今日は世界の命運を左右するレベルの、運命の日である。
何が起きるのかって?
いやー、それはもう決まっているじゃないか!
「ランプよしナイフよし髪の毛よし」
鏡……は当然ないので割れた窓ガラスを頼りに、服装を整える。
そう! 今日はライトキーパー初勤務の日。オラ、ワクワクしてきたぞー。
珍しくしっかりと整頓して、毒薬も塗り直したナイフを、ナイフホルダーにたくさん入れる。ライトキーパーって名前だけあり、ランプも支給されたので付け方の確認をする。よしできた。
髪の毛はいつも雑に下ろしていたが、今回は結んでみることにした。そっちの方が動きやすそうだしな。
「えーっと……ヤフォダによれば、こうやって、こうか?」
目指すはポニーテール。俺はポニーテールキャラが好きだ。なぜならうなじが素晴らしいから。せっかくそこそこの美少女(この世界の美の基準はわからないが)になったんだから、ポニーテールにしなくてはもったいない。
ヤフォダから教わった通りに結んでみるが。
できたのはボサボサのパイナップルだった。……うんだめだこりゃ。下ろしていこうっと。
「俺ならいける俺ならいける」
唱えてから廃墟を飛び出した。
意味もなく早足で、ナシャタウンから少し外れた場所へと向かう。
そこで、俺の護衛と集合する予定だ。俺はほとんど戦えないが、逃げる技術はあるということで、試しに簡単な偵察を任せられたのだ。
集合場所に着いたが、かなり早めに着いてしまった。流石に、まだ護衛の人は着いていないだろう。
「ふぅ」
息を整えてから、やることもないので目隠しを下げ、ランプをいじり始めたところで。
背後から気配。数は1。
俺は振り向く。
「ええと、君がギメイラさん、ですか?」
いかにも声変わり後の少年、といった声だった。姿を隙間から見れば、華奢な体格の美少年が槍を携えて立っていた。
おお。もしや彼が護衛か? 様子からして、彼だけ?
「うん。俺はギメイラ。昨日、ライトキーパーに入ったばかりの新人だ」
「僕は君の護衛をする、イルーガです。今日は、よろしくお願いします」
「そ、そんなに畏まるなよー。年も近そうだし、さん付けとかいらないって」
僅かに動揺した雰囲気があった。
「えっと、ではギメイラちゃん?」
「ちゃんだけはやめてくれぇぇぇ!!!」
俺は魂から出たようなクソうるさい声で叫んだ。早朝から迷惑だな、と言った後から思い直した。コホン、と咳払いをする。
「メイラでいい。その代わり、イルーガって呼んでもいいか?」
「はい、もちろんです。メイラ」
イルーガはうるさい俺に引くことなく穏やかに笑った。な、なんていい奴だ!
俺は密かに感動した。ヤフォダなら「朝っぱらからうるさい! このバカギメイラ!」と叫び返してきたことだろう。
「今日の偵察は、ナシャタウン周辺のワイルドハントの群れの場所の把握、だったか?」
「はい、ワイルドハントの数と種類を把握して、情報を送るのが僕たちの役目です」
ニキータさん曰く、ライトキーパーたちの無駄な犠牲をなくすため、適切な戦力を手配したいらしい。さらに時折、とてつもなく強いワイルドハントが出現することがある。それによる被害を抑えるため、俺たちが偵察するってわけだ。
「まずはこの辺りを見ていくか。あ、万が一見つかったとしても、俺逃げるからな。イルーガもよっぽどじゃない限り、戦わなくてもいいから」
「……分かりました」
あれ? 俺としては合理的な提案をしたつもりなんだけど、なんか嫌そう? なんでだ?
疑問に思ったが、イルーガは次の瞬間には特に沈んだ様子もなく、元に戻っていた。俺は見間違いかと思って、先へと進んだ。
ワイルドハントが発生するときは、大抵謎の霧に包まれている。そのため、ワイルドハントの場所は特定しやすい。
おかげで、ワイルドハントの群れの場所をまたも無事特定。気配から敵の数と強さも確認。
敵の数、五。内、ワンダラー三体。マッドウォーリア二体。道からは逸れているため、優先度は低い。異常な様子はなし。
メモをしておく。今のところ、大して強そうなワイルドハントはいない。
おお、おお……! 俺、結構やれてるぞ! 浮かれそうになり、自分をなんとか鎮めた。油断は禁物である。
足音と気配を消しながら、ワイルドハントから離れる。イルーガが待機しているところまで、近づいた。
「大体、ここら辺は把握できた。今日のところはここで引き上げて、報告しよう」
「そう、ですね」
イルーガは頷いた。だがやはり、煮え切らない雰囲気だ。俺は流石に気になって、イルーガを問い詰めた。
「もしかして、偵察とか地味な仕事、嫌だったか? ……後方支援とかの方が良かったり?」
「いえ……」
イルーガは首を横に振った。
「守られてばかりは、嫌なんです。だから僕は、ライトキーパーに入りました。しかしこのまま前線で戦えないのでは……」
流された血に、報いることができない。
そう続けられた言葉に、俺は絶句した。正義心、それと共にある確かな自己犠牲心。それが垣間見えた。
どこか、みんな生きたいのだと思っていた。戦いたくない、死にたくない、それが当たり前なのだ、と。
自分と同じような人ばかりではないのだ。今更、気づいた。浮かれていた気持ちは、一気に萎んだ。
「そっか」
謝るとかえって気を遣わせそうなので謝りはしなかったが、自分がいかに軽い気持ちでライトキーパーに志願したのかを実感させられた。
俺は前線なんて行きたくない。でも、イルーガは違う。俺、正義感とか人並み以下なのに、本当にライトキーパーに入って良かったんだろうか。
考えに耽ったところで、気の抜ける音がお腹からなった。羞恥で耳に熱が集まるのを感じる。誤魔化すように頭を掻いた。
「……お腹すいたな」
そういえば、朝も昼も食べてない。事情は話したから、給料を半分前借りとしてもらえることになっている。だから、食費はあるんだが、悲しいかな。貧乏精神でいつも通り朝ごはんを抜いてきてしまった。
イルーガはふふ、と息を漏らした。
「もしよければ、一緒に食べませんか?」
「外食か? 俺、あんまモラなくて、外食する余裕はないんだよなー」
「いえ、手料理でもしようかな、と」
「え?」
イルーガは自身ありげにふふんと笑った。
「報告が終わったら、手料理を振る舞います。僕、料理には自信があるんです」
報告を終え、鍋や材料を持ったイルーガに連れて、俺は廃墟へと案内した。せっかく材料を買ったし、余ってはもったいない。どうせなら再利用できるようにと、俺の家で料理することになったわけだが。
「この辺りに家があるなんて、初めて聞きました。昔墓地だったと噂がありましたが……」
「家だってば、ほら」
イルーガはボロボロの廃墟を見て、完全フリーズした。
「イルーガ。起きてるかー」
「お、起きてるか、じゃないですよ!」
俺が肩を揺さぶれば、イルーガは難しい顔になって腕を組んだ。
「これは、家なんですか!?」
「家だって。ほら、屋根があって壁があるし」
窓ガラスは割れててドアの鍵は閉まらないが……。そこまでは言わずに黙った。
俺の言った通り、一応壁と屋根はあるものの、穴が空いていて雨の日には雨漏りしてくる。そこは不便だが寝れるんだし家である。
……家具ベッドしかないけど。
「家の中は使えないから、外で料理するしかないな。寒い時用の焚き火はあるし、これ使ってくれ」
俺は雑に焚き火を並べて火をつけた。スープを作るらしいので、鍋を吊り下げる。
「君、もしかしてこんなベッドで寝てるんじゃ……」
「そうそう。寝心地悪いけど寝れたらOKだ」
ぐっ、と親指を突き立てれば頭を抱えられた。
確かに布団かびてて掛け布団も毛布もないし、寒いけど寝れるんだから問題ない。
イルーガは、材料を手際よく切りながら小さくため息をついた。
「今度、家具は見に行った方がいいですよ。せめて、布団だけでも」
「その考えはなかった! そうだな、せっかく給料が入るんだし。全財産ご馳走に費やしようと思ってたんだが」
「……一日しか過ごしていませんが、君のこと、分かってきた気がします」
イルーガは遠い目になった。
手伝えることがないかを聞けば、人参を差し出してきたので毒を塗っていないナイフで切り刻んだ。
「ちょっと待ってください、なんでみじん切りに!?」
「え? スープなんだろ?」
「もしかしてキャロットスープだと思って切ったんですか?」
「え? 違うけど。スープって人参みじん切りにするものじゃないのか?」
「僕は普通はしないと思います」
水を入れて煮込んでいくが、無駄に細かくみじん切りにされた人参によって、どんどんオレンジ色になっていく。
イルーガと俺は顔を見合わせた。イルーガは困ったように眉を下げている。ごめんて。
そんなこんなで沸騰してきたので、火を緩めて、皿はあいにく持っていないので水を飲む用のカップにスープを注ぐ。
熱々の湯気が目の中に入ってちょっと痛い。
「いただきます……」
日本にいた時の癖が抜けないままそう言ってから、カップの縁に口をつける。
オレンジ色のスープを、口に含む。嚥下する。
「うまい」
色はともかく、味は美味しかった。硬いパンの味でもなく、いかにも外の味のホットドッグではなく、家で作った、あったかい味だ。
「うまい……」
「よかったです」
「マジで……うまい……」
「メイラ?」
あれ、なんか視界歪んでんだけど。目に変なもの入ったか? マグカップを置いて目を擦れば、なぜか水が手の甲についた。なんだこれ。雨か? 雨降ったのか? あれ、違うな、めちゃくちゃ晴れだわ。太陽直視したんだが。……はは。
あー。そっか。俺、泣いてんのか。
——は、恥ずかしっ! スープ飲んだくらいで泣くとか、ギリギリ成人だったとはいえ、元成人男性としての尊厳がだな……。
俺は呻きながら顔を腕の中に入って埋めた。
「泣かないでください。そんなに美味しくなかったですか?」
「いや、めちゃくちゃ美味い。あと泣いてない。ぜんっぜん泣いてない」
俺は鼻を啜って乱雑に目を擦り、スープを飲み干した。自分で勝手に、スープを注ぎ足す。また、スープを飲み込んだ。
「しない。……罪悪感の味、しないな」
無意識に冷えていた心が、じんわりと熱をもっていく。
盗んだ金で買ったパンを食べた時、哀れまれて奢られた時、この世界に来てから俺の食事はどこか苦味を持っていた。
苦くない。全く、全然。
あー、なんだ俺しみったれやがって! 俺は熱いスープを一気に飲んだ。
「あっつ!」
当然、舌を火傷した。