ロードス戦記のロードス島を舞台にした二次創作小説 作:シットライヌ
古代語の碑文を読み終えたリュートの言葉に、リアナが悲痛な顔で補足した。
「……カストゥールの古代魔法『時間停止(タイム・フリーズ)』ね。でも、術者自身の生命力を動力源にするなんて無茶な使い方をすれば、当然術者は……」
「ヴェイン様……!」
背後から悲痛な叫び声が響いた。いつの間にか、広間に残っていたはずのセシルの生霊が、彼らの後を追ってきていたのだ。
彼女はすがるように水晶の柱に取りすがり、半透明の涙を流した。
「ああ、なんて馬鹿な人……。私だけを生きながらえさせるために、ご自身の命を投げ打つなんて!」
「……逃げたわけではなかったか。見事な覚悟だ」
弦九郎は兜を深くかぶり直し、静かに同情の意を示した。
「だが、このままではお前たちは永遠にこの冷たい迷宮に囚われたままだ。リアナよ、この術を解く手立てはあるか?」
「ええ。この中央の水晶を破壊すれば、彼女に掛けられた時間停止の魔法も、迷宮の封印も解けるはずよ。でも……」
リアナが言い淀んだ瞬間、地響きと共に部屋の奥の壁が崩れ落ちた。
濛々たる土埃の中から現れたのは、ミスリル銀で装甲された巨大な古代の鉄巨人(アイアンゴーレム)だった。
「やっぱり! 動力炉を破壊しようとすれば、防衛機構が作動するに決まってるわ!」
「おいおい、あんな硬そうなバケモノ、俺の斧でも歯が立たねえぞ!」
バルゴが焦りの声を上げるが、鉄巨人は容赦なく巨大な拳を振り下ろしてきた。
「フィリア、精霊の力で巨人の足元を崩せ! リュートは関節の隙間を狙え!」
弦九郎の的確な指示が飛ぶ。
「はーい! 大地の精霊さん、お願い!」
フィリアの呼びかけで石畳が波打ち、鉄巨人の姿勢が大きく崩れた。そこへリュートの投げ放った槍が、装甲の隙間にある魔法の伝導線を正確に撃ち抜く。
「今だ、大将!」
バルゴの合図とともに、弦九郎が地を蹴った。
「我が太刀筋、古代の鉄とて断ち斬らん!」
黒騎士の刀が青白い魔力を帯びる。リアナの魔力付与の魔法の効果だ——弦九郎の一閃が、巨人の胸部にある魔力中枢を見事に一刀両断した。
鼓膜を破るような轟音と共に鉄巨人が崩れ落ちると同時に、巨大な水晶の柱にひびが入り、粉々に砕け散った。
眩い光が部屋を包み込む。
光の中から、一人の青年の幻影がふわりと浮かび上がった。ヴェインの魂である。
六百年の時を経て、ついに二つの魂が向き合った。
『セシル……すまない。君をこんなに長く待たせてしまって』
『ヴェイン様……いいえ、貴方こそ、私のためにずっと……』
二人の生霊はしっかりと抱き合い、そして弦九郎たちに向かって深く、深く頭を下げた。
『名も知らぬ冒険者の方々。貴方たちのおかげで、私たちはようやく共に光の中へ還ることができます。心からの感謝を……』
優しい微笑みを残し、二人の魂は光の粒子となって、迷宮の天井へと吸い込まれるように消えていった。
それと同時に、迷宮全体が激しく揺れ始める。主を失った古代遺跡が崩壊を始めたのだ。
「脱出するわよ! 走って!!」
リアナの絶叫とともに、五人は元来た道を全速力で駆け抜けた。背後から迫る崩落の波を間一髪で躱し、開かれた入り口から外へとダイブする。
ズドオォォォン……!!
けたたましい音と共に、遺跡は完全に土砂の下へと埋もれ、ただの小高い丘へと姿を変えた。
「ゲホッ、ゴホッ……死ぬかと思ったわ……」
煤だらけになったリアナが地面に突っ伏す。
「全くだ。ロマンチックなのはいいが、結局、財宝の欠片も手に入らなかったじゃねえか」
バルゴが兜の砂を払いながら盛大にぼやき、リュートもやれやれと肩をすくめる。
弦九郎は静かに立ち上がり、崩れ去った遺跡に向かって一礼した。
「六百年の愛を成就させたのだ。武士の情けとして、無報酬でもよしとしよう」
「かっこつけてるけど、弦九郎の鎧、泥だらけだよー」
フィリアの無邪気なツッコミに、黒騎士は僅かに肩を落とした。
「……で? ここからどうやって森を抜けるのよ」
リアナの冷たい声が響く。周囲を見渡せば、相変わらず方向感覚を狂わせる鬱蒼とした「帰らずの森」が広がっているだけだ。
五人の冒険者たちの、迷子を抜け出すための果てしないドタバタ劇は、まだまだ続くのであった。