ナンパ大好きな勇者だけど、自害しようとしてる美少女を引き止めたらポンコツ魔王だった件。そんで、色々あって一緒に農業やることになった。 作:ジュウヨン
「ルーナぁ……ごめんってぇぇぇ……」
「もう何回も謝ってるじゃんかぁ……本当に悪かったって……」
アウルム鉱山へ続く荒れ果てた街道を、ルーナが視線も合わせず早足で突き進んでいく。
「…………」
ずっと、この調子だ。
……いや、俺が悪いよ?
ルーナを置いて町長のとこでたらふく食った俺が悪いよ?
いや、でもさすがにさ——
「10時間以上無視されるのはマジできついって!!」
「寂しいの!!旅の道中なんだから喋ってよぉ!!僕ちんに構ってよおおおおおお!!」
重苦しい沈黙と無視に耐えきれず、湿った土の上に倒れ込んで子供のように地団駄を踏む俺。
ルーナは——それでも立ち止まらない。
足場の悪いゴツゴツとした石畳を、俺のことなど視界に入っていないかのように黙々と歩き続ける。
効果が無いとわかると、俺はすぐに跳ね起きてルーナの背中を追いかける。
「そりゃさ……最初は、ルーナも誘おうかと思ったよ!?思ったけどさ!!」
「町長、ルーナのことを魔王なんじゃないかって気づいてる感じだったし……変に関わらせたらどうなるかわからなくて怖かったんだよぉ……」
「だから……ごめんってぇ……。本当に、ごめんよぉ…………」
……あぁ。完全に嫌われた。
こりゃあダメや。元から好かれてなかったにしても、めちゃくちゃ嫌われてる感じでもなかったのに……。
あ……なんか出そう。
明確に、何かが出ちゃう。
あ……溢れる。
溢れちゃうにょおおおおおおお!!!!
こっそり、目を拭おうとした……
——その時。
街道の真ん中で、ルーナがピタリと足を止める。
俺も、少し驚きながらその場で足を止めた。
すると——
それまで固く閉ざしていた口を、ルーナがようやく開いた。
「……私だって、それぐらいわかってますよ」
「でも……本当に、あなたが心配だったんです……」
「それなのに……私を置いて、一人で勝手に食べて……」
そこまで言って、ルーナは口をつぐんだ。
「わたし…………わ、わたしは……っ」
何かを言おうとして——言えない。
小さな唇が震え、そのまま俯いてしまう。
俺には、何を躊躇っているのか分からなかった。
黙って見つめていると、ルーナはしばらく黙り込んだ後——
ぶんぶんと、何度も首を横に振った。
そして、俺より先にぐんと歩き出す。
よく見ると……彼女の小さな拳はぎゅっと強く握り締められていた。
「わたしは……っ……」
しばらく歩いたところで、ルーナが小さく呟く。
「あなたと……一緒に食べたかったんです……っ」
「ここまで一緒に旅をして、やっとの思いでアクアリールに着いて……そこで、一緒にご飯を食べたかった」
「……我儘かもしれないけど。それでも……」
「あなたも……きっと、そう思ってくれてると……思ってたのに……っ」
ポツポツと言葉を漏らすルーナ。
そのまま、重い足取りでゆっくりと振り返る。
ルーナは……
涙を流していた。
大きな目を真っ赤に腫らし、溢れ出る声としゃくりあげそうになる喉を必死に抑え込むようにして。
……心が、張り裂けそうだ。
「でも……それは私の勘違いだったみたいですね」
「ただの、私の……願望だったみたいです」
小さな手で涙を拭い、再び背を向けて歩き出そうとするルーナ。
⸻
「…………っ!?」
⸻
気がつけば——
思考よりも早く、体が動いていた。
背後から包み込んだ腕に伝わる、柔らかく小さな感触。
今にも折れてしまいそうな微かに震える華奢な体。
俺の胸の中で、ルーナの鼓動がドックンと一気に加速していくのが伝わってきた。
「……ごめん。ルーナ」
「次は、絶対一緒にご飯を食べよう。……約束だ。」
「俺も…………そりゃ、ルーナと一緒が良いし。」
ルーナは、何も答えない。
……うう、そりゃ簡単には許してくれないよなぁ。
てか抱きついてるのに殴られへんやん。殺されてもおかしくないぐらいなのに。なんでなんやろ。
……などと馬鹿馬鹿しいことを考えていると、ルーナが自分の体に巻き付いた俺の手にゆっくりと自分の手を重ねる。
「…………ふふっ、仕方ありませんね。それじゃぁ……許してあげましょう」
「私は……あなたと違って、とっても優しいので。」
重ねた手の隙間からゆっくりと手を振り解き……
前へ歩き出したかと思えば、くるりと振り向いてにんまりと意地悪な微笑みを俺にくれた。
「……約束、ですからね?」
小さな小指を、そっと俺に差し出して。
……。
……こんなのずるい。反則だ。
心臓が超うるさいんだけども。静かにして欲しい。いや……そしたら死んじゃうか。いや、今死んだ方がそれはそれで幸せな気がする。
ルーナの笑顔に釘付けになり、ボーッとしていると——
彼女の表情が突如として凄惨な焦りに変わる。
「れ……レオンっ!後ろ!!」
ルーナの悲鳴のような叫びと同時に、背後から突き刺さる殺気。
振り返る間すら惜しみ、身を捩るように頭を倒して避ける。
直後に——
耳元を暴風のような風切り音が切り裂いた。
「へぇ……これを見ずに避けれるんだ。アンタ、意外と強いんだなぁ」
「アウルム鉱山で金を採ってるって聞いたから盗みに来てみたら……綺麗な姉ちゃんとドブネズミのカップルか……これは良い掘り出し物が見つかったかもなぁ」
その時、ようやく後ろを振り向く。
そこには、長剣を鋭く振り抜いた姿勢のまま、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた盗賊が1人立っていた。
視線だけで周囲の物陰や茂みの気配を探る。
1……2……3……4…………物音と土を蹴る微かな感覚から考えて、もうちょっといるか。
意外に、多いな……。
まあいいけど。
俺は改めて目の前の盗賊に冷ややかな目を向ける。
「……命は奪らない。だから、さっさとこの場から消えてくれ」
「俺は、今ものすっっっごく機嫌が悪いから」
……せっかく、ルーナと良い感じだったのに!!
マジでこいつ空気読めや!!義務教育受けてへんわ絶対!!なんか顔にめっちゃ刺青入れてるし!!
俺の不機嫌そうな様子に、盗賊が大笑いをする。
「ひゃひゃひゃ!!お前の機嫌なんざ知るわけねえだろ!!状況がわかんねえみたいだから教えてやる!俺たちはなぁ——」
「7人だろ?お前を含めて」
俺が言葉を遮ると——
盗賊の嘲笑が一瞬で消え、その目が暗く不気味な殺気に変わる。
「……囲んで男を殺せ。女は殺すな。このツラは高値で売れる」
ボソリと吐き出すように言うと——
茂みに潜んでいた盗賊たちが一斉に飛び出し、鈍く光る刃を構えて俺に襲いかかる。
「れ……レオン!!いやあああああああああ!!」
ルーナの絶叫が静寂を切り裂いた。
……
「……え。な、何が起きた……!?」
「な……なんで、コイツ死んでないんだ!?」
飛びかかった盗賊達が皆——
その場で固まり困惑していた。
「どうして——俺たち全員の刃が無くなってんだよぉ!!」
「こ……こいつ、素手だぞ……っ!?な、何が起こったんだ!?」
俺は——取り囲んできた6人の盗賊の鉄の刃を、根本から素手で叩き折っていた。
……うん。戦うの久々だからできるか不安だったけど、全然余裕だったわ。
「……ちっ、情けねえ奴らだなぁ」
先ほど俺に背後から初撃を入れた盗賊が舌打ちをし、剣を構え直して激しく俺に襲いかかる。
先ほどの6人よりかは太刀筋がいい。
俺が最小限の動きで避ける軌道に合わせて、刃を何度も高速で切り返してくる。
……あぁ、こいつがリーダー格なのね。
なんか確かに、アクセとかも他の人たちよりジャラジャラしてて良い感じやもんね。なんか頬にドラゴンの刺青入ってるし。雑魚とは覚悟がちゃいますわな。
絵柄が家庭科の裁縫セットみたいやけど。
リーダー格らしい男が剣を振り回しつつも、余裕を誇示するように俺にニヤニヤと話かけてくる。
「へへっ……俺の斬撃は避けるしか出来ねえのか!?つまんねえなぁ!!」
「そういえば、お前の後ろの女……アイツは良いなぁ……」
「ツラも良い。体も良い。かなりの上玉だぁ……」
「お前を殺したら……散々俺たちで楽しんだ後に変態貴族様に奴隷として売りつけてやるよぉ!!」
「いくらで売れるか……想像するだけで、今からでもヨダレが止まんねえ!!!!」
言葉通り、涎を撒き散らしながら喚いている。
——“奴隷”か。
はぁ……。耳障りな害虫だ。
珍しい剣筋だったからちょっと見ててやったけど、ただ不快にさせられただけだった。
しかも、そのせいでルーナの耳にまで汚い言葉を入れられた。
……もういいや。こいつ。
その瞬間——
迫りくる刃を両手で力強く挟み込み、一気にへし折る。
バキンっ!
乾いた金属音が響く。
剣が折れたと見るや——男は瞬時に懐から短刀に持ち替え、俺の喉元に突き立ててくる。
……。
……この速度か。短刀なのに。
短刀が届くより先に——
俺は、クズの顔面を目掛けて躊躇なく拳を振り抜いた。
「ぐはあ!!!!」
顔面を打ち砕かれた男は一気に倒れ込み、鼻を押さえながらもがき苦しむ。
だが、立ち上がる猶予を与える前に俺が馬乗りになる。
「お前らみたいなクズはさ……痛い目見ないとわかんないもんなぁ……」
「まあ、どうせ痛い目見ても変わんないだろうけどな。
……あ、一応口閉じとけよ。舌噛んだら最悪死ぬからな」
そのまま、有無を言わさずに男の顔面目掛けて何度も拳を振り落とす。
一度。
二度。
三度——
それ以上は、数えるのをやめた。
「や、やめっ———」
「……喋んなっつったろ、カス。」
声を出せないように口を目掛けて拳を振り下ろす。
時々、こいつの歯が俺の拳に突き刺さるがどうでもいい。
さっきまでの苛立ちは、もうどこにもなかった。
ただ……こいつを二度とルーナの前で喋らせたくない。
それだけだった。
……
「れ……レオン……」
その震える声を聞いた瞬間、振り上げた拳がピタリと止まった。
「もう……それ以上は、やめましょうよぉ……」
「そ、その人……死んじゃいますからぁ……っ」
ルーナの泣くような声に促され、馬乗りになったまま男の顔面に目を向ける。
「ん?……ああ、これぐらいなら大丈夫。顔の形ちょっと変わるぐらいじゃ死なないよ、人間は」
これ以上、ルーナを怖がらせないよう必死に笑顔を作る。
……だが。確かにこれ以上はもういいか。
完全に気絶してるし。
他の6人は……見るまでも無く逃げてるな。
途中から骨が折れる音と肉を打つ音しかなくなってたもんね。
てか、リーダー置いてくなよ。仲間じゃねえのかよ。
やっぱり、クズの仲間はクズだな。
俺は、そのままのそりと立ち上がると——
ぐったりとした男を道の端に放り投げて、そのままアウルム鉱山への道を歩いて行った。
……
…………
夜が深くなり、ルーナと俺は道端で休憩をすることにした。
パチパチと薪が爆ぜる焚き火を付け、ゆっくりと腰を下ろしぼんやりと赤く揺らぎ続ける炎を見つめる。
……いやぁ、久々にガチクズに会ったわー。
ああいうのは、生きるためにとかじゃ無いもんね。普通に働いて食うなりすれば良いのに、しなくてもいい悪いことするんだもんな。ガチで意味わからん。
まあ、世の中そういうもんか。
ぼけーっとする俺を見て、ルーナが小さく静かな声を掛ける。
「……レオン、あなたやっぱりとても強いんですね……」
「……ん?」
ああ。そっか。ルーナの前で戦うのは初めてだったもんな。
それから何も答えないでいると、ルーナは暗い表情のまま言葉を続けていく。
「あなたには魔王軍を散々苦しめられた……その事実を知っててもなお、あなたの強さを直接目にするまでは正直信じられませんでした……」
「普段のあなたは……いつもふざけてて……凄くすけべで……デリカシーが無くて……でも、とても面白くて温かい人で…………」
「とても……あなたが“その勇者”だなんて、考えもしなかった」
「…………」
俺は、何一つ返せなかった。
今までルーナの前だからと猫を被っていたわけじゃない。
ただ……力を振るう機会がなかった。
それだけだった。
遅かれ早かれ、どこかではこうなるに決まっていた。
理解もしていた。
だが……。
何故かわからない。
心が、どうしようもなく痛い。
こんなの……これまで当たり前のようにしてたはずなのに。
ルーナは、絞り出すようにそのまま続ける。
「しかも……まさか、あんな風に人を殴りつけるあなたを見ることになるなんて……」
「……」
「……さっきのあなたは、とても怖かった……」
「……」
「怖かったんです……っ……うぅ……っ」
「……」
「ご、ごめんなさい……。な、泣いちゃ……ダメなのに……わたしのことを、レオンは守ってくれたのに……っ!」
「……」
「で、でも……っ、レオンが……人を、殺すんじゃないかって……ひっく……怖くて……ふ、不安で……それで…………わ、わたし……」
……違う。
それだけは、違う。
泣きじゃくるルーナに目を向けず、ボソリと告げた。
「……殺す気は、なかったよ。」
「だけどさ……あれは、だめなんだよ。人を、値段で話す奴は……」
「本当に、どうしようもなく気持ち悪いんだ……人が人のことを“モノ”として売り捌くなんて、一ミリも理解したくないんだ」
あぁ——
こんなこと……もう、思い出したくもなかったのに。
「俺は……。昔、売られてた側だから」
俺の言葉に、ルーナは何も返さなかった。
ただ……静かに泣いて。
溢れる声を抑えようと、口元を両手で必死に押さえ込んで。
俺は……泣きじゃくる彼女に何もすることができず、ただぼんやりとしていた。
———師匠、教えてくれよ。
俺は……一体、どうしたらよかったんだろうか。
揺れる炎に投げかけても、誰も何も答えちゃくれない。
それから……ずっと。
俺は、どうすれば正解だったのかが——最後までわからなかった。