残酷な世界に生まれたけれど、幸せです   作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!

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『きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫。
 いつか好きな男の子でもできたら、カナヲだって変わるわよ』

 


アーくんとリーちゃんと汚染獣(2)

 

 

「──奇襲効果を、最大限に発揮するためです」

 

 カリアンが以前も遠回しに打診してきた、二人(フェリとアークライト)の武芸科への転籍。

 

 今日はいよいよ、「何故そうすべきではないのだろうか? 二人の転籍には、決して小さくないメリットがあるだろう?」とカリアンから直截に尋ねられたアークライトは。

ここで、都市の長(カリアン)と意見を一致させておくことの重要性を感じて。まずはそう、端的に結論を述べた。

 

 続けてアークライトは、噛んで含めるようにしてカリアンへ持論を展開する。

 

 

「改めてカリアンさんと認識を共有しておきたいのですが……

 ツェルニが現在保有するセルニウム鉱山は、わずか一つである。

 故に、来年の戦争……特にその緒戦では『必勝』が求められている。

 僕の理解に誤りはあるでしょうか?」

 

「いや……極めて正確な状況認識だとも」

 

「安心しました。

 それで先程カリアンさんは僕たちの転籍にメリットがあると仰っしゃられましたが……

 僕の考えでは、特にフェリの転籍は……『必勝』を危うくするだけだと推察します」

 

「それは、何故かな?」

 

「これはとある……『戦争とは何か』を論考した、古い思想家の言葉なのですが。

 彼の言に『凡そ戰は正を以て合し、奇を以て勝つ』というものがあります。

 戦争は正攻法で相手と組み合い、そこから奇策を用いて勝利する……という意味です。

 確かに僕たちの転籍は『正を以て合し』という点で、何らかの利点をもたらすかもしれません。

 他方フェリが武芸科に在籍し、名声を得てしまえば『奇を以て勝つ』可能性を下げるでしょう」

 

 カリアンは(……不思議な男だ)と思った。興味を惹かれて思想家の名前を聞いてみれば、孫子だという。生没年すらも不詳な、相当に古い……カリアンですら名前のみを知るに過ぎない存在だ。

『僕には学がないから』などと言いながら一般教養科への在籍を望んだにしては、アークライトは時折こうして奇妙な知識を開陳してくる。そこでカリアンが知識の出所について問い質すと、必ず『昔、本で読んだことがあって……』と返してくるのだ。

 

 カリアンには読書という行為を、人並み以上に好んでいる自覚があった。同時に現在は生徒会長(ツェルニの長)という俗職にあって、自身の書物に対する欲求を封印(我慢)しているだけであるとも。

故にアークライトから知的好奇心を刺激されるたびに。カリアンは聖緑都市エスペリアの彼の生家を、失われてしまった貴重な書物の数々を思って。口惜しさの余り、身悶えしそうになるのであった。*1

 

 

「それから。僕の妄想と切り捨てられても仕方がないレベルの予測なのですが……。

 戦争の緒戦で、ツェルニから『裏切り者』が出るのではないかと、僕は案じています。

 ツェルニが敗戦した後の、転学の受け入れ、転学後の様々な優遇措置──」

 

「ふむ、なるほど。

 ツェルニと対戦する都市からすれば、わずかな報酬と引き換えに離反者(スパイ)を作り放題……

 崖っぷちであるがゆえに、ツェルニにはそのような条件(環境)が整ってしまっているわけだね」

 

「はい。

 もしも僕がツェルニの敵対者で、戦前にフェリの実力を把握する機会があれば。

 合法・非合法問わず、あらゆる手段で無力化を試みるでしょう」

 

 カリアンの目を見つめながらアークライトがそう断言すると、彼(アークライト)の制服の襟にラペルピンのように付けられた花びら(念威端子)から、フェリが小さく息を呑んだ気配が伝わってきた。*2

 

 アークライトは、例え話とは言えフェリを不安にさせてしまったことに申し訳ない気持ちになりながら。かけがえのない友人である彼女のために、力強くカリアンへ。宣言と、そして説得の言葉を放つ。それが少しでも、フェリの心(不安)を慰めてくれることを願いながら。

 

 

「つまりツェルニの運命は、戦争当日まで『如何にフェリ(特記戦力)を守り通すか』にかかっているんです。

 もちろん僕は、フェリを守るために全霊を尽くします。

 フェリには掠り傷の一つだって付けさせない。

 ……ですが、戦争当日にただフェリの身体や精神が保全されているだけでは十分とは言えない。

 ツェルニがフェリという切り札を擁していると知られれば、何らかの不測の事態が発生しうる。

 少なくとも対戦する都市は、それを企図するでしょう。

 だから。情報の封鎖も同じくらい重要で、それはカリアンさんにしかできないこと(戦い)なんです」

 

 アークライトの言葉(説得)を受けて、カリアンは椅子へと深く腰をかけ直した。

そうして一つ溜め息を吐くと、うっそりとした様子で自省の言葉を口にする。

 

 

「ツェルニは、何度も何度も敗北を繰り返してここまで追い詰められた都市だ。

 故に、私は……ツェルニを強くしなければならないと、そればかりを考えてきた」

 

「どれだけ戦力を積み上げても『不足してるのでは?』という不安からは、逃れられない……」

 

「…………わかってくれるのかい?」

 

「汚染獣との戦いでは、いつもそうです。

 特にノアに呼ばれてから、転移する(戦況を把握する)直前が一番緊張します」*3

 

「そうか……。君は、君たちはそうだったね」

 

 未だに虚脱状態から抜けきらないカリアンを前に、アークライトは悪戯っぽく笑って、先までの自説を覆すようなことを言う。

 

 

「ええ。ですが、汚染獣との戦いで彼(孫子)の教えが役に立つと感じたことはあまりないんです。

 汚染獣との戦いはそれこそ、カリアンさんが考えていた『どちらが強いか』に終止します。

 せいぜい『彼を知らずして己を知れば一勝一負』、勝率は常に五割未満と考えて臨む程度です」*4

 

「それは……少しばかり聞きたくなかった話(情報)だね。

 あの子(フェリ)の兄としては、平静でいられそうにない」

 

 そう言って力なく笑うカリアンへ、アークライトは「すみません」と、ひどく軽い調子で返す。その上、彼(アークライト)の襟に付けられた念威端子(フェリ)も変わらず、何時も通り(・・・・・)に沈黙している。

 

 汚染獣との戦いで敗北することは、死と同義である。力を持たない一般市民のカリアンならば放浪バスでの脱出という、『九死に一生の目』が残されているが……この二人はそうではない。

それにも拘(かかわ)らず『勝率は常に五割未満』*5と己の死亡率を笑い話のように語り、自然体のままでいられる二人の様子に。一般市民にしてお兄ちゃんでもあるカリアンは、無言で頭を下げた。

 

 征くべき道を征く二人にできることは、それしかなかったから。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 応接テーブルの前で俯いて、黙り込んでしまったカリアンさんの様子に。僕は静かに席を立ち、給湯スペースへと移動して紅茶を点て始める。

 

 非常に個人的なこだわりだけど、ティータイムに際して手間を惜しんでいる場合は"淹れる"という表現を用いて、丁寧にする時は"点てる"という言葉を用いるのが僕の流儀だった。

言語(辞書)的に正しいかどうかは知らない。単にそのように表現を使い分けることで、精神の切り替えがやりやすくなるから、そうしているだけだ。

 

 そしてカリアンさんは職場(生徒会室)でも、常に僕が"点てる"と言いたくなるほど、良い茶葉を使って紅茶を嗜んでいるようだった。*6

 

 丁寧に(ゴールデンルールで)点てた一杯をカリアンさんの前にそっと置くと、顔を上げたカリアンさんが「ありがとう」とお礼を言ってくれる。

これ(お茶汲み)も仕事のうちだと理解している僕は、それに黙礼で返して。自分のために点てた一杯(ティーカップ)と共に、僕もカリアンさんの向かい側へ座り直す。

 

 そのまましばらく、特に言葉を交わすことなく、二人でお茶を楽しむ時間が続く。

使用者と使用人(雇い主と従業員)という関係性を鑑みると、僕たちの距離感は妙に近すぎるような気がするけれど。カリアンさんはどうもこのくらいの距離感が心地よいようだ。*7

秘書という仕事に緊張して身構えていた僕にとっても、これはありがたいことで。何となくこの不思議な距離感が続いている。

 

 

「──そう言えば、あれは何と言ったかな?

 フェリのための特注の錬金鋼……先日予算の調整がついたばかりだが。

 もうそろそろ、初期報告くらいは上がってきても良い頃だと思うのだが」

 

「複合(アダマン)錬金鋼の件ですね。

 研究主任のキリク・セロンから、試作一号の完成が報告されています」

 

 カリアンさんの「それは重畳だね」という言葉を耳にしつつ、僕が「詳細はここに」と、錬金科から届いた報告書(ホワイトペーパー)を渡すと。カリアンさんは思い切り眉を顰(ひそ)めながらそれ(呪物)を受け取った。

気持ちはよくわかる。その報告書はあまりにも紙数を多く費やしている。端的に言って、分厚すぎた。

きっと其(呪物)の中身は最低限、同じ錬金科の学生でもなければ読み通すことすら投げ出したいほどにたっぷりと、専門用語が羅列されているに違いない。

 

 報告書の内容を要約した体で言及した僕であるが、見出し(インデックス)と結論(コンクルージョン)だけを眺めて『ふーん、そうなんだ』と右から左に流しただけである。

もしキリク・セロンがデータの捏造や、予算の過大請求などの不正を行っていたとしても、僕にはそれを見抜くことはできない。カリアンさんにも容易なことではないだろう。とは言え……。

 

 

「安全性の確認が終われば、フェリが試用してデータを採ることになりますから。

 現時点では、試作品という現物が(ベーパーウェアではないと)確認できただけで、十分ではないでしょうか」

 

 僕の発言はカリアンさんにとって福音だったのだろう。生徒会長(カリアンさん)は「それもそうだね」と、分厚い報告書をさっさとテーブルに投げ出して。僕が紅茶に添えて出したスコーンへと手を伸ばす。

そんなカリアンさんの姿にならい、僕もスコーンを二つに割って苺ジャムを塗って食べる。

 

 ……うん。今日もなかなか上手く焼けたんじゃないかな。朝早い時間帯*8に生地を作った甲斐があるね。

そこはかとなく不機嫌そうなオーラが漂ってきたような気がしないでもない*9念威端子(フェリ)へ、『フェリの分もちゃんとあるから』と僕は声をかけた。

 

 僕が何年ぶりになるのか、自分でもわからないくらい久しぶりに厨房へ立つようになったのは、日頃から良くしてくれているフェリへのお返しがしたいからなのに。フェリの分が無いわけがないじゃないか。*10

 

 そんな一幕を挟みながらも僕たちは『最終試験(フェリ)の前に、複数の念威操者による試験を挿(はさ)むこと』や『試験に携わる念威操者へ提示する機密保持契約の文面』、『追加の予算措置を認める場合に必要な根回し』などについて淡々と話し合っていく。

 

 その過程でキリク・セロンが寄越した報告書(ホワイトペーパー)の表紙は、僕のメモ書きでいっぱいになっていた。行儀が悪いけど許してほしい。*11

報告書の中身はきちんとファイリングして……何年後(いつの時代)かに生徒会長(都市の長)がそれを必要とした時、閲覧できるようにしておくから。

 

 僕が心の中で彼(キリク)に謝罪していると、スコーンを綺麗に片付けたカリアンさんが、しみじみとした口調で呟いた。

 

 

「それにしても、錬金鋼の性能が念威操者、あるいは武芸者の実力を制約する……

 そのようなこと(実例)があるとはね」*12

 

「そう……ですね。

 フェリを都市戦(戦争)の主軸に据えると、そう決定した後でなければ、生じなかった課題です」

 

「君たち二人とこうして会話するようになって、私の常識は塗り替えられることばかりだよ。

 もし私一人で懊悩したまま、ツェルニが来年の戦争に突入していたらと考えると、背筋が凍る」

 

 カリアンさんが目を伏せがちにしながら、「与えられた権限の大きさに、何でも自分がやらなければならないと思いつめていた。権力の腐敗とは……このようにして発生するものなのだろうか」と告解する姿に、僕もまた自責の念がこみ上げてくるのを禁じ得なかった。

 

 本来であれば、フェリが所持する錬金鋼の性能に不満を抱いていることに、僕が一番最初に気付かなければならなかったのだ。

それなのに僕は何ら疑問を抱くことなく、何度も何度もフェリを戦場(死地)へと引きずり込んでいた。

僕は、僕が持つ錬金鋼の性能に不満を感じたことが久しくなかったから。ノアに甘えられるだけ甘えてしまって、そういった感覚を忘れてしまっていたんだ。

 

 父や兄たちは、彼らの膨大な剄を受け止めきられなかった錬金鋼と一緒に散っていったというのに。僕はとんでもない不幸者だ。

 

 僕たち二人が、男同士で膝を突き合わせあって。お互いに沈鬱げな色を顔に浮かべていると。

そんな寂とした室内の雰囲気を打ち払うかのように、フェリの涼やかな声が僕の襟から響いた。

 

 

"アーくん、兄さん。そろそろ定時です"*13

 

「……ふむ、もうこんな時間になっていたのか」

 

"そうです。早くしてください。私はもう、いつものところ(レストラン)に着きました"*14

 

「フェリ、ごめんね。すぐに片付けるから」

 

「いや、少し待ってほしい。

 公共の場(ファミレス)で話し合うのではなく、今この場で決めておきたいことがある」

 

「何でしょうか?」

 

"……何ですか?"

 

「先ほど戦争(都市戦)の話を聞いて考えていたことなんだが──

 アークライト君は『フェリを守り通す』ことの重要性を説いてくれたね?」

 

「はい」

 

「──そこで、どうだろう?

 我々(ロス兄妹)の住まうところ(物件)は、少々空き部屋を持て余している感があってね。

 アークライト君も同様だろうし、我々のところへ、引っ越して来ないかい?」

 

"…………っ!! 兄さんにしては、慧眼です" 「……えっ?」

 

"私の護衛体制をより盤石にするため……そういうことですね?" 「……いや」

 

「さすがはフェリちゃんだね。その通りだとも」 「あの……」

 

"……そう言えば。アーくんが夜中に、ベランダから私を迎えに来たこともありました。*15

 今にして思えば、それはあまり外聞の良くない行為だったと理解(わか)ります"*16

 

「フェリ?!」

 

「何だって? それは聞き捨てならない行為だ。

 アークライト君。

 もし今後も同様の事例(夜間出撃)が生じるならば、君は同じ手法(ベランダ訪問)を採るべきではない」*17

 

「……はい」

 

"では、アーくんの引っ越しは決定ですね。

 善は急げと言います。今日中に引っ越しを終えてしまうべきだと思いますが?

 アーくんは私物も少ないですし、無理な話ではないと思います"

 

「せっかくフェリちゃんがレストランまで移動してくれたのに申し訳ないが、そうしようか。

 同じ物件(アパルトメント)に住んでいるのだし、3人で取りかかれば引っ越しもすぐに終わるだろう。

 夕食は、その後に出前(ケータリング)でも利用すればいい」

 

"そうしましょう。……アーくんもそれ(同居)が良いですよね?"

 

「……hai」

 

 何となく、フェリの声(雰囲気)がノリノリになった瞬間(とき)からこうなるような気はしていたけれど。本当に『あっ』と言う間に、僕の転居が決まってしまった。

 

 あうう、どうして僕はこういう時、フェリにびしっと言えないんだろう……。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 アークライトの私室の扉をノックする前に、フェリは今一度自分の身だしなみを確認した。

その確認は服の前合わせや身頃を整えるといった程度のものではなく、わざわざ念威まで行使した客観視点での確認という、実に念の入ったものである。

 

 最近のアークライトはフェリがじっと目を見つめたり、身を寄せたりすると微かに照れたような仕草(反応)を見せるようになっており、フェリの自身の美へ対する意識は非常に高くなっていた。*18

故に頭頂部から爪先まで。全身余す所なく、今できる自分の精一杯(一番かわいい)が作られていることを確認して。

 

 そうしてやっと、フェリは扉をノックした。

 

 

「フェリ、来てくれてありがとう」

 

「別に。隣の部屋ですから……

 今日はどうしたんですか、アーくん?」

 

 ベッドから立ち上がって礼を言うアークライト──いつもの如く瞑想(修行)をしていたのだろう──へ、淡々と言葉を返しながらフェリは用件を問う。

 

 引っ越した後の今でも。相変わらずベッドと、3つの錬金鋼が置かれた床頭台以外にはほとんど何もない部屋だ。

アークライト自身も本日が休日であるにも拘らず、一般教養科の制服を着ている。彼(アークライト)はそれ以外に衣類を所有していないために。*19

 

 カリアンが彼に与えているお給料(お小遣い)の金額*20を思えば、私服の一つも購おうとしないその態度に対して、フェリは思うところがないわけでもなかったが。

それでもフェリは焦らずに、彼(アークライト)の心が追い付いてくるのを辛抱強く待つ心算(つもり)だった。

 

 何しろ武芸科や錬金科などとは異なり、一般教養科のシラバス(授業計画)には『礼法』の授業だって掲載されているのだ。*21

休日の私室で年頃の男女が二人になって。片方が平日と変わらない制服(身だしなみ)で、もう一方が精一杯(一番かわいく)お洒落をしている。そんな非対称的な状況(シチュエーション)に、『アーくん本人が疑問を抱く日が、必ず来ます』とフェリは確信していた。*22

 

 だからフェリは悠然とした足取りで。甘いコロンの香りをふうわりと漂わせながら、アークライトの傍らに寄り、ベッドへ腰を掛けた。そして制服の袖をつんつんと引いて、彼にも座るよう促す。

アークライトが逆らうことなく自身の隣に座ったことに満足気に頷きながら。フェリはぴったりと身を寄せて、改めて私室に呼び出した理由を問う。

それに対してアークライトは、考え考えと言った調子で答えだした。

 

 

「うん……。フェリは、来年の都市戦(戦争)で重い役割を担うことになるよね。

 それで、僕にも何かできることないかなって考えていて……。

 何となく形になってきた剄技(もの)があるんだけど。フェリさえよければ、それを試したいなって」

 

「そう(いつもの)ですか。ええ、私は構いませんが」

 

 わざわざ私室まで呼び出しておきながら、武芸バカ(アークライト)から色気の欠片もない話題を切り出されたことに、多少は肩透かしを受けた気分になりながらも。フェリは「それがアーくんのしたいことなら」と首を縦に振った。

 

 そんなフェリの軽い態度にアークライトは「そうじゃないんだ」と首を振り、試したい剄技(もの)について詳しく説明を始める。

 

 

「──最初は『他の武芸者に対して、僕が活剄で強化を施せないか?』という発想(アイディア)だったんだ。

 でも剄には個人差があって、単純に剄を他人に流せば活剄になるなんて簡単な話はなくて……。

 逆に他人の肉体を傷付けたり、悪くすれば剄脈に異常を起こしかねない危険な行為だった。*23

 それでオーラフォトンの性質を弄って生命力を賦活するという方向に切り替えてみた。*24

 これ自体は上手くいったんだけど、あまり実用性が見いだせなくて。

 えっと……。他の武芸者の隣で、僕が彼を強化するよりも、僕自身が戦えば良いだろう?

 けど、ここまでの何の発見もなかったわけじゃなくてさ。

 剄に個人差があるように、個々人の生命にも独特の波紋(シグネチャ)みたいなのがあるのが判ったんだ。*25

 それ自体は直観的にも明らかだし、ごく自然的なことを、再確認したに過ぎないんだけども」

 

 長々と回りくどく説明をしたアークライトは、ここで一旦言葉を切って。それからもじもじ(・・・・)としながら、ひどく言い難そうにフェリへとお願いをする。

 

 

「前置きが長くなってごめん、ここからが本題なんだけど……。

 僕のオーラフォトンを用いた生命力賦活は、この波紋(シグネチャ)にも干渉できそうなんだ。

 それで、今日はフェリに僕(僕のオーラフォトン)を受け入れてほし「わかりました」くて……」

 

「フェリ? えっと、いいの……?」

 

 何が起こるのか──ある程度の予想はしつつも──わからない実験に対して、食い気味に承諾の返事をしてきた友人の態度に、思わず再確認してしまうアークライト。

それに対してフェリは「ただアーくん(オーラフォトン)を、私に注いでもらうだけです。何の問題もありません」と少々早口で答えた後。上目遣いになって、「ですが……優しく、してください」と小さな声で付け加えた。*26

 

 フェリが無意識に*27してのけた、庇護欲と嗜虐心を同時に唆る態度に。アークライトは平素とは異なり、内心で大きく動揺しながらも「ありがとう、フェリ……。それじゃあ、いくね」と、彼女の小さな手を取り。慎重に生命属性のオーラフォトンを注ぎ始めた。

 

 今からアークライトが行うのは、単なる生命力の賦活ではない。フェリという存在の波紋(シグネチャ)に干渉し、アークライトのそれ(シグネチャ)に近付けて(・・・・)いくこと。あるいはアークライト自身の生命力を賦活し、フェリのそれ(シグネチャ)に近付いて(・・・・)いくこと。アークライトの予想が正しければ、これによって起こるのは────

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 トクン、トクン、と何かの拍動のようなものを。僕たちの双方が同時に感じ始めていた。これは、心臓の鼓動などではない。

普段の僕たちが、五感や第六感(直感)で感じ取っている情報の中に、確実に存在しないものだった。

 

 初めは一つのものに思われた拍動は、よく観察してみるとわずかにズレている。

『これです(これだ)』と私(僕)は思った。これを重ねるために。オーラ(魂の境界)を、アーくん(リーちゃん)に近付いて(近付けて)いく……。

 

 

──そして、僕( 私)はリーちゃん(  アーくん )と。互いを交感する。

 

 

──Possession(ポゼッション)

 

 

「「……これが、リーちゃん(アーくん)の見ている世界、なんだ(ですか)」」*28

 

 僕たちはお互いに……リーちゃんは鋭敏になった感覚、そして僕は広がった視界に。押し寄せる情報の波と、それ以上の感動に身を震わせて。今すぐにでも二人で外へ飛び出し、ツェルニの上空(そら)を飛び回りたい……そんな衝動を抑えるため、お互いの手をきゅっと握りしめ合った。

 

 それから僕たちは、どちらともなく自然にベッドへと横になって。手を繋いだままお互いの額をこつんとくっつけ合って、くすくすと笑み交わしあう。

 

 どうしてだろう。僕たちは、すごく幸せな気持ちだった。休日に何もせず、ベッドの中で無為な時間を過ごしているのに。目の前にリーちゃん(アーくん)がいる。それだけで、すごく幸せだった。

 

 僕が自分でも笑み崩れているとはっきり自覚できてしまうくらい、にこにこ(・・・・)しながらリーちゃんのことを見守っていると。

普段ははっきりと物を言うリーちゃんが、もごもご(・・・・)ともどかしげに口を動かし始める。そんな珍しい姿に対して、僕が「どうしたの?」と穏やかに聞くと、リーちゃんはほんのりと頬を赤く染めて。「こうしてアーくんと一緒にいられることが幸せだって……そう感じただけです」と答えてくれた。

 

 この時、僕が感涙しなかったのは一種の奇跡だと思う。

僕もまたリーちゃんが贈ってくれた、この世に存在するどんな宝石よりも美しい言葉に、「フェリ……僕も……。うん。僕もフェリと一緒にいられて、すごく幸せだ……」と本心からの言葉を返す。

 

 

 ──そして、幸せな時間はその瞬間に終わってしまった。

僕たち二人の、お互いのどこか深い所で融け合っていた感覚は、一瞬で途切れて。ずっと繋いだままでいた僕たちの手も、フェリの方から振り解かれてしまった。

そのままフェリは、無言で僕の頬をぎりぎりと捻り始める。

 

 

「にゃ(な)、にゃ(な)んで……?」

 

 これで、幸せな時間が終わってしまったのは、僕がフェリから拒絶されたからなんだって……その事実を理解してしまって。僕は思わず涙目になりながら、フェリに問いかける。

きっとそんな僕の態度すらもフェリの勘気を煽ってしまったのだろう。

いよいよ本気で怒ったとばかりに、ベッドの上で僕の向う脛をげしげしと蹴り始めたフェリに。僕は必死で「察しが悪くてごめん。なんでもするから許して……」と全面降伏の謝罪をする。

 

 

「……なんでもですか」

 

「う、うん」

 

「では、抱きしめてください。

 それから、私のことをアーくんの本心で褒め続けること。

 ……私がいいと言うまで、ずっとですよ」

 

「わ、わかった」

 

 僕に抱きしめられるためによじよじ(・・・・)とベッドの上で緩慢に移動して、自身の頭の位置を僕の胸元まで調節してきたフェリの姿に。今更ながら僕は、どうにもこれは年頃の男女にとって、健全とは言い難い距離感のような気がしてきた。

 

 それなのにフェリは、『まだですか?』と言わんばかりの上目遣いで、僕に抱きしめられるのを待っている。そこには僕から何か不埒なことをされるのではないか……という疑心は一切感じられなかった。

 

 まあ、元より僕はフェリを妹に重ねて見ていたわけで、そんな気(・・・・)なんて最初から無いのだし。

フェリはフェリで僕からこうされることを受け入れている、ということは。

これこそが僕たちにとっての、健全な距離感だと言えるのかもしれない。*29

 

 

 だから僕は躊躇いを捨て、フェリ(かわいい妹)のことを優しく抱きしめて。

 

「フェリは今日もかわいいね」

「頭が良くて、いつも僕よりも難しいことを考えていて……

 フェリのことをすごく頼りに感じているよ」

「汚染獣との戦いで、僕や都市の人たちのことを助けるために。

 自分に何かできることはないかと、ずっと探し続けて努力してくれている。

 そんなフェリの優しいところが、僕は好きだ」

「フェリと出会う前はずっと一人で戦い続けて、一人で死ぬんだと思っていた。

 でも今は、フェリと一緒に生きていきたいと思ってる」

 

 ……と、かわいい妹の命令(オーダー)通りに。

僕の本心から来る褒め言葉を、フェリの耳元で囁き続けるのであった。

 

 

 

 

 

*1:
知識の出所については完全にカリアンの勘違いだが。

*2:
いつノアから非常招集がかかるかわからないので、フェリの念威端子を常に身に付けている状態になって久しい。フェリから四六時中監視を受けているも同然というか、実際に受けているのだが。アークライトはそのヤバさに気付いていない。

*3:
加えてアークライトには『決戦』に備えているという事情もある。

*4:
ノアから滅亡寸前の都市という鉄火場へ、いきなり放り出されるので。この点では意外にもグレンダンは、デルボネによる探知、アルシェイラによる天剣の編成……と段階を踏んでから戦闘に突入する。つまり割としっかりリスク管理をしているのである。実際、レイフォンの初陣もリンテンスを後詰めに配置した上で行われた。このような側面から見ると二人(アークライトとフェリ)はグレンダンよりも狂った戦い方をしている。なお、アークライトが言及した箇所はおそらく孫子で最も有名な一節、『故に曰く彼を知り己を知れば百戰殆からず、彼を知らずして己を知れば一勝一負、彼を知らず己を知らざれば戰ふ每に必ず敗る』。

*5:
そのような心構えでいるということであって、実数ではないが。

*6:
実際のカリアンはアークライトを採用する前は、割と鷹揚(肩肘張らず)にお茶を楽しんでいた。『フェリ・ロスという少女(2)』でゴルネオに供した一杯がそれ。

*7:
ほとんど身内、家族の扱い。どうしてでしょうね……。

*8:
一日で一番空気が冷たい時間帯。刻んだバターを指で潰しながら材料を混ぜ合わせることで、スコーン特有の食感が生まれる。焼成後の食感は粉と油脂と砂糖の混和具合によって左右されるため、溶かしバターを用いない生地作りは、想像以上に味へ大きな影響を与える。

*9:
正解。仕事(バイト)を理由に兄にアーくんを取られる形になった最近のフェリは、ちょっとしたことで不機嫌になる。

*10:
……ということはきちんと言葉にして伝えないと伝わらない。とは言えフェリは、私物をほとんど持たずにいたアークライトがお給料(お小遣い)を費やしてキッチン用品を充実させ始めた事実に。密かに満足げな微笑みを浮かべている。

*11:
キリク・セロンはきっちりと体裁を整えて、本当に表紙を白紙(ホワイトペーパー)にした報告書を上げてきた。とうとう複合錬金鋼の開発にゴーサインをもらうことができた彼の、気合の入りようが伺える。

*12:
カリアンは武芸科の強化を決意した際、錬金科の例年予算も見直して(削って)いた。

*13:
生徒会長の仕事に定時というものはないが、遅くまで残って仕事しない(アーくんを早く帰らせる)ことを、3人で話し合って(フェリが強く主張して)決めている。

*14:
冒頭からここまでのカリアンとアークライトの会話は、仕事が終わった後の雑談みたいなものだった。会話の内容はところどころ殺伐としていたり、無味乾燥なものであったが。そんな事実は何の慰めにもならず、2人で優雅に紅茶とスコーンを楽しんでいる姿を見せつけられたフェリの苛立ちは、結構なレベルに達している。

*15:
出撃のため。

*16:
言うまでもないことであるがフェリは、当時からそれを外聞の良くない行為だと、十分に理解していた。

*17:
割とガチのトーンで説教するカリアン(お兄ちゃん)。

*18:
なお、アークライトがそういう行為(・・・・・・)をしていないこと。つまり、えっちな目では見られてないことまで確認済である。

*19:
ツェルニに保護された時に着用していたボロ着は廃棄した。生家で家族から与えられた服はとっくの昔に体に合わなくなって着られなくなり、廃都(エスペリア)に遺されている。つまりボロ着は、アークライトにとってエスペリア由来のものではあっても、特に思い入れのあるものではなかった。

*20:
カリアンはアークライトを私設秘書として採用する際に『非常に優秀な人間を雇った』として実家へ仕送りの増額を求めている。送付された手紙はアークライトが卒業後、カリアンの人徳を慕って流易都市サントブルグへ所属する未来(可能性)を示唆する(匂わせる)文面であった。そして仕送りは、見事に増加した。またアークライトの転居によって、二重に支払っていた家賃の圧縮にも成功しており、カリアンは自己の裁量で使える資金を着々と増やしている。カリアン本人に金権政治を志向する意図はないが、それでも本格的に政治の世界に身を置くようになって現金(実弾)の威力を思い知らされたためである。

*21:
その他、医療科や商業科でも礼法の授業は実施される。

*22:
そのため、二人が休日にお出かけする時は、フェリがアークライトに合わせて制服を着ている。……こういうところにも、二人がツェルニで目立つ原因がある。

*23:
封心突みたいな剄技が存在するあたり、ちょっと調べれば判明する事実だと思われる。アークライトもこれに関しては人体実験とかはしていない。

*24:
これも特に誰かで人体実験したというわけではなく、内力系活剄ではなくオーラフォトン経由で自己強化ができないかを試してみた。

*25:
アークライトはこれら二つの個人差が、同じ起源(魂)に由来していることを、ほぼ確信している。

*26:
本日も 小悪魔 美少女。

*27:
無意識じゃない。

*28:
Possession(ポゼッション) 双方の生命の波動を同調・共振させ、交感する。剄技の効果を端的に述べるならば『知覚の共有』となるが、フェリ(念威操者)が観測している世界の膨大な情報量をアークライトがパンクせずに受け止められているあたり、情報処理能力もある程度は共有しているようである。武芸者の鋭敏過ぎる各種の感覚に対して、フェリがショック症状を起こしていないことからも、同様の推論が可能。無色の力であるオーラフォトンから生命の属性を引き出し、生命力を賦活するという回復・強化の剄技を試みていた際の、副次的な発見から生まれたバグのような剄技。このような背景を持つが、その応用範囲は実に幅広い。

*29:
そんなわけがないだろ。






・感想・評価・誤字報告、いつもありがとうございます。皆様のおかげで続きを書けました。

・今回の更新に伴い、タグに『フェリ魔改造』を追加しました。

・孫子の出典はウィキソース(自由に二次利用できる文書)です。
 これが恋姫無双の二次創作だったら曹操さんから用間編に触れないことを滅茶苦茶ディスられるんでしょうが、ここは孫子のような古典が散逸してしまったレギオスの世界なので……。

・複合錬金鋼の開発が前倒しになりました。
 天剣クラスの念威操者であるフェリを主力にすると決まったためです。
 全体的にカリアンは心穏やかな日々を過ごすことができています。
 原作のツェルニと違い戦争計画が真っ当に進んでるので。

・アークライトと同性のカリアンに嫉妬するフェリ。
 でも自分で書いててもアークライトとカリアンって相性良いなってちょっと思いました。

・今更ですが、アークライトという人物(キャラクター)の本質は『献身』です。
 元ネタ(永遠のアセリア)のエスペリアさんが所有していた神剣の名前ですね。
 フェリにお世話を焼かれまくってるせいで作者本人も忘れそうなので設定公開。

・アークライトがフェリをリーちゃん呼びしている箇所は表記ブレではありません。
 心の奥底ではずっとそう呼びたがっていたし、そう呼んでいたということです。
 アーくんと溶け合っていたフェリはその事実に気付いてます。
 それなのにフェリ呼びを継続したせいで……。フェリの性癖はもうボロボロ。

・前書きのセリフはみんな大好きカナエさん。何気に恋柱より恋柱してる気が。

 
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