自害しようとしてる美少女を引き止めたら、壊滅寸前の魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「よぉし!!やっと、水源掘りに着手できる!!!!」
「うううううう……ここまで、マジで長かったにょ!!俺って今、一体何してるんだろう……って、旅の道中で何回思ったかわからないにょ!!!!」
薄暗い洞窟の中に、俺の歓喜の雄叫びがガンガンと反響する。
一人で両手を突き上げて喚いていると、ルーナが、やれやれとこれ以上ないほど大きな溜息をついた。
「はぁ……。全く、レオンはいつも無駄に騒がしいですねぇ。…………いたっ!」
顔をしかめ、痛みに表情を歪めるルーナ。
その傍らでは、セシリアが聖母のような穏やかな笑顔を崩さず、手慣れた手つきでルーナの頭の傷口を消毒していた。
「うふふっ。彼は、昔からずっとそういう人です。」
消毒を終え、流れるような所作で新しい包帯を丁寧に巻いていく。
ルーナが、目を細めながらセシリアの方へチラリと視線を向けた。
「さすが……。昔からの仲間は、理解が違いますね。」
「ふふ。慣れていますから。」
セシリアが楽しそうに、短い言葉で返す。
そして、綺麗に包帯を巻き終えると……
彼女は笑顔のままスッと人差し指を立てて、窘めるようにルーナを叱った。
「魔王様、いいですか?……貴方は、つい最近頭の怪我で死にかけたばかりなんですよ。今後、無茶なことは絶対にしないでください。わかりましたか?」
優しくも有無を言わせない彼女の言葉に、ルーナは少しばつが悪そうに口元を歪めた。
だが——すぐに、素直にコクリと頭を下げる。
「……ごめんなさい。せっかく、綺麗に治療をして貰ったのに。」
「でも……!私は、とにかく必死で⸻」
言い訳をするようにルーナが言葉を続けようとした瞬間……
セシリアがその小さな唇にそっと指を当てて遮った。
「ふふっ。もちろん、わかってますよ。」
「私がそばに居る間は、多少の無茶をしていただいても構いません。……ですが、いつまでもそういうわけにはいかないのです。私は王国軍に所属する身、魔王様と、ずっとは一緒にいられませんから。」
セシリアの現実を突きつける言葉に、ルーナの表情がスッと暗く沈む。
「そ……そうですよね。ごめんなさい。」
シュンと肩を落としたルーナ。
だが——次の瞬間、何かを思い出したようにパァッと顔を輝かせた。
「あ……そういえば!!私のことは、ルーナと呼んでください!!」
「改めて、私は106代目魔王、ルーナ=サタナディ・ウイスと申します!!」
ルーナが姿勢を正し、熱烈な眼差しを向けながら、信じられないほど丁寧に自己紹介をし始める。
セシリアも、うんうんと優しく頷きながら笑顔で返した。
「ご丁寧にありがとうございます。何度も目の前で聞かせていただいたので、勿論存じてますよ。」
「……それでは、ルーナ様。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。」
セシリアに名前を呼ばれた瞬間……
ルーナがフニャァッと嬉しそうに身を捩る。
すると今度は、恥ずかしそうに指同士をツンツンと合わせ、モジモジし始めた。
「あ、あのぉ……。も、もし良かったらなんですけど。」
「私も……せ、セシリアさん、って呼ばせていただいても……良いでしょうか?そ……その……、ダメだったら……別に、いいんですけど。」
上目遣いで顔を真っ赤にするルーナの破壊力に、セシリアが少し驚いたように目を丸くする。
「ルーナ様は……本当に、とっても可愛くいらっしゃいますね……。」
本心から漏れたその言葉に、ルーナがボンッ!と湯気を出しそうな勢いでブンブンと首を振った。
「そ、そんなことありません!!セシリアさんの美しさに比べたら、私なんて全然です!!」
そう言いながらも、ルーナが照れ隠しのようにヘラヘラと笑いながら自分の頭を掻く。
直後に「傷が開くからダメです」とセシリアにピシャリと注意され、ルーナが「ふぇぇ……」と情けなく落ち込んでいた。
……やっば。
もはや、ただのファンやん。
あんなルーナ、今まで見たことないねんけども。
ふっざけんなよ!!俺にもちょっとぐらいデレデレせえよ!!
疎外感でヤキモキしながら、二人の尊い(?)やりとりをハンカチを噛むような思いで見つめていると——
ルーナが俺の熱視線に気づいたようで、キッと鋭く睨みつけてきた。
「何まじまじと見てるんですか!!この、へんたい!!」
親の仇でも見つけたかのようにビシィッと指を突きつけ、シャーッ!と獣のように唸り始める。
セシリアへのとろけるような態度とは、天と地ほどの差だった。
あまりの格差に思わず涙が溢れそうになるが、必死に上を向いて堪える。
……酷いにょ。
僕ちんだって、ここまで必死に頑張ってきたのに!!
こんなの、あんまりだにょ!!!!
親の仇に向けられるような睨みを効かせるルーナの隣で、セシリアがボソリと呟いた。
「……やはり、強敵ですね。」
それに気づいたルーナが、キョトンと首を傾げる。
「へ?……セシリアさん、何か言われました?」
不思議そうなルーナに対し、セシリアはゆっくりと首を振った。
「いえ。別に、何も言ってませんよ?」
何事も無かったように、ケロリと微笑むセシリア。
そして……
ルーナが、今度は申し訳なさそうに深く頭を下げ始めた。
「……セシリアさん、これまで失礼な態度をとってしまって、本当にごめんなさい。」
「王国軍に所属されていると伺ったので、どうしても警戒してしまって。……ここまで、何度も助けて貰ったのに。」
しゅんとした態度で、ガクッと肩を落とす。
すると、セシリアがルーナの小さな頭にふわりと優しく手を置いた。
「大丈夫ですよ。全く、気にしていませんので。」
「……それに、魔王たる者、敵方にすぐに心を開く方が問題です。違いますか?」
セシリアの、すべてを包み込むような甘く優しい言葉に……
ルーナがブワッと瞳を潤ませる。
「い、一生ついていきます!!!!」
ついに感動の涙を流し、セシリアの胸元に顔をぐりぐりと埋めるルーナ。
セシリアも「よしよし」と頭を撫でており、なんだか満更でも無い様子だった。
……もはや、こいつは魔王でもなんでも無い。
こんな奴は、ただの忠犬じゃ!!
セシリアも、良い気になってんちゃうぞボケェ!!さっき、お前に頭突きされた俺の鼻!!まだ、めちゃくちゃ痛いんやぞ!!
てか……俺もそのピンクの空間に混ぜろやクソボケがぁ!!
ふざけんなああああああ!!!!ちっくしょおおおおおおおお!!!!!!!!
などと、心の中で血涙を流して発狂しそうになりながらも。
ふと——洞窟の外が、少しだけ騒がしくなっていることに気がついた。
外の広場には……
村のリザード族達が集まっており、その中心でリザルガンが身振り手振りを交え、必死に皆を説得しているようだった。
その少し離れた場所では、息子のリザールが同い年くらいの小さなリザード族たちに囲まれ、誇らしげに先ほどの出来事を自慢している。
その表情は、とびきり明るく、とても嬉しそうだった。
……よかった。
ようやく、あいつの喜ぶ顔が見れた。
だけど、まだ終わってねえ。
ここからが、本当の勝負どきだ。
水源が掘れなかったら、遅かれ早かれまた同じ地獄を繰り返すことになる。
しばらくは……アクアリールまで足を伸ばして水を補給し、ここに運んでくれば凌げるだろう。
だが……。
それだって、俺たちがずっとここにいられるわけじゃない。
決して長くは続けられないのだ。
それに、ゴブリン族との抗争のことだって、根本的には何も解決していない。
とにかく——
ここからが、俺たちの戦いだ。
洞窟の奥へ振り返り、穏やかに寝息を立てるリザーナの姿を見る。
こいつらが……当たり前に水を飲み、当たり前に生きていける世界を作るんだ。
静かな決意を胸に、グッと拳を固めていると……
外での話し合いを終えたらしいリザルガンが、酷く苦い顔をして、重い足取りで俺たちの元に戻ってきた。
「……ダメでした。事の次第を説明し、皆に協力を求めましたが……『人間とは手を組まない』。その一点張りでした。」
ギリッと悔しそうに歯を食いしばる。
「……我々は元々、周辺に湧き水があるかを頻繁に調査していまして、『出るかも分からない水源の掘削に、無駄な労力は割けない。』とも。」
「魔王様……説得できず、申し訳ございません。」
リザルガンの無念の報告に、洞窟内の空気がズーンと重く沈む。
だが、ルーナは全く動じることなく、小さく首を振った。
「リザルガン、顔を上げてください。……最初から、人間に恨みを持つ住民達の協力をすぐに得られるとは思っていません。ダメでもともと、それでも矢面に立って説得をしてくださった貴方の行動に感謝します。」
ルーナの言葉に、リザルガンがゆっくりと顔を上げるが、依然としてその表情には暗い影が落ちたままだった。
そんな彼に、ルーナがふと、優しく力強い微笑みを向ける。
「リザルガン……。貴方の協力が得られただけで、私は十分です。」
その一言に——リザルガンの拳が、小さく震えていた。
「魔王様。……改めて、私にご命令ください。」
跪き、静かに頭を垂れた。
それを受け、彼女はしばらく静かに瞼を閉じた後……
カッと、力強く目を見開いた。
「では……!!前に紹介をした人間、選りすぐりの農夫レオンと協力し、今すぐに水源の掘削作業にあたりなさい!!」
「場所は……昔、湧き水があったという近辺の岩盤です!!」
ルーナの堂々たる号令に、リザルガンが小さく頷く。
……うっへぇ!!
ルーナが前に考えたその場しのぎのクソ無礼な嘘設定、まだ活きてたんかい!!
思い切り農夫扱いしやがって!!チクショウ!!
僕ちん、一応これでも、世界を救う選ばれし勇者なのに!!
『選りすぐりの農夫』というパワーワードを聞いた瞬間——
セシリアが背後でこっそり肩を震わせ、笑いを堪えていた。
……こいつも、完全に他人事だと思いやがって!!
ふん!!別に、いいけどね!!果たして、クワを持った俺の実力を見て、同じ態度が取れるかな、クソがっ!!
気を取り直して——
俺は、跪くリザルガンの元に歩み寄ると、これからの過酷な労働に向け、勢い良く右手を差し伸べた。
「じゃあ、よろしくなリザルガン!!一緒に頑張ろうぜ!!」
俺の爽やかな笑顔に対し——
リザルガンは、差し出された俺の手を親の仇のようにジロリと見つめ。
「馴れ馴れしいぞ、人間!!!!」
パァンッッ!!!!
洞窟内に響き渡る破裂音。
俺の差し出した右手は、思い切り、そして無慈悲に弾き飛ばされた。
「い、いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
勢い良く立ち上がったリザルガンが、痛みで悶え伏す俺を見下ろして鼻息を荒くする。
「魔王様に協力しろと言われたから、一時的に手を組むだけだ!!図に乗るな!!この、腐れ農夫が!!」
あまりの勢いで突き刺さる罵倒の刃。
そして何より、全力で叩かれた右手が赤く腫れ上がり、ジンジンとした激痛で指先の感覚すらボヤけていく。
右手を押さえながら、呆然と立ち尽くす俺。
……。
……みんなさ。俺への扱い、酷すぎない?
いくらなんでも、ここまでやらなくても良くない?
今日だけでも——
セシリアには……
治療中に「次はない」と頭突きを食らい。
ルーナには……
ただ見ていただけで「変態」と罵られ。
リザルガンには……
渾身の力で手を叩かれた挙句に「腐れ農夫」と蔑まれた。
俺は、もう——
理不尽の連続に、耐えきれなかった。
大粒の涙が、目からボロボロと止めどなく溢れ落ちる。
リザルガンが、まるで虫ケラでも見るような冷たい目で俺を睨みつけ、ルーナとセシリアが流石に可哀想になったのか気まずそうに視線を逸らす中……
俺たちの過酷な水源掘削の戦いが——
今、あまりにも不遇な幕を開けた。