ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたら壊滅寸前の魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「いやはや……手負いの中、無理をさせてすまなかった。」
「だが……魔王よ。貴方にはラグナの真の姿をお見せした方が良いと思った次第です。……どうか、お許しを願いたい。」
重厚な応接机越しに、ウォルタが静かに深々と頭を下げる。
ラグナ渓谷の荒野で見せていた冷酷な横顔や寂しげな眼差しとは打って変わり、どこか申し訳なさそうな表情を見せていた。
「いえ……むしろ、感謝いたします。」
「リザード族の行いは……貴方の言うことが“真実”であれば、決して褒められた行為ではありません。……彼等に代わって、謝罪をいたします。」
包帯を垂らしながら、真摯に頭を下げるルーナ。
だが——その言葉に含まれたかすかな引っかかりを、ウォルタは見逃さなかった。
彼の瞼が、ぴくりと小さく跳ねる。
「ほう……つまり、私が“嘘”をついている、と?」
ウォルタの口角が、ぐにゃりと歪な形に持ち上がる。
……こっわ。めっちゃ怒ってるぅ!
ルーナもなんで今のタイミングでそんなこと言っちゃうのよ!!
だが、ルーナは全く態度を崩さない。
部屋に満ちる刺すような威圧感に気圧されることなく、真っ直ぐにウォルタの目を見つめ返す。
「いえ……。私は、貴方が嘘をついているとは思っていません。」
「ですが、リザード族……国民の口からも真実を聞かずに貴方を肯定する訳にはいかないのです。……無礼な物言いになったことをお許しください。」
ルーナの筋の通った言葉を聞くと、ウォルタは深く一度頷き、瞬時にいつもの張り付いた笑顔へと戻った。
「ほう……。どうやら、ただのお嬢様ではないようですね。」
「まあ、それはそうか。数年前に刃を突きつけられた相手にも関わらず、また再び直談判に来れるぐらいだ。……最強の勇者と一緒だからと、特別に気が強くなっていると言うわけでも無さそうだ。」
ウォルタは肘掛けにゆっくりと肘をつき、楽しそうに肩を揺らしてクスクスと笑う。
その言葉に、ルーナの眉がぴくりと動いた。
……こいつ、煽るねえ。
てか、俺をいちいち出さんといてよ!!空気になってんだから!!
だが……彼女はそれ以上感情を動揺として表に出すことはなく、小さく静かに息を吐く。
「レオン……いえ、彼は関係ありません。」
「私は、一国の王としてここに来ています。……そのような憶測はくれぐれも控えていただきたい。」
ルーナも負けじと涼しい顔で、凛とした声で言い返す。
……こいつら、バッチバチやのう!!
僕ちん、こういう空気バリ苦手!!セシリアは真顔でずっと聞いてるし!!
こういう時にカイルがいたら一緒にニヤニヤできるのに!!
引き下がらない彼女の毅然とした態度に、ウォルタが満足そうに手をパンっと叩いた。
「……うん、余興はこれぐらいで良いだろう。魔王よ、貴方を交渉相手として認めます。」
「改めて——そちらの望む条件を伺いたい。」
ウォルタは笑顔のままで大袈裟に足を組み、椅子の背もたれに深く体重をあずけて姿勢をわかりやすく崩す。
立ち振る舞いによって、あくまでもこの場における主導権と優位が自分にあることを暗に示しているのだろう。
対するルーナは、腰掛けたまま一切姿勢を変えることはない。
ただ静かに、まっすぐにウォルタを見据える。
「では、改めて…………アウルム鉱山にて、ゴブリン達が生活水を確保することをご許可いただきたい。」
「彼等にとって、アウルムの水が今も昔も生活の糧となっています。……どうか、寛大な心を持っていただけないでしょうか。」
ルーナは静かに腰を折り、机に額がつきそうなほど深々と頭を下げた。
緊張で固まる室内に——
ウォルタはあっけらかんと態度を変えて明るく言葉を返す。
「別に、全然いいですよ?」
「ラグナの時にもお話をしたように、幸いにも我々は水源に困っていません。……アウルムに関することは、王国からもアクアリールに一任されていますから。」
あまりにもあっけなく投げかけられた思ってもない言葉に、ルーナがバッと顔を上げる。
「ほ……本当に、良いんですか?」
「ええ、もちろん良いですとも。」
ウォルタが陽気に返す。
張り詰めていた空気が一気に緩み、思わず安堵の息が漏れそうになった直後——ウォルタが表情と声音を一変させて言った。
「——だが、条件は付けさせていただく。……よろしいか?」
温度の消えたウォルタの言葉にも、彼女は眉一つ動かさず凛と返す。
「できる限り……お約束いたします。」
するとウォルタは、嫌味な笑顔を浮かべ直したまま、人差し指をピンと立てた。
「言わずもがなですが……アウルム鉱山での我々の採掘は決して邪魔をしないようにすること。……もしこれを破れば、今後の立ち入りも水の補充も一切を許しません」
「よほどのことがない限り、水源以外の場所には入ることすら許可はしない。怪しい動きをした時点で我々はゴブリン族を即、敵とみなします。……これまでのような生温いやり方は一切しないと思ってください。」
威圧感を孕んだ冷徹な声で言い切ると、ルーナの返事を待つこともなく、ウォルタは2本目の指を立てる。
「そして……今後、魔族にアクアリールへの侵攻及び攻撃はさせないように徹底させてください。……もし、僕の街に何かがあれば、多額の賠償を魔王家に請求する。」
「……うん。以上の条件を呑んでいただければ、ゴブリン族のみ水源への立ち入りを認めましょう。……どうでしょうか、これでも譲歩したんですよ?」
ウォルタはいつもの軽薄な調子に戻り、うさんくさい笑顔をルーナに向ける。
ルーナは表情を変えず、ウォルタの重い要求を最後まで静かに聞き届けると、固唾を飲むように一度だけ喉を鳴らした。
「こちらに歩み寄っていただいて、感謝をいたします。……ですが、お約束はできません。」
ルーナの弱々しい拒絶に、ウォルタの眉間にぴくりとシワが寄る。
「ほう……それは、どうしてでしょう。」
「魔王である貴殿であれば、決して難しくは無い条件だと思うのですが。」
ウォルタが笑顔のまま首を傾げる。
だが、その声音からは一気に温度が失われていた。
ルーナが苦い表情を浮かべる。
「……まず、ゴブリン族の立ち入りについては、私が必ず彼等に約束をさせます。そこは問題ありません。」
「ですが……もう一つの条件、こちらは約束が出来かねます。……なぜなら、私は魔王軍を追い出されてしまった身。位までは奪われていないものの、魔族への抑止力を行使できる立場にはありません。」
「せっかくご提示いただいたのに……お応えができず、本当に申し訳ございません。」
ルーナが、再び申し訳なさそうに深く頭を下げる。
ウォルタは一瞬だけポカンとした表情を浮かべたものの、すぐにいつもの冷ややかな笑顔へと戻った。
「ほう……魔王軍を追われた身、ですか。」
「うん。……つまり、貴方は力を持たぬただの箱入りのお嬢さんということで合ってますか?……なぜか、勇者に執着されているだけの。」
ウォルタの容赦のない言葉に、ルーナがぎゅっと表情を沈ませる。
横から言い返してやりたい衝動に駆られる。
だが……正直こればかりはウォルタの言うことが一理あった。
それでも——ルーナは歯を食いしばり、机に額をぶつけるほどの勢いで激しく頭を下げ続けた。
「レオンは、関係ありません……!!私は、魔王です……!ゴブリン族の件だけは、この身に代えても必ず彼等に言い聞かせます……っ!」
「うん。……正直、それすらも難しいのではないですか?出来ない約束を安易に取り付けるべきでは無いですよ。」
ウォルタの放つ言葉は、どこまでも重い。
まるでルーナが直面している惨めな現状を、すべて見抜いているかのように。
「そうですね。貴方の言う通りかもしれません。…………だから、条件を付けます。」
ルーナが絞り出すように呟いた言葉に、肘をついていたウォルタの腕がぴくりと揺れた。
「ほう……その、条件とは?」
ルーナがボソリと言う。
「…………私の、“命”です。」
「ゴブリン族が約束を破るようであれば……私はこの首を貴方に差し出します。……私が賭けれるのは、これぐらいしかありません。」
ルーナが顔を上げて、覚悟を決めた笑顔で言い切る。
……は?命?首?
ルーナは、何を言ってるんだ。
こいつの気持ちは、痛いほど理解できる。
だが、それはあまりにも——
「……うん。弱い、ですね。」
ウォルタは冷徹に鼻で笑った。
「貴方の命に、そこまでの値が付くとは思いません。……むしろ、魔族の恨みを無駄に買ってしまう恐れすらもある。」
ウォルタの冷静な指摘に、ルーナが静かに首を振る。
「106代目魔王の名に、嘘偽りはありません。……首も、名も、好きに使ってください。」
ルーナの苦し紛れの願いに対しても、ウォルタは全く表情を崩さない。
頬杖を突きながら、人差し指でトントンと己のこめかみを叩く。
「……違いますね。うん、全然違う。貴方は命の使い方を決定的に間違っている。」
「それより、もっと良い方法がありますよ。」
ウォルタが、ピンと人差し指を立てた。
「この僕と……結婚するというのは、どうでしょうか。」
「ふふっ、実に名案だとは思いませんか?」
……。
……。
……は?ひ?
ふへ……ほ!?!?
んん!?
ん!?
んんーんんんーーーー!?!?
……
それから——
蒼白になったルーナの顔と、薄ら寒くて気持ち悪い笑顔を浮かべるウォルタを最後に、俺の記憶は抜け落ちている。