ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
倒れ込んだセシリアをそっと抱き起こすと……彼女は俺の耳元で弱々しく静かに告げた。
「レオン様……エーテルドリンクを取ってください……」
ボトルを手渡すと彼女はゆっくりと体を起こし、今度は上品に口をつけてちびちびと飲み始めた。
彼女は……
以前からこうだった。
体内の保有魔力量が根本的に少なく、外部からエーテルを過剰摂取しながらでしか高度な治療術式を展開できないのだ。
もちろん、魔族の肉体を再生させるような大規模治療には膨大な魔力を消費する。
それにしても、彼女の華奢な胃袋に収まったエーテルの量は凄まじい。
……絶対、口の中がエナドリの匂いでとんでもないことになってるにょ。
セシリアの背中をそっと摩っていると、彼女は息を整える暇もなく立ち上がろうとした。
「……こうしては、いられません」
「どうしたんだ?」
「本来……私がやるべきことをやらなければ、と思いまして。」
セシリアの言葉に首を傾げる。
「ん?本来やるべきこと……?」
俺の問いかけに、セシリアがくすりと愛らしく微笑んだ。
「そうです……。兵達にはなるべくゴブリン達を傷つけないように指示していますが、それでも倒れているゴブリンは少なくありません……」
「私が、ここに来ている理由は——
この争いで傷ついたゴブリン達を治療するためなんです」
……。
……え、そうなの?
こいつそんなことやってるんだ。
てか、王国軍の副隊長が現場でそんなことして良いのかしら。
え、ヤバない?
俺がわけもわからず呆然と固まっていると、セシリアが言葉を重ねていく。
「貴方と離れた直後……王国に戻り軍に従属すると同時に、王から直々に指令を受けたのです」
「『傷ついた者を癒やせ』……と」
「正直、あまりにも言葉が曖昧で意図がわかりませんでしたが……。とりあえず、王のお言葉の通り敵味方関係無く好き勝手やることにしたんです」
「……なるべく、自軍の兵達にはバレないようにコッソリですけどね。これがもう本当に大変で……」
セシリアはそう言って、悪戯っぽく俺に笑いかけてみせた。
「あなた方との旅で散々魔族の治療をさせられましたからね……あの頃は本当に苦労をしました……」
「でも……それでも。とても、楽しかった……」
「あの時の経験を……私は、絶対に無駄にしたくなかったんです」
まるで慈しむように思い出を振り返り、その瞳をほんのりと潤ませる。
そして改めて俺に視線を向け——
ぽっと頬を赤く染めた。
「レオン様……私は…………」
「ふふふっ……やっぱり、なんでもありません」
直後、何かを誤魔化すかのように逃げるみたいに笑って。
パッと俺から顔を背ける。
……こいつ、昔っからすぐに顔赤くするんだよね。
治療中は鬼みたいでめちゃくちゃ怖いんだけど、こういう可愛いところもあるんだよなぁ。んふふ。
彼女は……
それから間もなく、周囲を覆っていた術式のベールを静かに解いた。
そして——
突然の状況に困惑する兵達や、ルーナを心配して遠巻きに集まってくるゴブリン達を余所に、倒れ込んでいるゴブリン達の元へ躊躇なく駆け寄っていった。
「さあ……レオン様、この場にいる全員を治療していきましょうか。もちろん、引き続きお手伝いはお願いしますね」
「……もう、兵達に隠してる余裕もありませんか」
そう言って、凛とした毅然たる表情で兵達の方を振り向く。
「貴方達、傷ついたゴブリン兵を陣の中に運びなさい」
「これは……副隊長命令です」
ニコリと、一切の反論を挟ませない絶対的な笑みを浮かべるセシリア。
兵達は……
一瞬だけ、圧倒されてざわついたものの。
彼女の放つ威厳と気迫に押し切られ、指示通りに倒れたゴブリン達を次々と魔法陣の中へと運び入れ始めたのだった。
当のゴブリン達は、自分たちを助けようとする人間の行動にただただ困惑しているようだった。
エーテルをグビグビと豪快に喉に流し込みながら、次々とゴブリン達を治療していくセシリア。
その真摯な背中が……
かつてまだ未熟だった頃の彼女の姿と、鮮やかに重なった。
⸻
まだ俺たちが戦争に駆り出される前、気ままに旅をしていた頃の話だ。
依頼を終え、街から遠く離れた風の吹き荒れる荒野を歩いていると……
道の端で、血と泥に塗れて倒れ込んでいるゴブリンの群れを見かけた。
人間に襲撃されたらしく、ほぼ全員がボロボロな状態で力尽きていた。
「うっわ……皆死んじゃってるわ。惨いことするねぇ」
カイルが、息絶えたゴブリンたちを見て静かに胸の前で手を合わせる。
「どうする〜?一応、弔ってあげる?」
魔法使いのパルシィが、気だるげに杖を構えて先から小さな炎を出力させた。
——その時だった。
重なり合って倒れるゴブリンの一体が、ピクりと小さく体を震わせた。
死後硬直か……?いや、わからない。
俺は急いでそのゴブリンの元に駆け寄り、状態を確認する。
……呼吸は薄い。だが、止まっていない。
脈だって、指先に微弱だが確実に触れる。
だが、状態は致命的だ。
全身が切り傷だらけで、内臓まで損傷していそうだった。
——だけど、もしかしたらまだ助かるかもしれない。
「よいしょっ……と」
俺は躊躇わずゴブリンをおぶる。
血の生温いベチャッとした感覚が背中越しに伝わってくる。
「……レオン、そいつどうするつもりなの?」
パルシィが怪訝そうに目を細めて見てくる。
俺は迷わず答えた。
「……ちょっと戻ったところに教会があったから、そこまで運ぶよ。まだなんとかなるかもしれないし」
そのまま歩みを進めようとするが、カイルに肩を掴まれて引き止められる。
「……見たらわかんだろ。その傷じゃそいつはもう30分も持たねえよ」
「それに……ちょっとったって、全力で走っても5時間は掛かる。……レオン、諦めろ」
カイルが静かに首を振る。
……俺は、何もできないのか。
このまま見殺しにするのか。人間も魔物も関係ない、同じ命なのに。
何か……どうにかできる方法はないのか。
悔しさに歯を食いしばり、呆然と立ち尽くしていた……その時。
「あ…………あのぅ…………」
ビクビクとした蚊の鳴くような声が背後から聞こえてきた。
最近仲間になったばかりの聖女、セシリアだった。
彼女は俯いたまま、恐る恐る言葉を続ける。
「……そもそも、教会に行っても誰も治療なんてできないと思いますよ……」
「魔族と人間の体は全くの別物ですし、魔族の治療ができる術者がいるなんて私は今までに聞いたことがありません……」
自信無さげな声だが、知識の豊富な彼女の言っていることに間違いはないのだろう。
……だからと言って、諦めたくもない。
だけど、俺にはどうすることもできない。
八方塞がりの空気が漂う中、セシリアがうつむいたままボソリと漏らした。
「……レオン様、私にやらせてくれませんか?」
思いもしない提案に、その場の全員が固まる。
パルシィが信じられないといった風に鼻で笑う。
「はぁ?アンタにできるわけぇ?魔族の治療なんてやったことあんの?」
パルシィが二つにくくったピンク色の髪を揺らしながら、モジモジと俯くセシリアの顔を覗き込んだ。
「や、やったことは……ありません……」
「……ですが、なんとなく……やれそうな気が……します……多分、ですけど」
どこまでも自信なさげだが、頬をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに言うセシリア。
……よし。
「ああ……頼む。」
「セシリア、こいつを助けてやってくれ……!」
俺がセシリアの肩にポンッと手を置くと、彼女の顔が文字通り火を吹くようにボンッと真っ赤に染まった。
「と、とにかく……全力を尽くしますね……!」
弱々しくも、ぐっと小さく拳を握りしめるセシリア。
俺はゴブリンを丁寧に地面に下ろし、みんなで固唾を飲んで彼女の動向を見守った。
⸻
「ゴブリンの身体構造はわかりやすくて助かります……」
「陣の範囲内にさえ集まってくれていれば一気に治療ができるのは、本当に素晴らしい……。今までの苦労がまるで嘘のようですね」
洞窟内の倒れたゴブリン達の体が眩い光に包まれていく中——セシリアがエーテルのボトルと杖を両手に、満面の笑みでつぶやいた。
その笑顔には、これまでに積み重ねてきた凄まじい努力が滲み出ているようだった。
俺はビクビクしながらも彼女の額の汗を拭い、次のエーテルを手に構えて待機する。
……にしても、一気にここまで全員の治療を精密にこなせるもんかね。
回復魔法は当のセシリアから教わったけど、魔力量関係無しにこんな芸当ができる気せんわ。
どうやってやってんのか聞いても、「まあ、感覚ですね。」としか言われなかったしな。
天才って恐ろしいわ。マジで。
……
…………
数十分が経過し、ゴブリン達の怪我が粗方回復したようだった。
怪我の癒えたゴブリンの一人が、セシリアを見つめながらボソリと呟く。
「……これまで倒れた仲間の怪我が異常に少なかったのハ、お前のおかげだったのカ……」
「なゼ……我々を助けるんダ?」
セシリアが顎に親指を当てて、「うーん。」と不思議そうに首を傾げた。
「生き物が生き物を助けるのに……理由がいるのでしょうか?」
ゴブリンは、彼女のあまりに自然体な言葉にさらに困惑する。
「我々ハ……魔族だ。人間が敵である魔族を助けるのハ、変ダ」
「一体、お前ハ何が目的なんダ……?」
セシリアがふふッと優しく笑う。
「難しいですね……。まあ、強いて言うなら『命を見捨てたら寝覚めが悪くなるから』ですかねぇ……。できれば、夜はぐっすり寝たいんですよ」
「私……こう見えても不眠症なので」
くすくすと悪戯っぽく笑いながら言う彼女に、ゴブリンはますます顔をしかめた。
だが——それ以上、彼等は何も追及しなかった。
それどころか……
傷の癒えた者達も全員で顔を見合わせて、静かに頷き合う。
「……今日のところハ、住処に戻ろうと思ウ」
「人間のことハ……許せない。だが、魔王様に直接言われてしまった以上……そうも言っていられなくなっタ」
「それに……今の我々ニ、人間と戦う体力ハ残っていない……。だかラ、暫くは休戦ダ」
そうセシリアに告げて、荷物をまとめてトボトボと帰っていくゴブリン達。
王国兵達は何か言いたげだったが……
副隊長であるセシリアの機嫌を損ねまいとずっと押し黙っていた。
去り際——
ルーナを傷つけたゴブリンの若者が、足を止めてボソリと呟く。
「魔王様を助けてくれたこト……本当に、感謝すル……」
そう言い残し、ゴブリン達はあっという間に坑道の奥へと去って行った。
……
「ふう……とりあえずは終わりましたねえ」
セシリアが大きく腕を伸ばして息を吐く。
明るく振る舞ってはいるが、その瞳には明らかな疲労の色が滲んでいた。
そのまま、流れるように俺の方に目線を向けてくる。
「レオン様は、これからどうされるんですか?」
セシリアが柔らかい笑顔で尋ねてきた。
「俺たちは……アクアリールに戻って町長に報告しに行くよ」
「ルーナがこんな状態だから、まあ休みつつゆっくりだけどね」
俺は背中におぶった、静かに眠り続けているルーナに目を向ける。
……あぁ。寝顔整いすぎぃ。
シンプルに天使かと思ったわ!俺まだ死んでないっての!!ぷんぷん!!
すると、何かを思い出したかのようにセシリアが手をポンっと叩いた。
「ああ、そうでした……私もウォルタ町長に今回の件でご挨拶に行く用事があるんでした」
「へ……挨拶?なんでまた?」
キョトンとしながら聞くと、彼女が微笑みながら答えた。
「今回、王国軍に討伐の依頼をされたのは……その町長自身なんです」
「……レオン様、本当に何も聞かされてなかったんですね」
彼女が困ったように苦笑いを浮かべる。
……なんで、教えてくれなかったんだろ。
最初から王国軍と協力しろって言ってくれたら良かったのにね。
町長は……
別口で俺に何かを期待していたんだろうか。
……そもそも、なんで町長はゴブリン達を強制的に追い払わなかったんだろうか。
歴史はどうあれ、今アウルム鉱山は人間領なんだから、それも難しくないはずなのに。
うーん、わからん……
てか何にしても言えよ!!
そのままセシリアが続ける。
「魔王様の経過も気になりますし……それじゃ暫くご一緒させていただきますね、レオン様」
彼女がペコリと丁寧にお辞儀をする。
……こいつ副隊長なのに、相変わらず自由やな!!
まあ久々にセシリアとも色々話したかったし、ちょうど良いか。
「うん……じゃあ、よろしくね。セシリア」
俺が笑いかけると、セシリアは若干照れ臭そうにモジモジと髪を指先でいじった。
……その後、セシリアが兵達に手短に指示を出すと、少ししてからこちらに駆け寄ってくる。
背中でルーナがスゥスゥと心地よさそうな寝息を立てる中……
俺とセシリアは顔を見合わせ、そのままアウルム鉱山を下山することにした。