ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
それから——
俺とルーナは、夜を明けてからも何一つ言葉を交わさないままアウルム鉱山への道を進んでいった。
「……」
「……」
会話も何一つないまま、ただ足を進める。
あれから、何かあったわけでもない。
ただ……何を話せば良いかがわからなかった。
ルーナが喋らないのはアクアリールを出てからと変わらなかったが、少しだけ様子が違った。
「……」
前のような、不機嫌さや怒りは感じない。
何かを……ずっと考えているようだった。
……うーん、この子何考えているのかしら。
俺の突然の奴隷出身カミングアウトにひいちゃったのかな?いやぁん!
…………いや、もういいや。
いつもみたいに、脳内でふざける気すら起きない。
別に隠す気はなかった。
他人を圧倒できるほどの力も、憐れな出身も。
ひけらかすものではないし、同情されるためのモノでもない。
だが……これまでのルーナとの付き合いから、無闇に知られたくもなかった。
ぬかるんだ山の荒れ道をボーッと進んでいると——
過去の記憶と景色がぼんやりと重なっていった。
⸻
鉄の錆びた臭いとカビのじめっとした気配が充満する檻の中……
首と手足を重く冷たい鉄の鎖に繋がれた俺は、湿った土の上にぺたりと座りながら、格子越しにボンヤリと遠くの空を見つめていた。
「……この子は?」
人相の悪い片目に大きな傷のある男が、檻の中を上から覗き込んで奴隷商に尋ねる。
「ん……?ああ、そいつかい?愛想のねえガキだろ。小せえ時に拾ってやったけど、ツラは良いのに可愛げもねえから長いこと売れ残ってるんすぁ。よく働くもんだから置いときやしたが……。まあ、そろそろ処分時すな」
「こういうんは、とにかく金が掛かるだけなんでね……。要するに邪魔なタダ飯食らいなんですわ。わははっ。」
奴隷商の卑しい言葉といやらしい高笑いが、朧げな意識の中を通り過ぎていく。
……ああ、今度は俺か。
まあいいや。どうでもいい。
奴隷たちは、誰かに買われていくか……
売れなければ、気がつけばみんな影も形も居なくなっている。
まあ、そういうもんだ。
そう考えれば俺は随分と長く持った方だ。
本当に……生まれてからここまでロクなことがなかった。
朝と夜はこの汚いジジイの身の回りの世話をしなきゃいけないし、昼は街の広場で見せ物にされる。
慣れたもんだけど、さすがに疲れた。
さっさと終わらせてくれ。
奴隷商のジジイが男にここぞとばかりに揉み手をし、卑しい笑みを浮かべて話し掛ける。
「へへっ、旦那ァ。それよりもこっちの女の子なんてどうだい……?こんなとこに来るぐらいなんだからどうせアンタも好き者なんだろ?特別に安くしとくからさぁ……どうだい?」
このジジイの底意地が透けて見えるごますり声が、胸の奥から吐き気がするほど不快だ。
ぶち殺したくなる。
隣の狭い檻にいた小さな女の子が、絶望的な恐怖で顔を蒼白に染める。
女の奴隷が買われた後……どんな地獄のような目に遭わされるのかを、幼いながらに悟っているんだろう。
人相の悪い男が、顔の傷を歪めながらニヤリと不快な笑みを浮かべる。
「うーん……確かにいいなぁ。」
「どうしようかなぁ……悩むなぁ。」
男が言葉を重ねるたびに、女の子はビクンと小さな肩を震わせ、大粒の涙をポロポロと溢ぼしながら怯える。
……相手の反応を楽しんでいるのか。こいつ趣味わりいな。
まあ、世の中そういうもんか。
……
「よぉし!!決めたぁ!!!!」
しばらく腕を組んで悩んでいた男が、突然大声をあげる。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、奴隷商に檻の中を力強く指差して言う。
「こいつら……全員俺が引き取る!!!!」
男の突拍子もない大声に、奴隷商が口をあんぐりとさせる。
「へ……へえ!?ほ、本当ですかい!?」
次の瞬間……
奴隷商は目を細め、嬉々として懐から使い古したそろばんを取り出すと、ジャラジャラと勢いよく玉を弾き出す。
「へへへ……お客さん。すこぉしだけ待ってくださいねぇ。ちょいと計算しやすからねぇ。」
人相の悪い男が、まるで意味が分からないといった様子で突然キョトンとする。
「……へ?計算?なんの?」
男の噛み合わない様子に、奴隷商はあざ笑うように高笑いする。
「はははは!あんた何言ってんだい!!商品を買うんだから、代金を計算しねえといけねえじゃないか!!面白いこと言うなぁ!!」
商人のあざけりに、男はさらに不思議そうに首を傾げる。
「商品?金とるの?……だって、こいつら人間だろ?」
男のあまりにトンチンカンな言葉に、奴隷商はしびれを切らしたように額に血筋を立て、猛然と怒鳴り散らす。
「いい加減にしてくれぇ!!アンタと余計なやりとりするためにこっちは商売やってねえんだ!!これ以上冷やかすんなら痛い目に合わしてやっていいんだぞ!!」
奴隷商が顔を釣り上げ、足元に立てかけてあった薪割り用の重く鋭い斧をガバッと手にする。
「こ、この人……こわいにょ……」
男が怯えた様子で顔を青くする。
……なんだ、この口調。
やばい奴にも程があるだろ。
それを見た奴隷商が勝ち誇ったように下品な笑みをうかべる。
「へへっ……わかったら、金を払ってこいつらを買うか。それかさっさとこの場から消えな。」
奴隷商の脅し文句に、男は顔を青くひきつらせたままボソリと言葉を返す。
「とっても怖いにょ……」
「痛い目に遭うのは自分の方なのに——
それすら理解できてないの、怖すぎるにょ」
その言葉が落ちた次の瞬間——
男は沈み込むような最小限の動作から、奴隷商の顎に向けて肘を激しく跳ね上げた。
「が…………がは……っ」
ガクリと膝から倒れ込んだ瞬間、男は即座に馬乗りになり、一切の躊躇なく顔面に凄まじい拳を何度もたたき込む。
ドゴッ、ドゴッ、バキッと——
肉と骨が凄惨に潰れる音が鈍く響き渡る。
……衝撃だった。
俺たち奴隷にとって、逆らうことすら許されない絶対的な恐怖の象徴でしかなかったこのジジイを、この男は一瞬でのした。
ジジイは、昔は優秀な傭兵だったとよく自慢していた。
現に、移動の道中で魔物が現れればあっという間に肉くずにしてみせ、俺はその圧倒的な暴力を幾度となく目にしてきた。
こいつに歯向かおうとした奴隷が、見せしめに死なないギリギリのラインで痛めつけられたのだって何度見させられたか分からない。
強そうな体格の男の大人も、それに小さな子供すらも。
そんな奴を……
この男は、一瞬で。
⸻
……うわ、いけね。
めちゃくちゃボーッとしてた。
ふっ……懐かしいな。
良い記憶のような嫌な記憶のような。
まあ、どっちみち複雑だな。
あれ……
そういえば、ここから先はどうなったんだっけ——
だが。
そこで……。
ふと隣のルーナに自然と意識がいく。
見ると……彼女は肩で息を乱しながら、泥のぬかるんだ道を歩きにくそうに一歩一歩しっかりと踏ん張りながら一生懸命に歩いていた。
……俺は、彼女のことを何も気遣えていなかった。
魔王が、一般庶民の俺たちのように冒険に慣れているわけがない。ましてや……それ以前に彼女は華奢な少女だ。
魔法も使えなければ、身体能力にだって優れていない。
ただの……普通の女の子なんだ。
俺が、なんとかしてやらないといけない。
「……ルーナ、俺がおぶってやるよ。お前ぐらいなら全然背負って歩けるからさ」
俺の言葉に、ルーナが足を止めず首をブンブンと振る。
「……大丈夫です。私は、あなたに助けてもらわなきゃ何もできないか弱いルーナじゃありません。私は……魔王なんです!私だって……やればできるんです……っ!」
「だから……レオンは、自分のことを心配しててください。
これは、私が選んだ道なんですから」
ルーナが、辛そうな顔で微笑みながらしっかりと言葉を返した。
……絶対に、強がりだ。
本当にわかりやすい奴だな。今にも倒れ出しそうなくせに。
「じゃあ……せめて、少しだけ休憩しよう。ここまでずっと歩き詰めだし——」
「嫌です……っ!私がこうしている間にも……、リザード族達は水が足りなくて苦しんでるんです!だから……。私が、頑張らないと……ダメなんですっ!!」
俺の提案にも、彼女は一切のらなかった。
声を荒げて、溢れそうになる涙を必死に堪えて。
だが……堪えきらずに。
彼女の頬には一筋の雫が垂れて。
……もう俺は、それ以上何も言わなかった。
ただ——
ルーナの隣をずっと歩いた。
歩幅を合わせて、いつでも彼女を支えられるように。
……こいつは、俺が守ってやるんだ。
……
…………
泥に足をとられながら、やっとの思いで切り立った岩肌の採掘場に辿り着く。
俺も少しだけ息が上がり不意に足を止めようとするが、ルーナは一呼吸も置かずにそのまま薄暗いトンネルの方へ進んで行く。
ふらふらで……限界を迎えたヨレヨレの千鳥足を重たく引き摺るように。
……男が情けねえ。
こいつの方が、よっぽど強いじゃねえか。
俺はすぐさま駆け足でルーナの横を張り付く。
時々……バランスを崩して倒れるように俺の身体に寄り掛かってくるが、それでも気にせず彼女はお構い無しに進む。
冷気の満ちる暗い坑道を——
進んで、進んで……ずっと、進み続けた。
……
…………
そして。ある程度進んで来た時——
湿った岩壁に反響して、なにやら奥の方から、人間と魔族の激しく争う声や打ち合う鉄の音が聞こえてきた。
ルーナと俺は同時に顔を見合わせ……
急いで、声の元の方に二人で駆けて行った。