ロードス戦記のロードス島を舞台にした二次創作小説 作:シットライヌ
熱砂の風が、幾何学模様のタイルで彩られた美しい円蓋(ドーム)を撫でていく。風と炎の民が統合し、スルタン(総部族長)が統治する広大な砂漠の国家——フレイム朝廷。かつての傭兵王が興した国は、百年後の現在、砂漠の民の様式を思わせる壮麗な大オアシス都市へと発展を遂げていた。
「あぢぃ……。大将、よくそんな鉄の塊着て平気だな……」
香辛料の香りが漂う市場の喧騒の中、ハーフエルフのリュートが愛用の槍を杖代わりにして項垂れる。
漆黒の大鎧に兜を被った弦九郎は、微動だにせず淡々と答えた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、だ。武士たるもの、気候程度で揺らいではならん」
「ドワーフの俺でも干上がりそうだぜ……冷たいエールをくれ……」
バルゴが重い斧を引きずりながら舌を出して息を吐く。
彼らが足を向けたのは、日陰にひっそりと佇む「冒険者の宿」だった。
冷たい水煙草の煙が漂う薄暗い談話室で、恰幅の良い宿の主人が声を潜めて依頼の全容を語る。
「実はな、フレイムの裏社会を取り仕切る『盗賊ギルド』からの極秘依頼なんだ。先代のギルドマスターが、次期後継者の名を記した『遺言状』を街外れの館に隠したらしい。だが、幹部たちはすでに話し合いで穏やかな跡目相続に合意している。今更そんなものが出てくれば、血で血を洗う抗争になりかねん」
「なるほど。だから部外者である俺たちに、その遺言状をこっそり処分してこいと?」
リュートの問いに、主人は頷いた。先代が仕掛けた館の罠は、盗賊の裏をかく悪辣なもの。純粋な野外活動を本職とする斥候のリュートと、一行の突破力が見込まれたのだ。
「そしてもう一つ。遺言状が確実に破棄されたと証明するため、絶対に嘘をつけない『立会人』を同行させる。もちろん、彼には盗賊ギルド絡みだという詳細な裏事情は伏せてある」
部屋の奥から静かに進み出たのは、至高神ファリスの純白の法衣を纏った初老の男だった。
「私の名はエリアス。ファリスの教えに仕える神官です。此度の重要書類の破棄における立会い、よろしくお願いいたします」
深く穏やかな一礼。その姿を見たリアナが、小声で仲間たちに耳打ちする。
「エリアス様といえば、祖国ヴァリス皇国から赴任してきた、このフレイムの教団の最高位神官よ。近々、ヴァリスの次期教皇に推薦されるって噂の……。でも……」
「でも?」
「あの方……これほど高位で信仰が深いのにも関わらず、生涯でただの一度もファリスの神聖魔法(奇跡)を使えたことがないの」
エリアスの横顔には、どこか深い翳りがあった。信仰の深さと魔法の有無は無関係だと信者たちを導いてきた彼だが、いざ祖国の「教皇」という最高位に推挙されるにあたり、自らの「奇跡を起こせぬ信仰」に対する激しい迷いが生じていたのである。
「武具の腕や魔法の力だけが、人の価値を決めるわけではあるまい」
弦九郎は静かにそう言うと、エリアスに向かって深く一礼した。
「さあ、急ごう。日が暮れる前に、その厄介な館とやらへ」
スルタンの宮殿を見上げる街路を抜け、五人と一人の神官は、砂漠の風に吹かれながら罠に満ちた館へと歩みを進めた。