自害しようとしてる美少女を引き止めたら、壊滅寸前の魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
……変な、感覚だ。
脚が、思ったように地面をとらえない。
息を吸い込むたび、胸の奥が狭まったように呼吸が自然と浅くなる。
ゴツゴツとした石ころを踏みつけて靴底が滑り、体勢がぐらつく。
その揺れに合わせて、俺が引いている荷車に積まれた大量のピッケルが、ガタガタと甲高い金属音を鳴らした。
セシリアが、荷物を引いている俺の方をチラリと振り返って気に掛ける。
だけど……俺たちの間には一つも会話がない。
重苦しい沈黙の中、先頭を歩くルーナはずっと上の空だ。
足元すらろくに見つめていないくせに、彼女は一歩も立ち止まろうとしない。
脳裏に、あの男の不愉快極まりない声が嫌悪感とともに蘇る。
『この僕と……結婚するというのはどうでしょうか。』
『実に、名案だとは思いませんか?』
……。
……はぁ、最悪の気分だな。
昨日の夜——
ルーナはまるで糸が切れた人形の如く、その場に崩れるように倒れ込んだ。
⸻
気力だけで保っていた体が、もう限界だったんだろう。
アクアリールに着いて、意識が戻った後——
間髪入れずにラグナ渓谷まで歩き、緊迫したウォルタとの交渉も経てから、屋敷を出た直後のことだった。
そのまま俺が宿まで彼女を抱き運び、ベッドでルーナが静かな寝息を立てる中……
隣のベッドに腰を掛けたセシリアが、穏やかな、でもどこか思い詰めたような表情を俺の方に向けてくる。
「レオン様は、これからどうされるんですか?」
「まだルーナと話せてないけど。……多分、リザード族の村に戻るかな。」
ふと、ルーナの寝顔を見つめる。
頭に包帯を巻いたまま、静かな寝息を立てる彼女を見て、胸の奥が痛くなる。
「ウォルタ町長からゴブリン討伐の件で報酬を貰ったし、すぐにでも水源掘りに取り掛かりたいからね。リザード族の子供のことも気掛かりだし。」
なるべくウォルタ邸で煮え繰りかえった感情を抑え込み、努めて平静を装って返す。
「そう、ですか……。」
セシリアがボソリと溢し、ふっと視線を落として黙り込む。
そして……その華奢な両手を膝の上でグッと握り込み、意を決したように俺を見つめてきた。
「私も、一緒に行きます。」
セシリアの言葉に、驚いてしまう。
「え……どうしたの、急に。」
「いえ、急ではありません。リザード族のお子さんの話をレオン様から聞いた時から、ついていくと決めていましたよ?」
セシリアが、どこか慈愛に満ちた優しい笑顔で返す。
……正直、めちゃくちゃ心強い。
セシリアが居てくれれば、その知識と魔法で病気の子供の症状を詳しく診てあげられる。
だけど——
「セシリア……王国軍に所属してるのに、そんなに好きに動き回って大丈夫なの?」
アクアリールに来るまでなら、まだ理解できる。
しかし、流石に魔物の領域であるリザード族の村にまでついてくるとなると、上層部への言い訳もしにくいはずだ。
本気で心配する俺を他所に、セシリアが「ふふっ」と可憐に笑みを溢す。
「……気に掛けて、くださるんですね。」
「大丈夫です。幸い、ゴブリン討伐後の命令はまだ受けてませんし、ある程度は自由に動いて良いと王様からも言われてますので。」
セシリアのその言葉に、拍子抜けした息が漏れる。
「あのおっさん、本当に昔っから“変な人”だよね。」
「初めて会った時も、『お前はどうしたい?』っていきなり聞いてきたし……なんか、ずっと言ってることがフワッとしてるんだよね。あんな髭モジャでイカつい見た目してさ。」
出会った当時の、だいぶ前の出来事をぼんやりと思い出す。
俺の言葉に、セシリアが口元に手を当てて楽しそうに笑った。
「うふふっ。レオン様も十分に変な人ですよ。」
「王様に直接『可哀想だから、人間も魔物も一人も殺したくない。』なんて返せるのは、貴方ぐらいです。」
……うっわ、超懐かしぃ。
それ言ったら、王様いきなり「ガハハ!」って大笑いし出したんだよな。こいつなんやねん、ってめっちゃ思ったわ。
「まあ、後々になって色々言われるのも面倒だったしね。」
照れくささを誤魔化すようにそれだけ言って、バタンと自分のベッドに身を投げる。
天井の木目が、暗闇の中で一本の蝋燭にぼんやり照らされている。
「貴方の、そういうところが……私は昔から好きでした。」
静まり返った部屋に、セシリアの声が薄らと反響して聞こえる。
「ふっ。そんなこと言ってくれるセシリアも、だいぶ変な奴だよ……」
一日のドッと溢れ出た疲労のせいか、だんだんと深い睡魔が俺に襲いかかり、視界も意識も曖昧になっていく。
「そうですね。…………私は、変なのかもしれません。」
ガサリと、暗闇のなかで布地を強く掴んだような音が小さく聞こえて。
セシリアの、少し乱れた息遣いが……
静かな部屋の空気に沈んでゆく。
「私は…………レオン様が、好きです。」
「本当は……私は、貴方について行きたかった。…………ごめんなさい、大変な時なのに。」
切なげにそう呟いた直後、すぐに布団を勢いよく被る音がバサリと聞こえた。
……。
……。
……ん?
……んん、んんん??
あれ、セシリア……
今、なんか言ってなかった?
急激に意識が一気に冴え渡り、ガバッと跳ね起きて——
隣のセシリアのベッドの方を見るが、彼女はすっぽりと布団を頭まで深く被っている。
一応、声をかけて確認してみる。
「セシリアさん……僕ちんに、なんか言いました?」
……しーんとした部屋。何も返ってこない。
うん、スースーと規則正しい息遣い。
寝てるな。
つまり——
これは、何かしらの疲れ由来の幻聴だ。
「僕ちん、とりあえず寝まーす!おやすミッドナイトタウン!」
自分を納得させるように大きめの声で言い放ち、俺も一気に布団に丸まるように包まる。
……。
……くそ。心臓の音が無駄にうるせえ。
ウォルタのきっしょい求婚のせいで、俺の耳の鼓膜がおかしくなったんかな。
セシリアが…………俺のことを好き?
いや、あらへんあらへん。あるわけないやん。
うん。寝ちゃお。
こういう時は速攻で寝るのが一番ええねん。
ぎゅっと思いっきり目を瞑る。
……。
……今は、とにかくルーナのことについて集中するべきだ。
ウォルタが何を考えてあのとち狂った提案をしてきたのかはイマイチわからん。その後わちゃわちゃ言うてたっぽいけど、聞いてへんかったしな。
だけど……絶対、あの最悪な方法以外に何かあるはずだ。
ルーナにそんな選択をさせなくたって、ウォルタを納得させる答えが。
ルーナは、絶対に俺に助けられたくないんだろうけど、それでも俺はなんとかしてやりたい。
俺は——ただ、コイツに笑って生きて欲しいんだ。
魔王として、一人の女の子として、胸を張って真っ直ぐ歩いていけるように。
そのためなら——
俺は、なんだってやってやる。
グルグルと考えを巡らせているうちに……
やがて抗えない眠気がやってきて、ゆっくりと意識は闇へ沈んでいく。
薄れゆく意識の中……
隣のベッドで、ずっと。
セシリアの丸まった布団が微かに、小刻みに揺れているのに……気づかないフリをして。
俺は……心臓の高鳴りと一抹の不安を抑えつけて、そのまま深い眠りに落ちていった。
⸻
それから——
リザード族の村へと向かう道中、体調が万全でないルーナは、何度も足元をふらつかせた。
そのたびにセシリアが魔法で症状を和らげる。
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに呟くルーナに、セシリアは「気にしないでください」と笑顔で首を振った。
けれど——
ルーナは、一度も「休みたい」とは言わなかった。
脚がふらついても。顔色が悪くても。
呼吸が苦しそうになっても。
少しだけ立ち止まったかと思えば、またすぐに前を向く。
「……行きましょう。」
そう言って、何事もなかったかのように歩き始める。
……本当は、止めたかった。
それでも俺は、彼女の背中を追うしかなかった。
それで、結局——
俺たちはろくに休むこともなく、丸一日ほど山中を進み続けた。
……。
そんな中、俺はというと……。
あの宿での夜の一件のせいで意識しすぎてしまい、セシリアの顔すらまともに見れていなかった。
……万一、あれが聞き間違いじゃなかったとしたら、今後どう接したら良いのか本気でわかんないにょ。
セシリアも目すら全く合わせてくれへんし、なんやこれ。
……
…………
やがて——
足元から土が消えてゴツゴツとした荒々しい岩肌ばかりになり、視界の先に切り立った巨大な岩壁が覆いかぶさるように現れる。
この壮大な景色が見えてきたってことは……
そろそろ、目的地に着く頃だな。
「ふぅ」と息を吐いて、少しだけ気合いを入れ直し。
俺たちはリザード族の住む村へと、再び足を踏み入れる。
だが……何やら、村の中央広場の様子が騒がしい。
俺たちは顔を見合わせ——駆け足で向かっていった。