手柄は全て人に譲っていたら解雇されたので、僕は競合他社で働くことになった。なんか普通にやっていたらいつの間にかプロデューサーまで上り詰めてしまった。 作:主義
新しい会社に入社して一週間が過ぎた。
少しずつこの会社の仕事にも慣れてきた。
これからライバーの方とやり取りをする機会は増える仕事だ。しっかりと会社の人たちが使っているアプリケーションの全体の場所で挨拶は送った。
個人個人に送るよりも全体に送っておくぐらいの距離感で良いと判断した。急に見知らぬ人から個人チャットで連絡が来たらさすがに不振に思うかもしれないし。
そして後、何人かのライバーの方とは事務所で会った時に挨拶をした。何人か、前に勤めていた時に担当している方がコラボをしていたりと繋がりがある人もいた。あちらも僕のことを覚えてくれていたので、挨拶はスムーズだ。
そんな感じでどうにか新しい会社でもやれている。
―――――
今日もデスクワークをしていると隣のデスクの彼女から声を掛けられた。
「それにしてもあなたと同僚になるとは思いませんでした」
「それは僕も同じ気持ちです」
彼女の名前は
「でも、同僚になって思いますけど、あなたって人との距離の詰め方が上手いですよね」
「そうですか?」
「自分では分かっていないんですね。もちろん何度か面識があった人もいると思いますけど、それでもあそこまで出会ってすぐの人に話すのはあなたの裁量あってこそだと思いますよ」
確かに初対面の人と話が弾んだりすることはよくある。というか、それのお陰で前の職場でもライバーさんとの仲はある程度、良好だったと思う。
ライバーさんとは仕事の話以外もよくしていた。もちろん、無理強いとかはしないですけど、僕の最近会ったことを話したりして自己を開示することで、相手にも少しずつ開示してもらい、お互いに理解していこいという感じ。
そしてそういう些細な話をすることで、僅かな違和感も見逃さないようにしていた。ライバーに関して言えば、特に精神面でかなりダメージを受けてしまうことも多くある。そういうのを見逃していると最悪な結果になることもあるので、ライバーさんとの接し方や信頼関係は大事にしていた。
たぶん、その経験が活かされているんだと思う。
「僕はただ普通に話しただけですよ」
「あなたにとってはそうなんでしょうね。それがすごいんですよ」
「僕から見ると、木山さんがとても信頼されているように感じましたよ」
「まぁ…もう付き合いが長いからかな。デビューからずっと見てきた子もいるしね」
木山さんはこの会社の中ではかなりの古参だ。年齢は僕とほとんど変わらないものの、大学卒業してすぐに入社した。その当時はまだここまでVTuberが流行っていなかった。
まだ従業員が一桁しかいない時代から働いていた方だ。
木山さんはそんなすごい人だ。
――――――
仕事を続けていると連絡が来ていた。
相手は新崎せれなさん。
『こんにちは。忙しいところ悪いんだけど、この後ちょっとだけ話せないかな?』というメッセージが届いていた。
僕はすぐに『大丈夫ですよ』という連絡をした。
ライバーさんからの連絡は間髪入れずに返しておかないと何があるのか分からない。真剣な相談の可能性もある。そういう面から、早く連絡を返すことで相手に対して、自分があなたのことをちゃんと見ているというのを示すことができる。
社会人としては当たり前のことだけど、そういう風に相手に対して伝えることもできるのだ。
それから少しして、新崎さんから通話が掛かって来た。
「はい、三橋です」
「急に時間を取らせてごめんなさい、三橋さんも仕事が忙しいのに」
「全然大丈夫ですよ」
新崎さんの声からはあんまり異変を感じないけど、僕はここに勤めてまだ一週間だ。新崎さんと入社する前から面識はあったとしても、パーソナルな部分まで全て知っているわけではないから何とも言えない。
「三橋さん…って辞めることを誰かに伝えましたか?」
「一応、周りの人には伝えましたよ。同僚とかライバーさんにも」
「そうですよね。三橋さんはそういうところしっかりしているので、伝えていますよ」
「それがどうかしたんですか?」
「レイさんが私に「三橋さんがどこに行ったか知らない?知っていたら絶対に教えて欲しいんだけど」みたいなことを言っていまして。どうすればいいですかね」
辞める時はこれから先の未来が不透明だったので、次の就職先などは伝えられなかった。
でも、ここで渕上さんに伝えて、彼女のメンタルに影響が出るのは避けたい。別に僕がどこで仕事をしようと渕上さんには関係ないし、全然影響与えないとは思いつつも、彼女はとても優しい人だから僕は競合他社に転職したことを気にしてしまう可能性もゼロではない。
「僕としては渕上さんに伝えなくてもいいとは思いますが、これは渕上さんが新崎さんに聞いたことなので、新崎さんに任せます。もし、新崎さんが伝えるべきだと思ったのであれば伝えてもらっても構いません」
丸投げみたいになってしまって本当に申し訳ない気持ちだけど、これに関しては僕が決めてしまうと彼女たちの関係が悪い方向になった時に責任が取れない。
仕事関係であれば全ての責任を負えるけど、さすがに個人の関係に関しては負えない。
通話越しの渕上さんはしばらく沈黙を決め込んだ。たぶん、どちらを選べばいいのかはすごく悩んでいるんだと思う。
「新崎さん、ごめんなさい。僕がもっとしっかりしていれば前の職場で辞めることもなかったと思いますし。辞めなければこんな選択を迫ることはなかったですから」
「いえ、三橋さんの所為じゃありません」
その通話の中で、渕上さんは一つの結論に至った。
『伝えておきます』