ロードス戦記のロードス島を舞台にした二次創作小説 作:シットライヌ
武器を構えるバルゴを、弦九郎が手で制した。
「待て。妖気や殺気はない。……御霊(みたま)よ、名は何と申される」
弦九郎が静かに問いかけると、美女の生霊はすがるような瞳を向けた。
「私はセシル……。愛するヴェイン様を待っているのです。私たちは一族の争いから逃れるために駆け落ちし、この古代の隠れ家に身を寄せました。でも、追っ手から逃れるための転移の扉を開くため、彼が迷宮の奥へ向かったきり……」
リアナが目を丸くする。
「古代の隠れ家……まさか、カストゥール王国の時代の話!? あなた、自分がどれくらいの時間ここで待っているか……」
「数時間……いえ、もしかしたら半日ほど経ってしまったかもしれません。あの方に何かあったのでしょうか」
リアナは小さく息を飲んだ。ロードス島で魔法帝国が崩壊してから、既に六百年以上の歳月が経過しているのだ。
「……彼女はアンデッドじゃないわ。強い想いと古代の魔法施設の影響で、本体から魂だけが抜け出した『生霊』よ。おそらく彼女の肉体は、この遺跡のどこかでコールドスリープのような魔法状態にあるんだわ」
「なるほどね。そのヴェインって男は、彼女を助けるために迷宮の仕掛けを解きに行って、途中でくたばっちまったってわけか」
リュートがため息交じりに頭を掻いた。
「六百年も待ち続けているなんて、ロマンチックだねぇ」
フィリアがのんきな声を上げる横で、弦九郎は静かに刀の柄を握り直した。
「……愛する女を置いて姿を消すなど、男の恥辱。そのヴェインとやらがどのような最期を遂げたのか、あるいは今も足掻いているのか。この弦九郎がしかと見届けよう」
「大将がやる気なら異存はねえ! どうせ奥に進まねえと出口もわからんからな」
一行はセシルの生霊を広間に残し、薄暗い迷宮の奥へと足を踏み入れた。
遺跡の内部は、エルフの森の地下とは思えないほど無機質で、複雑な魔法陣が壁の至る所に刻まれていた。
「足元に気をつけて。古代の魔法罠がまだ生きているかもしれないわ」
リアナが注意を促した直後。
カチッ。
「……あ」
先頭を歩いていたバルゴの足が、見事に床の沈み込みスイッチを踏み抜いた。
「バルゴ!! あんたってドワーフは!!」
「仕方ねえだろ! 罠感知はリュートの仕事だろうが!」
「俺は盗賊(シーフ)じゃない。大体調べる前にずかずか歩いていったのはお前だろ!」
言い争う二人の頭上から、轟音と共に巨大な石のガーゴイルが二体、天井から降ってきた。赤い目を光らせ、侵入者を排除すべく巨大な爪を振り下ろしてくる。
「風の精霊さん、やっつけてー!」
フィリアの無邪気な声と共に、不可視の風の刃がガーゴイルの翼を削り取る。バランスを崩した石像の懐に、弦九郎が疾風のごとく踏み込んだ。
「チェストォ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた一閃が、硬烈な石の胴体を袈裟懸けに両断する。
残る一体は、リュートの槍が目を射抜いた隙に、バルゴの重い斧が粉々に粉砕した。
「ふぅ、全く先が思いやられるわ……。怪我はない?」
リアナが杖を下ろして安堵したのも束の間、ガーゴイルが守っていた奥の扉の先に、奇妙な空間が広がっているのが見えた。
そこには、中央に透明な水晶の柱が立ち並ぶ部屋があり、その中の一つに、一人の若い男が閉じ込められていたのだ。
男は目を閉じたまま、まるで時が止まったかのように静かに眠っている。
「……おいおい、まさかこいつが」
バルゴが目を見開く。
リュートが水晶の柱に近づき、そこに刻まれた古代語を読み取った。
「『愛するセシルへ。我が命を魔力に変え、君の時を止める結界を維持する』……間違いない、こいつがヴェインだ」