ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あって一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「レオン……そろそろ、山道が終わりますよ」
仄暗く鬱蒼とした山道を抜け出た瞬間——
目の前に、視界いっぱいの青い海が広がった。
陽光を跳ね返す白い石造りの建物が斜面に沿って整然と連なり、その向こうには、燦々と照りつける陽光を反射して輝く大きな港が見える。
港には大小様々な船がひしめくように停泊し、威勢のいい掛け声とともに、大量の積み荷を抱えた商人たちが忙しそうに行き交っていた。
街の至るところには網の目のように水路が走り、透き通った水が涼やかな音を立ててさらさらと流れている。
中央広場の噴水から溢れ出た水が、磨かれた石畳を濡らし、その水がまた細い水路へと滑り込んでいく。
遠くからでも一目でわかるほど、街並みは美しく区画整理されていた。
「本当に……ここは、とっても美しい街ですね……」
ルーナが思わず足を止めて見入る。
その碧色の瞳には、過去の苦い経験からくる複雑な陰りも感じられたが、それでも目の前の壮麗な景観に改めて感動しているようだった。
……ここまで山道ばっかだったもんね。
眼球の色素が緑色になるかと思ったわ!!てか、なったかも!!緑の瞳ってかっこよくない!?
……よし、そろそろ言っとくか。
俺も、ルーナの隣で足を止めて、ボソリと漏らす。
「俺さぁ…………この街、出禁くらってるんだよねぇ」
海風の音だけが響き、空気が一瞬で凍りつく。
「…………」
「…………」
ルーナが、穢れたゴミクズを見るような冷ややかな眼差しで、こちらにじっとりと視線を向けてくる。
……やめて。そんな生ゴミを見るような目で俺を見ないで。
「あなた……本当に、何をしたんですか……?」
彼女のあまりに鋭い追及に、思わず俺はふいっと顔を逸らす。
……人間隠し事の一つや二つある方が、魅力があるんだぜ。
ミステリアスな男に、女は惹かれるもんだからな。
例えそれが——
下半身露出ゆえの出禁令だとしても。
俺は彼女の問いを綺麗にスルーして、早足でアクアリールに向かって歩き出す。
「ちょっ……レオン!待ちなさい!!」
ルーナも、慌てた様子で俺を駆け足で追いかけて来る。
……言うわけないやろがい!!
勇者が下半身露出なんて、勇者の真逆じゃねえか!!
緩やかな山道を下りきると、だんだんと道が平らに拓けていく。
そこには——
豊かな水と活発な海上交易によって眩いばかりに栄えた、美しい港町が広がっていた。
⸻
ごくごくごくごくごくごくごく………………プハァ!!
「う、うめえ!! 濁ってない水……マジでうめえええええええ!!!!」
広場に鎮座する巨大な白亜の噴水に顔をボチャンと突っ込んで、豪快に直飲みする俺。
歓喜のあまりバカでかい大声が出てしまい、石畳を行き交う人々が「なんだあいつは」と言いたげに怪訝な視線を向けてくる。
目立たないつもりだったのに、あまりの喉の渇きに気がつけば身体が勝手に動いていた。
……仕方ないですやんか! ここ最近、泥水しか飲んでませんでしたし!! 堪忍してあげてや!!
ところが。
ルーナは……というと。
「……ずずずずず……」
両手を盃のように丸め、丁寧に水を掬って静かに目を閉じながら喉を潤していた。
さすが……お貴族様はお行儀が良いことで!!
てか、すっごい様になってる!! 溢れ出る水しぶきと真っ白い噴水が背景になってて、まるで女神の降臨かと思ったわ!! こいつ魔王なんか女神なんかハッキリしろや!! どっちみち結婚したいけど!!
……
ひとまず喉の渇きを癒やすと……
二人とも、なるべく人目に付かないようフードを深々と被り直し、必要な道具と資材を買い揃えることにした。
露店が立ち並ぶ通りで、ルーナがボソボソと耳元で俺に話しかけてくる。
「レオン……それでは、何から買い揃えていきますか……?」
はうぅ……。耳元で囁かれたら……なんか全身がゾクゾクビクビクしちゃぁう……。
耳奥に伝わるくすぐったい感覚にムズムズしつつも、俺は必死に表情を作って冷静に答える。
「はぁんっ!……まず、第一優先はピッケルだ。これはどれだけあっても良いな」
ルーナが一瞬めちゃくちゃ気持ち悪がりつつも、スッと若干の距離をとってさらに質問を重ねてくる。
「他は、どうしますか……?」
「うーん……滑車や松明なんかも欲しい……。掘り進めるまでに岩盤が崩れないように木材がいるんだけど……それは、現地調達で良いか」
俺も頭の中の知識を引っ張り出し、真面目に返す。
……懐かしいなぁ。
昔、師匠と災害のあった村々を回って地下水を掘り進め、井戸を作ってたっけなぁ。
資材は全部師匠が揃えてくれて持ち回ってたから特段苦労はしなかったけど、金属と木材の束ってマジでクソ重いんだよね。
しかも師匠、俺に全部持たせてくるし。
マジでアイツやばい。普通、10歳のガキに全部持たすかね!? 「手伝ってよぉ!」って半泣きで言っても、「俺の腕は、美女を抱きしめるためにある!!大人になれ、レオン!!」とか言っちゃって、全然取り合ってもらえなかったなぁ。マジでなんやねんアイツ。
てか師匠が美女を抱き締められたとこなんて、一度も見たことなかったんやが。
まあ……あの頃よりかは俺も体格が大きくなったし、重量に関しては流石に大丈夫っしょ。
……ただ、今回決定的に問題なのは他でもない。
師匠と掘っていた頃は、枯れた井戸のすぐ周りに生きた水脈が存在していた。
壁に耳を当てて水流の音を聞き分け、予測を立てることで、しっかりと水脈にたどり着くことができていたのだ。
……今回一番の問題なのは、水が湧いていたのが随分と遠い過去の話だということ。
リザード族の寿命の長さは知らないが……あのガキの言う通りだとすると、少なくとも50年以上は昔のことだろう。
間違いなく、地底深く眠る地下水脈を掘り当てるのは容易ではない。
俺の規格外の力を持ってしても……おそらく骨の折れる過酷な作業になるはずだ。
この先に待ち受ける果てしない苦労を考えると……正直、ゾッとしてしまう。
——でも。
『ボクは、ガマンできるから大丈夫!!』
『妹がねーカラダが弱いから、水がいっぱい必要なんだー!!』
……アイツの喜ぶ顔、さっさと見たいしな。
俺は、改めてぎゅっとフードを深く被り直し、ルーナと共にカンカンと金属音が響く資材売り場へと向かった。
⸻
「えぇ……! ピッケルないのぉ!?」
道具屋の店先で、思わず大声をあげてしまう。
ルーナが慌てて、必死に小さなふにふにの手で俺の口を塞ごうとしてくる。
……あぁ。しばらく風呂に入れてないとは思えない、甘いフローラルな香りぃ……。
うっとりと鼻の下を伸ばしていると。
頑固そうな商人の親父が、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げてきた。
「すいやせん……最近、この辺りではゴールドラッシュが盛んになってやしてね……」
ご、ゴールドラッシュて……。
こっちは、岩盤掘って水脈見つけたいだけなんですけど!!金塊なんて、今度に採ったらええですやん!!
ルーナがカウンターに身を乗り出し、そこをなんとかと必死に頭を下げる。
「お願いです……。今、本当にピッケルがどうしても必要なんです……」
商人が困ったように、白髪交じりの頭をぼりぼりと搔く。
「いやぁ……そんな美人な姉ちゃんに頼まれてもねえ……。一応、明日の便で入ってくる予定なんだけど、全部お得意さんに売っちまう決まりになっててね……」
ルーナが、さらにカウンターから飛び出んばかりに身を乗り出す。
「そ……そのお得意さんって……!?」
商人が、ふぅ……と重い息を吐いて答えた。
「ここの町長さんさ……」
「あの方は、今ゴールドラッシュにすっかり躍起になっててな……。しばらくは、一般の売りに出る余りが出なさそうだよ……ごめんなぁ、嬢ちゃん」
商人の口から出た名前に、俺とルーナの顔が一気に真っ青になる。
俺に……
出禁令を叩きつけた張本人だ。
そして——
おそらく、ルーナにとっても……
『一歩でも街に入れば、殺す』そう冷酷に突きつけてきた相手。
あ、終わった。
……てかルーナ、今ガッツリ街の敷地内に入ってるけど大丈夫なんかな。
まあ俺も絶賛出禁中だし、条件は同じか。
世知辛すぎるやろがい。
……つるはし無しで、スコップだけで固い岩盤がいけるだろうか。
いや、どう考えても難しい。
最悪、鉄を自作するか……?
いや、製鉄には大掛かりな炉や設備が必要だし、準備する時間も余裕も腕のいい職人も今はいない。
うーん、どうしたもんかな。
突然——
ルーナはギュッと固く目を瞑った後……パァン!!と自らの両頬を思いっきり力任せに叩いた。
乾いた衝撃音が響き、商人のおっちゃんがビクゥ!と肩を震わせる。
あと、俺も。
白磁のように真っ白い彼女の肌が、一気に赤く腫れ上がっていく。
……何やら、退路を断って覚悟を決めたらしい。
「レオン……行きましょうか」
「アクアリールの、町長のところに……!」
ボソリと、だが。決して揺らぐことのないはっきりとした声音で告げてくるルーナ。
……まあそうなるよね。
うん。こればかりはしょーがないわ。
俺、その人に直々に出禁食らわされた身だけどね。
ルーナが行くって言うなら、腹括って行くっきゃないか。
……どっちみち、そうするつもりだったけどさ。
てか、出禁になった奴が勝手に街に入ったらどういう罪になるんだろう。
『入っちゃダメじゃん!! んもう!!』って、かるーく注意されるだけならありがたいなぁ。
……即打ち首で死罪とかにならないよね?
え、死罪になんの!? こわ!!まだ死にたくないぃ!!
……だけど。
何気なく視線を落とすと、ルーナの華奢な手が微かに震えていた。
……こいつ。本当は怖くてたまらないんじゃねえか。
そりゃそうか。相手は自分たちに刃を向けた奴なんだから。
はぁ……
しゃーねえなぁ。
———ギュッ。
「……っ!?」
一気に顔を真っ赤にして、目を見張るルーナ。
すっごい、何が起きたのかさっぱり分からんという風に目をパチパチさせている。
……そっと、手を握ってあげた。
彼女の手は柔らかくて、冷たくて、緊張でしっとり汗ばんでいて。
「……まあ、頑張ろうぜ。一緒に。」
速攻で殴られるかと思ったけど、意外にもすぐには殴られなかった。
ん?
あぁ……もちろん。
10秒後ぐらいには、容赦ないフルスイングのビンタ叩き込まれたけどね。
商人のおっちゃん、すっごいビックリした顔でこっち見てたぁ……
……まあ、ルーナの手の震えは綺麗に止まってたみたいだから、とりあえず良かったけどね。