ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「早く出ていけ、薄汚いゴブリン共!!」
「お前達が出て行ケ!!ここは我々の土地ダ!!!!」
湿った落盤の危険が漂う暗く狭い坑道の奥に着くと、軽武装をした兵五人ほどと鉱夫達が、泥に塗れたピッケルやハンマーを持ったゴブリン達と荒い息を吐きながらせめぎ合っている光景が目に飛び込んできた。
ゴブリン側は既に何人かが倒れて泥の上に血を流しており、数は人間側よりも若干多いものの、装備の差も相まって明らかに劣勢だ。
それでも、彼らは死んだような目の中に絶望的な怒りを宿し、諦めずに人間に必死に立ち向かっているようだった。
「人間は我々から全てを奪っていク!!もうこれ以上お前達の好き勝手にさせるカ!!」
「お前達が弱いから悪いんだ!!お前達は俺たち人間に負けたんだよ!!」
「もう、ここはお前達のものじゃねえんだ!!さっさと失せろ!!!!」
兵のそのあざ笑うような非情な言葉に、ゴブリンが激しい怒りを露わにする。
「そんなこト……我々が知ったことでは、なイ!!」
「我々ヲ……舐めるナ!!」
青筋を浮かべ、手に持っていた錆びついたピッケルを力任せに振りかぶった……
——その時。
「ゴブリン達!!武器を収めてください!!」
ルーナが乱れた髪をなびかせ、泥混じりの殺気の中央へ迷いなく割って入っていく。
ゴブリン達はルーナの纏う気配に気づき寸前で動きをピタリと止めたが、対峙していた兵は振りかぶった大剣の勢いを止められず、そのままルーナの華奢な首元へ刃が届きそうになる。
思わず、ルーナがぎゅっと目を閉じる。
バキィ!!!!
根本から爆音と共に粉々に折られた兵は一瞬何が起きたかわからず、残された柄と空中に弾け飛んだ刃を見て驚愕する。
「え……なんで、俺の刃が……突然消えた!?」
「だ、誰にやられた……?」
だが、目の前には明らかにそれをしたであろう人物(俺)が叩き折った衝撃の余韻を纏って立っており、明らかに困惑しだす。
すると。
人間側も只事ではない異様な気配を感じ取り、警戒の色が濃くなっていく。
「なんで……人間が俺たちを止めるんだ?」
刃を折られた兵士が戦慄しながらボソリと漏らす。
……まあ、俺はともかくとしてルーナもぱっと見人間だしな。
俺なんて、マジで人間と人型の魔族の違いがわからんし。
両者が固まりざわつく中——
ルーナが静かに、しかし坑道内にくっきりと通る声を張る。
「私は……106代目魔王、ルーナ=サタナディ・ウイスです。」
「ゴブリン族よ、ここは人間の領地です。……即刻、この場から退き、今後の立ち入りを禁じます。これは、魔王としての命令です。」
“魔王”という言葉に人間側がさらにざわつく。
「どういうことだ……」
「あの女が……魔王?」
「なぜ、魔王がここに……」
困惑と疑念が乱反射するように入り乱れる中……
「魔王が人間と一緒にいるわけないし……さすがに、偽物なんじゃないか?」
兵の一人の吐き捨てるような言葉で、「さすがにそうか……」と皆納得しようとするが……
ゴブリンたちは明らかに様子が変わった。
「ま、魔王様ガ……なぜこんなところニ……」
「なんデ……人間なんかと一緒ニいるんダ……」
ゴブリン達が怯えと困惑の混ざった声を次々と漏らし、人間側はさらに混乱する。
ルーナはそれを気にもせず、凛々しい顔で続けていく。
「ゴブリン達……。人間達が言うように、この地は既に我々の物ではなくなりました。私達は、半世紀ほど前戦争に敗れこの地を失ったのです。……だから、この山から早く出て行きなさい」
ルーナの残酷なまでの正論に、ゴブリンが胸をかきむしるように異議を唱える。
「そんなこト、俺たちには関係なイ。俺たちは昔からここで地下水を掘ってタ……俺たちハここの水がないト生きられないんダ」
絞り出すような、静かで重い声音だった。
そして、憎しみを込めるように続けていく。
「最近になっテ突然……人間がこの山ニ現れるようになっタ。……今まデ、こいつらは目もくれなかったのニ。」
「そして……金をたくさん採っていくようになっタ。我々は全てを取り尽くさないように注意をしていタ。……なのに、コイツらは全てを食らい尽くそうとすル」
「金だって我々にハ必要な資源ダ。人間にくれてやる理由はなイ。ここは先祖代々ずっと我々の物だったんダ」
血を吐くようなゴブリン達の主張は、俺にも十分に理解できる内容だった。
彼らにとって、上の取り決めなど関係はないのだろう。
これまで自分たちの生活を支えてきた基盤を失えば、それは彼らにとって死と同義だ。
……つまり、これは彼らの命を賭けた戦いなんだろう。
こいつらもとにかく生きるのに必死なんだ。
ゴブリン達は皆ボロボロでお世辞にも装備が良いとは言えない。
完全装備の人間側とは、明らかに戦力や状態に差があった。
ルーナが痛切な思いで唇を噛み締めながら、一生懸命にゴブリン達に頭を下げる。
「貴方達の言い分はごもっともです。……でも、ここは人間のものなんです。どうか、わかってください……!」
「貴方達の資源の問題は……魔王であるこの私が、必ずどうにか解決します!!」
ルーナの真摯な言葉を聞いていたゴブリン達だが、その奥にいた一人の若いゴブリンが冷めきった瞳でボソリと漏らした。
「……やっぱリ、お頭の言ってた通りダ。今の魔王は脆弱で情けなイ。俺たちを守ってはくれなイ。俺たちも生きるためにここが必要ダ。……俺たちが魔王の言うことを聞く義理はなイ。」
その諦絶と絶望の籠もった言葉を皮切りに、ゴブリン族たちの手にギチギチと力がこもる。
泥のついた武器をもう一度強く握りしめ、明らかに空気が跳ね上がる。
……さすがにやばいな。
ここらへんで止めるか。
ゴブリン達の武具を破壊しようと構えた——その時。
「レオンは手を出さないでください!!!!」
「これは……魔族の問題です!!私がなんとかしなくてはいけないんです!!!!」
制止するルーナのあまりの声の力強さと覚悟に、俺は動きを封じられた。
そして、次の瞬間——
一斉に痺れを切らしたゴブリン達が怒号を上げて人間に向かっていく。
ルーナが、さらに一歩前に出る。
「ゴブリンたち!!お願いです!!やめてください!!!!」
「私が絶対になんとかします!!だから!!!!」
両手を広げ、人間達を守る壁のように立ち塞がるように。
人間達も、武器を構えてはいるもののあまりの異常事態に訳もわからず固まっているようだった。
「お前の言うことなんて信じられるカ!!!!」
「魔王!!そこを退けエエエエエエエエエ!!!!!!」
先頭の逆上したゴブリンがピッケルを大きく振りかぶる。
これ以上は、無理だ。
俺は……ルーナを守る。
ルーナの前に立ち塞がるが——
直前にルーナに力強く押される。
思ってもない方向からの強い衝撃に、俺は簡単に弾きとばされてしまった。
振り返った一瞬に見えたルーナの顔は……
諦めと深い慈愛の混ざった、とても優しい表情をしていた。
——ガツン!!
湿った岩壁に重い打撃音が虚しく響き渡る。
……ポタ……ポタ……。
ゴブリンの一撃が容赦なくルーナの頭に当たり、彼女は鮮血を流したまま立ち尽くしていた。
当てたゴブリンは自分の引き起こした惨状に、すぐに顔を真っ青にさせていた。
それは……「なぜ避けないのか?」と言わんばかりだった。
そして武器を手から落とし、ガクガクと全身を震わせる。
彼だけではなくゴブリン全員が息を呑み、同じような状態だった。
……如何に落ちぶれたとは言えど、国の王に手を出すということがどういうことかを理解しているのだろう。
「終わっタ……」
絶望に満ちた小さい声で、誰かが呟いた。
だが……ルーナは額から血を流しながらも優しく微笑みながら歩み寄った。
一撃を当てた彼の震える手をそっと包み込む。
「…………ごめんなさい。貴方達を守れないひ弱な魔王で。貴方達を苦しめてばかりで……。本当に……全て、私のせいです……っ」
「争いなんて……貴方達も望んでいないはずなのに…………辛かったですよね。こんなにボロボロで……痩せ細った、手で……っ」
ルーナは、ぐしゃぐしゃな顔で大粒の涙を流していた。
ゴブリンはわけもわからず、自分を心から案じるルーナを呆然と見つめる。
そしてルーナが、無理矢理に涙を拭って真っ直ぐな目で言う。
「絶対に、約束します……。必ず、貴方たちの水源及び資源の確保は私が命に換えても解決します。」
ルーナは、静かに跪いて湿った地面に頭を擦り付ける。
「だから、お願いします……。ここは、どうか……どうか……っ」
絶対者である魔王が見せたあまりの光景に、ゴブリンだけでなく人間たちも狼狽える。
「ま、魔王様…………お、俺ハ……とんでもないことヲ……」
ゴブリンが跪いて声を震わせるが、ルーナは同じ目線で優しく首を振る。
「……何を言ってるんですか。貴方は何も悪くありません。貴方は……部族を守ろうと頑張っただけじゃないですか」
「貴方は……とても……立派な人で…………す…………」
そう呟いて——
ふっと電源が切れたように倒れ込むルーナ。
……。
そこでようやく、俺はルーナを支えた。
彼女の体は華奢で、羽根のように軽い。
……こんなにも弱々しいのに。
こいつは、本当に無茶をする。
誰が、コイツを守るだって?
民のために、必死に責務を全うしようとするこんなに気高くて強いやつを?
馬鹿げてるな。驕りも良いところだ。
どうやら……俺は本当の強さとは何かを今まで勘違いしてたみたいだ。
身体的な強さや能力を持たない者が、立ち向かうのにどれだけの勇気が必要か。
俺は……幼少期に痛いほど理解していたはずなのに。
ルーナの血に濡れた髪をそっと流して、傷口を見る。
……思ったより、相当深いようだ。
ゴブリンも加減はしたんだろうが、ルーナの体には相当な一撃だったようだ。
彼女の手を、そっと握る。
……暖かい。大丈夫だ。呼吸だって止まっちゃいない。
すぐに手当をすればきっと問題ないはずだ……
などと悠長に考えていた——
その時。
彼女の手が——
急激に温度を失っていく。
腕が、ぶらりと垂れ下がる。
浅かった呼吸も…………
どんどん、細く薄くなっていく。
頭の中が——真っ白になる。
どうすればいい?
俺に何ができる?
応急処置だ。俺は回復魔法だけは多少扱える。
だが……それが今の状況で役に立つのか?
今まで魔族に治療を行おうとしたことはあったが、一度だって成功しなかったじゃないか。試すだけ時間の無駄だ。むしろ彼女の身を傷つけてしまうかもしれない。
じゃあ——どうしたらいい?
どうしたらルーナを助けられる?
どうしたらどうしたらどうしたらどうしたら———
いや……冷静になれ。
今まで、焦って良い試しなんて一度もなかっただろ。
近くの教会まで全速力で運んで、俺の足でだいたい半日。
だが……それまでルーナは持つのか?そもそも……教会に行ったところで魔族であるルーナを治療できる人間がいるのか?
魔族と人間は仮に似た見た目をしていても、魔力の出力系統が違うため治療は容易ではない。
根本的に何もかもが違う。
だが、そんなことを考えている暇はない。
胸を焦がす焦燥のままルーナを抱え、走り出そうとした……
——その時。
「……レオン様、お久しぶりですね。」
人間達の後方から、暗く冷たい坑道にはそぐわない、聞き馴染みのある優しく穏やかな声が聞こえた。
「……どうして、お前がここに……?」
人の列がわっと開き、現れた人物は……
かつて——
俺が一緒に冒険をしていた聖女のセシリアだった。
「レオン様……話は後です」
「……一刻も早く、治療をしましょう。その方の魔力の灯火が徐々に消えかかっています。」
汚れ一つない白い聖衣に身を包み、銀髪の艶やかな髪から大きく穏やかな瞳を覗かせる。
「ああ……頼む、セシリア。」
「ルーナを……魔王を、助けてくれ……!!」
俺の言葉に、セシリアがクスリと笑って頷いた。