残酷な世界に生まれたけれど、幸せです   作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!

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『ひひひっ!!
 そうか、やっぱりそうか。
 みっともねぇなあ。
 お前全然妹守れてねえじゃねえか!!

 なあ、虫けら。ボンクラ。のろまの腑抜け。役立たず。
 何で生まれてきたんだお前は』

 


アーくんとリーちゃんと汚染獣(3)

 

 

【複合錬金鋼(アダマンダイト)・試作壱号に係る最終試験報告】

 

1. サイズが異様に大きすぎます。

  本当に私たち(念威操者)が使用することを考えて設計したのですか?

 

2. ウェイトが異様に重すぎます。

  本当に私たち(念威操者)が使用することを考えて設計したのですか?

 

3. カートリッジシステムの存在意義が見当たりません。

  念威操者が使用する場合は、3本とも重晶錬金鋼を

  カートリッジへ挿入するに決まっているでしょう。

  この無駄な機能は何のために実装されたのですか?

  本当に私たち(念威操者)が使用することを考えて設計したのですか?

 

4. 耐久性が全く不足しています。

  確かに従来の錬金鋼と比較して、

  耐久性がほぼ3倍に向上していることは確認できました。

  スケーラビリティという観点からは、一定の評価に値するでしょう。

  しかしながら最終試験において、試作壱号は試験者(私)の

  念威に耐えられず、たった一度の試用で破損しました。

  少なくとも5つ以上の錬金鋼を複合させたレベルの耐久性がなければ、

  実戦での運用には耐えないと考えます。

  よくもこの程度の品質で、『不壊の(アダマン)』などという

  仰々しいネーミングをしたものですね?

 

 

複合錬金鋼開発計画・最終試験者   

『executor(イグゼキューター)』*1  

 

 

 

「──ふぅ」

 

 放課後、校舎からほど近い喫茶店(カフェ)で。*2

昨夜、都市の外縁部で密かに行われた複合錬金鋼・試作壱号の最終試験。その報告(レポート)を書き終えて、フェリは小さく溜め息を吐いた。*3

全体的に散々な評価となっているが、特に1番から3番までの項目(批判)は試験に携わった全ての(・・・)念威操者が同様の報告(ツッコミ)として上げている。

 

 初期試験から最終試験までを通じて、全ての試験者から(たった一人の試験者から)フルボッコにされた(も支持を受けられなかった)キリク・セロンは、キレた。それから『やってやろうじゃねえかよ、この野郎!』と発狂したように設計支援ツールを叩き始め、三徹した後に問題のカートリッジ機構を廃した、簡易型(シム・)複合錬金鋼(アダマンダイト)の基礎設計を完了させてしまう。

斯くして複合錬金鋼の開発計画は、試作弐号の時点でほぼ完成へと到達することになったのである。

 

 試作壱号の完成後、有望性を見出したカリアンが予算に糸目を付けずに進めるようになったこの計画は、その故に試作弐号が超特急便(スーパー・ホット・ロット)でロールアウトする見込みであり。更にバグ修正を施した改定版も同様である。

つまり来年の戦争まで一年弱という期間を残して、フェリは高性能な錬金鋼を手に入れることになるだろう。

 

 そんな複合錬金鋼の将来など、未だ知る由もないフェリが、一仕事を終えた虚脱感に少しぼうっ(・・・)としていると。このカフェの従業員にしてフェリのクラスメイトでもあるマリエルが、親しげに声をかけてくる。

 

 

「フェリっち、今日も来たんだ。愛しの彼(アーくん)は今日もお仕事(バイト)?」

 

「マリー……あなたこそ休憩ですか?」

 

 フェリはファイルに仕舞った報告書*4を更にバッグへ収めつつ、質問に質問で返した。

 

 揶揄(からか)いの言葉に一々フェリが反応するとは、マリエルも思っていなかったのだろう。「そうそう。だからちょっと相手をしてよ」と制服のエプロンを脱ぎながら、フェリの対面にコーヒーカップを置く。

 

 その振る舞いに、何とも言えない表情(絶妙に億劫そうな色)を浮かべるフェリの反応を華麗にスルーしたマリエルは。ほど近い席に座っていたエーリ*5にまで「エーリもこっちにおいでよ」と声をかけ、実にマイペースに放課後女子会の場を作り上げてしまう。

 

 最近のマリエルがフェリにまつわる事柄のうち、何に関心を持っているのかは……先程の発言からも明らかだろう。これから始まる姦しい女子トークの予感に。フェリは苦々しい思いでCCCラテ*6という、実に女の子らしいドリンクへ口を付けた。

 

 

「──それでさ、最近のフェリっち、マジでかわいくなってない?

 いや、クラスで初めて見た時から『ヤバッ! 何この美少女!!』って感じだったけどさ。

 なーんか最近は色っぽいっていうか? 妖しい魅力、出ちゃってるよね〜」

 

「……はぁ」

 

「……」

 

 始まりは、今日の授業で出された課題に対する愚痴などといった、軽い話題に終止していたのだが。案の定というべきか、女子会の話題(ネタ)が最後に辿り着く場所とはいつも同じ(恋バナ)なのだ。

エーリはエーリで、もじもじしながら何かを期待するように此方を見てくるのが鬱陶しい……とフェリは内心で思った。

 

 

「別に……。アーくんとは、何もありませんよ」

 

「私、アークライトくんの名前は出してないけど?」

 

「……ふふ」

 

 ここでフェリが思わずイラッとして、マリエルを睨んだ*7のも仕方がないことだろう。エーリが『何とも微笑ましい』とばかりに笑って頭を撫でてくることも、フェリの怒りを更に煽って仕方がなかった。

とは言え、ここで何かを口にしてもそれは全て言い訳としか受け取られないだろう。フェリは悔しげに口を引き結んで、制服の下に隠れたペンダントトップを握りしめた。

 

 そうやってフェリが『もう何も話しません』と守りを固めたのを見て取ったのだろう。マリエルは微妙に切り口を変えて、恋バナ(ワクワクする話題)を続行する。

 

 

「でもさー。アークライトくんも謎が多いよねー。

 フルネームはアークライト・エスペリア、それで故郷(出身都市)の名前も聖緑都市エスペリア……。

 何かあるとしか思えないっていうか……」*8

 

「廃墟でたった一人生き残った男の子。

 ……。一番頑丈なシェルターに、隠されていた?

 もしかしたら王子様、とかだったりして……」*9

 

「あはは! それは珍説過ぎるでしょ!!

 ……でもそれ、筋がすごい通っちゃうんだよなぁ。

 どうするフェリっち? アーくんの正体が王子様でした!とかなったら」

 

「……どうもしませんよ、別に」

 

「王子様のアーくんには、幼い頃から思い合っていた許嫁(婚約者)とかがいたり……。

 もう二度と会えないその人(婚約者)のことを、今もずっと思っている……王道の展開」

 

「うわーっ! うわぁ〜〜っ!! ありそうありそう! それすごくあり!!

 そういうの切ないなぁ、絶対勝てない(・・・・・・)恋のライバルじゃん。

 うう、どうしようフェリっち……私、泣いちゃいそう」

 

「胸がきゅうキュン*10します……」

 

「………………」

 

 フェリはバカ丸出しな話題で盛り上がる二人を横に置いて、大きな溜め息を吐こうとした。

……したが。フェリの呼気は、思ったような形で外部へと出ていかなかった。

 

 

「……?」

 

 自身の喉がひゅうひゅうとか細い呼気を吐き出したことに、フェリは微かに首を傾げて。

今度はCCCラテのグラスに手を伸ばして、ストローへ口を付けようとしてみた。

しかし、何だか胸がいっぱいで。好んでいるはずのそれを飲み下せそうな気が、どうしてもしなくて。フェリはグラスを元の位置に戻した。

それからペンダントトップを握ろうとしてみて……。

フェリはそこでやっと、自分の手が微かに震えている事実を発見した。

 

 

(アーくん……。

 ……そう、そうです。アーくんに、会わなければいけない気がします)

 

「帰ります」

 

 一度、自分がそうしなければならないと、(したいと感じていることに、)思い立って(気が付いて)しまえば。フェリの行動は非常に速やかだった。

フェリは自分が注文したドリンクの代金をテーブルの上に置いて、バッグのショルダーストラップに腕を通し、二人の反応を気にもかけずさっさと席を立ってしまう。

 

 背後からあがった驚いたような声と、続いてかけられる「ごめんね、フェリっち!」「ごめんなさい……」という言葉にも反応することはなく。フェリは、ふらふらと定まらない足取りで店を出た。

 

 店のドアをくぐり軒下から一歩足を踏み出すと、強い西日がフェリの網膜を灼く。

その瞬間にフェリは、自宅まで歩いて帰る元気をすっかり失くしてしまって。軒下の邪魔にならない位置に移動すると、制服の下のペンダントトップ(復元された重晶錬金鋼)に手を当て、念じた。*11

 

 

"アーくん……"

 

"フェリ? どうかしたの?"

 

"お仕事中に、ごめんなさい。迎えに来て、ほしいです……"

 

"わかった。どこに行けばいい? ──すみません、カリアンさん。そういうことですので……"*12

 

"校舎のすぐ近くの、喫茶店です。アーくんが近くまで来たら、端子で直接案内します。

"……本当に、ごめんなさい"

 

"いいよ。すぐ行くから。待ってて"

 

 フェリの念威(目)は、アークライトがカリアンの前で姿を消して、そのまま生徒会室の窓から飛び出したのを見ていた。

よほど急いだのだろう。アークライトは数秒も経たないうちに校舎の上空へ到達して、停止した。

 

 それからフェリは、フェリ本来の実力を鑑みれば信じられないほどにのろのろ(・・・・)と、アークライトに付けていた端子を動かして。自身の下へ彼(アーくん)を誘導する。

 

 かくしてフェリが待つ喫茶店の上空(そら)へ辿り着いた彼が目にしたものは、がっくりとうなだれ、『今、悄気(しょげ)ています』と全身で感情表現をするフェリの姿だった。

 

 俯くフェリの表情は見えないが、おそらくいつも通りの感情の薄い顔*13をしているのだろうが……それでもきっと。

フェリの 小さな 胸の中を、想像もできないほど大きな悲しみの波が。押し寄せては引き、引いては押し寄せているに違いない……。

即座にそう判断できる程度には、アークライトはフェリと浅からぬ付き合いをしてきた。

そんな自負が彼にはあった。

 

 だからアークライトはフェリの数メルトル手前に音も無く着地し、姿を現して。*14

そのままとことこ(・・・・)とフェリの目前へ歩み寄って、跪き。わざとらしいほど朗らかに「お迎えにあがりました……僕のかわいいお姫様(マイ・リトル・プリンセス)?」と声をかけ、そうして面(おもて)を上げて、にっこりとフェリに笑いかけた。

 

 

「……アーくん」

 

 常になくアークライトが戯(おど)けて見せた言動にも、ポツリと名前を呟いたきり、それ以上の動きを見せないフェリに。アークライトは(これは重傷だなあ……)と、内心どうしたものか大いに困りながらも立ち上がり、取り敢えずフェリの頭をポンポンと撫でてみた。

それからフェリの耳元に顔を寄せ「帰ろう?」と、二人の家(スウィート・ホーム)*15へ誘(いざな)う。

 

 フェリが幼(いと)けない仕草でこくりと頷いて、両手を伸ばしてきたのを見て。そこでようやくアークライトは少し気を緩めることができて。いつものようにフェリを優しく抱え上げた。

ツェルニの上空(そら)へ羽ばたきながら、アークライトは「このまままっすぐ帰る? それとも……」とフェリへ問いかける。

 

 こんな単純な問いかけにも、是とも非とも返すことができず、胸に抱かれたまま小さくなって身体を固くしているフェリの姿に。アークライトはひっそりと身に纏うオーラフォトンを調整して。こうして向かい風を完全に遮断し、加えて少しだけ外気温よりも温かく感じられる環境にした。

 

 今、心を凍えさせているフェリが、体まで凍えてしまわないように。

 

 そうやって無言で家路を翔けていたアークライトだったが、二人の家まで指呼の距離というところで、少し考えを変えて。ふわりと速度を落とし、地上へと舞い降りる。

フェリが『アーくん?』と物問いたげな、不思議そうな表情で見上げてくるのに。アークライトはいたずらっぽく笑って「ちょっとだけ寄り道しよう」と、意図するところを端的に説明する。

 

 アークライトの本意は、このままフェリを消沈させたままでは帰したくなくて。

帰宅前に”何か素敵なこと(   something wonderful   )”をしてみたかっただけなのだが、そこまで言葉にしてしまうのは野暮というものだろう。

 

 

「……ここ。最近見つけた場所なんだけど。お洒落で、歩いていて楽しそうな場所だなって」

 

 曲がりくねった小道が、丁寧に石畳で舗装されて。時々思い出したように、不規則な間隔(リズム)で道の真ん中や、端っこに街路樹が顔を出す。一体どのような都市計画に基づいて生まれたのだろうか。確かにそこは瀟洒な並木道(プロムナード)だった。

 

 アークライトは今一度しっかりとフェリを抱き抱え(ホールドし)ながら、しんみりとした口調で言葉を続ける。

 

 

「家の近く*16に、こんなに面白い場所があるなんて、最近までずっと気付かなかった。

 ……きっとツェルニには、僕たちがまだまだ知らない楽しいことがいっぱいあって。

 僕たちはツェルニの魅力の一割も知らないうちに卒業していくんだろうね」

 

「…………まだ一年生なのに、卒業(お別れ)の話なんて、したくありません」

 

「──うん。僕たちはまだ多くの時間を、ツェルニで過ごすことができる」

 

 自己の発言を、想像よりもずっとずっとネガティブに解釈され、一寸(ちょっと)びっくりしたアークライトであったが。彼は既に、腕に抱いたこの気難しいお姫様と上手く付き合っていく方法を会得していた。

と言うよりも実際は、過去にフェリから施してもらったこと(善意)に返報しているだけなのであるが。……ともあれ、アークライトはフェリの心を明るい方向に向けたくて。フェリが漂わせるネガティブオーラに負けることなく、週末のお出かけ(デート)を提案してみる。

 

 

「それで、フェリ。ここって休日毎に、市場(バザー)が立つんだってさ。

 その……よかったら、今週末に遊びに来てみない?」

 

 最近のフェリが無意識に*17見せる、あだっぽい(ちょっとエッチな)仕草に心を乱されること頻(しき)りのアークライトは。些か挙動不審になりつつも、何とかフェリをお出かけ(デート)に誘うことができた。

 

 平素はフェリに主導権を渡したままでいることの多いアークライトが、けっこうな勇気を振り絞り提案してきたことが伝わったのだろう。卒業(お別れ)の話題を拒絶した後、再び彼の胸に顔を埋めるようにして表情を隠してしまっていたフェリは。ゆるゆると顔を上げ、アークライトのことを うっとり 眺めた後、ほんのり頬を赤くして。彼の提案に小さく首肯した。

 

 自身の勇気が正しく報われたアークライトは、ここまでフェリを安心させるため意図して浮かべていた穏やかな笑みを脱ぎ捨てて、「やったー。フェリとお出かけだー」と素の笑顔になって浮き浮きと歩き出す。それどころか「フェリといっぱい遊べるように、お仕事頑張って片付けよう……!」などと心に浮かべたことを、そのまま口にしてしまってすらいる。*18

 

 そんなアークライトの様子を見て、彼に主導権を握られてしまったことが、何だか途轍もなく気に入らなかった(悔しいことに感じられた)フェリは。制服の襟をいつものようにくいくい(・・・・)引いてアークライトの耳を近付けさせると、「アーくん……家に帰ったら、また『あれ』をシてください……」と妖しく囁き。偶然かすめたようにして、彼の耳たぶに軽く歯を立てるのであった。*19

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「アーくん、今日はここ(私の部屋)でシてもいいですよ」

 

「……え?

 いや、それは……どうだろう」

 

 道中でアークライトのメンタルがざっくり削れたために*20若干スローペースになりつつも、それ以外は特段のトラブルもなく帰宅した二人。

いつもの(日常の行為と化した)『あれ』をするため、アークライトがフェリと並んで自室へ足を向けていると、その手前……フェリの私室の前で制服の袖をちょんと摘まれて、フェリからそんな誘いを受ける。*21

 

 武芸の鍛錬として二人が日常的に励むようになった『あれ』……ポゼッションは、非常に健全でやましいところなど全くない剄技であったが、何となく、雰囲気で。交感(ポゼッション)の終了後はベッドの上で、年頃(思春期)の男女(異性)としてはちょっと距離が近すぎるような気がしないでもない*22コミュニケーションに没頭(耽溺)するのも、また日常と化している事実があって。

 

 もし今日も。フェリの部屋で、フェリのベッドの上でも、そう(・・)なってしまうのだとしたら。それは、ちょっとばかり世間体が悪いのではないだろうか……とアークライトは逡巡した。*23

 

 しかし、愛おしい妹分であるフェリから「ダメですか……?」と上目遣いでおねだりをされてしまえば。アークライトとしては「いいよ!」と答える(全力でお兄ちゃんを遂行する)以外に道はなかったのである。チョロ。

 

 

「ぁ、うぅ……」

 

「……?」

 

 そんなわけでフェリに誘われる(まんまと操られるが)まま、彼女の私室を訪うことになったアークライトであったが。ドアから数歩進んだところで、彼の五感を通して伝わってくる濃厚なフェリの気配に、くらくらとして狼狽えてしまう。*24

甘く香るフェリの体臭(フェロモン)や、かわいらしく統一された調度品、置かれた物品の微かな乱れから透けて見えるフェリの私室での過ごし方……。あらゆる要素がアークライトの心を激しく惑わせていたが、特に、壁に掛けられたスペアの制服が問題だった。

 

 

(フェリ(リーちゃん)の制服のスカートって……こんなに短かったの?!)

 

 今までは身長差のおかげでほとんど意識せずにいられた事実が、目線に近い高さで吊られた制服によって、強制的にアークライトの認知へとインプットされてくる。それと同時に、今まで何度もフェリを横抱きにして、あちこちを飛び回ってきた行為が、何だか急に不味いこと(一線を超えた行い)のように思われてきたのだ。*25

 

 このような理由でおろおろとしているアーくん(おバカ犬)を置いて、フェリはさっさとベッドへと腰を掛け「何をしているのですか? 早く来てください」と自身の隣をぼすぼす(イライラ)と叩いて見せるのであった。

 

 

「──じ、じゃあ……今からするね」

 

「はい……今日も、優しくシてください」

 

「ぅ、うん」

 

 フェリからの強い促しを受けたことでようやく彼女の隣に腰を下ろし、交感の許可を求めるアークライトに対して。フェリは伏し目になりながら甘やかな声で許可を出し、ちんまりとアークライトの手を握り込むようにしてくる。*26

そんな美しいと評すれば良いのか、かわいいと評すれば良いのか……何なのかわからない(彼の語彙力の限界を超えている)けれど、とにかくすごい(・・・・・・・)フェリの仕草に。思わずアークライトはゾクゾクと背筋を震わせてしまいながらも、オーラフォトンを操作していく。

 

 

──Possession(ポゼッション)

 

 

「はぁ……ぁ……。アーくん……」 「リーちゃん……」

 

 毎日のように繰り返してきた成果だろう。一度こと(・・)を始めてしまえば、二人が同じ場所へ達する(・・・)のは、本当にあっという間だった。

 

 そして二人はどちらともなく手を繋いだまま、いつものように。どさりとベッドへと倒れ込む。これがアークライトが望んだことなのか、それともフェリが望んだことなのか……もう本人たちにも、判別することができなくなっていたけれど。

 

 ベッドの上でアークライトは、フェリから次々に流れ込む『寂しいです』『私を見てください』という感情の奔流に流されてしまわないよう、心を強く保って。フェリを安心させるために『大丈夫だよ』『傍にいるよ』と想いを返しながら、フェリの小さな身体を抱きすくめた。

 

 しかし、従来ならばここで落ち着くはずのフェリは、今日ばかりはイヤイヤ期の幼子のようにアークライトの胸に頭をぐりぐりと押し付けて『そうじゃないんです』と不満を表明する。

困ってしまったアークライトはフェリの頭を撫でながら『リーちゃんのためなら、僕は何でもするよ?』と、いつもの切り札(全面降伏)を提示した。

 

 もしかしなくても、フェリはそれ(何でもする)を待っていたのだろう。即座に『では、私を受け入れてください』と、今日ここまでの消沈ぶりは何だったのかというほど意気軒昂(元気いっぱい)に要求し。流されるようにしてそれに合意したアークライトの中へ、フェリは強引に侵入(はい)っていく……。

 

 ──ここまでの二人のやり取りから明らかであるが、当初は知覚の共有をもたらす剄技として解釈されたポゼッションは、ただそれだけの剄技ではなかった。

今や知覚の共有のみならず、二人の間では言葉を介さない、心と心の直接的な接続に基づくコミュニケーションすらも可能になっている。

 

 ここで、特に情報処理能力に優れるフェリ(念威操者)の側には、アークライトにずっと隠してきた剄技の作用(効果)があり……。

 

 

(アーくんが悪いんです……。私に、昔のことを秘密にするから……)

 

 フェリは、アークライトが自らを守るために築いてきた心の壁(精神防壁)を、『アーくんは合意しました』という理由で正面突破して。彼の記憶を読み取り、過去に遡っていく。

アーくんに婚約者がいなかったかを探るために 彼の故郷(エスペリア)であったことを知るために。

彼がぽつぽつと、言葉少なにしか説明してくれない……青く美しき日々の記憶を暴き立てるために。

 

 そして……フェリは。罪を知った。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「アークライト、なぜ自分が人よりも強く生まれたのかを理解しているか?

 戦う力を持たぬ者を助けるためだ。

 天より武芸者としての才を与えられた者は、その力を世のため人のために使わねばならない。

 天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されない。

 力なき者を助けることは、武芸者の責務。責任を持って果たさなければならない使命なのだ」

 

 ──大丈夫。

   忘れてないよ。父さん。

 

 

「いいか、アーク! 戦いってのはイケると思った時に打(ぶ)ち込む!!

 やべぇっと思ったら退く! これが鉄則だ!!

 死にそうな時ほど疑ったり迷ったりするんじゃねえ!! 直感を信じろ!!」

 

 ──そうだね。

   レオ兄さんは最期までそうしていた。*27

 

 

「……あのバカ(レオン)の言うことを鵜呑みにせぬように。

 守り、攻める。ただ言葉にするならば容易なことだが、そのためには確かな技術が要る。

 あれ(レオン)は半ば本能でそれをやっているが……アークライトはその類ではなかろう。

 まず手本とするならば、兄上(長兄)にすることだ」

 

 ──ルイ兄さんはいつも謙虚だった。

   僕が化錬剄の可能性に気づけたのは、ルイ兄さんのおかげなのに。*28

 

 

「うん……良い太刀筋だ。

 武芸を始めたばかりのアークライトにとって、剄は変化に富んで面白く感じる力かもしれない。

 でも、色々な剄技を使えるようになるのも重要だけど、基礎を疎かにしてはいけないよ?」

 

 ──アル兄さん。

   ごめんなさい……僕は、兄さんのような立派な武芸者になれずにいます。*29

 

 

「お願い、アーク……。考え直して……」

 

 ──母さん。

 

 

 くるり、くるりと、万華鏡のように。フェリの中へ、アークライトの過去の景色(記憶)が流れ込んでくる。

アークライトの心の中は、まるで巨大な迷宮のようだった。しかし、何度もお互いを接続しあってきた成果だろうか?

フェリはアークライトが最も厳重に守っている(一番触れられたくないと感じている)記憶の在り処を、直観的に知ることができた。

 

 これまでは触手(知覚)を伸ばすようにしてアークライトの心を弄(まさぐ)っていたフェリであったが、とうとうその一番奥深く、アークライトの秘所へ到達すると。

 

 黒々と渦を巻き、血のような瘴気が流れ出るそこへ、フェリは『もう我慢できません』とばかりに全身で飛び込んでいった。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 緊急事態を告げるサイレンの音が、都市全体に鳴り響く(鳴り響きます)。

更にエスペリアが全力で逃亡しているがために、数十秒から数分おきに都震が発生し、今や都市の全住民が。否が応でも、生きるか死ぬかの瀬戸際にあることを実感させられている(います)。

 

 そんな鉄火場に在っても、僕(私)たちの家庭では、ほとんどいつもと変わらぬ時間が流れていた(いました)。

せいぜい違うのは戦う力を持たない母さんの避難する先が、シェルターになるか放浪バスになるか程度のもので(でした)。

本来であれば僕(私)もそこ(避難民)に加わるはずだけど(ですが)、今から僕(私)はその状況に一石を投じるつもりだ(です)。

 

 僕(私)は右手に白金錬金鋼を握りしめ、都市外戦装備を纏って出撃しようとする家族(父と3人の兄)を呼び止めていた(いました)。*30

 

 

「──父さんが教えてくれたことです。

 力ある者は、力なき者を助け守る。

 そして力なき者はいつか強くなり……また力なき者を助け、守る。

 これが自然の摂理だと思います。

 僕は父さんや兄さんたちと比較したら弱いもしれないけど……

 それでも僕には、汚染獣と戦う力があります。

 だから僕は、母さん(みんな)を守るために戦う……!

 僕は、もうすぐお兄ちゃんになるんだから!!」

 

「へっ……おいおい、どうするよ兄貴たち?

 10も年下の弟に、こうまで言われちまったらなぁ?

 よっしゃ、アーク! 俺のスゲーところを良く見ておけよ!!

 随分豪華な舞台(修羅場)になっちまったが、見取り稽古だ!」

 

「あまり調子に乗るな、レオン。

 お前も私も、道半ばの未熟者なのだから。

 とは言え6つにもならぬ弟が、我々が征く道先をこれほど明るく灯したのだ。

 先達として奮わぬわけにもいかぬ……」

 

「アークライト……

 君が初めて錬金鋼を握った日から、いつか必ずこんな(初陣の)日が来ると思っていました。

 それだけ優れた素質が、君にはあった。

 剄の扱いや総量、剄技の覚えの良さなどといった技能的側面の話ではありません。

 君は与えられた力に奢らず、いつも己(武芸者)の責務に真摯であろうとしていたから。

 だが……君は未だ幼い……悔しいかもしれないが、言わせてもらう。

 母さんと妹を守るために戦う君のことを、私は守る。

 私は今日、君のことを守るために戦おう。

 いいね? だから私から、決して離れてはいけないよ?」

 

「────。

 父親、冥利に尽きるとは。このことか」

 

「そんな……

 お父さん……アークはまだ5つなのよ……?」

 

「だが、武芸者だ……」

 

「………………」

 

 目を真っ赤にしてはらはらと落涙する母さんを尻目に、兄たちは僕に「ちょっと早えが、誕生日プレゼントだ」「本当は毎年一本ずつ贈りたかったのだがな……」「実戦の場では、ましてやそれが初陣ともなれば、錬金鋼の消耗は恐ろしく早い。……剣帯に下げた一本一本が正しく自分の命の一部なのだと、常に心に念じて戦うことです。恐怖に怯えたり混乱するよりも、慢心して装備をすり減らすことの方がよほど危険なのですから」と好き勝手に喋りながら、僕の頭を撫で、肩を叩き、腰に剣帯を巻いて。増設ポケットを腰を一周するほどに付けた後、更にそこへ何本も何本も錬金鋼を挿していく。

 

 普段は割と無口なアル兄さん(長兄)が、兄たちの中で一番饒舌になっているのが少しおかしい。こんな時(非常事態)だというのに僕はそんなことを考えて、波濤のように胸に押し寄せる面映さを何とか飲み下そうとしていた。

 

 何とも陽気に振る舞う兄たちの姿に戸惑うばかりの僕へ、「ビビって戦えなくなっちまっても、錬金鋼を投げてくれるだけでも助かるからな!!」とニヤニヤ意地悪げに見下ろすレオ兄さん(三兄)の、何と頼もしいことだろう。

今年で16になる*31兄は、既に汚染獣との戦闘を経験して3年以上のベテランだ。彼の満腔を必勝の確信が占めていることが傍目にも明らかに感じられて。僕はほっと息を吐いた。

 

 

「──征くぞ。

 ああ……そうだ。アークライト、私の指示には必ず従いなさい」

 

 僕ら兄弟の戯れに終止符を打つように、父さんが出発の合図をする。いつの間にか母さんとの口論にも決着を付けていたのだろう。母さんは、もう何も言わなかった。

 

 僕は、僕たちは、戦う力を持たない母さんと妹の二人を置いて家を出て行く。僕たちの役目は都市外縁部で汚染獣を迎撃し、撃滅することだ。母さんたちの避難誘導は、しかるべき(その役目を負った)者がするだろう。

 

 僕は振り返らなかった。

背中にずっと母さんの視線を感じていたけれど、一度も振り返ることなく。

無心で父さんと兄たちの背を追っていった。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「なんだ……アレは……」

 

 都市外縁部に集まった数百名の武芸者のうち、誰か一人の呟きが。凪の水面に小波(さざなみ)を立てるように、僕たちの間に広がっていく。

 

 逃走する都市(エスペリア)を猛追して接近していた汚染獣の脅威が。いよいよ念威操者の索敵範囲から、僕たち武芸者の有視界戦闘の距離へと遷移して。

そして。僕たちの視界を埋め尽くしたのは、軽く数百を超える巨大な汚染獣(雄性体三期以上)の群れだった。その中でも特に巨大なの(老生体一期)が5体。特に巨大なの(老生体一期)よりも小さくて弱々しそうな外見(フォルム)なのに、背筋が凍るほどの禍々しさを感じさせる……化け物(老生体二期以上)が1体。

 

 内心で(あれは楽に斃せる、あっちのも、多分そう苦戦はしない……)と、そんな風に一匹ずつ脅威度を見積もっていた僕は。不意にその化け物を直視してしまい、思わず身を硬くする。それは、控えめに言って絶望の化身だった。

きっと僕と同じ状態に陥った武芸者が少なからず存在したのだろう。僕たちの周囲の雰囲気は驚愕から焦燥、そして恐慌状態へと移行しつつあった。

 

 

「総員傾注!! 各小隊の隊長は、速やかに再点呼を行え。

 汚染獣一体につき一個小隊*32で当たり、確実に汚染獣を漸減せよ。

 長期戦は不可避……小隊は常に機動力を維持し、人員の損耗を抑止!

 一当てして有効打を与えられない個体(老生体)からは、徹底して距離を取れ!!

 アレらは全て我ら(エスペリア)の一門が受け持つ!!

 此度(こたび)の戦場(いくさば)が初陣となる者は、師範役の背に付いてまわることだけ考えよ!

 師範役は初陣の者を適宜フォローし、決して無理をさせるな!!」

 

 雷鳴のように響き渡った父さんの声(指示)*33に、統制を失い烏合の集となりかけていた僕たちは、武芸者としての意識(使命)を取り戻す。

化け物を直視してしまった僕の、震える両肩を押さえつけていたレオ兄さんなどは「あーあー。今日も近所迷惑な親父の声のせいで、耳がおかしくなりそうだぜ」などと余裕でボヤいていたが。

 

 僕の震え(恐怖)が収まったのを確認したのだろう。レオ兄さんは押さえていた僕の肩から手を離すと「ほんじゃ、俺はあのデカブツ(老生体一期)どもと遊んでくるわ。……っても3体くらいが限度かね。早めに助けに来てくれよな!」と言い残し、何の衒いもなくたった一人で飛び出して行った。

 

 その無謀とも取られる姿に、ルイ兄さんは「まったく、レオンめ。アレ(化け物)を私に押し付けていくか」とボヤきながら「アレ(化け物)と残りの老生体は、私が受け持ちましょう。兄上は自由裁量(フリーハンド)を維持されるべきかと」と進言して。「では……」と、その一語のみをこの場に置いて、瞬く間に姿を消した。*34

 

 フリーハンドを与えられたアル兄さん。そして、何の言及もされなかった僕。父さんは、変わらずよく通る声を張って全体の指揮を取っている。

どうすればいいのかわからずにおどおどしている僕を、兄さんが優しく教導してくれる。

 

 

「アークライト、君が自由に動いて、斃せそうな汚染獣を片っ端から狩っていくんだ。*35

 失敗を恐れる必要はない。私が君の背中を守ろう。

 一匹でも多く、一秒でも早く汚染獣を狩り尽くすことで、この場のみんな(武芸者たち)を助ける。

 大丈夫。アークライトと私なら、それができる。一緒に頑張ろう?」

 

「は、はい……!!」

 

 刀身七尺半の大太刀という、凄まじい存在感の得物(鋼鉄錬金鋼)を片手にしながら。この場の誰よりも静かに、まるで空気そのもののように佇んでいたアル兄さんから、ポンポンと頭を撫でられて。

そこでやっと僕は、圧倒的強者(超一流の武芸者)に庇護されているという実感を得られて。肩の力を抜くことができた。

 

 今の今まで、ちっぽけで頼りなく感じられていた刀身一尺余りの片手剣(白金錬金鋼)に剄を通しながら、僕は最初の獲物(ターゲット)を見定める。

落ち着いていこう。鍛錬通りにやればいい。そう、自分へ言い聞かせながら。僕は剣閃を飛ばし、群れの中でも比較的小さな汚染獣(雄性体三期)を真っ二つにした。*36

 

 自身が生涯で初めて上げた戦果に見とれることはなく。僕はただ、自分の飛ばした斬撃が友軍に被害をもたらさない(フレンドリーファイアが発生しない)ことだけを確認して。初撃破(ファーストキル)の余勢を駆って、戦場を駆け始める。

アル兄さんを置いていってしまうかもしれない……なんて、ありえない心配はしなくても良い。僕は自分が撃破できそうな汚染獣目掛けて、それでいて群れの密度が最も高いところへ突撃する。

 

 

──星火燎原の太刀

 

 

「……良いね、アークライト。鍛錬通りにできている。

 本来は、それが一番難しいことなんだけどね。

 そして私の火力を最大限に活用したかったのだろう?

 戦術的な判断も的確だ」

 

「はい!」

 

 正しく僕たちは無人の荒野を征くが如く、汚染獣の群れの中を突破し続けていた。もっともその功績のほとんど全てが、アル兄さんの力によるものだ。僕の目には視認できないほどの凄まじい斬撃の結界が、汚染獣を次々に断裁していく。

 

 斬撃の中に、格段に速い刺突が潜んでいるのだろう。僕には刺突の始まりから終わりまで、モーションの一片すら判別できなかったけれど。ルイ兄さんやレオ兄さんが相手をしている強個体(老生体)に、何の予兆もなく突如として風穴が空く様子から、そう推測することができた。

 

 

 ──そして戦闘開始から数時間が経過して。

(勝てる……!)そう、無意識のうちに考えていた僕の意識に。

突如として二つの事実(気付き)が、冷水を浴びせかけてくる。

 

 

(……汚染獣の数が、減ってない? こんなの数百どころじゃないぞ……数千、いや、もっと……?!)

 

「兄上っ! 此奴(この化け物)っ、再生します!!

 汚染獣の死骸を食らって、またたく間に……!!」

 

 斃しても斃しても終わりが見えない……暴風雨のように叩きつけられる圧倒的な物量を前に、僕たちエスペリアの武芸者は都市外縁部での陣形をとっくの昔に喪失して。いつしか小隊単位での市街戦に突入せざるを得なくなっていた。

 

 そして、混迷の最中に悲鳴のような声で告げられる、悪夢のような現実。

化け物(老生体?期)はルイ兄さん(次兄)が決死の思いで攻撃を加え続け*37、相当程度に削り取った体躯を、一瞬で再生させてしまったらしい。

悪質なことに化け物が再生に要するのは汚染獣の死骸で、それは今まさに次から次へと戦場へ追加され続けている。

 

 その瞬間、父さんとアル兄さんが迷いを生じさせたのを、僕は感じた。(役割(ロール)を変更するべきなのだろうか? ……しかし、どのように?)と。

 

 レオ兄さんは既に限界(ギリギリ)まで力を振り絞っている。父さんの指揮がなければ、武芸者たちは小隊を維持することすら困難だろう。アル兄さんは、僕のお守りで大胆に動けない。

このままではすり潰される……。それほど大きな力を持たない都市の武芸者たちが物量に飲み込まれるか、ルイ兄さんが化け物(老生体?期)とデカブツ(老生体一期)になぶり殺しにされるか、何れかの経緯で。

 

 それが、僕にも解った。*38

だから今、ここで。最も戦況に変化を与えられる可能性を持っているのは、一番弱い、僕だ。

 

 僕は白金錬金鋼へ中途半端に通していた剄を、衝剄の弾丸に変え、適当な汚染獣に叩きつける(を粉砕する)。そうして次に、レオ兄さんが相手をして(釣り上げて)いるデカブツへと進路を取った。

背後から一瞬だけ驚いた気配が伝わってきたけど、僕たちを守り、時々ルイ兄さんやレオ兄さんへの支援すら行っている斬撃の結界(アル兄さんの絶技)は維持され続けている。*39

 

 だから……大丈夫だ。僕はこれから、怪物(老生体)に挑む。

雑魚を何匹斃しても、都市の武芸者の助けにはならないから。ならば、僕が為すべきことは怪物(老生体)の一角を崩して、傾いた戦場の天秤(パワーバランス)を人類(こちら)側に傾け直すこと。即ち、レオ兄さんを助けることだ。

 

 

「──レストレーション」

 

 僕は一度軽く息を吸って*40、左手にもう一本の片手剣を復元する。

双剣で戦うこともできないわけじゃないけれど、そうするためではない。単純に錬金鋼を出力端子として扱うため、つまり二倍の速度で剄を練り上げるためだ。

 

 膨大な剄を流し込まれた二本の白金錬金鋼は悲鳴をあげるように、またたく間に赤熱していく。

事前にアル兄さんから錬金鋼を消耗させすぎないように忠告を受けていたけれど、今この瞬間(とき)はスピードを重視するべきだ。そう、僕は判断した。

 

 許容限界を超えた錬金鋼が爆散する直前に、僕は錬金鋼から剄を放出し、限界を超えた錬金鋼は手近な汚染獣へ投擲しておく。

白金錬金鋼を突き立てられ体内で爆発させられた汚染獣が二体斃れることになったが、それはどうでもいいだろう。

重要なことは、放出した剄が一切の破壊を惹き起こさず、この場に半物質化して留まり続けている事実だった。

 

 僕は、白い燐光を放ちながら半物質化している二つの剄を一つに統合し、リング状に変形させて。それをレオ兄さんが戦っている怪物の一体へと差し向ける。

その瞬間に。僕と、父さんと、兄さんたち全員の間で、戦術的な意図が共有された。*41

 

 

「いいぜっ! アーク!!」

 

 レオ兄さんが大ぶりの攻撃(テレフォンパンチ)で老生体を一つ、弾き飛ばす(ノックバックさせる)。隙だらけになったレオ兄さんを、アル兄さんが守る。そして僕は、弾き飛ばされた老生体を、半物質化した衝剄の枷でしっかりと捕えた。

 

 そこからの展開は早かった。機動力を奪われた老生体は、みるみるうちにレオ兄さんの猛攻で破砕されていく。老生体の一角が落ちるまで、僕とレオ兄さんの背中にはアル兄さんが鉄壁の守りを施し続けてくれた。

二体目、三体目、四体目と数を重ねるごとに殲滅のスピードは上がり、僕たちの連携の安定感も増すばかりだった。

 

 五体目の、最後のデカブツ(老生体一期)を撃破した時。戦場全体に勝利の機運が満ちたことを、僕たち全員が実感していたと思う。

僕も剄を物質化して操作する感覚に慣れてきていて、「あれ(化け物)も僕が捕まえます!!」と確信を持って宣言できるほどだった。

 

 

「アーク……よくやった。お前が彼奴を捕える機会は、私が作ろう」

 

 僕が錬金鋼を次から次に使い捨て(爆散させ)ながら化け物を捕える檻を形成していると、ルイ兄さんが僕の隣まで一時下がってきてそう言ってくれる。

 

 そしてルイ兄さんは軽く息を整えると、閃光のように化け物へ接近し、青石錬金鋼製の細剣(レイピア)を振るって五度の刺突を放つ。

刺突の全ては化け物の体躯を深々と抉り、抉られた箇所は見る間に凍結していく……。

剄技の終わりを狙うようにして放たれた化け物の反撃(カウンター)は、ルイ兄さんの舞うようなステップワークを捉えることができず、それどころかルイ兄さんは反撃に合わせて猛吹雪を伴う極大の斬撃を叩き込むことすらして見せた。

 

 ここまで明白なチャンスをもらって失敗するほど、僕も未熟ではなかった。

剄技そのものは未だ完成半ばではあったが、僕は取り急ぎ化け物を捕える球体状の檻を作り上げた。更に物質化を檻の内向きにだけ解いて、衝剄の熱と圧撃による、化け物への蹂躙を開始する。

 

 僕がやっていることを理解したのだろう。兄さんたちも、檻を破壊しないように浸透剄を用いて斬撃や刺突を加え始める。

皆の攻撃があまりにも激しすぎて、途中から僕は、ひたすらに錬金鋼を使い捨てながら檻を補強する(剄を物質化して継ぎ足す)作業に追われることになった。

 

 残り一つになった錬金鋼を破棄すると同時に。僕は同士討ち(フレンドリーファイア)の発生を避けるために「これで最後です!」と宣言して、檻の補強を終了する。

間を置かずして総攻撃が止んだのを確認してから、僕は再び内向きに衝剄を放つ形で、檻を自壊させた。

 

 僕たちの間で、奇妙な沈黙が走った。小隊の統率を続ける父さんの声が、どこか遠くに聞こえる。

果たして。檻が崩壊した後、化け物(名付きクラス)が存在していたその空間には……何も存在しなかった。きっと、僕たちの攻撃が何もかもを原子の塵へ変えてしまったのだろう。

 

 

(勝った……!!)

 

 おそらく勝利の確信を抱いたのは、僕だけじゃなかったのだと思う。ルイ兄さんもレオ兄さんも、アル兄さんでさえも……。

ほんの少しだけ、僕たちは肩の力を抜いた。極限状態で張り詰めていた精神の糸を、僅かに緩めさせてしまった。

 

 それは、致命的な誤りだった。

 

 それは、空からやってきた。

 

 それは、巨大なニンゲンの形をしていた。

 

 それの襲来には、エスペリアの誰も気付くことが、できなかった。

 

 

 そこから先のことは、もうよく覚えていない(思い出したくない)────

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 数十秒ほど前に撃破したばかりの化け物(名付きクラス)を、軽々と上回る暴力(真なる絶望)が、エスペリアに落着した時。その瞬間に『正しい』決断を下せた者は、誰一人として存在しなかった。

 

 ルイス・エスペリア。

紅玉錬金鋼の補助を必要としないレベルの化錬剄の遣い手であり、細剣を戦場の指揮棒(タクト)が如く優美に振るい、戦域全ての凍結すらやってのける達人は。巨人の落着に巻き込まれて即死した。

 

 レオン・エスペリア。

四肢に白金錬金鋼を纏い、極限まで練り上げられた内力系活剄がもたらす身体能力で、まるで嵐が人の形をとったかのように暴れ回る猛者は。真っ先に巨人へと挑みかかり、一撃で打ち砕かれた。

 

 ゼイン・エスペリア。

自身も傑出した武芸者である彼は、都市全体の武芸者を統率するという立場を投げ出すことができず、長子のアーサーがアークライトを庇いつつ遅滞戦闘を行うというその判断に、身を任せてしまった。

 

 アーサー・エスペリア。

全員が傑出した才を持つ……そんな奇跡のような四兄弟たちの中でも、最優の彼は。今年で6歳になる末の弟を、見捨てることができなかった。

 

 何か一つでも要素がズレていれば。誰か一人でも、異なる判断をしていれば……生存者の数は大きく変わっていたのかもしれない。

しかし、歴史にifはなく。事態は破滅的な結末へと、加速度的に進行する。

 

 ゼインは、都市の武芸者を統制できなかった。

恐慌状態に陥った武芸者たちは小隊編成(戦術ユニット)を失い、一人また一人と汚染獣の餌になった。

 

 アーサーは、遅滞戦闘を成立させることができなかった。

常であればめったに用いない化錬剄すら用い、巨人の全身を焼き尽くそうとしても。

あるいは。この局面に置いては同体積の金塊よりも貴重な物資である錬金鋼を使い潰し、一撃で移動都市(レギオス)を両断するほどの斬撃を、幾度となく浴びせても。

巨人に打撃(ダメージ)らしい打撃を与えることが、叶わなかった。

 

 

「アーサー!! アークライトを守れ!!」

 

 事態(こと)ここに至って。

汚染獣によって、鏖殺の憂き目に遭うかの瀬戸際に立って、とうとうゼインは決断した。

遅きに失した感はあったが、喪失してしまったものを数えるのではなく。救えるものを……たった一つでも(・・・・・・・)救うのが、ゼインの役目だった。

 

 そしてゼインはただ一人の武芸者へと戻り、アーサーに替わって絶望的な遅滞戦闘に突入する。

 

 

「…………ぅ゛っ。……ぐ。

 やべぇ、死ぬ……。

 へ、へへ……マジかよ……。

 ……ぉ、俺だけ、何の役にも立ってねぇ」

 

 瓦礫の下から這い出したレオンは、巨人相手に単身で奮闘する父親の姿と、末弟(アークライト)を抱えて逃げ回るアーサーの姿を遠目に見て。何とか再び立ち上がろうとしていた。

 

 レオンが巨人に殴られた際に即死しなかった(ミンチにならなかった)のは、単なる偶然ではない。

それは巌のように鍛え上げられた肉体と、練磨に練磨を重ねた内力系活剄、そして打撃を受ける直前で攻撃から回避へと切り替えた直感の賜物だった。

 

 しかし、それでも軽傷で済んだなどということは、全くない。

胸部に強い衝撃を受けたレオンは、大動脈解離を起こしていた。右腕の開放(複雑)骨折が軽傷に見えるレベルの、重篤な損傷である。活剄の達人であるレオンには、それ(余命)が十分に解っていた。

 

 今すぐこの場でのたうち回り、泣き叫ぶほどの痛みがレオンの全身を貫いていたが、レオンは文字通り唇を食い破りながら、立ち上がる。

 

 

「しっかりしろ。レオン・エスペリア……

 倒すと決めたなら倒す。勝つと決めたのなら、勝つ……!!

 わかってるぜ……ルイの兄貴なら、そう言うんだろうってなぁ……」

 

 これが生涯最期であると。そう判断したレオンの剄脈がドクリと音を立てて加速(暴走)し、堰を切ったかのように膨大な剄をレオンの全身に供給する。四肢に装備された白金錬金鋼が、燃え上がるかのように一瞬で赤熱して。レオンはその身を一発の弾丸に変え、巨人へと襲いかかる。

 

 そして、レオン・エスペリアは星になった。

 

 

「──レオンっ!!

 何という、何ということを……!

 ……アーサーっ!!」

 

「はい」

 

「……すまない。後は、任せる」

 

「…………はい」

 

 ゼインは、アークライトには声をかけられなかった。時間的な猶予がなかったこともあるが、兄弟の中でただ一人守られているだけの末の子に、自身が何を言っても傷になってしまうとわかっていたからだ。

 

 最期に一瞬だけ……今一度だけ。

ゼインは二人の方へと振り返り、微かに笑みを浮かべ、戦闘に復帰する。

 

 長子に背中から贈られた「ご武運を……。私は、父上と母上の子に生まれることができて、幸せでした」という言葉は、努めて聞こえなかったことにした。戦士ではなく、父親に引き戻されてしまいそうだったから。

 

 そこからの巨人との戦いは永遠に思えるほど、長く苦しい戦いになった。ゼインが持てる引き出しを全て開け、あらゆる剄技を尽くしてみても、欠片も損害を与えられている感触が得られない。

それでいて相手の反撃は恐ろしく速く、鋭く。つまり一撃必殺なのである。

 

 なるほど、これはアーサーが梃子摺るわけだと息をぜえぜえ(・・・・)切らせながら。ゼインは苦い笑みを浮かべた。

 

 

(まったく……歳は取りたくないものだな。

 いや、これは身体を鈍らせていた言い訳に過ぎんか?

 何れにせよ、私の役目はもうすぐ終わる……。

 ……お母さん、情けない父親で済まない。

 それほど待たせることなく、私もそっちへ逝くことになりそうだ)

 

 斯くも激しく汚染獣の跳梁を許してしまった都市(エスペリア)における一般市民の命運を、既にゼインは悟っていた。

もちろん、シェルターや放浪バスのターミナルには一定の戦力が配置されていたが……。

彼我の戦力差を鑑みれば、それは蟷螂の斧という言葉すらも過分なほどに、薄い戦力配置であった。

つまり彼(ゼイン)が愛した妻も、生まれてくるはずだった、待望の長女も……儚くなってしまったのだ。

 

 巨人が一歩移動するたびに、市街地のビルがなぎ倒され、倒壊していく。

もしかしたらシェルターの中で辛うじて生存していたかもしれない市民の命が、一つ、また一つと零れ落ちていく。

使命を見失い逃げ惑う武芸者たちの背中を、汚染獣が襲い食い荒らしていく。

 

 ゼインはその現実を直視しながらも、心を殺して。ひたすらに巨人の関心を惹き、時間を稼ぐことに専心した。

もしも逆転の目、勝利の目などというものが、この戦場(いくさば)に残されているのならば……それは最早ゼインの目に測れぬほどの高みに至った、長子(アーサー)がもたらす『特別な何か( something else  )』だけだと、そう悟っていたからだ。

 

 そうしてついに。

何度目になるのか自身でもわからぬほど確認の視線を、アーサーの鋼鉄錬金鋼へと向けたその時。ゼインは、この惨めな敗走に終わりが訪れたことを知った。

 

 その瞬間、画竜点睛とばかりにゼインの剄脈は加速(暴走)する。ゼインの全身を駆け巡る剄の波動が都市(エスペリア)を激しく揺るがし、崩れかけていたビルをいくつも倒壊させていく。

 

 ……結局、彼もまた、紛れもなくレオンの父親であったのだ。

アーサーがその一撃を叩き込む機会を作るため、その一時のためだけに……。ゼインは見事にその身を散らしてみせた。

 

 

 ──アークライトは、呆然として……ルイスが、レオンが、ゼインが戦場に散っていく様を見ていた。

そしてゼインが散り、アーサーが自身を置いて去って行こうとした時「待ってよ! 兄さん!!」と悲痛な声をあげる。

 

 だが、アーサーが歩みを止めてくれることは決してなくて。

言葉一つも遺していってくれなくて。

アークライトの記憶にはただ、長兄の頼もしい後ろ姿だけが留まり続けることになった。

 

 アーサーは残り一本になった鋼鉄錬金鋼製の大太刀を片手に、悠然と歩いていく。

ゼインが最期の特攻によって作り出した時間が浪費されたように思われるが、そうではない。

実際にはアーサーはその時間を、アークライトを安全な場所*42へ移すために費やしただけであった。

 

 そして今、アーサーが悠然と歩いていることも、余裕の表れなどでは決してない。

アーサーが手にする大太刀は、一体何にそれほど多くの時間を要したのか理解に苦しむほど、何の変哲もない代物だった。

 

 しかし、ゼインやアークライトの目を通して見ると事情(セカイ)は一変する。

アーサーが手にしているのは、大太刀に封じられた太陽だった。

如何なる神業に拠ってか、アーサーは鋼鉄錬金鋼の許容限界を遥かに超越した剄を練り上げ、そこに封じ込めている。

 

 ゆらり、ゆらりと幽鬼のように。それでいて着実に歩みを進め、アーサーは巨人の足元へ辿り着いた。

 

 皮肉な構図だった。

エスペリアの誰も、都市に終焉をもたらす巨人の襲来に気付かなかったように。

巨人もまた、忍び寄る死神の気配に気付かなかったのだから。

 

 致命の距離まで接近されて、ようやく自身に挑みかかる新たな武芸者の存在に気付いた巨人は。その巨大な足を振り上げ、蟻でも踏み潰すかのように無造作に振り下ろした。

 

 

──天壌無窮の太刀

 

 

 自分が潰れたトマトのようにされつつあるというのに、巨人の足元で微動だにしないアーサーの姿に、アークライトは思わず「兄さん!」と叫んでしまう。

 

 そこから起こった事象は、アークライトにとって全く理解不能なものだった。

 

 気付けば巨人は、一刀両断にされていた。

一刀両断にされた巨人は、まるでそれが具象化した悪夢であったかのように、さらさらと切断面から風化していく。

 

 気付けば兄は巨人の後方に在って、残心の構えを取っていた。

 

 そして兄は、巨人が確かに斃されたのを確認すると、その場でがっくりと膝を付いて。

アークライトに向けて『ちゃんと見たか?』と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべ──*43

許容限界を遥かに超えた錬金鋼の爆発に巻き込まれて、姿を消した(天に還った)。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「あああぁぁぁあああああああああーーーーーー!!!!」

 

 僕の中に深く潜り込んでいたリーちゃんが、突然絶叫して、逃げ出すように僕の中から離れていく。

 

 ──そして、それと同時に僕とフェリの間に交わされていた契りは、フェリの方から一方的に断ち切られてしまった。

 

 一体フェリに何が起こったのかわからず困惑していた僕の胸に、フェリがすがりついて「ごめんなさい……ごめんなさい……」と弱々しく繰り返す姿を見て。

そこでようやく僕は、フェリが経験してしまったことを推測することができた。

 

 

「僕の方こそ、ごめんね……。

 見ていてあまり楽しいもの(記憶)じゃ、なかったでしょ?」

 

 僕の言葉にビクリと体を震えさせて「な、何でですか……?」と疑問の声をあげるフェリに、こんなシチュエーションだというのに僕は、却って笑いそうになってしまった。

 

 よしよしとフェリの頭を撫でながら、僕は何でもないことのように……いや、実際に何でもないことなのだけど。とにかく、努めてそんな雰囲気を前面に出して答える。

 

 

「いや、フェリが僕の中に入ってきて何かしているのは、わかっていたんだ。

 それが昔(エスペリア)のことを知りたいからだとは、思わなかったけど……」

 

「っ……!!

 そう……だったんですか……。

 アーくん……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

 

「そんなに謝らなくても、大丈夫だよ」

 

「でも……私はアーくんに、酷いことをしてしまいました……」*44

 

 それから僕がフェリに何度許しの言葉をかけても、フェリは「でも……」と自分を責め続けてしまう。

頭を撫でたり、抱きしめたり、頭頂部に唇を落としたりと、過去にフェリのご機嫌を回復させた実績がある手段を粗方試してみても効果が無いのだから、僕は困ってしまった。

最終兵器である『なんでもするから』は僕が謝る状況でしか使えないし、そもそもこの状況になった一因はその言葉にあるのだから、ここで再度用いるのはためらわれる。

 

 しばらく僕はうんうんと頭を悩ませていたけれど、結局は言葉を尽くしてフェリとわかり合う努力をするしかないのだと、そう考えを改めた。

思えば最近のフェリと僕は、ポゼッションという便利な剄技に頼りすぎて、言葉によるコミュニケーションを些か軽視する傾向があったのかもしれない。

 

 だから僕は、一生懸命に自分の思いを言語化してフェリに伝えることにした。

 

 

「フェリ……ちょっと変な話かもしれないけど、最後まで聞いてね。

 あのね。僕はフェリが、もしも今日過ちを犯したのだとしたら……

 もし仮に許されないことをしてしまったのだとしたら、その相手が僕で良かったと思っている。

 だって僕は、フェリにされることなら大抵のことは平気だから。

 今日のことだって、本当に気にしていないんだ。

 むしろフェリが誰かのことを傷付けてしまわずに済んで……そのことに安心した。

 僕はフェリが悲しんでいるところを見たくないから」

 

 ここで僕は言葉を切って、フェリのことをもう一度抱きしめて心を整える。

今から言葉にすることは、いざそうしようとすると、なかなか口にし難いことだったから。

 

 

「それに僕は、もしも誰かに僕の過去(生き恥)を知られてしまうのだとしたら……

 その相手はフェリが良かった。

 ……うん。フェリ以外には、他の誰にも知られたくないなぁ」

 

 話している途中で何故だか急に照れくさくなってきた僕は、言葉の半分以上をフェリの耳元で囁くようにして告げることしかできなかった。

この場には僕とフェリしかいないのに、どうしてこんなに恥ずかしくて、誰にも聞かれたくない気持ちになってしまうんだろう。

 

 僕が落ち着かない気分で胸をドキドキさせながら、フェリのことを安眠枕のようにぎゅうぎゅう抱きしめていると。それにフェリはもぞもぞ抗うように動いて、僕の方を見上げてくる。

 

 

「……どうして、ですか?

 どうして私には、知られてもいいのですか?」

 

「えっ? それは僕がフェリのことを──」

 

 好きだから……と続けようとして、僕は咄嗟に口を閉じた。

だって、この状況で*45をそれを言ってしまうのは、かなり語弊があるだろう?

 

 ……いや、でも僕はフェリのことをあくまで妹のように思っているわけで、そこまで補足すれば誤解は生じないのでは?

いや、むしろそこまで言葉を連ねてしまうと、逆に嘘臭くなるのでは???

 

 そんな風に僕が悩んでいると、フェリの頬が『私、不満です』と言いたげにぷくーっと膨れていくのを感じる。*46

フェリのご機嫌がどんどん斜めになっていく様を、至近距離で、リアルタイムで見せつけられて。

僕がすっかりパニックに陥って、あわあわと口を震わせていると。

ついにフェリが『言いたいことがあるのなら、言えばいいでしょう!』とばかりに、僕の胸をぽかぽか叩き始めた。

 

 きっと昨日までの僕たちだったら、ここで平易にポゼッションをして。お互いの心を融かし合い、満たされてしまっていたのだろうけれど。

今日の僕たちは、どうしてもそれを選択する気分にはなれなくて。

 

 フェリが僕の口を割らせようと頬をぎゅうぎゅう抓ったり。

僕がフェリを宥めるために、おでこへのキスをお強請りされて大いに狼狽えたりと。

そんな僕たち二人の醜態(ベッド上でのバトル)は、カリアンさんが帰宅するまで延々と続くことになったのであった。*47

 

 

 

 

 

*1:
最終試験者を務めるフェリに与えられた暗号名(コードネーム)。複合錬金鋼が誰のために開発されているのかは機密であり、少なくとも現時点では開発主任のキリクにも開示されていない。なお、コードネームはアークライトが脳死(3秒)で考えた適当なもの。

*2:
原作でフェリがかわいい制服を着せられた喫茶ミラではない。店内の雰囲気は騒々しさとは縁遠く、非常に落ち着いている。単価はかなり高いものの、提供されるコーヒーはハウスブレンドを含め、全てがスペシャリティコーヒー。通常のコーヒーに限りおかわりも無料。「ごゆっくりどうぞ」が接客用語ではない、古き良き(トラディショナルな)喫茶店。

*3:
実際の文面はもっと堅くて(フォーマルで)マイルドな表現を用いているが、内容は上述の通り。

*4:
マリエルがフェリに接近し始めた時点で、ファイルに綴じてしまっている。錬金鋼を持たない状態ですら一定の念威を行使可能なフェリから、穏当な手段で情報を抜くのは相当に難しい。

*5:
彼女もフェリのクラスメイト。

*6:
正式名称はクリスピー・キャラメル・クリームラテ。カフェラテに生クリームホイップを絞り、キャラメルソースと砕いたヘーゼルナッツをトッピングしたもの。通常のコーヒーとは異なり、無料でおかわりできない。こういう場面でひどく自然にお金のかかる選択(チョイス)をするのが、フェリ(お嬢様)という生き物。なお、フェリ本人に贅沢をしているという感覚は、無い。

*7:
無表情。

*8:
アークライト本人は特に隠していることではない。とは言え、滅んだ故郷の話は微妙(センシティブ)な話題なので。マリエルも本人に直接聞いたわけではなく、週刊ルックン経由で知った。

*9:
エーリは廃墟マニアなので、不謹慎ながらもアークライトの出自には割と興味津々。

*10:
きゅうきゅうと切なく締め付けられる様と、キュンキュンときめく様を合成した、エーリ独特の表現。

*11:
一般教養科のフェリが杖型の(ベーシックな)重晶錬金鋼を用いて頻繁に念威を行使していたら、悪目立ちして仕方がない……という理由で急遽用意された錬金鋼。もちろんこれも特注品。

*12:
ちょっと面白そうに笑いながら 無言で頷く生徒会長(腹黒い兄)の姿が、フェリにも見えている。

*13:
いわゆる無表情。

*14:
ウイングヘイロウだけは不可視の状態を維持している。

*15:
"sweet home"には『幸せな家庭』や『新婚家庭』などと訳を当てることもあるが。ここでは『フェリにとって最も安心できる場所』という意。

*16:
とは言っても、二人の家から路面電車で二駅ほど離れている。好き勝手にツェルニの空を飛び回る、フェリとアーくん特有の距離感覚。

*17:
無意識じゃない……ことがとても(・・・)多い。

*18:
後日アークライトは有言実行でなかなかよく働き、カリアンを感心させた。そしてフェリは兄に向かって『私が紹介しました(すごいでしょう、私のアーくんは)』と、謎のドヤ顔を披露した。

*19:
アークライトはうっかりオーラフォトンの制御を誤って、周囲に二人の姿を晒してしまいそうになった。

*20:
原因は不明。いいね?

*21:
小悪魔の誘惑 美少女の建設的で創造的な提案。

*22:
アークライト目線。

*23:
……今更?

*24:
不断で全身に流れている活剄の副作用。閃光・轟音・悪臭などといった害のあるものには耐性を持っているが、フェリの気配はアークライトが好んで感じたがっているものなので、フィルタリングの対象外。その有り様は、ご主人様の足音を察知していち早く玄関で待機する忠犬さながら。

*25:
今更?!

*26:
魔性の美少女。

*27:
レオン・エスペリア。三番目の兄。

*28:
ルイス・エスペリア。二番目の兄。

*29:
アーサー・エスペリア。一番目の兄。愛称は綴りが"Arthur"であることから。

*30:
戦場は都市外縁部になる想定であったが、彼らは何らかの理由でエアフィルターが失われた場合に備えて都市外戦装備を選択していた。しかし、当時5歳で初陣も未だ果たしていないアークライトに合わせた都市外戦装備など存在するはずもなく、アークライトのみ通常の戦闘衣(訓練着)で出撃する形になった。この事実が父や兄たちの『アークライトを守る』という意識を、一層高めたことは言うまでもない。

*31:
なるはずだった。

*32:
エスペリアでは一個小隊の定員を10名としていた。

*33:
内力系活剄の変化、戦声

*34:
内力系活剄の变化、旋剄。当時のアークライトの実力では、次兄が移動する姿を捕捉できなかった。

*35:
長兄は自分が先行し過ぎてアークライトを置いていってしまう可能性を疎んじ、アークライトを先行させることにした(戦術的陣形を選んだ)。

*36:
外力系衝剄の変化、閃断

*37:
汚染獣と武芸者の間には、防御力と耐久力のパラメーターにおいて、圧倒的な差異が存在する。防御用の剄技が存在しないわけではないが……。

*38:
キッショ。初陣のくせになんでそこまで冷静に分析するんだよ。

*39:
星火(せいか)燎原(りょうげん)の太刀 聖緑都市エスペリアの最高峰たるアーサー・エスペリアが編み出した絶刀。瞬き一つの間に放たれる億千万の斬撃は、その全てが完璧に制御されている。一見して脅威的に思える斬撃の結界であるが、真の脅威はその間に紛れ込んだ渾身の刺突。その速度と威力は、この世界のほとんど全ての汚染獣に生存を許さない。

*40:
アークライトの剄息が乱れたことは、生まれた瞬間からツェルニで過ごしている今日この日まで。一度も無い。

*41:
このコミュニケーションは念威操者を介さずに行われた。高度にオーガナイズされた組織だけが実行できるチームプレー。何か異物(5歳児)が混ざっているが。

*42:
地獄と化した都市(エスペリア)のどこに安全な場所があるのか、という話だが。ここでは比較的に安全な場所という意味。錬金鋼を持たない当時のアークライトであっても、雄性体に負けることはないので。

*43:
天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)の太刀 至高の斬撃。……ここでは敢えてこれ以上の言明を避けたい。以後、この剄技と同じ領域に立てない事実が、長年に渡りアークライトを苦悩させ続ける。生涯に僅か一度のみとは言え、アーサーが只人(一武芸者)の身でこれを放つことができたのは一種の奇跡である。

*44:
フェリは自身に与えられた念威(ちから)が他人(ひと)を傷付けるために使えてしまうことを、この時初めて、はっきりと自覚した。

*45:
フェリの私室で、フェリが普段眠っているベッドの上で抱き合っている。

*46:
無表情。

*47:
アーくんをフェリに奪られたお兄ちゃんは、割と長時間の残業することになった。かわいそ……。






・感想・評価・誤字報告、いつもありがとうございます。
 おかげさまで続いております。
 感想が燃料になった結果の25,000字オーバー。
 こんなに長く書けたのは初めての経験です。
 本当にありがとうございます。

・今回もフェリが無双しています……。
 もしも解釈違いでしたら大変申し訳ありません。

・フェリのクラスメイトとして登場させた二人……
 エーリの方は原作キャラですがマリエルはオリキャラです。
 マリエルの言動にイライラした方がいらっしゃったら申し訳ありません。
 ちょっとデリカシーが無いし他人との距離のとり方も下手だけど、悪い子ではないのです。

・長兄のモデルはFF7の綺麗なセフィロス。
 ハイファンタジーに稀によく存在する、とんでも剣術の遣い手。ザ・剣聖。
 ネーミングは型月のアルトリア(セイバー)から。
 特徴的にはランスロットの方が近そうだけど、私はアルトリアが好きなんだ……!
 刃渡り七尺半(225cm)、全長3メルトル近い大太刀を片手で軽々と振り回します。
 アークライトの武芸者観をバグらせた主犯格。
 レギオスで野生の天才が発揮できる性能の上限が長兄くらい……と勝手に想定しました。
 長兄のおかげでアーくんは『自分などそう大した存在ではない』と本気で思ってます。

・父、次兄、三兄はグレンダン歴代天剣の平均値か、そのちょい下くらい。
 三人のおかげでアーくんは『自分などそう大した存在ではない』と本気で……。

・ナチュラルボーン縁壱でも5歳半ばで初陣だったら、これくらい弱くても仕方ないかなって。
 もしも解釈違いでしたら大変申し訳ありません。

・天壌無窮の太刀がどんな剄技だったのかは、ちゃんと考えてあります。
 いつか伏線として回収できたらいいですね……。

・長兄(アーサー)の愛称は、英語圏ではアートやアーティになるらしいです。
 まあ、ここは文化の違いということでお願いします。

・前書きのセリフは鬼いちゃんこと妓夫太郎。
 フェリは知らずとは言え、アークライトの心を思いっきり凌辱してしまいました。
 なおアーくんの鬱記憶には、ここから形見を集めたりお母様とお腹の妹ちゃんのご遺体を埋葬したりと、まだまだ続きがあったのですが……。

 
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