残酷な世界に生まれたけれど、幸せです 作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!
『ひひひっ!!
そうか、やっぱりそうか。
みっともねぇなあ。
お前全然妹守れてねえじゃねえか!!
なあ、虫けら。ボンクラ。のろまの腑抜け。役立たず。
何で生まれてきたんだお前は』
『
「──ふぅ」
放課後、校舎からほど近い
昨夜、都市の外縁部で密かに行われた複合錬金鋼・試作壱号の最終試験。その
全体的に散々な評価となっているが、特に1番から3番までの
初期試験から最終試験までを通じて、
斯くして複合錬金鋼の開発計画は、試作弐号の時点でほぼ完成へと到達することになったのである。
試作壱号の完成後、有望性を見出したカリアンが予算に糸目を付けずに進めるようになったこの計画は、その故に試作弐号が
つまり来年の戦争まで一年弱という期間を残して、フェリは高性能な錬金鋼を手に入れることになるだろう。
そんな複合錬金鋼の将来など、未だ知る由もないフェリが、一仕事を終えた虚脱感に少し
「フェリっち、今日も来たんだ。愛しの
「マリー……あなたこそ休憩ですか?」
フェリはファイルに仕舞った報告書*4を更にバッグへ収めつつ、質問に質問で返した。
その振る舞いに、
最近のマリエルがフェリにまつわる事柄のうち、何に関心を持っているのかは……先程の発言からも明らかだろう。これから始まる姦しい女子トークの予感に。フェリは苦々しい思いでCCCラテ*6という、実に女の子らしいドリンクへ口を付けた。
「──それでさ、最近のフェリっち、マジでかわいくなってない?
いや、クラスで初めて見た時から『ヤバッ! 何この美少女!!』って感じだったけどさ。
なーんか最近は色っぽいっていうか? 妖しい魅力、出ちゃってるよね〜」
「……はぁ」
「……」
始まりは、今日の授業で出された課題に対する愚痴などといった、軽い話題に終止していたのだが。案の定というべきか、女子会の
エーリはエーリで、もじもじしながら何かを期待するように此方を見てくるのが鬱陶しい……とフェリは内心で思った。
「別に……。アーくんとは、何もありませんよ」
「私、アークライトくんの名前は出してないけど?」
「……ふふ」
ここでフェリが思わずイラッとして、マリエルを睨んだ*7のも仕方がないことだろう。エーリが『何とも微笑ましい』とばかりに笑って頭を撫でてくることも、フェリの怒りを更に煽って仕方がなかった。
とは言え、ここで何かを口にしてもそれは全て言い訳としか受け取られないだろう。フェリは悔しげに口を引き結んで、制服の下に隠れたペンダントトップを握りしめた。
そうやってフェリが『もう何も話しません』と守りを固めたのを見て取ったのだろう。マリエルは微妙に切り口を変えて、
「でもさー。アークライトくんも謎が多いよねー。
フルネームはアークライト・エスペリア、それで
何かあるとしか思えないっていうか……」*8
「廃墟でたった一人生き残った男の子。
……。一番頑丈なシェルターに、隠されていた?
もしかしたら王子様、とかだったりして……」*9
「あはは! それは珍説過ぎるでしょ!!
……でもそれ、筋がすごい通っちゃうんだよなぁ。
どうするフェリっち? アーくんの正体が王子様でした!とかなったら」
「……どうもしませんよ、別に」
「王子様のアーくんには、幼い頃から思い合っていた
もう二度と会えない
「うわーっ! うわぁ〜〜っ!! ありそうありそう! それすごくあり!!
そういうの切ないなぁ、
うう、どうしようフェリっち……私、泣いちゃいそう」
「胸がきゅうキュン*10します……」
「………………」
フェリはバカ丸出しな話題で盛り上がる二人を横に置いて、大きな溜め息を吐こうとした。
……したが。フェリの呼気は、思ったような形で外部へと出ていかなかった。
「……?」
自身の喉がひゅうひゅうとか細い呼気を吐き出したことに、フェリは微かに首を傾げて。
今度はCCCラテのグラスに手を伸ばして、ストローへ口を付けようとしてみた。
しかし、何だか胸がいっぱいで。好んでいるはずのそれを飲み下せそうな気が、どうしてもしなくて。フェリはグラスを元の位置に戻した。
それからペンダントトップを握ろうとしてみて……。
フェリはそこでやっと、自分の手が微かに震えている事実を発見した。
(アーくん……。
……そう、そうです。アーくんに、会わなければいけない気がします)
「帰ります」
一度、自分がそう
フェリは自分が注文したドリンクの代金をテーブルの上に置いて、バッグのショルダーストラップに腕を通し、二人の反応を気にもかけずさっさと席を立ってしまう。
背後からあがった驚いたような声と、続いてかけられる「ごめんね、フェリっち!」「ごめんなさい……」という言葉にも反応することはなく。フェリは、ふらふらと定まらない足取りで店を出た。
店のドアをくぐり軒下から一歩足を踏み出すと、強い西日がフェリの網膜を灼く。
その瞬間にフェリは、自宅まで歩いて帰る元気をすっかり失くしてしまって。軒下の邪魔にならない位置に移動すると、制服の下の
"アーくん……"
"フェリ? どうかしたの?"
"お仕事中に、ごめんなさい。迎えに来て、ほしいです……"
"わかった。どこに行けばいい? ──すみません、カリアンさん。そういうことですので……"*12
"校舎のすぐ近くの、喫茶店です。アーくんが近くまで来たら、端子で直接案内します。
"……本当に、ごめんなさい"
"いいよ。すぐ行くから。待ってて"
フェリの
よほど急いだのだろう。アークライトは数秒も経たないうちに校舎の上空へ到達して、停止した。
それからフェリは、フェリ本来の実力を鑑みれば信じられないほどに
かくしてフェリが待つ喫茶店の
俯くフェリの表情は見えないが、おそらくいつも通りの感情の薄い顔*13をしているのだろうが……それでもきっと。
フェリの 小さな 胸の中を、想像もできないほど大きな悲しみの波が。押し寄せては引き、引いては押し寄せているに違いない……。
即座にそう判断できる程度には、アークライトはフェリと浅からぬ付き合いをしてきた。
そんな自負が彼にはあった。
だからアークライトはフェリの数メルトル手前に音も無く着地し、姿を現して。*14
そのまま
「……アーくん」
常になくアークライトが
それからフェリの耳元に顔を寄せ「帰ろう?」と、
フェリが
ツェルニの
こんな単純な問いかけにも、是とも非とも返すことができず、胸に抱かれたまま小さくなって身体を固くしているフェリの姿に。アークライトはひっそりと身に纏うオーラフォトンを調整して。こうして向かい風を完全に遮断し、加えて少しだけ外気温よりも温かく感じられる環境にした。
今、心を凍えさせているフェリが、体まで凍えてしまわないように。
そうやって無言で家路を翔けていたアークライトだったが、二人の家まで指呼の距離というところで、少し考えを変えて。ふわりと速度を落とし、地上へと舞い降りる。
フェリが『アーくん?』と物問いたげな、不思議そうな表情で見上げてくるのに。アークライトはいたずらっぽく笑って「ちょっとだけ寄り道しよう」と、意図するところを端的に説明する。
アークライトの本意は、このままフェリを消沈させたままでは帰したくなくて。
帰宅前に”
「……ここ。最近見つけた場所なんだけど。お洒落で、歩いていて楽しそうな場所だなって」
曲がりくねった小道が、丁寧に石畳で舗装されて。時々思い出したように、不規則な
アークライトは今一度しっかりとフェリを
「家の近く*16に、こんなに面白い場所があるなんて、最近までずっと気付かなかった。
……きっとツェルニには、僕たちがまだまだ知らない楽しいことがいっぱいあって。
僕たちはツェルニの魅力の一割も知らないうちに卒業していくんだろうね」
「…………まだ一年生なのに、
「──うん。僕たちはまだ多くの時間を、ツェルニで過ごすことができる」
自己の発言を、想像よりもずっとずっとネガティブに解釈され、
と言うよりも実際は、過去にフェリから施してもらった
「それで、フェリ。ここって休日毎に、
その……よかったら、今週末に遊びに来てみない?」
最近のフェリが無意識に*17見せる、
平素はフェリに主導権を渡したままでいることの多いアークライトが、けっこうな勇気を振り絞り提案してきたことが伝わったのだろう。
自身の勇気が正しく報われたアークライトは、ここまでフェリを安心させるため意図して浮かべていた穏やかな笑みを脱ぎ捨てて、「やったー。フェリとお出かけだー」と素の笑顔になって浮き浮きと歩き出す。それどころか「フェリといっぱい遊べるように、お仕事頑張って片付けよう……!」などと心に浮かべたことを、そのまま口にしてしまってすらいる。*18
そんなアークライトの様子を見て、彼に主導権を握られてしまったことが、何だか途轍もなく
◆
「アーくん、今日は
「……え?
いや、それは……どうだろう」
道中でアークライトのメンタルがざっくり削れたために*20若干スローペースになりつつも、それ以外は特段のトラブルもなく帰宅した二人。
武芸の鍛錬として二人が日常的に励むようになった『あれ』……ポゼッションは、非常に健全でやましいところなど全くない剄技であったが、何となく、雰囲気で。
もし今日も。フェリの部屋で、フェリのベッドの上でも、
しかし、愛おしい妹分であるフェリから「ダメですか……?」と上目遣いでおねだりをされてしまえば。アークライトとしては
「ぁ、うぅ……」
「……?」
そんなわけでフェリに
甘く香るフェリの
(
今までは身長差のおかげでほとんど意識せずにいられた事実が、目線に近い高さで吊られた制服によって、強制的にアークライトの認知へとインプットされてくる。それと同時に、今まで何度もフェリを横抱きにして、あちこちを飛び回ってきた行為が、何だか急に
このような理由でおろおろとしている
「──じ、じゃあ……今からするね」
「はい……今日も、優しくシてください」
「ぅ、うん」
フェリからの強い促しを受けたことでようやく彼女の隣に腰を下ろし、交感の許可を求めるアークライトに対して。フェリは伏し目になりながら甘やかな声で許可を出し、ちんまりとアークライトの手を握り込むようにしてくる。*26
そんな美しいと評すれば良いのか、かわいいと評すれば良いのか……
──
「はぁ……ぁ……。アーくん……」 「リーちゃん……」
毎日のように繰り返してきた成果だろう。一度
そして二人はどちらともなく手を繋いだまま、いつものように。どさりとベッドへと倒れ込む。これがアークライトが望んだことなのか、それともフェリが望んだことなのか……もう本人たちにも、判別することができなくなっていたけれど。
ベッドの上でアークライトは、フェリから次々に流れ込む『寂しいです』『私を見てください』という感情の奔流に流されてしまわないよう、心を強く保って。フェリを安心させるために『大丈夫だよ』『傍にいるよ』と想いを返しながら、フェリの小さな身体を抱きすくめた。
しかし、従来ならばここで落ち着くはずのフェリは、今日ばかりはイヤイヤ期の幼子のようにアークライトの胸に頭をぐりぐりと押し付けて『そうじゃないんです』と不満を表明する。
困ってしまったアークライトはフェリの頭を撫でながら『リーちゃんのためなら、僕は何でもするよ?』と、いつもの
もしかしなくても、フェリは
──ここまでの二人のやり取りから明らかであるが、当初は知覚の共有をもたらす剄技として解釈されたポゼッションは、ただそれだけの剄技ではなかった。
今や知覚の共有のみならず、二人の間では言葉を介さない、心と心の直接的な接続に基づくコミュニケーションすらも可能になっている。
ここで、特に情報処理能力に優れる
(アーくんが悪いんです……。私に、昔のことを秘密にするから……)
フェリは、アークライトが自らを守るために築いてきた
アーくんに婚約者がいなかったかを探るために
彼がぽつぽつと、言葉少なにしか説明してくれない……青く美しき日々の記憶を暴き立てるために。
そして……フェリは。罪を知った。
◆
「アークライト、なぜ自分が人よりも強く生まれたのかを理解しているか?
戦う力を持たぬ者を助けるためだ。
天より武芸者としての才を与えられた者は、その力を世のため人のために使わねばならない。
天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されない。
力なき者を助けることは、武芸者の責務。責任を持って果たさなければならない使命なのだ」
──大丈夫。
忘れてないよ。父さん。
「いいか、アーク! 戦いってのはイケると思った時に
やべぇっと思ったら退く! これが鉄則だ!!
死にそうな時ほど疑ったり迷ったりするんじゃねえ!! 直感を信じろ!!」
──そうだね。
レオ兄さんは最期までそうしていた。*27
「……
守り、攻める。ただ言葉にするならば容易なことだが、そのためには確かな技術が要る。
まず手本とするならば、
──ルイ兄さんはいつも謙虚だった。
僕が化錬剄の可能性に気づけたのは、ルイ兄さんのおかげなのに。*28
「うん……良い太刀筋だ。
武芸を始めたばかりのアークライトにとって、剄は変化に富んで面白く感じる力かもしれない。
でも、色々な剄技を使えるようになるのも重要だけど、基礎を疎かにしてはいけないよ?」
──アル兄さん。
ごめんなさい……僕は、兄さんのような立派な武芸者になれずにいます。*29
「お願い、アーク……。考え直して……」
──母さん。
くるり、くるりと、万華鏡のように。フェリの中へ、アークライトの過去の
アークライトの心の中は、まるで巨大な迷宮のようだった。しかし、何度もお互いを接続しあってきた成果だろうか?
フェリはアークライトが
これまでは
黒々と渦を巻き、血のような瘴気が流れ出るそこへ、フェリは『もう我慢できません』とばかりに全身で飛び込んでいった。
◆
緊急事態を告げるサイレンの音が、都市全体に
更にエスペリアが全力で逃亡しているがために、数十秒から数分おきに都震が発生し、今や都市の全住民が。否が応でも、生きるか死ぬかの瀬戸際にあることを実感させられて
そんな鉄火場に在っても、
せいぜい違うのは戦う力を持たない母さんの避難する先が、シェルターになるか放浪バスになるか程度のもの
本来であれば
「──父さんが教えてくれたことです。
力ある者は、力なき者を助け守る。
そして力なき者はいつか強くなり……また力なき者を助け、守る。
これが自然の摂理だと思います。
僕は父さんや兄さんたちと比較したら弱いもしれないけど……
それでも僕には、汚染獣と戦う力があります。
だから僕は、
僕は、もうすぐお兄ちゃんになるんだから!!」
「へっ……おいおい、どうするよ兄貴たち?
10も年下の弟に、こうまで言われちまったらなぁ?
よっしゃ、アーク! 俺のスゲーところを良く見ておけよ!!
随分豪華な
「あまり調子に乗るな、レオン。
お前も私も、道半ばの未熟者なのだから。
とは言え6つにもならぬ弟が、我々が征く道先をこれほど明るく灯したのだ。
先達として奮わぬわけにもいかぬ……」
「アークライト……
君が初めて錬金鋼を握った日から、いつか必ず
それだけ優れた素質が、君にはあった。
剄の扱いや総量、剄技の覚えの良さなどといった技能的側面の話ではありません。
君は与えられた力に奢らず、いつも
だが……君は未だ幼い……悔しいかもしれないが、言わせてもらう。
母さんと妹を守るために戦う君のことを、私は守る。
私は今日、君のことを守るために戦おう。
いいね? だから私から、決して離れてはいけないよ?」
「────。
父親、冥利に尽きるとは。このことか」
「そんな……
お父さん……アークはまだ5つなのよ……?」
「だが、武芸者だ……」
「………………」
目を真っ赤にしてはらはらと落涙する母さんを尻目に、兄たちは僕に「ちょっと早えが、誕生日プレゼントだ」「本当は毎年一本ずつ贈りたかったのだがな……」「実戦の場では、ましてやそれが初陣ともなれば、錬金鋼の消耗は恐ろしく早い。……剣帯に下げた一本一本が正しく自分の命の一部なのだと、常に心に念じて戦うことです。恐怖に怯えたり混乱するよりも、慢心して装備をすり減らすことの方がよほど危険なのですから」と好き勝手に喋りながら、僕の頭を撫で、肩を叩き、腰に剣帯を巻いて。増設ポケットを腰を一周するほどに付けた後、更にそこへ何本も何本も錬金鋼を挿していく。
普段は割と無口な
何とも陽気に振る舞う兄たちの姿に戸惑うばかりの僕へ、「ビビって戦えなくなっちまっても、錬金鋼を投げてくれるだけでも助かるからな!!」とニヤニヤ意地悪げに見下ろす
今年で16になる*31兄は、既に汚染獣との戦闘を経験して3年以上のベテランだ。彼の満腔を必勝の確信が占めていることが傍目にも明らかに感じられて。僕はほっと息を吐いた。
「──征くぞ。
ああ……そうだ。アークライト、私の指示には必ず従いなさい」
僕ら兄弟の戯れに終止符を打つように、父さんが出発の合図をする。いつの間にか母さんとの口論にも決着を付けていたのだろう。母さんは、もう何も言わなかった。
僕は、僕たちは、戦う力を持たない母さんと妹の二人を置いて家を出て行く。僕たちの役目は都市外縁部で汚染獣を迎撃し、撃滅することだ。母さんたちの避難誘導は、
僕は振り返らなかった。
背中にずっと母さんの視線を感じていたけれど、一度も振り返ることなく。
無心で父さんと兄たちの背を追っていった。
◆
「なんだ……アレは……」
都市外縁部に集まった数百名の武芸者のうち、誰か一人の呟きが。凪の水面に
逃走する
そして。僕たちの視界を埋め尽くしたのは、軽く数百を超える
内心で(あれは楽に斃せる、あっちのも、多分そう苦戦はしない……)と、そんな風に一匹ずつ脅威度を見積もっていた僕は。不意にその化け物を直視してしまい、思わず身を硬くする。それは、控えめに言って絶望の化身だった。
きっと僕と同じ状態に陥った武芸者が少なからず存在したのだろう。僕たちの周囲の雰囲気は驚愕から焦燥、そして恐慌状態へと移行しつつあった。
「総員傾注!! 各小隊の隊長は、速やかに再点呼を行え。
汚染獣一体につき一個小隊*32で当たり、確実に汚染獣を漸減せよ。
長期戦は不可避……小隊は常に機動力を維持し、人員の損耗を抑止!
一当てして有効打を与えられない
アレらは全て
師範役は初陣の者を適宜フォローし、決して無理をさせるな!!」
雷鳴のように響き渡った父さんの
化け物を直視してしまった僕の、震える両肩を押さえつけていたレオ兄さんなどは「あーあー。今日も近所迷惑な親父の声のせいで、耳がおかしくなりそうだぜ」などと余裕でボヤいていたが。
僕の
その無謀とも取られる姿に、ルイ兄さんは「まったく、レオンめ。
フリーハンドを与えられたアル兄さん。そして、何の言及もされなかった僕。父さんは、変わらずよく通る声を張って全体の指揮を取っている。
どうすればいいのかわからずにおどおどしている僕を、兄さんが優しく教導してくれる。
「アークライト、君が自由に動いて、斃せそうな汚染獣を片っ端から狩っていくんだ。*35
失敗を恐れる必要はない。私が君の背中を守ろう。
一匹でも多く、一秒でも早く汚染獣を狩り尽くすことで、この場の
大丈夫。アークライトと私なら、それができる。一緒に頑張ろう?」
「は、はい……!!」
刀身七尺半の大太刀という、凄まじい存在感の
そこでやっと僕は、
今の今まで、ちっぽけで頼りなく感じられていた刀身一尺余りの
落ち着いていこう。鍛錬通りにやればいい。そう、自分へ言い聞かせながら。僕は剣閃を飛ばし、群れの中でも比較的小さな
自身が生涯で初めて上げた戦果に見とれることはなく。僕はただ、自分の飛ばした斬撃が
アル兄さんを置いていってしまうかもしれない……なんて、ありえない心配はしなくても良い。僕は自分が撃破できそうな汚染獣目掛けて、それでいて群れの密度が最も高いところへ突撃する。
──星火燎原の太刀
「……良いね、アークライト。鍛錬通りにできている。
本来は、それが一番難しいことなんだけどね。
そして私の火力を最大限に活用したかったのだろう?
戦術的な判断も的確だ」
「はい!」
正しく僕たちは無人の荒野を征くが如く、汚染獣の群れの中を突破し続けていた。もっともその功績のほとんど全てが、アル兄さんの力によるものだ。僕の目には視認できないほどの凄まじい斬撃の結界が、汚染獣を次々に断裁していく。
斬撃の中に、格段に速い刺突が潜んでいるのだろう。僕には刺突の始まりから終わりまで、モーションの一片すら判別できなかったけれど。ルイ兄さんやレオ兄さんが相手をしている
──そして戦闘開始から数時間が経過して。
(勝てる……!)そう、無意識のうちに考えていた僕の意識に。
突如として二つの
(……汚染獣の数が、減ってない? こんなの数百どころじゃないぞ……数千、いや、もっと……?!)
「兄上っ!
汚染獣の死骸を食らって、またたく間に……!!」
斃しても斃しても終わりが見えない……暴風雨のように叩きつけられる圧倒的な物量を前に、僕たちエスペリアの武芸者は都市外縁部での陣形をとっくの昔に喪失して。いつしか小隊単位での市街戦に突入せざるを得なくなっていた。
そして、混迷の最中に悲鳴のような声で告げられる、悪夢のような現実。
悪質なことに化け物が再生に要するのは汚染獣の死骸で、それは今まさに次から次へと戦場へ追加され続けている。
その瞬間、父さんとアル兄さんが迷いを生じさせたのを、僕は感じた。(
レオ兄さんは既に
このままではすり潰される……。それほど大きな力を持たない都市の武芸者たちが物量に飲み込まれるか、ルイ兄さんが
それが、僕にも解った。*38
だから今、ここで。最も戦況に変化を与えられる可能性を持っているのは、一番弱い、僕だ。
僕は白金錬金鋼へ中途半端に通していた剄を、衝剄の弾丸に変え、適当な汚染獣
背後から一瞬だけ驚いた気配が伝わってきたけど、僕たちを守り、時々ルイ兄さんやレオ兄さんへの支援すら行っている
だから……大丈夫だ。僕はこれから、
雑魚を何匹斃しても、都市の武芸者の助けにはならないから。ならば、僕が為すべきことは
「──レストレーション」
僕は一度軽く息を吸って*40、左手にもう一本の片手剣を復元する。
双剣で戦うこともできないわけじゃないけれど、そうするためではない。単純に錬金鋼を出力端子として扱うため、つまり二倍の速度で剄を練り上げるためだ。
膨大な剄を流し込まれた二本の白金錬金鋼は悲鳴をあげるように、またたく間に赤熱していく。
事前にアル兄さんから錬金鋼を消耗させすぎないように忠告を受けていたけれど、今この
許容限界を超えた錬金鋼が爆散する直前に、僕は錬金鋼から剄を放出し、限界を超えた錬金鋼は手近な汚染獣へ投擲しておく。
白金錬金鋼を突き立てられ体内で爆発させられた汚染獣が二体斃れることになったが、それはどうでもいいだろう。
重要なことは、放出した剄が一切の破壊を惹き起こさず、この場に半物質化して留まり続けている事実だった。
僕は、白い燐光を放ちながら半物質化している二つの剄を一つに統合し、リング状に変形させて。それをレオ兄さんが戦っている怪物の一体へと差し向ける。
その瞬間に。僕と、父さんと、兄さんたち全員の間で、戦術的な意図が共有された。*41
「いいぜっ! アーク!!」
レオ兄さんが
そこからの展開は早かった。機動力を奪われた老生体は、みるみるうちにレオ兄さんの猛攻で破砕されていく。老生体の一角が落ちるまで、僕とレオ兄さんの背中にはアル兄さんが鉄壁の守りを施し続けてくれた。
二体目、三体目、四体目と数を重ねるごとに殲滅のスピードは上がり、僕たちの連携の安定感も増すばかりだった。
五体目の、最後の
僕も剄を物質化して操作する感覚に慣れてきていて、「
「アーク……よくやった。お前が彼奴を捕える機会は、私が作ろう」
僕が錬金鋼を次から次に
そしてルイ兄さんは軽く息を整えると、閃光のように化け物へ接近し、青石錬金鋼製の
刺突の全ては化け物の体躯を深々と抉り、抉られた箇所は見る間に凍結していく……。
剄技の終わりを狙うようにして放たれた化け物の
ここまで明白なチャンスをもらって失敗するほど、僕も未熟ではなかった。
剄技そのものは未だ完成半ばではあったが、僕は取り急ぎ化け物を捕える球体状の檻を作り上げた。更に物質化を檻の内向きにだけ解いて、衝剄の熱と圧撃による、化け物への蹂躙を開始する。
僕がやっていることを理解したのだろう。兄さんたちも、檻を破壊しないように浸透剄を用いて斬撃や刺突を加え始める。
皆の攻撃があまりにも激しすぎて、途中から僕は、ひたすらに錬金鋼を使い捨てながら
残り一つになった錬金鋼を破棄すると同時に。僕は
間を置かずして総攻撃が止んだのを確認してから、僕は再び内向きに衝剄を放つ形で、檻を自壊させた。
僕たちの間で、奇妙な沈黙が走った。小隊の統率を続ける父さんの声が、どこか遠くに聞こえる。
果たして。檻が崩壊した後、
(勝った……!!)
おそらく勝利の確信を抱いたのは、僕だけじゃなかったのだと思う。ルイ兄さんもレオ兄さんも、アル兄さんでさえも……。
ほんの少しだけ、僕たちは肩の力を抜いた。極限状態で張り詰めていた精神の糸を、僅かに緩めさせてしまった。
それは、致命的な誤りだった。
それは、空からやってきた。
それは、巨大なニンゲンの形をしていた。
それの襲来には、エスペリアの誰も気付くことが、できなかった。
そこから先のことは、もう
◆
数十秒ほど前に撃破したばかりの
ルイス・エスペリア。
紅玉錬金鋼の補助を必要としないレベルの化錬剄の遣い手であり、細剣を戦場の
レオン・エスペリア。
四肢に白金錬金鋼を纏い、極限まで練り上げられた内力系活剄がもたらす身体能力で、まるで嵐が人の形をとったかのように暴れ回る猛者は。真っ先に巨人へと挑みかかり、一撃で打ち砕かれた。
ゼイン・エスペリア。
自身も傑出した武芸者である彼は、都市全体の武芸者を統率するという立場を投げ出すことができず、長子のアーサーがアークライトを庇いつつ遅滞戦闘を行うというその判断に、身を任せてしまった。
アーサー・エスペリア。
全員が傑出した才を持つ……そんな奇跡のような四兄弟たちの中でも、最優の彼は。今年で6歳になる末の弟を、見捨てることができなかった。
何か一つでも要素がズレていれば。誰か一人でも、異なる判断をしていれば……生存者の数は大きく変わっていたのかもしれない。
しかし、歴史にifはなく。事態は破滅的な結末へと、加速度的に進行する。
ゼインは、都市の武芸者を統制できなかった。
恐慌状態に陥った武芸者たちは
アーサーは、遅滞戦闘を成立させることができなかった。
常であればめったに用いない化錬剄すら用い、巨人の全身を焼き尽くそうとしても。
あるいは。この局面に置いては同体積の金塊よりも貴重な物資である錬金鋼を使い潰し、一撃で
巨人に
「アーサー!! アークライトを守れ!!」
汚染獣によって、鏖殺の憂き目に遭うかの瀬戸際に立って、とうとうゼインは決断した。
遅きに失した感はあったが、喪失してしまったものを数えるのではなく。救えるものを……
そしてゼインはただ一人の武芸者へと戻り、アーサーに替わって絶望的な遅滞戦闘に突入する。
「…………ぅ゛っ。……ぐ。
やべぇ、死ぬ……。
へ、へへ……マジかよ……。
……ぉ、俺だけ、何の役にも立ってねぇ」
瓦礫の下から這い出したレオンは、巨人相手に単身で奮闘する父親の姿と、
レオンが巨人に殴られた際に
それは巌のように鍛え上げられた肉体と、練磨に練磨を重ねた内力系活剄、そして打撃を受ける直前で攻撃から回避へと切り替えた直感の賜物だった。
しかし、それでも軽傷で済んだなどということは、全くない。
胸部に強い衝撃を受けたレオンは、大動脈解離を起こしていた。右腕の
今すぐこの場でのたうち回り、泣き叫ぶほどの痛みがレオンの全身を貫いていたが、レオンは文字通り唇を食い破りながら、立ち上がる。
「しっかりしろ。レオン・エスペリア……
倒すと決めたなら倒す。勝つと決めたのなら、勝つ……!!
わかってるぜ……ルイの兄貴なら、そう言うんだろうってなぁ……」
これが生涯最期であると。そう判断したレオンの剄脈がドクリと音を立てて
そして、レオン・エスペリアは星になった。
「──レオンっ!!
何という、何ということを……!
……アーサーっ!!」
「はい」
「……すまない。後は、任せる」
「…………はい」
ゼインは、アークライトには声をかけられなかった。時間的な猶予がなかったこともあるが、兄弟の中でただ一人守られているだけの末の子に、自身が何を言っても傷になってしまうとわかっていたからだ。
最期に一瞬だけ……今一度だけ。
ゼインは二人の方へと振り返り、微かに笑みを浮かべ、戦闘に復帰する。
長子に背中から贈られた「ご武運を……。私は、父上と母上の子に生まれることができて、幸せでした」という言葉は、努めて聞こえなかったことにした。戦士ではなく、父親に引き戻されてしまいそうだったから。
そこからの巨人との戦いは永遠に思えるほど、長く苦しい戦いになった。ゼインが持てる引き出しを全て開け、あらゆる剄技を尽くしてみても、欠片も損害を与えられている感触が得られない。
それでいて相手の反撃は恐ろしく速く、鋭く。つまり一撃必殺なのである。
なるほど、これはアーサーが梃子摺るわけだと息を
(まったく……歳は取りたくないものだな。
いや、これは身体を鈍らせていた言い訳に過ぎんか?
何れにせよ、私の役目はもうすぐ終わる……。
……お母さん、情けない父親で済まない。
それほど待たせることなく、私もそっちへ逝くことになりそうだ)
斯くも激しく汚染獣の跳梁を許してしまった
もちろん、シェルターや放浪バスのターミナルには一定の戦力が配置されていたが……。
彼我の戦力差を鑑みれば、それは蟷螂の斧という言葉すらも過分なほどに、薄い戦力配置であった。
つまり
巨人が一歩移動するたびに、市街地のビルがなぎ倒され、倒壊していく。
もしかしたらシェルターの中で辛うじて生存していたかもしれない市民の命が、一つ、また一つと零れ落ちていく。
使命を見失い逃げ惑う武芸者たちの背中を、汚染獣が襲い食い荒らしていく。
ゼインはその現実を直視しながらも、心を殺して。ひたすらに巨人の関心を惹き、時間を稼ぐことに専心した。
もしも逆転の目、勝利の目などというものが、この
そうしてついに。
何度目になるのか自身でもわからぬほど確認の視線を、アーサーの鋼鉄錬金鋼へと向けたその時。ゼインは、この惨めな敗走に終わりが訪れたことを知った。
その瞬間、画竜点睛とばかりにゼインの剄脈は
……結局、彼もまた、紛れもなくレオンの父親であったのだ。
アーサーがその一撃を叩き込む機会を作るため、その一時のためだけに……。ゼインは見事にその身を散らしてみせた。
──アークライトは、呆然として……ルイスが、レオンが、ゼインが戦場に散っていく様を見ていた。
そしてゼインが散り、アーサーが自身を置いて去って行こうとした時「待ってよ! 兄さん!!」と悲痛な声をあげる。
だが、アーサーが歩みを止めてくれることは決してなくて。
言葉一つも遺していってくれなくて。
アークライトの記憶にはただ、長兄の頼もしい後ろ姿だけが留まり続けることになった。
アーサーは残り一本になった鋼鉄錬金鋼製の大太刀を片手に、悠然と歩いていく。
ゼインが最期の特攻によって作り出した時間が浪費されたように思われるが、そうではない。
実際にはアーサーはその時間を、アークライトを安全な場所*42へ移すために費やしただけであった。
そして今、アーサーが悠然と歩いていることも、余裕の表れなどでは決してない。
アーサーが手にする大太刀は、一体何にそれほど多くの時間を要したのか理解に苦しむほど、何の変哲もない代物だった。
しかし、ゼインやアークライトの目を通して見ると
アーサーが手にしているのは、大太刀に封じられた太陽だった。
如何なる神業に拠ってか、アーサーは鋼鉄錬金鋼の許容限界を遥かに超越した剄を練り上げ、そこに封じ込めている。
ゆらり、ゆらりと幽鬼のように。それでいて着実に歩みを進め、アーサーは巨人の足元へ辿り着いた。
皮肉な構図だった。
エスペリアの誰も、都市に終焉をもたらす巨人の襲来に気付かなかったように。
巨人もまた、忍び寄る死神の気配に気付かなかったのだから。
致命の距離まで接近されて、ようやく自身に挑みかかる新たな武芸者の存在に気付いた巨人は。その巨大な足を振り上げ、蟻でも踏み潰すかのように無造作に振り下ろした。
──天壌無窮の太刀
自分が潰れたトマトのようにされつつあるというのに、巨人の足元で微動だにしないアーサーの姿に、アークライトは思わず「兄さん!」と叫んでしまう。
そこから起こった事象は、アークライトにとって全く理解不能なものだった。
気付けば巨人は、一刀両断にされていた。
一刀両断にされた巨人は、まるでそれが具象化した悪夢であったかのように、さらさらと切断面から風化していく。
気付けば兄は巨人の後方に在って、残心の構えを取っていた。
そして兄は、巨人が確かに斃されたのを確認すると、その場でがっくりと膝を付いて。
アークライトに向けて『ちゃんと見たか?』と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべ──*43
許容限界を遥かに超えた錬金鋼の爆発に巻き込まれて、
◆
「あああぁぁぁあああああああああーーーーーー!!!!」
僕の中に深く潜り込んでいたリーちゃんが、突然絶叫して、逃げ出すように僕の中から離れていく。
──そして、それと同時に僕とフェリの間に交わされていた契りは、フェリの方から一方的に断ち切られてしまった。
一体フェリに何が起こったのかわからず困惑していた僕の胸に、フェリがすがりついて「ごめんなさい……ごめんなさい……」と弱々しく繰り返す姿を見て。
そこでようやく僕は、フェリが経験してしまったことを推測することができた。
「僕の方こそ、ごめんね……。
見ていてあまり楽しい
僕の言葉にビクリと体を震えさせて「な、何でですか……?」と疑問の声をあげるフェリに、こんなシチュエーションだというのに僕は、却って笑いそうになってしまった。
よしよしとフェリの頭を撫でながら、僕は何でもないことのように……いや、実際に何でもないことなのだけど。とにかく、努めてそんな雰囲気を前面に出して答える。
「いや、フェリが僕の中に入ってきて何かしているのは、わかっていたんだ。
それが
「っ……!!
そう……だったんですか……。
アーくん……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
「そんなに謝らなくても、大丈夫だよ」
「でも……私はアーくんに、酷いことをしてしまいました……」*44
それから僕がフェリに何度許しの言葉をかけても、フェリは「でも……」と自分を責め続けてしまう。
頭を撫でたり、抱きしめたり、頭頂部に唇を落としたりと、過去にフェリのご機嫌を回復させた実績がある手段を粗方試してみても効果が無いのだから、僕は困ってしまった。
最終兵器である『なんでもするから』は僕が謝る状況でしか使えないし、そもそもこの状況になった一因はその言葉にあるのだから、ここで再度用いるのはためらわれる。
しばらく僕はうんうんと頭を悩ませていたけれど、結局は言葉を尽くしてフェリとわかり合う努力をするしかないのだと、そう考えを改めた。
思えば最近のフェリと僕は、ポゼッションという便利な剄技に頼りすぎて、言葉によるコミュニケーションを些か軽視する傾向があったのかもしれない。
だから僕は、一生懸命に自分の思いを言語化してフェリに伝えることにした。
「フェリ……ちょっと変な話かもしれないけど、最後まで聞いてね。
あのね。僕はフェリが、もしも今日過ちを犯したのだとしたら……
もし仮に許されないことをしてしまったのだとしたら、その相手が僕で良かったと思っている。
だって僕は、フェリにされることなら大抵のことは平気だから。
今日のことだって、本当に気にしていないんだ。
むしろフェリが誰かのことを傷付けてしまわずに済んで……そのことに安心した。
僕はフェリが悲しんでいるところを見たくないから」
ここで僕は言葉を切って、フェリのことをもう一度抱きしめて心を整える。
今から言葉にすることは、いざそうしようとすると、なかなか口にし難いことだったから。
「それに僕は、もしも誰かに僕の
その相手はフェリが良かった。
……うん。フェリ以外には、他の誰にも知られたくないなぁ」
話している途中で何故だか急に照れくさくなってきた僕は、言葉の半分以上をフェリの耳元で囁くようにして告げることしかできなかった。
この場には僕とフェリしかいないのに、どうしてこんなに恥ずかしくて、誰にも聞かれたくない気持ちになってしまうんだろう。
僕が落ち着かない気分で胸をドキドキさせながら、フェリのことを安眠枕のようにぎゅうぎゅう抱きしめていると。それにフェリはもぞもぞ抗うように動いて、僕の方を見上げてくる。
「……どうして、ですか?
どうして私には、知られてもいいのですか?」
「えっ? それは僕がフェリのことを──」
好きだから……と続けようとして、僕は咄嗟に口を閉じた。
だって、この状況で*45をそれを言ってしまうのは、かなり語弊があるだろう?
……いや、でも僕はフェリのことをあくまで妹のように思っているわけで、そこまで補足すれば誤解は生じないのでは?
いや、むしろそこまで言葉を連ねてしまうと、逆に嘘臭くなるのでは???
そんな風に僕が悩んでいると、フェリの頬が『私、不満です』と言いたげにぷくーっと膨れていくのを感じる。*46
フェリのご機嫌がどんどん斜めになっていく様を、至近距離で、リアルタイムで見せつけられて。
僕がすっかりパニックに陥って、あわあわと口を震わせていると。
ついにフェリが『言いたいことがあるのなら、言えばいいでしょう!』とばかりに、僕の胸をぽかぽか叩き始めた。
きっと昨日までの僕たちだったら、ここで平易にポゼッションをして。お互いの心を融かし合い、満たされてしまっていたのだろうけれど。
今日の僕たちは、どうしてもそれを選択する気分にはなれなくて。
フェリが僕の口を割らせようと頬をぎゅうぎゅう抓ったり。
僕がフェリを宥めるために、おでこへのキスをお強請りされて大いに狼狽えたりと。
そんな僕たち二人の
・感想・評価・誤字報告、いつもありがとうございます。
おかげさまで続いております。
感想が燃料になった結果の25,000字オーバー。
こんなに長く書けたのは初めての経験です。
本当にありがとうございます。
・今回もフェリが無双しています……。
もしも解釈違いでしたら大変申し訳ありません。
・フェリのクラスメイトとして登場させた二人……
エーリの方は原作キャラですがマリエルはオリキャラです。
マリエルの言動にイライラした方がいらっしゃったら申し訳ありません。
ちょっとデリカシーが無いし他人との距離のとり方も下手だけど、悪い子ではないのです。
・長兄のモデルはFF7の綺麗なセフィロス。
ハイファンタジーに稀によく存在する、とんでも剣術の遣い手。ザ・剣聖。
ネーミングは型月のアルトリア(セイバー)から。
特徴的にはランスロットの方が近そうだけど、私はアルトリアが好きなんだ……!
刃渡り七尺半(225cm)、全長3メルトル近い大太刀を片手で軽々と振り回します。
アークライトの武芸者観をバグらせた主犯格。
レギオスで野生の天才が発揮できる性能の上限が長兄くらい……と勝手に想定しました。
長兄のおかげでアーくんは『自分などそう大した存在ではない』と本気で思ってます。
・父、次兄、三兄はグレンダン歴代天剣の平均値か、そのちょい下くらい。
三人のおかげでアーくんは『自分などそう大した存在ではない』と本気で……。
・ナチュラルボーン縁壱でも5歳半ばで初陣だったら、これくらい弱くても仕方ないかなって。
もしも解釈違いでしたら大変申し訳ありません。
・天壌無窮の太刀がどんな剄技だったのかは、ちゃんと考えてあります。
いつか伏線として回収できたらいいですね……。
・長兄(アーサー)の愛称は、英語圏ではアートやアーティになるらしいです。
まあ、ここは文化の違いということでお願いします。
・前書きのセリフは鬼いちゃんこと妓夫太郎。
フェリは知らずとは言え、アークライトの心を思いっきり凌辱してしまいました。
なおアーくんの鬱記憶には、ここから形見を集めたりお母様とお腹の妹ちゃんのご遺体を埋葬したりと、まだまだ続きがあったのですが……。