ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あって一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「は、離してください!!」
「私なんて……!私なんて、もうどうなってもいいんですーー!!!!」
眼下に激流が渦巻く橋の上。
今にも欄干を越えて飛び降りようとする謎の美少女の腕を、俺は力まかせに掴んで引き戻す。
少女の瞳は真っ赤に腫れ上がり、艶やかな美しいはずの髪はくしゃくしゃに乱れ放題。
身に纏う服はあちこちが破れて泥に汚れ、身だしなみを整える余裕など微塵もなさそうな惨状だった。
「ちょ!!なんで死のうとしてんの!!」
「この先……生きてたら、絶対良いことあるって!!」
必死に声を張り上げながら引っ張る。
彼女は身を捩って俺の手から逃れようと抵抗してくるが、その腕は驚くほど細く、力も弱々しい。
苦労するまでもなく、あっさりと彼女の身体を橋の安全な敷地へと引きずり戻すことができた。
⸻
宥めすかして移動したのは、街外れのうっそうとした木々に囲まれた公園だった。二人並んでポツンと置かれた木製ベンチに腰掛ける。
「ぐすん……なんで、引き留めたんですかぁ……」
「私が生きようが死のうが……貴方には、関係ないじゃ無いですか!!」
涙で濡れた瞳で、美少女がキッと俺を強く睨み付けてくる。
……正直、整いすぎた顔立ちが余計に際立っていて、全然怖くない。
むしろ——謎の背徳感さえ俺の中でグングンと満たされていく。
まあ……それはそれとして、一旦置いておこう。
「目の前で死なれたら、トラウマになるだろ!!」
「寝る前に急に思い出して、『うわぁ!!』ってなったらどうするんだよ!!」
「責任取れんのかお前!!」
心の中の、率直な本音をぶつける。
……こんな理屈で、彼女の死にたい気持ちが変わるとは思えないが。
まあ、嘘ではないし。
「ううっ……ひっく……ご、ごめんなさぁい…………」
「それは……私の気遣い不足でしたぁ……」
なぜかあっさりと納得してくれて、しょんぼりと頭を下げる美少女。
……わりとめちゃくちゃな理由なのに、健気だな。
きっと、心が綺麗なんだなぁ。
んふふ。
「ううう……でも、引き留められたって私はこの先どうすれば……」
「帰るおうちも無くなっちゃったし……ぐすん……」
「生きてても……良いことなんて、あるわけないよおおおおおおおお!!」
「うわあああああああああん!!!!」
静かな公園に鼓膜が破れそうな大声を響かせて、身の上を少しだけ暴露する美少女。
……俺は、この子のことがすっごく不憫に思えた。
助けたい。
人助けは——
俺の本分だ。
なぜなら……
俺は————
「俺、勇者だけど——」
「どしたん、話聞こか?」
――その時。
美少女の激しい動きが、急にピタリと止まった。
「……へ? あ、貴方……ゆ、勇者なんですかぁ……?……ひっく……」
涙が瞬時に引っ込み、彼女は呆然としたキョトン顔になる。
「おう!!おれ、勇者!!」
「だから、めっちゃ話聞くよ!!」
「近くに俺の家あるから……そこでどうかな!!」
チャンスとばかりに、ノリノリでナンパを仕掛ける。
……仕方ない。
美少女を見たら、一旦ナンパする。
それが——俺の。
いや、勇者の本分だ。
師匠だって、きっとそうするはずだ。
俺は——
俺の、信じる道を突き進むんだ。
「…………」
美少女が俯き、沈黙が落ちる。
俺はごく自然な動作を装って彼女の華奢な肩に腕を回し、畳み掛けた。
「いやぁ、俺さ〜困ってる人を見捨てれないんだよね〜」
「きっと話したら、楽になるからさ……」
「うん……とにかく、早く俺の家行こう」
「勇者‘s ハウスだよ?どんな感じか、気になるっしょ?」
……ちなみにここは、昨日到着したばかりの街だ。
近所にあった宿屋の場所を、記憶の底から必死に手探りで探す。
……こんな街に、家なんてあるかい!!
こういう時に大事なのは、
ノリと勢いとパッションだ。
師匠が言ってたもん。
まあ……師匠がナンパに成功してるとこ、見たことないけど。
とにかく、この状況が好転すればなんでも良い。
つまり……俺は、それだけ今この子にゾッコンラブなのだ。
「…………」
それでも、彼女はピクリとも動かず黙り込んでいる。
……あれ、突然寝ちゃったのかな?
めずらしー。
そんな間抜けなことを考えていると、美少女がゆっくりと顔を上げた。
「……そうですか、貴方が勇者ですか……」
「ふむふむ……なるほど……そういうことですね…………」
小さな顎に指を当て、うんうんと頷く美少女。
そのままじっと考え込み始める。
……んふふ。知的なところも、とっても可愛いなぁ。
やがて彼女は、肩から下げていたやたらとファンシーなクマちゃんのポシェットの中に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを漁り出した。
……ん? なんだろう突然。
あ……あれだ……多分、勇者のファンなんだ。
つまり——ファンレターだ!!
えへへ……愛の告白とか書いてたら、どうしようかなぁ……
付き合ってって、言われたらどうしよう……
結婚して……子供は何人作ろう……うん、とにかく沢山欲しいなぁ……
んふふふふ……勇者してて、本当によかったぁ。
輝かしい未来に想いを馳せ、最高に自分好みな女の子の一挙手一拓足にニヤニヤしていた……
その時——
「積年の恨みです!!」
「ゆうしゃぁ!!かくごおおおおおおおおおっっ!!」
突如、立ち上がり——
悲壮感に満ちた叫びとともに、ポシェットから取り出した物騒な短刀を構えて襲いかかってくる美少女。
あまりに脈絡のない展開に、俺の脳はフリーズする。
……にしても、この子すっごくおっそいな!!
「そぉい!!!!」
大振りな短刀の突きを軽く身をかわして避け、凶器を握る彼女の細い手首へ鋭く手刀を落とす。
「いったぁい!!!!」
コロコロと音を立てて短刀が地面を転がった。
手刀を叩き込んだ場所は、あんまり力を込めていないにもかかわらずほんのりと赤くなっている。
……どんだけ脆いんだ。
でも——
線が細いとこも、素敵だぁ。
美少女はそこを擦りながら、涙目になってうずくまった。
「ううううう……いたいよぉ……地味にズキズキ痛いよぉ……」
「こんなの、ひどすぎる……あんまりだよぉ……」
地べたでブツブツと恨み辛みを口にする彼女。
いや……ふざけんな!!
「あんまりなのは、こっちのセリフだわ!!」
「期待させるだけさせといて!!急に襲ってきて!!」
「どういうつもりだ、君は!!」
なるべく彼女の心を傷つけないよう、若干の優しさを込めて叱責する。
……これで嫌われたら、ナンパの成功とか元も子もないからな。
慎重にいかねば。
「……ぐすん……期待とか、意味わかんないよぉ……ほんと、なんなのこの人……」
「貴方が……自分のことを勇者だって言ったから……殺そうとしただけなのにぃ……」
彼女の呟きを聞いた瞬間、俺の中でふつふつと激しい怒りが湧き上がった。
勇者だから、殺して良いだと!?
そ、そんな……そんなことが……
許されるのか……!?
いや————
「勇者だからって……殺して良いわけあるかぁ!!」
「行く先々でナンパし過ぎて嫌われてる勇者だから、殺して良いってか!?」
「生憎、成功したことなんて一回もないんだよぉ!!」
「行った後の村や街からは、大体出禁くらってんだ!!」
「成功してるなら、まだわかるわ!!全敗だぞ!?全敗!!」
「それなのに、出禁て!!!!」
「なんか知らんけど、一緒に冒険に出た仲間も去っていくし!!」
「お前に、俺の辛さがわかんのか!!おぉん!?」
怒りの爆発に任せて彼女の眼前に詰め寄る。
彼女の髪からふわりと甘く良い匂いが漂い、毒気を抜かれそうになるのを必死に堪えて怒りをキープした。
「そ、そんなの知りませんよぉ……っ」
「ううう…………まさか……、勇者が……こんな人だったなんてぇ……」
「こんな人に……あちこちで私の軍隊を壊滅させられたなんて……ぐすん……本当に、最悪すぎる……」
膝を抱えた美少女が、なんか小さな声でぶつぶつとぼやいている。
……そもそも、この美少女は一体なんなんだ。
美少女ということ以外、本当に何もわからん。
「お前さ……そもそも、何者なんだよ」
「なんか……俺のことすっごい恨んでるみたいだけどさ」
「お前みたいな奴、知らんぞ」
「恨まれるようなことをした覚え、全くないんだけども……」
すると、美少女が勢いよく立ち上がり、ビシッと鋭く真っ直ぐに指を突き立てて叫んだ。
「してます!!」
「たっっっっくさん!!してますよ!!!!」
「自分の罪から、目を背けないでください!!」
「そもそも……貴方のせいで私は今大変なことになってるんです!!」
いや、身に覚えが無さすぎる。
こんな美少女、一度でも会ったら忘れるわけがない。
……いや、ちょっと待て。
酔ってる時にもしかしたら、何かあったんじゃ……
…………え、まじ?
こんな、可愛い子と?
いやいやいや、ないないない。
俺の純粋な魂が、確かにそう告げているのだ。
——『安心しろ。お前は、純度100%の童貞だ。』と。
しかし、どれほどド直球にタイプの女とはいえ……
初対面でいきなり、俺のせいだの罪だのとここまで理不尽に責め立てられるなんて……
素直に、悲しい!!
だって、身に覚え!!まったく、ないんだもん!!
「だから……お前、誰なんだよ!!」
「何回も言ってるけど、お前のことなんて知らんわ!!」
「ちょっと俺の好みの顔してるからって、調子に乗んな!!!!」
「さっさと言えや!!ばーかばーか!!」
さっきよりも激しい勢いで言い返し、念のために罵倒を混ぜておく。
……もう、このナンパは捨てだ。
俺の勝率は、相も変わらず「0」という数字が好きらしい。
……ふんだ。別にいいし。
だが今回は、ガチで好みだっただけに、ガチでショックだ。
歴代ダントツNo.1で、好みにブッ刺さる顔をしている。
老後に、二人で日向ぼっこする姿まで考えてたのに……。
惨めさで目頭が熱くなるのを必死に堪えていると——
美少女はスゥゥゥと深く息を吸い込み、限界まで溜め込んでから一気に破裂させた。
「わたしは……散々お前に苦しめられてる、“魔王”だよ!!!!」
「お前のせいで、こっちは迷惑かけられまくりだ!!」
「わたしの顔ぐらい知っとけ!!ばーかばーか!!」
「てか、しんじゃえ!!!!」
真っ赤な顔でプンスカと地団駄を踏み、驚天動地の事実を暴露する美少女(魔王)。
……。
……うお、マジか。こいつ、魔王だったんだ。
魔王って、美少女だったんだなぁ……
一律で、ゴツいおっさんみたいな感じじゃないんだね。
世の中、わからないもんだ……
すっと血の気が引き、涙も引っ込むと同時に——
俺の胸の奥で、密かに新しい恋の予感が芽生えていた。
「勝手に、変な予感を感じんなっ!!」
魔王が再びビシッと指を突きつけ、元気良く言い放った。
こいつ、心の声が聞こえるのか。……さすが、魔王だ。
「一応言っておきますけど!!心の声とか聞こえませんからね!!」
「あなた、考えてることが全部表情に出てるんですよ!!!!」
「ニヤニヤして!!顔赤くして!!鼻の下だってすっごい伸びてるし!!ほんっと、すっっごくきもちわるい!!!!」
……どうやら、心の声は聞こえないらしい。
だが――俺の純情は、美少女の心ない言葉によってズタズタに引き裂かれていた。
……。
いや……でも……これはこれで……なんか悪くない、かも…………
お、俺に……こ……こんな性癖が……?
魔王、恐るべし……