武館の増改築である。
上述のように丸めた表現を用いれば一行で終わってしまうのだが。少し掘り下げてみれば、武芸科小隊の訓練の質を上げるために、様々な施策が盛り込まれている。
例えば壁面や床面の構造強化、シャワールームの増設、夜間の訓練に対応するための照明設備のアップグレードなど……。内容は非常に多岐にわたっており、複雑なプロジェクトだ。
そして、
なればこそ、司法研究科に在籍するカリアンにとって
そこに不正や怠惰の入り込む余地など、絶対に
本日もカリアンは、芯まで疲労に侵された身体を引きずるようにして帰宅した。夕食、いや夜食と表現すべきだろう。彼の片手には
そしてカリアンが『
かくして、カリアン・ロスは……。後世の歴史マニアから、滅びに瀕するツェルニを救った
「──なるほど。うん……。なるほど」
愛する妹とその友人から『情報』を
だから既にストレスフルな業務に心も身体もボコボコにされていたカリアンは、そのまま翌日の登校時間まで
いや、話の序盤には何の問題もなかったのだ。要約すれば
おそらくアークライトが淹れたものであろう──
この時までは。
何しろ、カリアンが知る限りに置いて最上級の武芸者……天剣を超えるかもしれない
都市の長として誰にも明かすことができず、密かに懊悩していたカリアンの手元に、突如として『答え』が転がり込んできたようなものだ。
それに。アークライトの淹れてくれた、このハーブティーというチョイスも良かった。
何しろカフェインの力に頼るのはカリアンの流儀に反している。
夜も更けた時間帯には、紅茶ではなくハーブティーを選好するのが、カリアン・ロスという人種であった。
つまりアークライトの感性はかなり自身に近いのではないかと、
──それで、アークライトは聖緑都市エスペリアの電子精霊に憑かれていて、不定期に汚染獣退治に出かけることがある……とは、一体どのような意味だろうか?
電子精霊同士の『縁』を使った転移を用いて、ツェルニの外へ移動できて???
アークライトの戦力は、都市とほぼ同質量の汚染獣が極超音速で突撃してきたのを、片手盾で弾き返せるレベルで???*18
たった一体で都市を滅ぼすレベルの汚染獣……老生体と呼ばれる個体と、過去に何度も交戦していて???*19
止めて上げなさい。かわいそうな
しかしながら。人間の真価とは逆境に置かれた際にこそ問われるものである。
そしてこの時のカリアンは、確かに優れたリーダーとしての資質を証明してみせた。
すなわち、一つには『アークライトの武芸科への転科は
そしてもう一つは、ツェルニの置かれた窮状を。眼前の強者二人*22に語って聞かせ、素直に助言を求めたことである。
その結果、
◆
「──そうですね。
ツェルニが
フェリが本気を出せば、それで十分なのではないかと思います」
僕はカリアンさんから相談された内容について、少し考えてから、そう答えた。
回答した後にフェリと目をアイコンタクトで
けれど、僕たちの答えが些か常識から外れていたせいだろうか?
カリアンさんは「いや、しかし……」と納得しかねるような様子を見せている。
そこで僕は、もう少し僕が主張するところを掘り下げることにした。
「まず大前提として。フェリは現時点で既に世界屈指の念威操者です。
そして、優れた念威操者は他者の念威を妨害することができます。
学園都市の念威操者のレベルは、どこもそれほど変わらないでしょう。
だからフェリが一人で対戦する都市の念威を鎮圧して、それで終わりだと思います。
ツェルニの武芸者は念威操者のサポートを受けられて、相手方はそうではないわけですから。
フェリが参戦するだけで、一方的な戦いになると思います」
他にも、僕はいざ
普段はあまりやらない長広舌を振るって少し疲れた僕は、ティーカップを傾けながらカリアンさんの答えを待つ。
僕の言葉に考え込んでいたカリアンさんは、考えがまとまったのだろう。俯けがちにしていた顔を上げて、フェリに尋ねた。
「フェリは……フェリちゃんは、それでいいのかい?
念威操者になる以外の
僕はカリアン・ロスという
そしてそれは、僕に
驚愕に、薄っすらと目を見開いて。彼女は兄の姿を見つめていた。
フェリはぱちぱちと目を瞬かせて、 こういう何気ない仕草が二人が
「確かに、私は……念威操者になる以外の道を探して、ツェルニへ来ました。
ですが……。
私にとって念威操者になるという
フェリは一度そこで言葉を切ると、自分の手を見つめ、それからそれをカリアンさんへと差し出して問いを投げた。
「兄さん。兄さんにとって、自分の手は忌避の対象でしょうか。
人生の中でこれを切り落としたいと思ったことが、一度でもありますか?」
「いや……。そんなことを感じたことも、考えたことすらもなかったね」
「そうですよね。私にとって、念威という力はそのような
ツェルニへ来る直前の自分を振り返ってみても、何気なく念威を使っていた記憶があります。
その時期が最も、念威という力、念威操者という進路への忌避感情が強かったはずなのですが」
……今から実の兄に対して、もし何かひどく言い難いことを言おうとしているのだろう。
フェリの手が少し宙を彷徨った後、僕の手を握ってくる。
僕はこの大切な友人を少しでも勇気付けたくて、そっとフェリの手を握り返した。
「もしも……もしも、私が自身の念威に対してそのよう思うことがあるとすれば。
それは追い詰められての結果であって、正常な思考によるものではないとも思います。
……。
…………ツェルニに来る前の私にとって。
故郷で自分の未来に絶望していた時期の私にとって。
念威操者として生きるということは、人生を決めつけられるということ。
様々な
念威操者という進路を、自分の人生の幸せを犠牲にする
……その時は『
フェリの告白に、カリアンさんは少し苦しげな色を顔に浮かべながら問いかける。
「今は、違う……ということかな?」
「まあ、そうですね。
多分そうではないのでしょう……と思い直しました」
フェリは何だか意味有りげな視線をこちらに向けてきた*26かと思えば、握った僕の手をカリアンさんへと掲げて言う。
「
幸せというものは意外と身近なところあるのかもしれません……そう思うようになりました」
「……私は。フェリちゃんを心配して、確認をしたんだけどね。
こういう言葉を聞かされるとは、いやはや……参ったね」
カリアンさんは疲れをありありと顔に浮かべながら、言葉を続ける。
「一応、確認しておこうか。
もしも私が
「さあ?
「──安心したよ。私の判断に、間違いはなかったようだ」
にっこりと微笑むカリアンさんと、彼をじっと見つめるフェリ。
仲の良い兄妹の会話に、そこそこに長く感じるほどの時間、疎外感を抱かされ続けている僕は。フェリの手を二度三度と
◆
『学園都市とは可能性の都市である』
……これは、誰が遺した言葉でしたか。
その言葉は、確かに正しくて。
私はここ、ツェルニで。多くの運命的とも呼べる出会いと、転機を経験することになりました。
もしも何か一つボタンを掛け違っていたら、私の立場は現在のそれと大きく変わっていたことでしょう。
けれど、それは『運命』などというものに
私が迷い、惑いながらも。選択を重ねて……。
自らの手で、一つ一つの可能性を掴み取っていった……その結果なのだと思います。
初めは、アーくんという
彼のような完成された武芸者が、報酬を受け取ることなく汚染獣と戦う姿を見て。
私は、高い念威の才能を宿した自分の未来を、悲観的に捉えてしまったこともあります。
ですが、それと同時にアーくんは。私に未来への希望を感じさせてくれる
彼が一般教養科に所属して、私にとっては細やかで大したことのないことに、何度も感動して喜ぶのを目にして。
そんなアーくんの姿に、私の心はほっとして、楽になったものです。
アーくんという武芸者の中の武芸者が幸せになれるなら、私も幸せになれないはずがないのですから。
いつしか私は、見ているだけでは我慢ができなくなって。
自分で手を尽くしてアーくんを笑顔にするのが、好きになっていきました。
そうしてアーくんと同じ時間を過ごし、小さな
時にはアーくんと同じ戦場に立って、気付けば、二人で数え切れないほど多くの都市の人々を救っていて。
かつて私の中に在ったはずの、念威操者として振る舞うことへの抵抗は。いつの間にかなくなってしまいました。
結局のところ。幼い頃の私は、周囲の大人たちの欲望という、世界の汚れた側面だけを見て。
自らの翼で飛ぶことを恐れる、雛鳥でしかなかったのだと……今ではそのように考えています。
・感想・評価・誤字報告、いつもありがとうございます。皆様のおかげで続いております。
・過去には『これからはアークライトのことを、アーくんと呼んであげます。私がこうして親しげに呼んであげていれば……ダメダメなアークライトにも、少しは友達ができやすくなるかもしれません』とか言っていたはずなのに、いざ自分以外にアーくん呼びする女子が出てくると、腹が立って仕方がなかったフェリ。
……なるほど、わかりました。これは十割アーくんが悪いです。
・原作でもフェリは、念威の行使そのものへは抵抗感がなさそうな描写だった記憶(うろ覚え)
本当にトラウマものだったら重晶錬金鋼なんか見たくもないはずですが、常に携行してるっぽかったですし。
あくまでも他人から要求されることに反発してる感じだったかと。
汚染獣の襲来時にスルーしかけた描写はありますが、これは汚染獣に対する無知がウェイトとしては大きいと解釈してます。
そうじゃないと武芸科の生徒が何人も食われそうになってるのに見捨てたことになっちゃう。
・今回の前書きは鬼滅の刃からではなく、映画『マトリックス』から。
フェリの心情に的確にヒットしすぎていたので。
ちなみに原文は"There is a difference between knowing the path and walking the path."です。
・プロット上で予定していた部分の半分くらいしか話が進まなかった……。
展開が遅くてまことに申し訳ありません。