夜行バスで隣になった親子が自殺しに行くところだったので、考え直させて一緒に住んだら「あなたと結婚がしたいです」と言われたんだけど。 作:主義
「あなたと結婚がしたいです」
目の前の女性は僕に対して告白をした。
まさか自分も告白されるとは思わず、さすがに固まってしまった。
そしてそれに追い打ちを掛けるように、今度はその女性の後ろに隠れていた、少女が出てきた。
その少女は深呼吸を繰り返した後に、また息を吸い込んで吐くように言葉を紡ぐ。
「ぼ、ぼくもあなたのことがすきになっちゃいました!」
なんでこんなことになってしまったんだろうか。
―――――――
その日、夜行バスに乗っていたのは本当に偶然だった。
好きなアイドルのライブがあり、なるべく安く済ませるのはこれが一番だと考えたからだ。
そんな夜行バスに乗りながら僕は推しのアイドルの歌を聞きつつ、明日のライブへと気分を高めていた。
人が通る道を挟んで反対側には親子らしき二人が座っていた。
別に端から見れば普通の親子だ。
一つだけ言うとしたら、美形な人たちだというぐらいでおかしいところなんてない。それなのになぜか気になる。
そんな僕の視線に気付いたのか、母親らしき女の人が笑顔を向けてきた。
「あの…どうかしましたか?」
「いえ、すいません。綺麗な方だったので」
僕はそれだけ言うと逃げるように瞼を閉じて、イヤホンを改めて耳に入れて僕は自分の世界に飛び込んでいく。
それからどれだけ時間が流れたのか、正確に覚えてないけど、トイレ休憩の時間になった。
僕もトイレに行くためにバスを降りて、外へと出る。
外に出ると深夜というだけあって外の空気は冷たかった。11月ということを考えれば、昼間でも少しずつ寒くなっていく時期なので、夜なんてこんなものか。
トイレを済ませてバスに戻ろうとしたところで、誰かに肩を叩かれた。誰と思って振り返るとそこには…隣に座っている母親らしき人だった。
「…どうされましたか、先ほどのことが不快だったのであれば、改めて謝ります。誠に申し訳ありませんでした」
僕は頭を下げて、相手に許しを請う。
今の時代で知らない人から『綺麗』と言われるのはセクハラとかで訴えられる可能性があるのだ。そういう可能性があることを言うべきではなかったと今では反省している。
「いえ、不快だったなんてそんなことありません!」
なぜか少し語気の強い感じで母親らしき人が言い返してきた。
それにちょっと驚きつつも、なんか怒らせたかなと思っていると、母親らしき人が言葉を続ける。
「私って…最近、そんなこと言われたことなくてですね。あなたに『綺麗』と言われてすごく嬉しかったんです。もう腐ってしまったと思っていた私の心に少しだけ潤いが戻った気がしたんです」
まず、セクハラとして訴えられる感じではないことに安堵する。
そしてこんな綺麗な人だから、周りから『綺麗』とか普通に言われてそうなのに。
「だからお礼を言いたかったんです、お世辞でも『綺麗』と言ってくださってありがとうございます」
「いえいえ、本当に美しい方ですから。自然と口から出てしまったんです」
そこからちょっとだけ会話をした。
この方の名前は都村《つむら》成美《なおみ》というらしい。
都内で仕事をしていたらしいが、今の話になると濁されてしまったので言いたくないのだろう。
別に詮索されたくないことは普通にあるだろうし、僕とこの人は今日会ったばかりだ。今日というか数時間前にただ一言話しただけの仲だ。
そんな話をしていると、娘さんらしき人もトイレに行っていたらしき、トイレから出てきた。
すると娘さんらしき子は僕を一瞥すると、すぐに母親の後ろに隠れてしまう。
僕ってそんなに怖いかなぁ…。
「娘さんですか?」
「…そうです。私の娘の杏奈《あんな》です。ほら、杏奈、ご挨拶をして」
そう促されると娘さんはお母さんの後ろから出てきた。
「ぼ、ぼくは…杏奈です…」
それだけ言い終えるとまた後ろに隠れてしまう。
「すいません、この子極度の人見知りなんです。気を悪くしないでくださいね」
「別に構いませんよ。知らない男が話していたら、こういう反応になるのは普通のことだと思いますしね」
そしてそこで会話が途絶えると思いきや、成美さんが「なんで夜行バスに乗っていらっしゃるんですか?」と質問してきた。
僕は別に隠すことはないので、正直に答えることにした。
「僕、好きなアイドルがいるんです。そのアイドルのライブが明日で、普通に電車を乗り継いでいくよりも夜行バスの方が安く済むので」
「そうなんですね」
成美さんは笑顔を浮かべながら受け答えをする。隣から見た時も美人だと思ったけど、やっぱり美人だと改めて思った。
普通に『モデル』をやっていますとか言われても、信じるレベルだ。娘さんもお母さんの血を受け継いでいて、可愛い人だ。
うわぁ…。
こんなことを考えている自分に対して吐き気がした。
それに明日は推しのライブだ。今はそんなことよりも、アイドルのことを考えなくては。
でも、一応こっちの理由を尋ねてきたわけだし、僕も成美さんに「今回はどのような理由で夜行バスにお乗りになったんですか?」と質問した。
それに対して成美さんは間髪入れず、今までと変わらない笑みを浮かべたまま答えた。
「自殺しに行くんです」
「…?」
なにを言ったんだろう。
言葉として理解できても、頭が完全に理解することは時間が足りなかった。
数秒の沈黙の後に、僕から出てきたのは「じ、じさつ…?」というだけだった。
それに対しても成美さんは何一つ変わらぬ笑みを浮かべて答える。
「はい、私たちは死にに行くんです」
「…冗談はやめてくださいよ。真顔で冗談を言われたら信じちゃいますよ」
「いえ、本当です」
抑揚が全くない。
感情がまるでこもっていない。
たぶん、これは本当だ。
本当に彼女たちは死にに行くんだろう。
「娘さんも…ですか…?」
お母さんの後ろから出てきた娘は肯定的な意味であろう、顔を上下に動かした。
「なんでですか…?」
「私も娘の杏奈も、生きていて何もないからです。辛い日々を送るのはもう嫌なんです。生きながら地獄を味わうよりも、死んでしまった方が楽なんです」
理由も淡々と述べる。
それは本当にこれから実家に帰るんだと言っているかのようだ。
自分たちがこれから死ぬというのに落ち着き過ぎている。
この状況自体に恐怖を覚えつつも僕は二人に対して声を掛ける。
「でも、僕はあなたたちに死んでほしくありません」
ここで声を荒げたり、彼女たちの考えを否定するような行為はするべきではない。だって僕は二人のことを知らないから。
今日知り合ったばかりで会話だって、さっき初めてしたばかりだ。
この二人がどんな人生を歩んで、最終的に『死』に向かってしまったのかは分からないのだ。ここでは二人に寄り添いつつ、軌道修正をしていくぐらいしか僕にはできない。
「だから出来ることなら、あなたたちに生きていて欲しい」
「なんでですか、あなたと私たち親子は今日初めて会ったばかりです。それなのに、なんで生きていて欲しいんですか?」
僕は成美さんの言葉を理解できたが、どう返せばいいのか悩んでいた。
『なんで』
普通に死にたいと言っている人が目の前にいたら、少しは寄り添うものではないか。
「今日、初めてお二人に会った時に『綺麗』だと思ったんです。それが理由ではだめですか?」
「…ただ綺麗だから助けようと思っているってことですか?」
「そうですね。僕はあなたたちのような綺麗な方と過ごしてみたかったので、引き留めているだけです」
「あなたって変わっていますね」
「そうかもしれません。そう思われてもいいので、僕はお二人に生きていて欲しいんです。お金に困っているのであれば出来る限りお助けします、住む場所や食べることに困っているのであれば全て提供します」
僕に出来ることなどたかが知れている。
それでもこの二人に死なれるのは嫌だ。
僕に出来る範囲のことで、二人の死を食い止められるのであれば、どんなことでもしたい。
なんでこんなことを僕が今日会ったばかりの二人に思っているのかは分からないが、人間はそういうものなのかもしれない。
目の前に死にそうな人間がいたら、こんな風に助けたいと思うのかも。
「だから生きてみませんか?」
「…あなたにそんなことしてもらう程、私たちは価値のある人間ではないです」
「それを決めるのは僕です。僕はお二人にはとても価値があると思っていますし、あなたたちと生きたいと思っています」
なんか口説いているみたいだけど、今はそんなこと気にしていられない。
「…本当に私たちと生きたいんですか?」
「はい、一緒に生きたいです」
「…不思議な方です」
「そうかもしれませんね」
それからしばらく話して、僕は成美さんの口から「分かりました。では自殺は止めることにします」と引き出すことに成功した。
―――――――
それから数日して、僕は親子と一緒に生活することになった。