「自称」何がなんでも死にたくない系TS主人公   作:ルヴレ

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三 ライトキーパー

 

 

 ライトキーパーは、「スペランザ」に俺を連れて行った。ナシャタウンにある、飲食店だ。

 てっきりライトキーパーに囲まれでもするのかと思ったが、どうやら彼は俺と食事をするつもりらしい。

 まだワイルドハントにやられた傷がちょっとだけ痛むが、もう痛みは大分引いてきた。丈夫さだけが、俺の取り柄だ。

 

「お好きなものを頼んでいただいて構いません。僕が支払いますので」

「えっマジで? じゃあ、ナドクライ・ホットドッグで」

 

 この人もしやいい人なのでは!? やったー! 久しぶりにまともなご飯にありつけるぞ! 

 ……コホン。

 じゃなくて、何が望みだ? 財布を盗もうとした俺に食事を奢るなんて。

 

「いきなり連れて来てしまい、申し訳ございません。

 あぁ……まだ名乗っていませんでしたね。僕のことは、フリンズと呼んでください」

「あぁはい。俺はギメイラです。メイラでもギメイラでも、お好きにどうぞ。さん付けとかは、しなくていいですから」

「では、ギメイラと。……変わったお名前ですね」

「ええと、親がー、独特な人だったのかも? ……知りませんが」

 

 今更新しいまともな名前を名乗るのは、やりにくい。毎回このやりとりしてる気がする。なんでこんな名前にしたんだろ、俺。

 

「ご両親はどちらへ?」

「どこに行ったのか、そもそも存在するのかすらもわからないですね」

「……不躾なことを聞いてしまいましたね」

「いや、大丈夫です」

 

 そういえば、俺目が覚めたとき親とかいなかったな。その後色々ありすぎて気にしている余裕なんて、なかった。

 親とか言われるとホームシックになる。日本に戻りたい。

 

「本題に入りますが」

 

 フリンズさんは、運ばれて来たコーヒーを品よく飲んだ。俺もホットドッグに齧り付く。

 

「ギメイラ、ライトキーパーに入るつもりはありませんか?」

「……んぐっ」

 

 俺はホットドッグを喉に詰まらせた。

 水をがぶ飲みして、なんとか喉奥に流し込む。

 

「な、な、な、なんで?」

「ギメイラ、僕を見てどう思われましたか」

「え? 呼吸が変だなーとか? 病気ですか?」

「……ふふ」

 

 ふいに不気味に、フリンズさんは笑った。

 何だ? 病気じゃなかったとか? あれ俺もしかして失礼なこと言った? 

 

「ライトキーパーは年がら年中人手不足ですから、歓迎しますよ。少なくとも、給料はこのくらい与えられます」

 

 フリンズさんが示した数字を見て俺は速攻で頷いた。それはもう、肩まである髪の毛が荒ぶるくらいに、激しく。

 

「やります! 入ります!」

 

 何がなんだか全くわからないが、もう盗まなくていいなら、犯罪に手を染めなくていいのなら、それで十分だ。

 

「あ、でも」

 

 俺は頷いてから、自分の面倒な体質を思い出した。

 

「俺、夜の間眠くなるから働けないんですよ。それでもいいなら……」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

 ライトキーパー、ホワイトすぎる! 

 なんて天国のような職場なんだ! あ、でも戦えないと死にそう。あれ? 俺ほとんど戦えない雑魚だから役に立てないんじゃ……。

 分かりやすく顔を青くさせていったのか、またフリンズさんに小さく笑われた。

 

「ギメイラは、偵察をすることになると思いますよ」

「あ、偵察? まだいけるかも」

「ここ最近、夜中に妙に強い魔物が暴れているらしく。一体しかいないようですが、偵察をしていたライトキーパーが続々とやられているのです」

 

 へー。妙に強い魔物かー。俺にとってはワイルドハント一体でも、十分な脅威なんだが。

 でも偵察なら、気配を消して追ったり、足跡を探したりとか、そんなのでいいだろうし、まだやれるな。むしろ俺がスリで培った力を発揮するときである。……笑えねー。

 

「よし、俺、ライトキーパーになります!」

「ありがとうございます、ギメイラ。どうぞこれからよろしくお願いします」

「いや、お礼を言うべきはこちらです! 本当、ありがとうございます!」

 

 差し出された手を、俺は強く握った。

 

 こうして俺はライトキーパーになり、ようやくどん底から抜け出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……ということをヤフォダに話し終えた。

 ヤフォダは俺たちの様子を見守っていたのか、フリンズさんが俺から離れた隙を狙って、すぐに近づいて来たのだ。

 

「いやいやいや……どうしてそうなるんだ? 決めるの早すぎないか!? 

 ……あたいはてっきりメイラがボロボロになって帰ってくるんだとばかり」

「俺もだわー。ってことで俺は盗賊から手を洗うから、もうローフック団には勧誘しなくて大丈夫だ」

「シーフック団だ! ……じゃなくて、本当に大丈夫なのか? あたいらみたいな盗賊を受け入れるとか、向こうは正気なのか?」

「これから、マスターライトキーパーのベジータ? チキータ? そんな名前の人に会いにいくからさ。そのときに雰囲気はなんとなく分かるだろ」

 

 俺は頭の後ろで手を組んで、椅子の上で足をばたつかせた。

 ヤフォダは呆れた様子で俺の顔を見つめ、頭から足の先までじろじろと眺め出した。

 

「あんたその格好でお偉いさんに会いにいくつもりかよ!?」

「え?」

 

 俺は自分の格好を見下ろした。ところどころボロボロに裂けたコートに、顔を隠すためのローブ。当然薄汚れている。さらに極め付けは、この目隠し。不審者ですと主張しているようなものだ。

 ……でも、まぁ、フリンズさん、格好のことはなんも言わなかったし。それに、ライトキーパーも所詮はナドクライの組織。礼儀とか、そんなに気にするようには思えない。

 

「ライトキーパーとか、辞めとけって!」

「俺、元から犯罪からは手を洗いたかったし。いい機会かなーって」

「でも……いつ死ぬか分かったもんじゃないぞ?」

「死んだらその時にどうするか、考えるよ」

「死んだら考えられないだろ! ……全く」

 

 ヤフォダが腰に手を当てて、ムスッとしたところで、背後から誰かがこちらに近づく気配がした。俺は勢いよく振り向く。

 

「はじめまして、ギメイラさん」

「お、おれぇ?」

 

 俺が自分を指差せば、背後に現れた男は優しげに目元を緩めながら頷いた。

 も、もしやこの人がマスターライトキーパーか? 

 

「私はニキータ。これでもマスターライトキーパーだ。これからよろしく頼む」

「はい! よろしくお願いします! ……でも、本当にいいんです? 俺、ぜんっぜん戦えないただの泥棒ですけど」

「もちろんだ。フリンズの話通りなら、偵察においては即戦力とも言える。戦い方はこれから学んでいけばいいし、偵察の際には護衛もつける。……ああ、そうだ。ギメイラ、と呼んでもいいかな?」

「はい!」

 

 俺は力強く頷いた。

 まともに、仕事ができるぞ! もう、盗みなんてしなくていいんだ! 

 ようやく現実味が帯びて来て、強く手を握りしめた。

 

「だがギメイラ、ライトキーパーの仕事には死が付きまとう。その覚悟は、できているか」

「いや」

 

 俺は正直に首を横に振った。

 俺は、生きたいという願望が強い。恐らく、他人よりも。死にたくない、それだけで気づけば犯罪に手を染め、生きたい理由も特にないくせに、人から財布を盗んだ。

 一度目で辞めようとした。でも、俺はやっぱり死にたくなくて、今度は自分からスリをした。

 

 俺は、死にたくない。死ぬ気はない。ライトキーパーになっても。

 

「俺は、死にたくありません。でも」

 

 俺は口を結んだ。

 

「裕福そうなひとから盗んでも、もしかしたら本当は貧しくなっているかもしれない。そして、俺のスリが原因で餓死するかもしれない。いや、そういうことも、あったかもしれない。それが、ずっと怖かった。

 俺が死ぬよりずっと、人殺しは、したくないんです」

「……そうか」

 

 ニキータさんは少し間を置いてから、目尻を緩めた。笑い皺がたくさん刻まれていた目元に、さらに深く皺ができた。

 

「よく、生き抜いた。これまで」

 

 ふわり、と俺の頬を風が通り抜けた。肩のやや下まである髪が舞う。ヤフォダはその様子を、後ろで静かに眺めていた。時折目を外しつつ、どこか、後ろめたそうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が赤くなる。紫がかりだし、やがて澱んだ黒が色彩を飲み込んでいく。

 陽が山の下へと落ち、星と月が姿を現す。暗闇の中照らすのは微かな月明かりのみ。

 新米の商人は歩く。一刻も早く、この商品を運ばなくては。一番に売り始めなくては、儲からない。夜の間は危険だが、早く足を進めれば、きっと大丈夫。

 

 ほら、ナシャタウンの明かりが見えて来た。そろそろだ、そろそろ着く。

 

 そう思った刹那———。

 

 血飛沫が舞った。赤を見て商人は、唖然とする。誰がやられた? 俺の後ろに人でもいたのか? ワイルドハントか? 

 顔を青ざめて後ろを振り向くも、背後には誰もいない。

 

 何が襲って来たのかわからないが、逃げなくては、

 男は足を早めようとしたが、あぁ、なぜだろう。足が、動かない。いや、それどころか全身が。

 なぜだ、なぜ……。

 

 ずるり、と何かが裂けて落ちる音。

 男は地面に倒れる。そして地面に広がるものを見て、察した。不思議と、痛みはなかった。

 ……そうか、俺が斬られたのか。他の誰でもなく、俺の血だった。俺は斬られたことに気付けず、しばらく立っていたのだ。それで、今、どうなっている。俺は誰に、やられたんだ。

 妙に頭は冷えていた。

 

 男の目の前に、何かが近づいてくる。

 

「ヒル……チャー……ル?」

 

 ナドクライでは滅多に見ない、ヒルチャールの足? 

 男は目を動かして上を見上げた。

 

 仮面。角。盾。そこまでは通常のヒルチャールだった。

 だが、このヒルチャールの体は奇妙だった。まるで、半分人間のようなのだ。

 全身が黒いのではなく、手足だけが黒く染まり、そこ以外は肌色。見たこともないような風変わりな衣装を身につけている。

 さらになんといっても、その武器。棍棒や弓ではなく、ナイフ。それを器用に逆手に構えていた。

 

「何、だ……」

 

 ヒルチャールは、男に近づく。

 そして男が声を上げて瞬き一つする前に———命が一つ、この世から消えた。

 

 

 

 ヒルチャールは歩いていく。

 陽が昇ろうとしていた。静かに、自分の足跡をかき消しながら歩き、やがて一つの廃墟へと辿り着く。

 そうして、そこのボロボロな布団に静かに横になる。

 

 やがて、ようやく窓から陽が差す。中にいるヒルチャールは、目を覚ます。

 

「はぁ……もっと寝たいんだが……」

 

 モゾモゾと体を動かしながら、慣れもしない女物の服を着ながら、大きく伸びをする。

 黒ずんだ手足は元に戻り、仮面はいつの間にやら消えている。

 

「よし、今日から俺はライトキーパーだ! もう、犯罪なんてしなくていい!」

 

 ヒルチャールは、元気よく笑った。

 

 

 

 

 




実質ここから本編です。明日からは一話ペースで投稿します。
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