ワイルドハントの数を数え、種類を記し、それを報告する。
一週間ほどライトキーパーとして仕事をした。なんだぁ、案外簡単じゃないか。ワイルドハントの気配にも慣れてきたし、この調子で成り上がるぞー。
そう思い始めた頃だった。
「イルーガ、妙な足跡がある」
陽が真上まで登り、そろそろ一緒に昼食を摂るかと話していれば、まるでナシャタウンの道を通り過ぎるような魔物の足跡があった。
ワイルドハントではない。この辺りではあまり見ないが、ヒルチャールか?
「これ、ワイルドハントじゃないな。ワイルドハントにしては足跡が小さい。それに見ろ」
足跡を消さないように追えば、途中でかき消したような跡がある。僅かに気配の残り香が舞っているが、敵は気配さえも意図的に消せるようだ。それすらも足跡と共に消えている。俺は目隠しの中で目を細めた。
「間違いなく、敵は相当な知能と技術がありますね」
「ああ……それに、この匂い」
空気を吸い込めば、魚を腐らせたような、生臭い匂いが鼻腔を突き抜ける。
地面をよく見れば、雨で洗い流されかけているが、まだほんのりと赤を残している。道からはそこそこ逸れた場所だ。
「出血の跡だな。かなり多い。ヒルチャールの噂を聞かないし、殺された可能性が高いだろうな。……やられたのは三日くらい前か?」
「聞いた話ですけど」
イルーガは、血の跡を眺めながら腕を組んだ。
「ここ最近、原因不明の殺人事件が起きている、と聞いたことがあります。もしかしたらこのヒルチャールが、原因なのかもしれません」
「あ!そういえばそれ、フリンズさんから聞いたぞ」
一週間前、フリンズさんからライトキーパーに誘われた時、その話を少しだけ出してきた気がする。その事件の犯人である、と確信はできないが、この手慣れた様子を見るに、これまで殺した数は一人ではないのだろう。
「メイラ、追ってみますか?」
「……お腹すいたけど、追った方がいいよな。よし、行くぞ」
「了解です。僕は後方を警戒しておきますから、君は前方をお願いします」
「任せとけ」
俺は警戒しつつ、途中で消えた足跡の行方を追った。うーん、この足跡の向きからして、進んだのは北か?
勘を頼りにしばらく進めば、足跡は残っていないが、消しきれていない血の残り香を見つけた。少し生臭い。どこかに付着して、そのまま滴り落ちたのだろう。
「こっちで合ってるみたいだな」
「……このヒルチャール、どこに向かっているんでしょう」
「この先なんもないはずだし、わからんよなぁ。隠し拠点でもあるのか?」
俺たちはしばらく歩いていたが、結局ヒルチャールは完全に足跡も気配も匂いも消してしまったようだ。これ以上は何も見つからずに終わってしまった。
「ごめん、これ以上は俺には無理だ。完全に消された」
「いえ、十分です!情報、持ち帰りましょう」
「そうだな!さっさと報告して、昼ご飯だ!明日は給料日だし、もう有り金全部使って奮発を……」
「ダメです!明日、僕と一緒に布団を買い直す話をしましたよね!?」
「……忘れてた」
半目になったイルーガから逃れるために目を逸らす。俺の生活を心配したイルーガが、数日前に布団を買おうと提案してきたのだ。食べ物に全てを注ぐよりも、生活用品を揃えていく方が賢いのは分かる。分かるんだけどなぁ。
……昼食を想像したせいで、お腹がぐぐ、と音を鳴らした。そんなタイミングだった。
ワイルドハントの気配が、突然現れた。刹那、霧が視界を覆う。視界不良で、ワイルドハントもイルーガの場所も把握できない。
「うわっなんだよいきなり!」
「メイラ!」
怒りのまま叫んだおかげか、イルーガが俺の腕を掴んで引き寄せてきた。
そのすぐ横を、風が通り抜ける。こ、こえー。今、殴られかけたのか。
「逃げるぞイルーガ!」
「ですが、ナシャタウンが近すぎます!このまま入れば、街に被害が……」
「じゃあ撒くぞ!」
俺はイルーガの腕を引っ張ったが、全く動かない。悲しいことに、俺の非力な腕ではイルーガを引けないらしい。
「この辺りに撒けるような場所はありませんよね。……僕は大丈夫ですから。君はナシャタウンに逃げてください」
「死ぬ気かよ!」
「平気ですから」
「平気じゃないよな。なぁ、お、落ち着かないか?」
「僕は至って落ち着いています」
イルーガは、槍を構えた。
その目はギラつき、全く持って平静とは言えない。俺が止める間も無く一閃。イルーガの構えた槍は、見事にワイルドハントを貫いた。槍で手足を狙い、動きを鈍くさせ、その隙をついて急所を突く。二体目のワイルドハントは地に伏した。
イルーガは、新人とは思えないほど、強かった。だが、無限に戦えるわけではない。息は上がっていた。
「……どうすればいいんだよ」
逃げればいいんだろうか。
イルーガを置いて。俺は非戦闘員と等しい。戦ってもイルーガの足手纏いにしかならないだろう。
でもこのまま放っておけば、イルーガは死ぬかもしれない。一人では手に負えない数だし。逃げるぞと言っても、イルーガは逃げないに違いない。確かにこの辺りは平地で、ワイルドハントをうまく撒けるような場所はない。
俺はガタガタと恐怖で震える手を押さえながら、ナイフホルダーから二本ナイフを取り出した。たくさんある中でも、念入りに毒を塗っていたナイフだ。
逆手に構える。そして、近づこうとして……全然足が使い物にならなかった。手よりもガッタガタだ。ヤフォダが居た時は、変なテンションだったからやれてただけらしい。
その間にも、イルーガは三体目のワイルドハントを倒していた。しかし、あからさまに息は荒くなり、動きは鈍っている。
霧の中から感じる気配からして、さらに三体倒さなければならないのに、これでは無理だ。
もったいない……もったいないが安物だし、仕方ない。
「この、野郎!」
俺はナイフを投擲した。元から投擲用のナイフなんだが、もったいなくて使えずにいた。今こそ使う時だ。
よっしゃ当たった!俺のナイフが当たったワイルドハントは、毒で悶えて苦しんだ。俺が昔買った効果あるかも謎な安い毒は、即効性だったらしい。
さらに四本立て続けに投げたが、あまりに下手なせいで二本も綺麗に刺さらずに無駄にしてしまった。
しかし、それで十分だ。
「もういいだろ!逃げるぞ!俺、死にたくないし!」
「……」
イルーガは、唇を噛み締めて、ワイルドハントに目をやり、そして俺の手を引いて走り出した。
俺が使った毒のおかげか、ワイルドハントはこれ以上追ってこなかった。俺たちはナシャタウンに着く前に周囲を見渡した。追っ手はなし、異常もなしだ。
「ふぅ、なんとか逃げ切ったな」
「……すみません」
イルーガは、俺に向き合ってわざわざ頭を下げた。
な、なんで謝られてんの?
「本来なら、僕が君を守らなくてはなりませんでした。君を戦わせてしまって、本当にごめんなさい」
なんだ、そんなことかよ。俺は軽くイルーガの肩を叩いて笑った。
「ごめんよりありがとうの方が俺は嬉しいけどな。それから、俺もこれでもライトキーパーなんだし、ある程度の自衛はできる。心配しなくても大丈夫だ!」
「震えていましたが……」
「あ、あれは寒かっただけだ!」
怖かったとかそんなことないから!と俺はそっぽを向いた。イルーガは、情け無い俺の姿を見て、小さく笑った。
「寒いなら、明日は布団のついでに防寒具も買い足した方がいいですね」
「あーダメダメ勿体ない!俺の肉代が!
こ、コホン。俺暑がりだし、寒くなかったから。あれだ、武者震いってやつ!だからいいんだ!
……早く報告書を出そう!今日は書くこといっぱいで忙しくなるぞー!」
俺は苦し紛れに関係ない話題を持ち出して、イルーガの背中を押しながら進んだ。
……はぁ。いつも通りを装っているが、まだ心臓はどくどくとうるさく音を立てている。
イルーガ、仲間のためなら死ねるとか思うタイプなんだろうな。俺が無理矢理逃したのだって、イルーガのプライドを損ねるような行為だったかもしれない。
でも俺、イルーガを置いて逃げれなかった。ヤフォダのときだってそうだ。生きたくて死にたくなくて仕方ないのに、やっぱり見殺しにはできない。でも、人のために犠牲になるような正義感も持ち合わせてない。
ただ、一つ言えるのは、俺は他殺をするくらいなら、自死をしてしまう可能性があるほど、俺の中で人殺しは嫌いである、ということ。これはまだ俺の中に残ってる、わずかな正義感なのかもしれない。これを失えば最後、俺はどうなるのだろう。
俺はイルーガの耳元で揺れる赤いピアスを、なんの意味もなしに眺めた。