「おい待て! アイツだ! あの黒い目隠しの女だ! 財布をすりやがった!」
警備員たちが追いかけてくる中、人混みに身を隠し、気配を探りながら距離を取る。
フードの中でつけていた目隠しを外し、まるで何ごともなかったかのように、歩く。目立つ特徴を消して仕舞えば、追っ手は撒きやすくなる。
財布を握りしめながら、俺は全力でかけながら、その場から遠ざかった。
というわけで。
完全に盗賊となってしまいました。今やすっかりスリのプロ。俺だ。
俺である。
どうしてこんなことになったんだよ!
あれから三か月くらい経つけど盗みしかしてないよ! 前科できたせいで、余計にろくに雇ってもらえないし!
俺に、厳しい! 台パンをしたいくらいだ! そんなことしてバレたらまずいからやらないけどさ!
「あんな堂々としてよく捕まんないな」
「いや、それがなー。実のとこ、ヤフォダが見てないとこで何回か捕まってボコられたことはある」
「うわっ。ひどいあざだな」
俺はヤフォダに、肉のない足にできた青痣を見せた。ヤフォダはわかりやすく顔を歪めた。
ローフック団? なんかそんな名前の組織に属してるらしいヤフォダとは、盗賊仲間である。俺がスリをミスって殴られてたところを助けてもらった。
ヤフォダから勧誘を受けてはいるが、やっぱり盗賊団に属するのはなんか僅かに残った良心が邪魔をする。
「そういやヤフォダ、そろそろ戻らなくていいのか? ローフック? 団の奴らが心配するぞ」
「ローフック団じゃなくて、シーフック団だ! あんた間違えるの何回目だよ!」
「六回目だな!」
「覚えてるのかよ!」
「いや、勘だ!」
ジトリと半目で見つめられた。俺は照れて頭を掻いた。
小腹が減ったので、ポケットから袋を取り出して、ヤフォダの手のひらに一粒ヴァルベリーを乗せた。
安く売っていたのもあり、大して美味くもないが。
「いいのか!?」
あっという間にヤフォダの口に、ヴァルベリーが吸い込まれた。にこりと幸せそうに満面の笑みを浮かべた。ヤフォダってなんか猫みたいで餌付けたくなるんだよなー。
「うわ、しまった! め、メイラ。何が狙いだ?」
飲み込んでからヤフォダはようやく身構えた。
俺はニヤニヤ笑いながら、指をひとつ突き立てた。
「これで貸しひとつな」
「こんなので作るなよ!」
「そんなの知ったもんか」
俺もヴァルベリーをひとつ食べた。無駄に酸っぱくて、やっぱそこまで美味しくない。
「じゃ、あたいはそろそろ行くな! ……今日はもう盗むのは辞めとけよ。そろそろまた捕まってもおかしくない」
「そんなの承知でやってるんだ。来月のためにもう少し増やしたいし、さっきのやつ、ほぼ財布にモラを入れてなかった。もうひと仕事だけだ」
「……気をつけろよ」
不安げに眉を下げて、ヤフォダは遠ざかっていった。俺はヴァルベリーの汁を喉に流し込んで、また黒の目隠しをつけた。この目隠しは、俺が盗む時に大抵つけている。
俺の若干白っぽい金色の髪の毛の色も相まって、「俺、最強だから」と言えそうな姿になってしまうが、これが本当便利なのだ。
視界が覆われるから気配が探りやすくなるし、うっすら生地のお陰で透けているので、外が見えないこともない。しかも、顔も見えにくくなる。目が見えてないからぶつかった、と言い訳もつけやすい。
俺はこの姿のままフードを深く被り、大通りに出た。しばらく歩き、骨董品店で奇妙な息遣いの男を発見。身長は高いが、変な呼吸の仕方だ。病気かなんかか? 狙いやすそうだ。よーし、ターゲットはコイツにするか。
モラは……そこそこ持ってるな。音的に、コートの中に入れてる。ぶつかったフリをするのが一番いいか。
「わっ、すみません!」
俺は軽くぶつかった拍子に、男のモラを奪おうとした。
だが、手が動かない。
んん? なんで動かないんだ? いつもならすぐとれるんだが……。
何かに強く手首を握られる感触。うーわ、やらかした。捕まった。この男、気づいたか。
「すみません。今から僕はフラッグシップに用がありますので、モラは渡せないんです」
「ご、ごめんなさい」
とりあえず、ミスをした時はしおらしく頭を下げる。で、それらしい言い訳をすればいい。
「うーわ、ギメイラ、まーたやってんぞ」
しかしタイミング悪く、近くに俺を知る人がいたらしい。囃し立てる声が聞こえた。
ダメだ、詰んだ。何してくれんだよ!
「おやおや」
男は楽しそうに笑っている。何笑ってんだ!
じゃなくて、殴られないように言い訳言い訳……。いやいや、今更言い訳しても意味ないわ。
「俺、お金がなくて、お腹空いてて、本当、ごめんなさい!」
思い切り、男の手を振り払い、俺は背を向けて全速力で駆け抜けた。しかし、背後から気配は近づいてこない。どうやら、男は追いかけてこないタイプの人間だったらしい。よかった。命拾いした。
そんなことを思い出しながら、俺はいつもの如く廃墟で目を覚まし、大きく伸びをした。
同時に、ぐぐ、とお腹の音が鳴った。ああそうだ、昨日は失敗したから今日の朝ごはんは抜きなんだった。お腹空いたなぁ。
くそぉ。思い返せば、エセ特級呪術師みたいな見た目をした俺より、例の最強みたいな声してたな。なんなんだよイケボボーナスでスリには引っかかりませんってか。
「メイラー」
間延びした高い声が聞こえたので、急いで外に出る。ヤフォダだ。
「こんな早朝からどうしたんだ?」
「昨日、スリ失敗したんだろ? ライトキーパーにしかけたんだってな」
「ああ……ライトキーパーだったのか」
ライトキーパーというのは、ここ、ナドクライの自警団みたいな組織だ。
当然武力を鍛えているんだし、なかなかスれない。あの男、チラッと目隠しの隙間から見た感じ、ライトキーパーではないと思ったんだけどなぁ。制服を着てなかったから、油断してしまった。
「で、どうしたんだ?」
「昨日貸し作っただろ? せっかくだし、どっか食べに行かないか? あたいとしても、貸しは早く消したいし」
「神様女神様ヤフォダ様! これからもぜひ養ってくれ!」
「調子に乗んなよ!」
ぺし、と軽く殴られてしまった。
そう言いつつ、俺は一応全財産を廃墟の箱から取り出した。流石にTSしたとは言え、男として女の子に奢ってもらうのは気が引け……おおー、15モラ。うん、絶望。やっぱ辞めだ。奢って貰おう。
「何モラあったんだ?」
「15モラ」
「えぇ……よくそんなので生きてるな」
「親ナシ、まともな家ナシ、一文ナシ歴三か月の俺を舐めるなよ。節約はお手のもんだ」
「15モラでどうするっていうんだよ!」
「もう一回盗む」
軽口を叩きながら、ナシャタウンへと歩いていく。
「なんか、地面おかしくないか?」
だが、途中でなんか変だな、と思った。地面に、明らかに人ではない足跡がある。いつも一つくらいなら見つけるんだが、ここまで多いのは珍しい。何匹分だ? 5はある。下手をすると10か?
……すると、案の定なんか紫色の炎が燃えてる化け物みたいなやつがこちらにやってきた。
「うわっ! ワイルドハントだ!」
あーそうだ、ワイルドハント。それがコイツの名前だと、最近知った。多分ゲームとかラノベだったら雑魚敵なんだろうが、一体倒すのでさえ、凡人には無理だ。
一回戦おうとしたが、ナイフをひとつ無駄にしただけだった。俺じゃ勝てないし、逃げるしかない。
「メイラ、逃げるぞ! ナシャタウンまではあと少しだ!」
「ぐえっ、引っ張るなよ!」
思い切りヤフォダにフードを引っ掴まれた。
ヤフォダに引っ張られながら、全力で走る。しかしヤフォダはかなり足が速いし、俺もスリしているおかげでそこまで鈍くはない。なんとか一体なら逃げ切れる。
そう思ったところで、背後から気配。ひとつ、ふたつ……いや、五つ!?
「ヤフォダ!」
俺は直感でヤフォダを抱えて地面に転がった。
すると、俺たちがさっきまで居たところを、ワイルドハントが放った炎が通り過ぎた。
急いで後ろを見れば、さっき察知した通りの数のワイルドハントが居た。
六体。気がつけば、囲まれている。
「ヤフォダ、俺が隙を作るから、逃げろ。それで助けを呼んでくれ!」
「はぁ!? そんなことできるわけないだろ!」
「いや、なんかいける気がするわ」
俺は、目隠しをつけて立ち上がり、ナイフを構えた。
感覚が研ぎ澄まされる。攻撃がうっすらと分かる。右だ、右から来る。避けろ、俺。
俺は目を捻って、攻撃を避けた。しかし、その瞬間に大きく隙ができる。よろめいた俺の背を、容赦なくワイルドハントは殴りつけた。
体が、内臓が浮く感覚がした。それも束の間。すぐに地面に叩きつけられた。
「がっ……」
「メイラ! 何してんだよ! あたいと一緒に逃げるぞ!」
「逃げる隙……ない、し」
口から出てきた血を拭って、立ち上がる。殴られ慣れているので、このくらいで気絶することはない。
六体に囲まれているのに逃げるのは、かなり難しいだろう。
俺はヤフォダに向かって仕掛けてきた攻撃を受け止めた。しかし、腕力のない女の体では到底敵わず、軽く吹き飛ばされた。
背中を軽く石に抉られて、ヒリヒリと痛んだ。また、立ち上がる。
「だ、誰かっ!」
ヤフォダは叫んだ。
「誰か助けてくれ!」
誰か……。
来るはずもない助けを必死に呼び、弓を構えて後退するヤフォダが、とうとうワイルドハントに攻撃されかけた、その時だった。
旋風。思わず、目隠しの中で目を瞑る。次に目を開けば、僅かに足元に温もりを感じた。目隠しの隙間から除けば、青が視界を覆い尽くしていた。
蒼炎だ。
青い炎が、槍に纏っている。特徴的なランプが、炎を反射して輝いている。
これは、ライトキーパーか? 助かった、のか?
ワイルドハントが、いとも簡単にバタバタと薙ぎ倒されていく。
つ、つえー。このレベルのライトキーパー、なかなかいないぞ。この人、何者だ?
「お怪我は、ありませんか?」
座り込んでいれば、めちゃくちゃイケボな声が聞こえた。
ん? この声どっかで聞いたぞ? どこだっけな、えーっと? あれ、そういえばこの人、変な呼吸だな。病気かなんかか?
ん? これどっかで考えた気が……。
「ひっ!」
思い出した!
俺昨日この人から財布スろうとして捕まったんだった。
ど、どどどどど、どうしよう。謝るか? 土下座しておくか? ああ、でも今地面燃えてるんだった、土下座できない。
「す、すみません。この前は。えーっと、わざとじゃないっていうか……いや、わざとなんですけど、えー、そうじゃなくて、なんというかありがとうございました」
テンパった俺は、意味のわからないことを口にした。ふふ、と笑われた。愛想笑いだろうか。それとも苦笑いだろうか?
「ついてきてくださいませんか? もちろん、嫌でしたら断っていただいて構いません」
「えっ」
終わったー。
絶対ボコられるわ。ライトキーパーに突き出されるやつだわ。
ヤフォダに助けを求めようとしたが、百面相をして首を横に振ってきた。「あたいを巻き込むな」ってか?
「つ、ついてきます。だからちょっとお手柔らかに頼みたいっていうか」
「ええ、もちろんです」
……ライトキーパーがどんな表情をしているのかは見たくないので、目隠しは取らないことにした。