ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あった結果一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「うわあああああああああああん!!!!」
「ルーナああああああああああ!!!!怖かったにょおおおおおおおおおお!!!!」
涙やら鼻水やらのありとあらゆる体液を撒き散らしながら、アクアリール邸の近くの薄暗い茂みに潜んでいたルーナの胸元へ全力で特攻する。
……今や!! 今しかあらへん!!
ルーナの母性を一身に受けられるのは!! 今、このタイミングがドンピシャ!!
顔も見たことのない僕のお父さんとお母さん、僕を産んでくれてありがとう——
僕ちんは今日、この人に抱かれます。
ルーナの柔らかそうな胸元が、目前に迫る——。
「レオン……おかえりなさい!! とても……とっても、心配したんですよ!!!!」
スパァァァァァァァァン!!!!
「ぐっへええええええええええええええ!!!!!!」
相変わらず溜めの無い、ノーモーションからの全力振り抜き。
容赦のないビンタの威力をまともに受け、体を空中で10回転ほどさせながら茂みから弾き出される。
アクアリール邸の前に敷き詰められた綺麗な白石の道が、俺の顔面を優しく受け止めてくれた。
硬くて凄く痛い。
「ううっ……あまりにも遅いから……もしかしたら、処刑されたんじゃないかって……思ってましたよぉ……ぐすん」
どこか安心したような、涙ぐんだルーナの声が背後から聞こえる。
「処刑なら……今……お前に、されかけたけどね……ぐふっ…………」
地面に顔を埋めたまま、力尽きる。
……こんなのあんまりだよおおおお!!
これだけを楽しみに、全力ダッシュ決め込んだのにいいいいいい!!!!
まあでも、万が一にもウォルタが嘘をついていなさそうで良かった。
あいつは、ルーナには本当に指一本触れなかったみたいだ。
…………本当に、よかった。
⸻
「ゴブリン討伐……ですか……?」
ルーナが眉間に深い皺を寄せ、不安の混じった声で漏らす。
俺は、赤く腫れあがった頬を手で摩りながら説明した。
「ああ……。アクアリールから少し北上したところにあるアウルム鉱山で町長が採掘をしているらしいんだが、そこでゴブリンの群れが金塊を狙ってくるらしい」
「そこで、全然仕事にならないからそいつらをどうにかして欲しい……って依頼だ。解決したら、ピッケルでもなんでも必要な道具はすぐに揃えてくれるってよ」
ルーナが顔をしかめ、細い指を顎に当てて思考を巡らせる。
目的が明確になったことへの安堵と、種族間の複雑な情情が彼女の中で入り乱れているようだった。
「きっと、ゴブリンたちも……悪気があってしているわけじゃないと思うんです……」
「彼らにとって金は何よりも貴重ですし、南のゴブリン族は特に採掘を生業としていますから……」
「アウルム鉱山は現在人間領なので、彼らが入ってはいけないのは理解できます……」
「でも…………でも、できれば命だけは——」
ルーナの葛藤を察し、その言葉を低い声で遮る。
「殺さねえよ。当たり前だ。」
「討伐しろとは言われたが、殺せとは言われてない。話をするか、最悪少しだけ痛めつけて帰ってもらう……ただそれだけだ。」
俺の言葉に、ルーナはそっと胸に手を当てて息を吐き出した。
……いや、殺すわけないやろがい!!
物騒な!! もう、失礼しちゃう!! ぷんぷん!!
そもそも、ゴブリン達からしたら人間領も魔王領も知ったことではないだろう。所詮は上の連中が勝手に決めた境界線だ。
特にアウルム鉱山は比較的新しく人間領になった土地で、つい最近までは魔族の領土だったのだから尚更だ。
……できれば、両者が納得する答えを出したい。
力で捩じ伏せて追い返すなんて勇者のすることじゃないからな。そんなのは誰にだってできる。
すると、それまで俯いていたルーナが静かに顔を上げた。
「ここからは……私の仕事です……!!」
「私が、なんとかゴブリン達を説得してみせます……!! 必ず、何か良い方法がある筈ですから!!」
その声色は、はっきりと熱を帯びていた。
覚悟を込めるように、小さな拳をギュッと固く握りしめる。
ルーナのこんなにも力強い姿は、出会ってから初めて見た。
だが、彼女がやろうとしていることは……決して簡単なことではない。
ゴブリン族は、魔王だからという理由だけで大人しく頭を下げるような連中ではない。
何よりも実利を重視する、図々しくも独立心の強い種族だ。
戦場でも真っ先に背中を向けて逃げ出すのは彼らだし、戦死者の身ぐるみや死体剥ぎをしている魔物も大体がゴブリン族だった。
俺は旅の中で幾度となくそれを見てきた。彼らが泥臭く生き残ろうとする理由も……想像に難くない。
だが——そんな現実的な厳しさは、ルーナだって十分に分かっているはずだ。
それでも前向きに取り組み解決しようとする眼差しは、少し前に自ら命を断とうとしていた儚げな女の子とは思えないほどの変わりようだった。
……うん、ええやん!!
人間、やっぱこういう前向きな姿勢が大事やな! ルーナは人間じゃ無くて魔王やけども!!
まあ……最悪何か起きれば、俺がなんとかすれば良い。
出来るだけ穏便に終わって欲しいが、世の中そんな上手くいかないのも事実だ。
話し合いだけで綺麗に解決できるほど甘いことなんて滅多にない。誰かが得をするためには、誰かが損をしなければいけないからだ。
だが——
今のルーナなら、きっとやり遂げる。
俺には……何故かわからないが、そんな予感がしていた。
「レオン、それじゃあ行きましょう……。アウルム鉱山に!」
ルーナが勢い良く、アクアリールの街の出口へ向かって足を踏み出す。
虐げられているリザード族達への感情が溢れ出すように、駆け出していく。
その小さな背中はとても勇ましかった。
だが——
突然、思い出したようにピタリと足を止める。
「あっ……いけない。大事なこと忘れちゃってた……」
ボソリと呟き、どこか情けない顔でゆっくりと俺の方を振り返った。
「私、お腹ぺこぺこなんです……どこかのお店で何か食べてから行きませんか……?」
ぐぅ〜、と可愛らしいお腹の音を鳴らしながら、悲痛な表情を浮かべるルーナ。
俺は思わずそっと目を逸らした。
……うっわ。気まずい。ミスっちゃったぁ。
ルーナがこの街に来てから何も食べてないのをすっかり忘れてた。
あーあ……やっちゃった……。
「……レオン、どうしました?」
「あなたも、お腹ぺこぺこですよね……?」
……仕方ない。ここは正直に言おう。
事実を隠したままご飯に付き合うなんて、想像しただけで胃が破裂しそうだ。
だって、俺——
今めちゃくちゃお腹パンパンだし。
「あのさ……ルーナ。実はさ……町長のところで、めちゃくちゃ料理いっぱい出されたんだよね」
「これから依頼をこなすのに空腹のままは良くないって言われてさ……。出されるがままに、海の幸も肉も死ぬほど美味くて食べすぎちゃった」
俺の無神経な言葉に、ルーナの表情が絶望で凍りつく。
「……ごめん。だからルーナは俺のことを気にしないでよ」
「大丈夫……。心配しなくてもアクアリールの食事は最高だからさ。俺のこの胃袋が保証するよ」
俺は、ルーナの背中を押すように、自分のお腹を摩りながら親指をグッと立てた。
「俺はどこかのベンチで寝てるね。実は……今バチカス眠たくなっちゃったんだよね。もうさぁ、インスリンがドバドバ出ちゃって…………ふわぁぁ……」
長い緊張から解放された反動だろうか。
溜まっていた眠気が一気に噴き出して、思わず大きなあくびが出る。
ルーナは固まったまま動かない。
だが——突如として大きな瞳に大粒の涙が溜まり、
やがてボロボロとこぼれ落ちた。
そして、再び全力で駆け出す。
「うわああああああん!! 私はあなたを心配してずっとお腹空いてるのをガマンしてたのにいいいいいいいいいい!!!!」
「どうして断ってくれなかったのおおおおおおおおおお!! せめて私も誘ってよおおおおおおおお!!」
「ひどいよおおおおおお!! こんなのあんまりだよおおおお!!」
さっきのような勇ましさの欠片もない理由で叫びながら、近くのレストランへ吸い込まれるように飛び込んでいった。
外の窓から中をこっそり覗き込むと——
彼女は、よっぽどお腹が空いていたんだろう。
水を飲んでいた時の上品さの欠片もないほど、鬼気迫る勢いで料理にがっついていた。
周りの客は引き気味に珍獣でも見る目つきを向けているが、彼女はお構いなしだ。
……めっちゃわかるぅ!!
俺もさっきウォルタにそんな感じの冷ややかな目で見られてたし!! 流石のアイツも変な笑顔になってたわ!! 気にせず食らいついたけど!!
「…………うん!じゃあ寝よ!」
俺は石造りの噴水の前にあるベンチに腰掛けると、鞄を端に置いてそれを枕に横になった。
あーー……。
満腹で熱った体に、噴水から飛んでくる微かな水しぶきがめちゃくちゃ気持ちいいにょ……。
結局——食後すぐ横になるのが、一番気持ちいいのよね!!
そして……
吸い込まれるように、堕ちるように——
俺は一瞬で、ドロドロとした深い眠りの世界へ引きずり込まれていった。