ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
黙々と熟練の手つきで治療の準備を進めるセシリア。
洞窟のでこぼこした冷たい地盤に、真っ白いチョークのようなもので迷いなく精緻な魔法陣を描いていく。
そんな彼女の背中に、困惑を隠せない兵の一人が詰め寄る。
「せ……セシリア副隊長、なぜ魔王を治療なさるのですか」
「そいつが今ここで死ねば……我々は手を汚さずとも魔族に痛手を負わせられます。それなのに——」
「……黙りなさい。」
刃物のように凍りつく声。
それまでの穏やかな空気から一変した冷徹さに、兵が思わず息を呑む。
「彼女が死ねば、魔族達は黙ってはいないでしょう。貴方は……戦争を長引かせたいのですか?」
セシリアは、ルーナを心配そうに見つめるレオンへちらりと視線を向ける。
「彼女を助ける理由なら、それで十分でしょう。」
「……どうやら、彼の大切な人でもあるようですし。」
そう言って、セシリアは僅かに微笑んだ。
圧倒的な気圧に押され、それ以上兵は何も言えなくなった。
……
やがて——
陣の記述を終えたセシリアは、白い手ぬぐいで口周りを覆い、依然として緊迫したまま膠着しているゴブリンと人間の方を向く。
「それでは、これから私は彼女の治療にあたります」
「誰一人として——この治療を妨げることは許しません」
「よって、この魔法陣の中には一歩たりとも入ってこないでください」
いつもの優しい笑顔に戻ってそう告げ、くるりと陣の方に振り返る。
その時——
一頭のゴブリンが意を決したようにセシリアに駆け寄ろうとした。
「……入らないでください、と言ったはずですが?」
射抜くような冷たさに、ゴブリンが思わず肩を激しく震わせる。
しかし、そのまま泥の中に膝をつき、セシリアに恐る恐る尋ねた。
「ほ……本当ニ、魔王様ヲ助けてくれるのカ……?」
それは、先ほどルーナにピッケルを振り下ろしてしまったゴブリンの若い男だった。
セシリアは止まることなく、ルーナの横へと足を進めながら口を開く。
「安心してください。諸事情で私は魔族の治療に慣れていますから」
「……とにかく、全力を尽くします」
そう言って立ち止まり、少しだけ振り返ってゴブリンに柔らかい笑顔を向ける。
そこで何かを思い出してハッとしたように、今度は俺の方へと視線を滑らせた。
「ああ、そうだ……。レオン様は、私のお手伝いをお願いします」
「何をすれば良いかは……言われなくてもわかりますよね?」
セシリアのにこやかな満面の笑みと、恐ろしいほど穏やかな声。
俺は思わず背筋を氷でなぞられたかのように凍りつかせる。
……治療中のセシリアは、とにかく恐ろしい。
やれ「動きが遅い」だの、やれ「汗が目に入った」だの、術中は人格が変わったかのように度々怒鳴られたものだ。
酷い時なんて、肩を思い切り杖で殴られたことすらある。
その時にできた青痣、一ヶ月は消えなかったからな。
それ以来——
術中のセシリアに対してだけは、俺は絶対に敬語を使うようになった。
「……はい、わかりました。謹んでお受けさせていただきます」
彼女に対して洗練された深いお辞儀をするのも、もはや手慣れたものだ。
……だが、こうした状態に入った彼女が治療を失敗するのを、俺は一度たりとも見たことがない。
セシリアは——
魔法学の治療分野において、天才と呼ばれる存在だ。
……特に、こと魔族の治療に関しては、彼女の右に出る者を俺は見たことがなかった。
⸻
す……すごい……。
セシリアの治療は、相変わらず本当に美しい。
微細な魔力の流れや脈の乱れを感じ取り、身体や魔力系統の違いを脳内で即座に計算しながら適切に術式を編み込んでいく。
魔力感知が壊滅的に苦手な俺でさえ、彼女の行っている緻密で芸術的な作業が手に取るように伝わってきた。
やがて、集中を極めたセシリアの額から汗が滴り落ちそうになる。——すかさず、俺は大急ぎで汗を拭き取る!
セシリアは視線すら動かさず、そのまま間髪入れずに詠唱を続ける。
……あ、あぶねえ!!
もうちょっとで怒鳴られるところだったにょ!!
そしてルーナの体が眩い光に包まれ——
セシリアの注ぎ込む魔力によって、壊れていた傷口がみるみるうちに再生していく。
恐ろしいほどの精度と技術だ。
肉体を再生させると同時に、新しく出来た皮膚や内部組織へ即座に正常な魔力ルートを構築している。
だが——
突然、彼女が詠唱を途切れさせた。
「……こ、これは……」
「どうした?」
「ああ、いえ……」
セシリアはルーナの身体を巡る魔力の循環を感じ取りながら、僅かに眉をひそめる。
……何か、あったんだろうか。
気になって、セシリアの顔色を伺っていると——
「レオン!!視界に汗が入った!!気が散るから拭いて!!あと、エーテルドリンク私のバッグに入っているから10本とって!!早く!!」
「は……はいいいいいいいい!!!!」
セシリアの雷のような怒声に、俺は反射神経だけで瞬時に対応する。
急いでハンカチで汗を拭い、エーテルドリンクのキャップを一気に開けてセシリアの口元に飲み口を差し出す。
すると。
彼女はちゅぽんとそれを咥え、手すら使わずに上を向いて喉奥へとグビグビ一気に流し込んでいった。
……相変わらず、可憐で綺麗な見た目に似合わない凄まじい飲みっぷりだ。
そしてドリンクを飲んでいる間すら、彼女は指先からの魔力操作を一切怠らない。
……
…………
2時間後——
「ふう……術式、終了です……」
跡は若干残っているものの深かった傷は塞がり、ルーナは穏やかな自発呼吸を取り戻して静かに眠っていた。
「時間が……思ったよりも、掛かってしまいましたね……」
「ちょっとだけ……疲れてしまいました…………」
完璧な仕事を終えたセシリアは、聖衣が汚れることなど露ほども気にせず、そのままどさりと地面に倒れ伏した。