ロードス戦記のロードス島を舞台にした二次創作小説 作:シットライヌ
領主の館、その豪奢な正門前は、かつてない大混乱に陥っていた。
「光の裁きを受けよ、闇の眷属め!」
至高神ファリスの聖騎士が、誰に頼まれたわけでもないのに、正義の名の元に立派な門扉を大剣で唐竹割りに吹き飛ばした。
「ああ、何という乱暴な……怪我人はおりませんか? 妖魔であれ人であれ、マーファの癒やしは平等です」
門の残骸を踏み越えながら、マーファの司祭が慈愛に満ちた声で従者たちに語りかける。
「門番共! 我こそはマイリーの信徒! 腕に覚えのある者は前へ出よ!」
「ああっ、門の修理費はおよそ金貨三十枚といったところでしょうか……。当方、腕のいい大工と提携しておりまして……」
四人の神官戦士たちは、門番が止める間もなく、それぞれの教義に従って館の敷地内へと雪崩れ込んでいった。
その後ろから、五人の冒険者たちは呆れ顔でゆっくりと歩いていく。
「……あれじゃ、ただの山賊の襲撃だわ」
リアナが額を押さえてため息をつくと、ドワーフのバルゴがガハハと笑った。
「違いねえ。だが、おかげでこっちは素通りできるってもんだ。斥候の出番もなかったな、リュート」
「ああ、全く。だけど……気をつけろよ。中から『邪悪な気配』なんて欠片も感じない」
ハーフエルフのリュートが槍に手を添えたまま、鋭い耳をピクッと動かす。精霊使いのフィリアも「うん、風の精霊たちも『のんびりしてる』って言ってる」と無邪気に同意した。
弦九郎は無言のまま兜を深く被り直し、騒乱の中心となっている館の奥、見事な松が植えられた中庭へと足を踏み入れた。
そこで彼らが目にしたのは、血生臭い儀式でも、妖魔による凄惨な宴でもなかった。
「な、何事じゃお前たちは!?」
中庭の縁側に腰掛け、驚愕の声を上げたのは、この地の領主である初老の男だ。
そしてその隣には、彼を庇うように寄り添う一人の女性の姿があった。
艶やかな漆黒の肌に、流れるような銀糸の髪。ロードスにおける闇の妖精族たる「ダークエルフ」そのものである。だが、彼女は上質な和風の小袖を上品に着こなし、その手には、領主のために丁寧に剥かれた林檎が握られていた。
「あなた、下がっていてください。私が……」
ダークエルフの妻は、怯えるどころか凛とした態度で前に出ようとする。その瞳にあるのは邪悪な企みなどではなく、純粋な夫への愛情と心配だけだった。
「問答無用! 闇の妖魔め、その擬態を解け!」
空気を一切読まないファリスの聖騎士が大剣を振りかぶる。
「待てと言っているでしょう! まずは彼女の言い分を聞き……」
マーファの司祭が止めに入り、
「ふむ、女妖魔! その覚悟やよし! いざ尋常に勝負!」
マイリーの神官戦士が武器を構え、
「奥様、護身用の霊符はいかがですか? 今なら割引価格で……」
チャ・ザの神官が商談を持ちかける。
「もういい加減にしなさーい!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたリアナの一喝が、中庭に響き渡った。
彼女の杖の先から放たれた目くらましの魔法(ライト)がピカッと光り、四人の神官戦士たちは「目が、目がぁ!?」と悲鳴を上げてその場にうずくまる。
静寂を取り戻した中庭で、弦九郎がゆっくりと歩み出た。
「……領主殿とお見受けする。突然の非礼、平にご容赦願いたい。某は弦九郎。この者たちは、奥方が妖魔にすり替わり、あなたに呪いをかけていると聞き及んで参ったのだ」
領主はポカンと口を開け、隣のダークエルフの妻と顔を見合わせた。
「呪い……? 妖魔にすり替わるじゃと?」
領主は深々とため息をつき、愛妻の肩を優しく抱き寄せた。
「馬鹿馬鹿しい。儂らは三年前に出会い、心から愛し合って夫婦になったのだ。彼女は森で行き倒れていた儂を看病してくれた恩人であり、誰よりも心優しい自慢の妻である! 洗脳などされておらんし、すり替わってもおらんわ!」
妻であるダークエルフも、困惑したように微笑んだ。
「私はただ、この方と静かに暮らしたいだけなのです。お家騒動など、望んでもおりません」
「お家騒動……」
リュートが一歩前に出た。
「なるほどね。あんたの弟、幻蔵って言ったか。あいつが俺たちに『兄上はダークエルフに洗脳されて狂ってしまった』って泣きついてきたんだ。……どうやら、狂ってるのも、嘘をついてるのも、別の奴らしいな」
その言葉に、領主の顔色が変わった。
「幻蔵が……? 馬鹿な、あやつは次期領主の座を儂から譲り受ける約束に……いや、待て。最近、あやつの屋敷に奇妙な黒衣の僧侶たちが出入りしているという噂が……」
「黒衣の僧侶、ね。ラーダの神官として嫌な予感がするわ」
リアナが目を細めると、バルゴが斧を肩に担いでニヤリと笑った。
「へっ、謎が解けてきたじゃねえか。闇の種族である奥方の正体を利用して、領主の座を武力で奪い取ろうって腹だな。しかも……」
弦九郎が刀の鯉口をカチャリと鳴らす。
「裏で糸を引くのは、正真正銘の『邪悪』というわけだ」
その時、館の外から、先程までの騒ぎとは全く異なる、おぞましく重苦しい詠唱の声が響き始めた。