残酷な世界に生まれたけれど、幸せです   作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!

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『歩むべき道を知ることと、実際に歩むことは違う』

 


アーくんとリーちゃんと汚染獣(1)

 

 季節(とき)は流れて、春……。

 

「ねえ。アルセイフ君……本当に僕たちが、お邪魔しちゃっても良いのかなぁ」

「あはは、誘っておいて今更ダメなんて言いませんよ」

「でもさ……今日初めて会うような先輩が二人も、いきなりお昼ご飯の時間に混ざってきたら。普通は気まずいよね?」

「……ああ。それなら大丈夫だと思います」

はぁ……

 

 僕たち(僕とフェリ)は今、1年下の後輩……つまり先日入学したばかりの新入生であるレイフォン・アルセイフ君に連れられて、食堂まで歩いていた。彼と彼の友人たち3人と(レイフォン、ナルキ、ミィフィ、メイシェン)、僕たち(、アークライト、フェリ)で、昼食の席を同じくするために……。お世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えない僕にとっては、なかなかに気後れしてしまうシチュエーションだ。気心の知れた友人であるフェリも一緒なのが、唯一の救いと言えるかもしれない。

 

 しかし僕たちは先日、生徒会長(カリアンさん)から直々にアルセイフ君を紹介されて。それから『くれぐれもよろしく』と頼まれてしまっているがために、特に理由もなく断るという選択もまた、し(にく)かった。フェリはもの凄く乗り気じゃなさそうな態度をしていた(している)けれど、「無理そうだったら僕だけで行くよ?*1」と僕が気を遣うと、「行きますが……?」といよいよ不機嫌そうなオーラを発しつつ返事をしてきた。幾度となくフェリに泣かされて教育されてきた僕は、これは深く突っ込むと火傷をするパターンだとさすがに悟って。その時は速やかに撤退したものである。

 

あっ! レイとーん!! こっち、こっち!! きゃーーーーっ!! 本当にレイとんが連れて来た!! お二人の出会いから一年弱が経った今でも『ツェルニ最大の謎』っ!! ミス・ツェルニと根暗不審者(ミスター・ぼっち)の、美女と野獣カップルっ!! あぁっ、すみません!! 自己紹介が遅れました!! 私、週刊ルックンのミィフィ・ロッテンと──

帰っていいですか? 帰りますね

「ちょっ、フェリ……さすがにそれはレイフォンがかわいそうだよ」

「こらっ! ミィ!! お前という奴は……!!」

「あうあうあうあう……」

「すみませんっ、本っ当にすみません! フェリ先輩、アークライト先輩……!! ミィは憧れのお二人に会えて、ちょっとテンションが上がっちゃっただけで! 決して悪い人間ではないんですっ!!」

 

 ……これは、想像していたよりも、大分違う方向での気まずさだったなぁ。

 

 僕は帰ろうとするフェリの手を掴まえて「レイフォン(大事な後輩)の顔を立てると思って……ね?」と説得する一方で、ぺこぺことコメツキバッタのように頭を下げて謝罪するレイフォン(かわいそうな後輩)に「そんなに謝らなくても大丈夫だから」と必死でフォローをする。僕らの背景(後ろ)で折檻されている、ミィフィ・ロッテンさんとやらの姿は見ないふりだ。僕は今、「は? 憧れ……? あの無礼千万な言動が、憧れの対象に向けるものだというのですか……???」と重晶錬金鋼を手にして、怒りに身を震わせる(爆発寸前の)フェリを抑えるだけで精一杯なんだ。*2

 

「──申し訳ありません。先ほどは大変な失礼をいたしました。一般教養科の1年、ミィフィ・ロッテンです」

「め、メイシェン・トリンデンです。ミィと同じ一般教養科です」

「ナルキ・ゲルニです。私だけは武芸科所属です」

「ぼ、僕はアークライト・エスペリア……こっちのフェリ・ロスと一緒に、一般教養科の第2学年に在籍中です。よろしくね?」

「……はぁ。もう私の自己紹介は必要ありませんね。全てアーくんの言った通りです。よろしくお願いします(したくありません)

「えっと、レイフォン・アルセイフです」

「あはは! みんなを集めたレイとんは自己紹介しなくても大丈夫でしょ!!」

「ミィ!!」

「はぁ……」

 

 ……なんだかこのまま流されていると、ひたすらグダグダなままにお昼休みが終わってしまいそうだったから。僕は後輩たちとの親睦は一旦この場では諦めてしまうことにした。僕の戦場はここじゃなかったんだ。たぶん。

 

 僕は手にしていたランチバッグから小さめのお弁当箱を取り出して「はい、フェリ」と手渡した。フェリも僕と同じ結論に至ったのか、「ありがとうございます、アーくん」と返してくれる。テーブルの向かい側からロッテンさんのきらきらとした視線が飛んでくるのを感じたけれど、ここでそれを気にして反応したら負けに違いない。

 

 そうして僕たちがマイペースに昼食を始めると、トリンデンさんもそれにならって怖ず怖ずとお弁当箱を取り出して、レイフォンに渡す。そこまで来るとゲルニさんとロッテンさんも場の流れに逆らうことはなく、全員が昼食を摂り始める。不思議なもので、一度食事が始まると先程までの喧騒は何だったのかというくらい、この場は落ち着いた雰囲気になって。ぽつぽつと穏やかな会話が始まった。

……と、途中までは安心していたんだ。

 

「──へえ。それで武芸科のゲルニさんが混ざってるんだ」*3

「はい。私たち3人は同じ都市(交通都市ヨルテム)の出身で、幼い頃からの付き合いがありまして。こうして今も一緒にいます」

「幼馴染ってやつだね。いいね、そういう関係。憧れちゃうなあ」*4

「ナッキは将来警察志望で、今も都市警察でバイトしてるんですよ。ねっ?」

「ええ。まだ始めたばかりで右も左もわからない状況ですが……」

「いやいや、僕もバイト(仕事)を始めた時はそんな感じだったよ。とんでもない失敗を何回もしたし」

「アーくん先輩もバイトしてるんですかっ?! どんなバイトですかっ?!」

「えっ? 生徒会長(カリアン)さんの私設秘書……と言えるほど立派に果たせているかわからないけど、そんな感じの勤めをしています」

「ふぉおおおっ! アーくん先輩の謎がまた一つ明らかに……。カリアン・ロス(生徒会長)とも親密な関係……! 家族ぐるみの交際……!!」

「あの……ロッテンさん? 何か誤解が……」

あっ! 私のことはミィって呼んでください!!

「えっ……と? ミィ……ちゃん?」

はいっ!! 私はアーくん先輩のことをアーくん先輩って呼びますね!!

「う、うん……」

──帰ります

 

 僕が比較的に落ち着いたとは言え、相変わらずテンションの高いロッテンさん……ミィちゃんとの会話に戸惑っているうちに。静かに隣で食事を終えていたフェリが、さっさとお弁当箱をたたんで席を立とうとする。それを見た僕は、慌てて食べかけのお弁当箱をたたんで、フェリの分といっしょにランチバッグへしまい*5「ちょっと待ってよ、フェリ」と後を追う。

 

「慌ただしくてごめんね。今日はちょっと、この後に予定が入ってて……また機会があったら気軽に誘ってください」

「フェリ先輩、アークライト先輩、今日はありがとうございました」

「こっちこそありがとう。楽しかったよ」

 

 いや、特に予定とかはなかったんだけど。フェリがこうなっちゃったらもう止められないから、僕は従うしかない。*6 この場を設定してくれたアルセイフ君とだけ急いで挨拶を交わして、後ろからかけられる「アーくん先輩! また来てください!!」という声には軽く頭を下げるだけで済ませた。

 

 ずんずんと食堂の出口まで早足で歩いていくフェリに、僕は数歩で追いついて静かに隣へ並ぶ。そのまま僕たちの教室へ戻る道を、不機嫌そうに歩いて行くフェリをなだめるように。僕はフェリの右手をそっと握った。何だかフェリは、最近では久しく見なかったほど怒ってるみたいで、僕にできるのはこうして『仲直りしたい』というサインを送ることだけだった。いや、僕が悪いことをしたわけじゃないと思うんだけどね。*7

 

許してあげます

「……?」

 

 教室へ戻る途中、廊下の人の流れがなくなったところでフェリは唐突に足を止めて、ポツリとそう言った。さすがに何のことかわからなくて、僕は困惑して 今日も小さくてかわいい フェリのことを見下ろす。

 

「ですから! ……許してあげます。私のことを……リーちゃんと呼ぶことを

「あ………………わ、わかった。ありがとう」

 

 僕の察しの悪さに、一瞬イライラしたような口調になった後。フェリはか細い声になって、僕にあだ名(愛称)呼びを許可してくれた。さすがにグズな僕でも、ここまでしてもらえたら、フェリの心情を理解することができた。周回遅れでそれを察することができた僕が、何とかお礼の言葉を返すと。フェリは『それだけですか?』と言いたげに、じっと僕のことを見上げてくる。

 

 何だかその仕草が妙にかわいらしく見えて。きっとそのせいで僕が困っていしまっているなんて、フェリ本人は自覚していないんだろうなあ……と僕は心の中で溜め息を吐いた。*8 それでもこうして二人、いつまでも廊下で足を止めているわけにはいかないわけで。

 

 僕はきょろきょろと周囲を見回して、それからそっとフェリの耳元へ顔を近付けて「いつもごめんね。そして、いつもありがとう。リーちゃん」と改めて気持ちを伝えるのだった。*9

 

 

 ──僕がリーちゃんと出会った(ツェルニに拾われた)日からおよそ一年後。 

 4月(入学シーズン)の、とある日のできごと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──フェリを待っている、輝かしい日々(約束された勝利のリーちゃん呼び)から時計の針(とき)を現在に戻そう。

 

 崖っぷちの瀬戸際に追い込まれたツェルニを、自らの手で救わんと立った男。カリアン・ロス。

だが残念ながら、本人の志の高さや聡明さ、または努力や献身などと言った要素は、必ずしも結果を保証するものではない。

どちらかと言えば、そのような要素(エレメント)些細(・・)なものに過ぎず。しばしば時の運という圧倒的に理不尽なものが大きなウェイトを占めたり、あるいはそれ()は除外するにしても。実際に物を言うのは大抵の場合、豊富な経験(キャリア)だったりするのが、現実の非情(つまらな)さというものだ。

何れにせよ就任一年目のカリアンにとっては、それら全ては望むべくもないものであり。つまり、カリアンは暗中模索の日々を過ごしていたのである。

 

 それでもカリアンは、運命の荒波に揺さぶられ、沈みゆくツェルニの上で右往左往していたわけではない(・・・・)

事実、彼が就任直後、最も始めに行ったことは。武芸長を呼び出し『来年の戦争(都市戦)に勝つためには、何をするべきか』とストレートに尋ねる(問いただす)ことであった。*10

 

 これに対する武芸長の回答は論理的で、正道を行くべし(近道などない)というものだった。

即ち、武芸科小隊の強化である。

武芸科小隊を強化し、スキルアップした小隊員が、武芸科の生徒を指導する。

そして底上げされたツェルニの全戦力で勝利を掴む。

なるほど。非常に真っ当で筋の通った回答である。

カリアン()が求めていた『答え』ではなかったが。

 

 カリアンその答えに納得して(納得するしかなくて)各学科の予算を削ってまわり(政敵をなだめ、すかし……時には脅して)、武芸科へと予算を傾斜配分した。

このような経緯によって現在進行形で動いているプロジェクトの一つが、錬武館の増改築である。

 

 上述のように丸めた表現を用いれば一行で終わってしまうのだが。少し掘り下げてみれば、武芸科小隊の訓練の質を上げるために、様々な施策が盛り込まれている。

例えば壁面や床面の構造強化、シャワールームの増設、夜間の訓練に対応するための照明設備のアップグレードなど……。内容は非常に多岐にわたっており、複雑なプロジェクトだ。

 

 そして、予算の源泉(各学科が流した血と涙)を思えばこそ。武芸科にまつわるあらゆる(・・・・)新規プロジェクトに関して、特にカリアンは、己の責任を痛感せずにはいられなかった。

なればこそ、司法研究科に在籍するカリアンにとってわからない(専門外の)ことばかりではあっても、しかし。1. 報告を義務付ける、2. 報告書は全て目を通し曖昧な箇所を残さない、3. 承認印を形式的なもの(ラバースタンプ)にしない……という、ひたすらに実直(デスマーチ)なアプローチで。カリアンはプロジェクトの進捗を、厳正に管理(監視)していた。

そこに不正や怠惰の入り込む余地など、絶対に許さない(追放刑にしてやる)……という鬼気迫る態度で職務に精励するカリアンは少し(・・)怖がられていた。*11

 

 4月(入学シーズン)から……カリアンの悪戦苦闘の日々が始まってから凡そ一四半期が過ぎて。現在は7月の初旬。

本日もカリアンは、芯まで疲労に侵された身体を引きずるようにして帰宅した。夕食、いや夜食と表現すべきだろう。彼の片手にはテイクアウトの(コンビニ)弁当らしきものが吊り下げられている。

そしてカリアンが『愛妹(フェリ)はもう眠っているのだろうか』と心に思いつつリビングの扉を開くと、果たしてそこには。愛妹(フェリちゃん)ともう一人、意外な人物(アークライト)の姿があった。*12

 

 かくして、カリアン・ロスは……。後世の歴史マニアから、滅びに瀕するツェルニを救った偉大なるお兄ちゃん(グレート・ブラザーさん)として呼び親しまれることになる……かもしれないお兄ちゃんは、早くも(わずか一四半期で)職業病とも言える域に達した、穏やかな笑みを浮かべつつ。*13 夜も更けた時間ノーアポで待ち受けていた二人の話に、耳を傾けることになったわけである。*14

 

 

「──なるほど。うん……。なるほど」

 

 愛する妹とその友人から『情報』をわっ(・・)と浴びせかけられたカリアン(生徒会長兼お兄ちゃん)は、赤べこのように首をこくこく(・・・・)と動かして『君たちの言いたいことはわかったよ』という仕草をして見せる。実際は、カリアンの理解力というものを遥かに超越していたのだが。

 

 だから既にストレスフルな業務に心も身体もボコボコにされていたカリアンは、そのまま翌日の登校時間まで眠って(気絶して)しまいそうになった。しかし、カリアンはお兄ちゃんだから耐えられた。多分お兄ちゃんじゃなかったら耐えられなかっただろう。

 

 いや、話の序盤には何の問題もなかったのだ。要約すればフェリ()は『雑用でもなんでもいいから、アーくんを採用してください』*15お願い(命令)し、アークライトは『お仕事ください』と頭を下げた*16だけである。

 

 おそらくアークライトが淹れたものであろう──フェリ()が淹れたら悲惨なことになる──ハーブティーに口を付けながら、カリアンはにやにやと笑いそうになるのを必死で堪えていた。

この時までは。

 

 何しろ、カリアンが知る限りに置いて最上級の武芸者……天剣を超えるかもしれない逸材(アークライト)が、自分から進んで首輪を嵌められに来たのだから。

都市の長として誰にも明かすことができず、密かに懊悩していたカリアンの手元に、突如として『答え』が転がり込んできたようなものだ。

 

 それに。アークライトの淹れてくれた、このハーブティーというチョイスも良かった。

何しろカフェインの力に頼るのはカリアンの流儀に反している。

夜も更けた時間帯には、紅茶ではなくハーブティーを選好するのが、カリアン・ロスという人種であった。

つまりアークライトの感性はかなり自身に近いのではないかと、水色(すいしょく)鮮やかなローズヒップティーを上機嫌になって楽しみながら、カリアンは直感していた。*17

 

 

 

 

 ──それで、アークライトは聖緑都市エスペリアの電子精霊に憑かれていて、不定期に汚染獣退治に出かけることがある……とは、一体どのような意味だろうか?

電子精霊同士の『縁』を使った転移を用いて、ツェルニの外へ移動できて???

アークライトの戦力は、都市とほぼ同質量の汚染獣が極超音速で突撃してきたのを、片手盾で弾き返せるレベルで???*18

たった一体で都市を滅ぼすレベルの汚染獣……老生体と呼ばれる個体と、過去に何度も交戦していて???*19

現在(いま)はフェリもアークライトに付いて行くようになっていて、既に5回も汚染獣戦を経験している??????*20

 

 止めて上げなさい。かわいそうな一般人(カリアン)わっ(・・)と情報を浴びせかけるのは。*21

 

 しかしながら。人間の真価とは逆境に置かれた際にこそ問われるものである。

そしてこの時のカリアンは、確かに優れたリーダーとしての資質を証明してみせた。

すなわち、一つには『アークライトの武芸科への転科は無し(ナンセンス)』であると、早々に見切りを付けたこと。

そしてもう一つは、ツェルニの置かれた窮状を。眼前の強者二人*22に語って聞かせ、素直に助言を求めたことである。

その結果、開幕(初っ端)から『ツェルニ(学園都市)の滅びは、予定調和なのでは?』というノンデリ発言(人の心が無い分析)を食らわされて、心が死にそうになったりはしたのだが……。*23

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そうですね。

 ツェルニが都市戦(戦争)()生き残る(勝利する)には……

 フェリが本気を出せば、それで十分なのではないかと思います」

 

 僕はカリアンさんから相談された内容について、少し考えてから、そう答えた。

回答した後にフェリと目をアイコンタクトで答え合わせ(相談)をしたけれど、彼女の考えも大筋では違っていなかったようだ。

 

 けれど、僕たちの答えが些か常識から外れていたせいだろうか?

カリアンさんは「いや、しかし……」と納得しかねるような様子を見せている。

そこで僕は、もう少し僕が主張するところを掘り下げることにした。

 

 

「まず大前提として。フェリは現時点で既に世界屈指の念威操者です。

 聖緑都市(エスペリア)を長年見守ってきたノアですら、フェリを超える念威操者は知らないそうです。*24

 そして、優れた念威操者は他者の念威を妨害することができます。

 学園都市の念威操者のレベルは、どこもそれほど変わらないでしょう。

 だからフェリが一人で対戦する都市の念威を鎮圧して、それで終わりだと思います。

 ツェルニの武芸者は念威操者のサポートを受けられて、相手方はそうではないわけですから。

 フェリが参戦するだけで、一方的な戦いになると思います」

 

 他にも、僕はいざ本番(都市戦)という時に、他の都市の救援に征く(ノアから呼び出される)可能性があるので、戦力としてカウントするのは如何か……みたいな話もあるんだけど、ここでは割愛した。

普段はあまりやらない長広舌を振るって少し疲れた僕は、ティーカップを傾けながらカリアンさんの答えを待つ。

 

 僕の言葉に考え込んでいたカリアンさんは、考えがまとまったのだろう。俯けがちにしていた顔を上げて、フェリに尋ねた。

 

 

「フェリは……フェリちゃんは、それでいいのかい?

 念威操者になる以外の(可能性)を探して、ツェルニ(学園都市)へ来たのだろう?」

 

 嗚呼(ああ)、カリアンさんは、そこが引っかかっていたのか……。

僕はカリアン・ロスという(ひと)の話を、フェリの口から聞くことが多かったものだから。それがわからなかった。

 

 そしてそれは、僕に(カリアン)のことを語って聞かせたフェリも同様なのだろう。

驚愕に、薄っすらと目を見開いて。彼女は兄の姿を見つめていた。

 

 フェリはぱちぱちと目を瞬かせて、 こういう何気ない仕草が二人が兄妹(・・)であることを伝えてきて……僕は時々、うまく言葉にできない気持ちでいっぱいになる 自らの考えを一つ一つ整理するように。ゆっくりと話し始めた。

 

 

「確かに、私は……念威操者になる以外の道を探して、ツェルニへ来ました。

 ですが……。

 私にとって念威操者になるという進路(選択肢)は、本当の意味で忌避するもの(対象)ではなかったんです」

 

 フェリは一度そこで言葉を切ると、自分の手を見つめ、それからそれをカリアンさんへと差し出して問いを投げた。

 

 

「兄さん。兄さんにとって、自分の手は忌避の対象でしょうか。

 人生の中でこれを切り落としたいと思ったことが、一度でもありますか?」

 

「いや……。そんなことを感じたことも、考えたことすらもなかったね」

 

「そうですよね。私にとって、念威という力はそのようなもの(存在)でした。*25

 ツェルニへ来る直前の自分を振り返ってみても、何気なく念威を使っていた記憶があります。

 その時期が最も、念威という力、念威操者という進路への忌避感情が強かったはずなのですが」

 

 ……今から実の兄に対して、もし何かひどく言い難いことを言おうとしているのだろう。

フェリの手が少し宙を彷徨った後、僕の手を握ってくる。

僕はこの大切な友人を少しでも勇気付けたくて、そっとフェリの手を握り返した。

 

 

「もしも……もしも、私が自身の念威に対してそのよう思うことがあるとすれば。

 それは追い詰められての結果であって、正常な思考によるものではないとも思います。

 ……。

 …………ツェルニに来る前の私にとって。

 故郷で自分の未来に絶望していた時期の私にとって。

 念威操者として生きるということは、人生を決めつけられるということ。

 様々な(しがらみ)に囚われて、自由を奪われるということに等しかった。

 念威操者という進路を、自分の人生の幸せを犠牲にするもの(選択)だと考えていたんです。

 ……その時は『こんな力は(念威なんて)欲しくなかった』とも、考えていました」

 

 フェリの告白に、カリアンさんは少し苦しげな色を顔に浮かべながら問いかける。

 

 

「今は、違う……ということかな?」

 

「まあ、そうですね。色々(・・)とあって。

 多分そうではないのでしょう……と思い直しました」

 

 フェリは何だか意味有りげな視線をこちらに向けてきた*26かと思えば、握った僕の手をカリアンさんへと掲げて言う。

 

 

武芸者(アーくん)が武芸者としてしか生きられなくて。

 念威操者()は念威操者としか生きられないような、少し窮屈で、残酷な世界だったとしても。

 幸せというものは意外と身近なところあるのかもしれません……そう思うようになりました」

 

「……私は。フェリちゃんを心配して、確認をしたんだけどね。

 こういう言葉を聞かされるとは、いやはや……参ったね」

 

 カリアンさんは疲れをありありと顔に浮かべながら、言葉を続ける。

 

 

「一応、確認しておこうか。

 もしも私がアークライトくんを武芸科に転科させて(二人から、日常の細やかな幸せを奪って)いたら、今頃はどうなっていたかな?」

 

「さあ? 二人(アーくんと私)で他の学園都市へ、転学(駆け落ち)していたのでは?」

 

「──安心したよ。私の判断に、間違いはなかったようだ」

 

 にっこりと微笑むカリアンさんと、彼をじっと見つめるフェリ。

仲の良い兄妹の会話に、そこそこに長く感じるほどの時間、疎外感を抱かされ続けている僕は。フェリの手を二度三度とにぎにぎ(・・・・)して、存在をアピールするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『学園都市とは可能性の都市である』

……これは、誰が遺した言葉でしたか。

 

 その言葉は、確かに正しくて。

私はここ、ツェルニで。多くの運命的とも呼べる出会いと、転機を経験することになりました。

もしも何か一つボタンを掛け違っていたら、私の立場は現在のそれと大きく変わっていたことでしょう。

 

 けれど、それは『運命』などというものに因るもの(左右された結果)ではなくて。

私が迷い、惑いながらも。選択を重ねて……。

自らの手で、一つ一つの可能性を掴み取っていった……その結果なのだと思います。

 

 初めは、アーくんという人間(ひと)は気味の悪い存在でした。見ていて、胸が苦しくなる存在でした。

彼のような完成された武芸者が、報酬を受け取ることなく汚染獣と戦う姿を見て。

私は、高い念威の才能を宿した自分の未来を、悲観的に捉えてしまったこともあります。

 

 ですが、それと同時にアーくんは。私に未来への希望を感じさせてくれる人間(ひと)でもありました。

彼が一般教養科に所属して、私にとっては細やかで大したことのないことに、何度も感動して喜ぶのを目にして。

そんなアーくんの姿に、私の心はほっとして、楽になったものです。

アーくんという武芸者の中の武芸者が幸せになれるなら、私も幸せになれないはずがないのですから。

 

 いつしか私は、見ているだけでは我慢ができなくなって。

自分で手を尽くしてアーくんを笑顔にするのが、好きになっていきました。

 

 そうしてアーくんと同じ時間を過ごし、小さな思い出(幸せ)をたくさん積み重ねていって。

時にはアーくんと同じ戦場に立って、気付けば、二人で数え切れないほど多くの都市の人々を救っていて。

かつて私の中に在ったはずの、念威操者として振る舞うことへの抵抗は。いつの間にかなくなってしまいました。

 

 結局のところ。幼い頃の私は、周囲の大人たちの欲望という、世界の汚れた側面だけを見て。

自らの翼で飛ぶことを恐れる、雛鳥でしかなかったのだと……今ではそのように考えています。

 

 

──ツェルニで迎える2度目(アーくんが私のことをリーちゃ)の春、とある素敵な一(んと呼んでくれるようになった)日に。 

フェリ・ロス 

 

 

 

 

 

 

*1
アーくんが3人の年下女子(+レイフォン)に囲まれて楽しく昼食会……という構図になる。フェリの目線では。

*2
光り輝く(念威を溢れさせる)美少女。

*3
ナルキ以外の、この場の全員(・・)が一般教養科の制服を着ている。

*4
アークライト(10年物ぼっち)本人としては、特に他意はない発言だが……。

*5
レイフォンでも捉えられないほどの、文字通り目にも止まらない早業。

*6
調教済み。

*7
してる。

*8
当然フェリは自覚している。計算高さも美少女。

*9
この言葉の後、フェリの耳はほんのりと赤くなった。不思議!

*10
当時の武芸長は、レイフォンの入学年度に第一小隊の小隊長と武芸長を兼任していたヴァンゼ・ハルデイとは異なる人物。カリアンより一学年上の最上級生であり、レイフォンの入学と入れ替わるようにして卒業することになる。先年のツェルニの敗戦に責任を負う、敗軍の将でもある。カリアンは就任後早々に彼へ『総括せよ』と迫った形。

*11
エアフィルターの外は、いくつかの例外はあるものの、原則的に人類の生存が許されない地獄である。つまり追放刑と死刑はほとんど同義である。

*12
実際のところは二人の関係性を思えば、カリアンとしてはそれほど意外ではなかったのだが。それはそれとして夜遅い時間まで二人きりでいた事実に、お兄ちゃんは頭が痛い。

*13
この見る者に安心感を与える微笑……練り上げられている。至高の領域に近い。

*14
お労しや、兄上……。

*15
発言の要旨としては前述の通りなのだが。正確な発言は「アーくんは機関部のアルバイト面接にすら落ちるかわいそうな子ですが、兄さんの雑用くらいなら十分にこなせると思います。毎日こんな時間に帰宅するくらい忙しいなら、お手伝いの一人くらいは雇っても問題ないでしょう。何のために実家から必要以上に(使い切れないほどの)仕送りをもらっているのですか? ということで採用決定で構いませんね」。隣で座っていたアーくんは涙目になった。

*16
この時アークライトは、夜遅くにノーアポで訪問してしまったこともしっかりお詫びしている。

*17
正解。

*18
ドラゴンもどき戦の一幕から。カリアンの理解力が最大限に及びそうなエピソードは何か……とフェリが考えた末に、引用したエピソード。フェリ自身は実戦の中でもっと物騒な光景を見たり、二人で戦術のブラッシュアップをする際に、より優れて殲滅力のある剄技について聞いたりしてはいるものの。それらをカリアンに伝えても信じられないだろう……ということでバッサリと捨象した。

*19
老生体の中でも一期(なりたて)とそれ以降では隔絶した力の差があるわけだが、フェリはカリアンの理解力が以下略。

*20
一つの都市が汚染獣に襲われるの頻度は、10年に1回程度。安全な経路を選んで進む学園都市ともなれば、数十年に1回あるかないかのレアイベント。そんなレアイベントの中でも更に珍しいのが老生体との戦闘である。自ら汚染獣を求めて進むグレンダンが、いかに狂った都市であるかが理解(わか)る。ノアとアークライトは、そのグレンダンが捕捉できなかった強個体(老生体)を軒並み食い尽くすんじゃないかという勢いで転移しまくり、経験値を荒稼ぎしている。最近ではこのパワーレベリングにフェリも加わったという次第。

*21
なまじカリアンが武芸者だったりした方が、心が折れていた説が濃厚。

*22
過去・未来・現在を通じて最強の武芸者ランキングを作った時、トップ5には入るであろう一人(アークライト)と。現在、世界で二番目くらいに優秀な念威操者(フェリ)

*23
前話『フェリ・ロスという少女(3)』、冒頭のエピソード。

*24
この時、ノアはカリアンの前に姿を現して"その通りだ"と頷いている。

*25
休日にまで重晶錬金鋼を携行し、普通に念威を行使するくらいなので。自身の体に宿った念威そのものへの忌避感は、フェリの場合はほとんど無いのではないかと推察される。

*26
夕食の席でフェリから食べかけのベイクドチーズケーキを押し付けられ、ほにゃっ(・・・・)とした雰囲気を漂わせながら、「ありがとう」と笑っていたアークライトのことを思い出している。






・感想・評価・誤字報告、いつもありがとうございます。皆様のおかげで続いております。

・過去には『これからはアークライトのことを、アーくんと呼んであげます。私がこうして親しげに呼んであげていれば……ダメダメなアークライトにも、少しは友達ができやすくなるかもしれません』とか言っていたはずなのに、いざ自分以外にアーくん呼びする女子が出てくると、腹が立って仕方がなかったフェリ。
 ……なるほど、わかりました。これは十割アーくんが悪いです。

・原作でもフェリは、念威の行使そのものへは抵抗感がなさそうな描写だった記憶(うろ覚え)
 本当にトラウマものだったら重晶錬金鋼なんか見たくもないはずですが、常に携行してるっぽかったですし。
 あくまでも他人から要求されることに反発してる感じだったかと。
 汚染獣の襲来時にスルーしかけた描写はありますが、これは汚染獣に対する無知がウェイトとしては大きいと解釈してます。
 そうじゃないと武芸科の生徒が何人も食われそうになってるのに見捨てたことになっちゃう。

・今回の前書きは鬼滅の刃からではなく、映画『マトリックス』から。
 フェリの心情に的確にヒットしすぎていたので。
 ちなみに原文は"There is a difference between knowing the path and walking the path."です。

・プロット上で予定していた部分の半分くらいしか話が進まなかった……。
 展開が遅くてまことに申し訳ありません。

 
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問題児? いいえ、神殺しです。(作者:怜哉)(原作:問題児たちが異世界から来るそうですよ?)

──────魔王とは、揃いも揃ってカスである。▼彼は『覇者』である。▼天上の神々を殺戮し、奪い取った至高の力で同胞までもを滅ぼすが故に。▼彼は『王者』である。▼弱く脆い人類を愛し、庇護し、その外敵の悉くを打ち砕くが故に。▼彼は『魔王』である。▼己の愛する者を甘く優しく飼い殺し、衰退させるが故に。▼人類は、彼に抗う術を持たない。▼元は同じ『ヒト』でありながらも…


総合評価:3257/評価:8.77/連載:18話/更新日時:2026年09月18日(金) 20:07 小説情報

フェア・クラネルの嫁作り(作者:パーンダ)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

ベル・クラネルには兄がいるが、とんでもないスケベモンスターである。▼兄のようにはなるなと、色んな人に言われている。


総合評価:5473/評価:8.44/連載:15話/更新日時:2026年09月22日(火) 03:40 小説情報

よく聞け、いいか、ここをローマ帝国とする!(作者:とくめいのネロ)(原作:コードギアス)

Fate/シリーズより、ネロちゃまをブリタニア皇族にINさせてみたお(^ω^)▼っていう、小説。▼


総合評価:5603/評価:8.4/連載:13話/更新日時:2026年09月18日(金) 17:16 小説情報

闇派閥を畑の肥やしにするタイプの農家さん(作者:ダンまち=スキー)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

異世界ファンタジー世界に転生してクソほど後悔している男が農家(たまに冒険者)になる話


総合評価:9071/評価:8.52/連載:6話/更新日時:2026年09月22日(火) 22:40 小説情報

天剣へと至る愚者(作者:一般通過害悪)(原作:無職転生)

ルーデウス・グレイラットの双子の弟は転生者である。▼後世には『天剣』として伝えられることになる。▼これは、彼が生前に書いた日記を辿っていく物語。▼※アンチ・ヘイトとクロスオーバーは念の為。


総合評価:3499/評価:8.08/連載:10話/更新日時:2026年08月22日(土) 15:30 小説情報


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