手柄は全て人に譲っていたら解雇されたので、僕は競合他社で働くことになった。なんか普通にやっていたらいつの間にかプロデューサーまで上り詰めてしまった。 作:主義
今日はうちの事務所に所属している、土生《はぶみ》総司《そうし》さんのマネージャーとして働くことになった。
別に男性ライバーが少ないわけではない。でも、決して多いわけでもない。うちの事務所のライバー数は32人で、男性は10人だ。やはり女性ライバーが多くを占めているのは変わらない。
そしてなぜ、土生さんのマネージャーをすることになったのかと言えばそれは実に簡単でマネージャーが体調不良を起こしてしまったのだ。そこで白羽の矢が立ったのが僕だ。
普通であればこんな新米の僕じゃなくて、ある程度は実績のある人を選んだほうがいいとは思う。だけど、僕は上司から言われればそれを全うするしかない。なぜ選ばれたのかは分からないが。
土生さんとは初対面なんだよな。
そして予定されている時間に土生さんはしっかりと事務所に来てくれた。ライバーさんの中には時間にルーズな人も少なくない。それが前の職場も今の職場もそう変わらないことだと思っていた。
この事務所が比較的時間に対してルーズな人がいないのか、それとも土生さんが特殊なのかは分からないけど、時間通りに来てくれるのはありがたい。
現状の土生総司さんの第一印象としては派手な人。髪色は赤で装飾品も歩くだけで音が鳴るぐらいにはしている。目はカラーコンタクトをしているのか、赤い。でも、とても時間に正確な人。
「三橋晃一と申します。土生《はぶみ》さん、今日はよろしくお願いいたします」
「いえ、こっちこそよろしくお願いします」
土生さんは深々と頭を下げた。まさかこんな風にされるとは思っていなかった。もっと軽い感じで返されると思っていたので、こんな丁寧に対応されたことに対してさすがに驚いた。
そこから土生さんと今日の予定についての打ち合わせを済ませて、現場へと向かう。本当は直接現場に向かってもらっても別に問題なかったけど、今日は僕にマネージャーが変わったので来てもらった。
現場に着くと土生さんは慣れた感じで準備に取り掛かる。そんな姿を僕は後ろから見ていた。もちろん、スタッフさんや土生さんと一緒に収録するライバーさんにも挨拶を済ませた。
マネージャーの仕事はライバーさんが楽しく、安心して収録に挑めるようにすること。そのために本当のマネージャーさんから収録に臨む時、絶対に必要なものなどを聞いたりしたけど、マネージャーさんからは「そういうものはないです。土生くんは自分の用意は自分でしていまう方なので」と言われた。
どうやら本当に土生さんはそういう人らしい。
収録が予定通りに行われた。
土生さんをずっと見ていたけど、やはり彼のタレントとして持つものはすごいと再確認した。土生さんの現実の容姿とVTuberの時の容姿はもちろん違うものの、可能な限り頑張ろうとしているのはすぐにわかった。
それは初対面の装いだ。
一瞬、本当に『土生総司』というキャラクターが現代に現れたのかと思ったほどだ。それほどまでに彼は普段からなりきっている。
プロとしてのプライドが彼をそうさせるのかは分からないけど、それだけでも彼がすごいのは理解した。
「土生さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、三橋さん」
「素晴らしかったです。この後はどうされますか?」
「…事務所に戻ろうと思います」
「では一緒に帰りましょうか」
荷物などをまとめると僕は土生さんと一緒にスタジオを出た。
今日の土生さんの仕事としてはこのスタジオ収録だけだ。なので、態々事務所に戻って来る必要性はなかったけど、本人が戻って来たいというのであれば別に拒否する理由もないので受け入れた。
そして事務所に着くと、僕は仕事に戻ろうとしたタイミングで土生さんから声を掛けられた。
「どうしました?」
「今日は三橋さんが来てくださり助かりました」
「いえ、僕はただ立っていただけ。何もしていませんよ」
お世辞抜きに本当に何もしていない。僕としては何か言われればすぐにしようかと思っていたけど、本当に土生さんは一人で全てを完結させてしまう。
だけど、土生さんはなぜか首を横に振った。
「見てくれているだけでいいんです。誰かが俺のことを見てくれているだけで頑張れますから」
「…それで力になれたのなら」
「力になりました。だって、三橋さん、ずっと俺のことだけ見てくれていましたし」
「よ、よく…分かりましたね」
「分かります。人一倍、人の視線には鋭いつもりなので」
「そうですか」
確かにあの場において、僕はマネージャーとしてずっと土生さんのことを見ていた。目を離した瞬間があったとすればそれは瞬きのタイミングぐらいだと断言できる。
でも、それはマネージャーだからというだけではなく、単純に土生さんから目を離せなくなっていたのだ。
前にも似た体験をしたことがあるけど、やっぱり絶対に目を離せないと思わせるような方は存在する。
それが土生さんだった。
「間違いなく、今日の現場で一番土生さんは輝いていました。そして全てにおいて素晴らしかった。だからこれからもそんな土生さんで居てください」
素直な気持ちをしっかりと伝えた。
「新米が偉そうに言っちゃって、すいません」
ちょっと新米で言い過ぎちゃったかなぁと思ったけど、土生さんは笑顔だった。
「いえ、そう言ってもらえて自信を持てました。これからも頑張ります。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」