自害しようとしてる美少女を引き止めたら、壊滅寸前の魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「ねえ!!誰か、ぼくの妹を助けて!!」
「お願いだよ……誰かぁ!!」
鼓膜を打つ悲痛な叫び声。
見ると——
前に喋ったリザード族の子供が、砂埃の舞う乾ききった広場の中心で必死に声を上げていた。
周囲の住居穴から他のリザード族達が何事かと顔を出しているものの、誰も動こうとしない。
皆一様に顔を青ざめさせ、どうすることもできずにただ狼狽えているようだった。
ふと視線をやると……広場の中央にある湧き水の水溜が、以前来た時よりもさらに干上がっている。
一体、何が起こってるんだ。
ルーナが慌てて駆け寄り、パニックに陥る子供の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「何があったんですか?……落ち着いて、話してください」
ルーナの穏やかな、しかし芯のある口調に、リザード族の子供がヒックヒックと呼吸を落ち着かせながら答える。
「ぼくの、妹の様子が……変なんだ!!」
「なんだか、息がしづらそうで……お父さんが村の人達に言って、水をたくさん貰って飲ませてるんだけど、それもうまく飲み込めなくて……っ」
「ぼくの妹、死んじゃうのかな。……そんなの、絶対にいやだよぅ!!」
リザード族の子供が、耐えきれずにその場にしゃがみ込んで泣き崩れる。
「そ、それは…………っ」
ルーナが息を呑み、何も出来ずに押し黙ってしまう。
だが……横からすっと歩み寄ったセシリアが、泣きじゃくる子供へ向けて、太陽のように優しく微笑みかけた。
「もう、大丈夫ですよ……。私は、医者です。」
「妹さんのところへ、私を連れて行ってください」
しゃがみ込んで真っ直ぐに目線を合わせるセシリアの慈愛に満ちた声音に、リザード族の子供がパァッと希望を見出したように表情を明るくする。
「ほ、ほんとっ!?じゃあ、はやくこっちにきて!!」
そう言って、子供はすがるようにセシリアの腕を掴み、住居となっているほら穴の奥へと彼女を引っ張っていく。
俺も引いていた荷車を急いでその場に置き、二人の背中を追って走り出した。
ルーナもまた、無言で後に続く。
……彼女の横顔は、何もできない自分の無力さを痛感しているのか、酷く悔しそうに歪んでいた。
◇
「お父さん、お医者さんを連れてきたよ!!」
リザードの少年が息を切らしながら、薄暗いほら穴の奥へとセシリアを案内する。
ひんやりとした洞窟内には、ひどく重く、淀んだ空気が立ち込めていた。
「ほ……本当かっ!?」
そこには、以前ルーナに鋭い嫌味を放ったリザード族の青年が、荒い息を吐いて横たわる幼い娘の隣に、絶望したように座り込んでいた。
「うん!この人が、お医者さんだって!!」
少年が手を引いてセシリアを父親に紹介すると——彼の顔が一気に険しく強張った。
「に……人間か!!リザール、なんでこんな奴を連れてきたんだ!!」
「出て行け!!立ち入りを許した覚えはない!!」
激しい敵意を剥き出しにして怒鳴りつける。
しかし、セシリアは声を荒らげる父親を一切気にする素振りも見せず、迷わず真っ直ぐ娘の元へ近づき、しゃがみ込んだ。
そして胸元にそっと両手を添えると、静かに目を閉じる。
「…………」
父親が血相を変え、娘から彼女を引き剥がそうと乱暴に掴み掛かろうとする。
「やめろ、人間!!俺の娘に触るな——」
「しっ……。少し、静かにしてください。…………魔力の回路が、途切れかけている。すぐにでも治療をしないと危険な状態ですね。」
セシリアの放った冷徹なまでの事実報告に、父親がハッとして顔を一気に青ざめさせる。
だが、それでも憎悪は消えきらず、セシリアの肩を掴んで娘から無理やり遠ざけようと力を込めた。
「に、人間の言うことなんて、信じられるか!!貴様の世話になるぐらいなら、娘は——」
「……それは、貴方が決めることですか?この子の命を見捨てて、自らのプライドを優先するのですか?」
娘の苦しげな荒い呼吸音と、セシリアの冷ややかな声だけが、暗い洞窟の中で反響する。
有無を言わせない、刃のように真っ直ぐな言葉だった。
父親はセシリアの気迫に押され、何も言い返せずに彼女の肩から震える手を離した。
「ふふっ、素晴らしい判断です。……では、すぐに治療を始めます。レオン様は隣で私のお手伝いをお願いします。」
そう告げるなり——
セシリアは手早くチョークを取り出し、地面に正確無比な魔法陣をカリカリと書き込んでいく。
その手を動かしながら、立ち尽くしているルーナの方へチラリと視線を向けた。
「魔王様は、周りの住民の方から塩と砂糖を出来るだけ沢山貰って来てください。……魔族の王である、貴方にだからこそ頼める仕事です。どうか、お願いします。」
彼女の言葉に、ルーナがハッとしてグッと力強く拳を握りしめる。
「わ、わかりましたっ!すぐに貰って来ます!!」
そう言って、ルーナは弾かれたように洞窟の外へバタバタと駆けていった。
そして次に、アワアワと慌てふためいているリザードの少年に声を掛ける。
「そこのキミ……たしか、リザール君で合ってるでしょうか。」
「君は、さっきお兄さんが引いてた荷車に乗ってるお水を、ここに沢山運んで来てください。重たいから、一本ずつで良いですからね?」
セシリアの柔らかな笑顔に、リザールが大喜びで力強く頷き、走り去っていく。
「うん!!すぐ持ってくるね!!」
そのまま、無駄のない動きで黙々と作業を進めていくセシリアの背中に、父親がボソリと、重い声で言い放つ。
「……俺の娘に何かあれば、お前を殺す。」
だが、彼女は全く物怖じすることなく、作業の手を止めずにふんわりとした笑顔で振り返った。
「それは、少し困りますね。……ですが、決して死なせはしないのでご安心ください。」
「じゃあ、お父さんは娘さんを見守ってて貰えるでしょうか。……あ、でも魔法陣の中には決して入らないでくださいね?」
忠告するように最後にそっと付け足す。
……マジで、頼むにょ。
こっちに飛び火しそうだし、くっそ恐ろしいにょ。
……
そうして⸻
精緻な魔法陣を描き終えた彼女が、カバンから純白の布を取り出し、自らの口元を覆うようにしっかりと巻く。
空気が、ピンと張り詰めた。
「それでは——これより、治療を開始します。」
凛とした言葉の後、スッと目を瞑り、少女の絶えかけている魔力回路へと全意識を集中させていく。
⸻
「レオン!!このエーテル効果薄い!!早く別のに換えて!!」
空気を劈くようなセシリアの怒号が、洞窟内に激しく響き渡る。
「はいいいいいいい!!!!すぐに取り換えますぅ!!」
俺は半泣きになりながらセシリアのバッグをゴソゴソと乱暴に漁り、次のエーテルの小瓶を即座に取り出す。
クルクルとキャップを素早く回して、指示通りセシリアの口元へ飲み口を差し出すと、彼女は手を使わずにちゅぽんとそれを咥え込んだ。
「ごく、ごく、ごく…………プハァ!!」
一瞬で、全て飲み干した。
流れるような動作でセシリアの口から空のボトルを取り上げると、彼女が額にピキッと青筋を走らせてキレ散らかす。
「おい!!これも効果薄いんだけど!!!!まさか……あの商人、ぼったくりやがったな!!!!」
「ハイエーテルって言ってたのに、これ絶対にハイエーテルじゃない!!試飲断られた時点で、勘づくべきだった!!」
彼女の口から、およそ聖職者とは思えないようなドス黒い愚痴がどんどん漏れ出していく。
アクアリールを出る時……早朝で店がまだ開いておらず、街外れにいた商人から急いで仕入れたものだ。
身なりも良く、笑顔の爽やかな男だったから信用してしまった。
悩んでいる時間も惜しくて、なんとなくの印象でサクッと決めたのが完全に仇になった。
「ああああああああ!!!!胃に無駄な水分が溜まる!!!!……もういい!!レオン、とにかく大量にエーテル取って!!!!」
「こんなの、量飲むしかないじゃん!!!!もおおおおおおおおお!!!!」
発狂する彼女の金切り声が、狭い洞窟の中でガンガンと反響する。
そんな地獄絵図の中、塩と砂糖を両手いっぱいに抱えて戻ってきたルーナが、目をキラキラさせながらセシリアの狂気の仕事ぶりを見つめていた。
「か、かっこいい…………。」
恍惚としたような表情を浮かべ、ボソリと感嘆の声を漏らす。
一方のセシリアは、周囲の反応など一切気にも留めない。
言葉の荒さやブチギレ具合とは裏腹に、その指先は針の穴を通すような極めて繊細な魔力操作を行い、少女の枯れかけた魔力回路を一つ一つ、正確に正常な流れへと修復していく。
……相変わらずの神業だ。
見慣れてるからあれだけど、人間ってここまでぶちギレながら超精密な作業が出来るもんなんだね。
いやー、人体の神秘を感じるわー。
セシリアの恐るべき治療を間近で見て感心していた——その時。
「レオン!!目に汗入った!!ボサっとしてないで早く拭けよ!!!!お前何回言ったら出来るようになるんだよ!!!!」
治療で両手が塞がっているセシリアが、無防備な俺の鼻に向かって強烈な頭突きを完璧なフォームでお見舞いしてきた。
「が……がはぁっ!!」
「ず、ずびばぜん!!ごれがらは気をづげまず……っ!!」
骨が折れたかと思うほどの痛みに涙と鼻血をダラダラと流しながら、俺は布でセシリアの額に浮かんだ汗を丁寧に、そして必死に拭った。
「てめえ!!次は無いからな!!!!」
セシリアが般若のような形相で力強く吐き捨てる。
さっきまでの慈愛に満ちた聖女から一転、あまりの狂犬ぶりへと変貌した彼女の姿に、一生懸命水運びを手伝っていたリザールが足を止め、恐怖で涙をこぼす。
「こ……この人、怖いよぅ。」
「大丈夫だ。……父さんが、絶対にリザールを守ってやるからな。」
父親が、荒れ狂うセシリアの凶刃から息子を遠ざけるように、リザールを力強く抱きしめて後ずさる。
だが——
「す、すごい!……私も、こんな風になりたい!!」
「んふーっ!」と、鼻息を荒くしたルーナが、両拳をギュッと固めて熱い眼差しを向けている。
……いや、ルーナやめて。こんな危ないサイコパスになっちゃダメだから、絶対に。
セシリアは、そんな純粋な目で憧れて良いシロモノなんかじゃ無い。
治療中のコイツは……尋常じゃないストレスで好き勝手に周りに当たり散らしているだけの、ただのヤバい人だ。
洞窟内は——
命を救う緊迫感と、彼女の怒号、俺の鼻血、そしてルーナの熱視線が入り乱れる、凄まじいほどにカオスな空気が漂っていた。
⸻
「ふう……。これで、一旦は大丈夫ですね。」
すっかり嵐が過ぎ去った後。
セシリアが、額の汗を拭いながらくたびれた笑顔で息を吐いた。
寝床に横たわるリザード族の少女は、苦しそうだった治療前の状態とは打って変わり……胸をゆっくりと上下させて、穏やかな寝息を立てていた。
顔色もすっかり良くなっている。
「娘は……助かったのか?」
怒号の余韻にまだ怯えながら、父親がセシリアに恐る恐る尋ねる。
「完全に助かったとは言えません。……ですが、危険な状態は脱しました。この塩と砂糖を混ぜた水を、今後しばらくは少しずつ飲ませてください。作り方は、紙に書いておきました。」
彼女の的確な指示に、彼の表情が再び暗く沈む。
「やはり、水か。……わかった。感謝する。」
重苦しい空気が流れる中……
項垂れる父親に向けて、ルーナが力強く言葉をかける。
「ある程度は水を積んで来たので、しばらくは大丈夫だと思います。……水源が出るまでは、それで耐えましょう。」
彼女の言葉に、父親がハッとして顔を上げる。
「す……水源、ですか?」
「息子から、聞いてはいましたが……。まさか、魔王様は本当に水源を掘り当てようとしていらっしゃるのですか?」
ルーナが深く、迷いなく頷く。
「はい。必ず、この村の水源問題を解決します。……そのために、資材だって沢山持ってきました。」
「魔王様。……お言葉ですが、流石に難しいのでは無いかと。」
父親が首を横に振り、諦めの色を滲ませた。
「リザールが言っていた村はずれの湧き水の話も、私の父がまだ幼かった頃の話……。とうの昔に、枯れ果てております。」
その暗い言葉を打ち消すように、リザールが明るい声を掛ける。
「大丈夫だよ、お父さん!……だって、魔王様はお医者さんを連れてきて、リザーナを助けてくれたんだよ!!」
「水のことだって……きっと、なんとかしてくれるよ!!ボク、わかるんだ!」
純粋な信頼の眼差し。
その言葉に、ルーナが胸を強く打たれたように瞳を潤ませる。
「リザール君の言う通りです……!私が、この村の問題を絶対に解決します!!」
逃げない覚悟を込めて力強く言い切るルーナに、リザールの父親が再び険しい表情を見せる。
「その、一緒にいる人間達の力を借りて……ですか?」
「我々に、これ以上の恥を呑めということでしょうか……!!」
ギリッと歯を食いしばり、彼女を睨みつけながら徐々に距離を詰める。
だが、ルーナも一歩も引かず、負けじと彼へ向かって歩み寄る。
「それでも……どれだけ惨めでも、生きなきゃいけないんです!!」
ルーナの魂を絞り出すような強い言葉に、父親が顔を目の前まで寄せて激昂する。
「我々、リザード族は……。人間達に水源を枯らされ、その上、水場を巡る争いでも大量に同胞を殺された!!」
「魔王様は……我々の気持ちなど、何もわかっていない!!」
一族の背負ってきた痛みをぶつける父親。
それに対し——
ルーナは眼差しを一切逸らさず、眼前で真っ向から叫び返す。
「わかりません!!全くわからない!!……でも、それの何が悪いというのです!!」
「泥水を啜って、恥をかいて……それでも、私達は前を向かなきゃいけない!!」
痛いほどの実感が籠った言葉。
だが……頑なに心を閉ざす父親が、ルーナに向けてグッと額を押し付ける。
「そこまでしないと生きられないのであれば…………我々は、誇り高き死を選ぶ!!」
その言葉を聞いても——
ルーナは、一切怯まなかった。
それどころか……ゴブリンに割られた自分の頭の怪我などお構い無しに。
踏み込んで——
リザールの父親の額に、思い切り己の額をぶち当てた。
ゴツッ!!と鈍い音が響き渡る。
「死ぬことに、誇りも何も無い!!生きることから逃げるな!!」
「何もせずに死ぬぐらいなら……恥をかいてでも、精一杯に生きろ!!!!」
衝撃でルーナの額の包帯から、赤い血がジワリと滲み出す。
それでも彼女は痛がる素振りも見せず、背筋を伸ばし、力強く指を差した。
その指の先には——
すぅ……と、穏やかに寝息を立てるリザーナがいた。
「見なさいっ!!!!貴方が意地を張ったままじゃ、あの子は助からなかった!!あの時、貴方が誇りを捨てれたからこそ……今、ああやって息をしているんです!!」
「未来を……!!子供達を守るために、立ち上がりなさい!!!!」
洞窟内に響き渡る、血を吐くようなルーナの叫び。
そのあまりに強烈な意思と、包帯を血で染めながらも自分たちを救おうとする彼女の姿に……
父親がふらついて後ずさり、糸が切れたようにガクンと腰を落として膝をついた。
「106代目魔王、ルーナ=サタナディ・ウイスが命じます。……人間と協力し、地下深くに眠る水源を掘って、一族を救うのです!!!!」
「私の命令に背くことは、決して許しませんっ!!」
王としての威厳に満ちた、絶対の命令。
ルーナは膝をつく父親の前にしゃがみ込み、静かに手を伸ばした。
大粒の涙をポロポロと流しながら……それでも必死に、不器用な笑顔を作って。
父親は呆然とその小さな手を見つめ、やがて、目元を乱暴に腕で拭った。
「人間を許すことは…………決して、できません。」
「ですが……。この、リザルガンが。必ずや、魔王様の期待にお応えしましょう。」
震える声でそう誓い——
彼は、差し出されたルーナの細い手を力強くとり、ゆっくりと、己の足で立ち上がった。