劇場版 HUNTER×HUNTER 終わらない祝祭(エンドレス・フェスティバル) 作:敦盛
三人は駅へ向かって走り、発車を知らせるベルが鳴り始めた頃、ようやくホームへ滑り込んだ。
アリアは肩で息をしていた。
それに対してゴンとキルアの両手には、いつの間に買ったのか分からないほど大量の食べ物が抱えられている。
駅弁、肉料理の詰まった弁当、サンドイッチ、果物、菓子、ジュース。
アリアは驚くほど大量の食料を見て、次にそれを抱える二人を見た。
何か言おうとしたが、発車ベルが鳴っている。
「さあ、乗って!」
三人は慌てて列車へ飛び乗った。
直後に扉が閉まり、ゆっくりとホームが遠ざかり始める。
開催都市までは、およそ一時間。
大旅行ではない。
ただ隣の都市へ向かうだけだ。
だからこそ、ゴンもキルアも、まだ本当に「ちょっと遊びに行く」程度の感覚だった。
列車が街を離れるにつれて、窓の外から建物が減っていく。倉庫や住宅が途切れ、やがて青々とした畑が広がった。作物が風に波打ち、遠くにはなだらかな丘と、そのさらに奥に山並みが見える。午後の陽射しが窓ガラスへ柔らかく反射していた。
けれどゴンは、そんな景色をほとんど見ていなかった。
膝の上に置いた一つ目の弁当を食べ終えると、迷うことなく二つ目を開く。
アリアが向かいの席からじっと見ていた。
「…すご」
ゴンが顔を上げる。
口いっぱいに飯が入っている。
「ん?」
「よく入るわね」
ゴンは飲み込んでから、元気よく答えた。
「うん!」
「あなた、本当にお腹すいてたのね」
アリアは染み染みと湧いて来た感想を述べながらジュースを飲む。
キルアもサンドイッチの包装を開きながら言う。
「こいつさ、これから自分の親父に会いに行くって時に盛大に腹鳴らしやがったんだぜ」
アリアは一瞬ぽかんとした。
父親との再会を前に緊張する少年と、その静寂を打ち破る盛大な腹の音。
想像したらしい。
数秒後、吹き出した。
「あはは! 何それ!」
「笑わなくてもいいじゃん!」
「だって!」
アリアはしばらく笑い続け、ゴンも特に気にした様子もなく、つられて笑った。
街で会ったばかりとは思えないほど、三人の距離は早く縮まっていた。
ゴンは初対面でもほとんど壁を作らない。アリアは気が強く、何か言われればすぐに言い返す。キルアはそんな二人へ呆れたり茶々を入れたりする。
気づけば、会話が途切れても気まずくないくらいにはなっていた。
アリアはそこで、街での出来事を思い出したように二人を見た。
「そういえば、結局あんたたちって何者なの?」
ゴンが弁当から顔を上げる。
「俺たち?」
「そう。念が使えるだけでも珍しいのに、あの二人をあっさり倒したでしょ。しかも、これから父親を探しに行くとか言ってるし」
ゴンは特に隠すことでもないと思ったのか、あっさり答えた。
「俺、ハンターだよ」
アリアが目を瞬いた。
「……ハンター?」
「うん。プロハンター」
今度はキルアを指す。
「キルアも」
「一応な」
キルアも軽く答えた。
アリアは二人を交互に見た。
街で自分を助けた時の動きを考えれば、ただの子供ではないことくらい分かっていた。それでも、まさか二人とも正式なライセンスを持つプロハンターだとは思っていなかったらしい。
「……あんたたち、その歳で?」
「俺は去年取ったよ」
ゴンが言うと、キルアも続けた。
「俺はこの前」
「この前!?」
アリアの声が車内へ響いた。
近くの乗客が何人か振り返る。
アリアは慌てて声を落とした。
「……ちょっと待って。プロハンターって、そんな簡単になれるものじゃないわよね?」
キルアは肩をすくめる。
「まあ、普通はな」
「普通はって何よ……」
ゴンはそんなアリアの反応を気にすることなく、次の弁当へ手を伸ばした。
「それで俺たち、今はジンを探してる途中なんだ」
アリアはしばらく二人を見たあと、深く息を吐いた。
「……なるほど。変な子供だと思ってたけど、想像してたよりずっと変なのね」
キルアが即座に返す。
「お前に言われたくねーよ」
「何ですって?」
アリアが膝の上へ置いていた包みへ手を添える。
ゴンが気づいた。
「それ、さっき言ってたやつ?」
「そう」
アリアは布越しに形を確かめるように撫でた。
「今日の祝祭歌を歌う時につけるの」
キルアがサンドイッチを食べながら尋ねる。
「わざわざ自分で取りに来たのかよ」
「昔から一族にある物だから」
アリアは窓の外へ視線を向け、流れていく田園を眺めながら言った。
「持ってた人が、私に直接渡したいって言ったの」
「へえ」
「……まあ、今回くらいはちゃんとしたかったし」
最後だけ、少し照れくさそうだった。
ゴンはそれ以上聞かなかった。
けれど、その品がアリアにとってただの衣装用アクセサリーではないことくらいは分かった。
会話はそのまま、音楽祭の話へ移っていった。
「去年も同じ音楽祭やったんだけどね。今年は比べものにならないくらい大きいの」
ゴンが弁当を食べながら聞く。
「去年も歌ったの?」
「もちろん」
「《陽だまりのコラール》も?」
「もちろん、歌ったわよ」
キルアが尋ねる。
「じゃあ毎年やってんの?」
「去年が最初で、まだまだ始まったばっかりなの」
アリアは指を一本立て、それから窓枠へ肘を乗せた。
「すごく評判よかったから、今年は国も企業もかなり力入れてるみたい」
前年の音楽祭は、今年ほど大きなものではなかった。会場も少なく、出演者も少なく、展示された祭具や資料も限られていた。
それでも、一族の歌、踊り、料理、工芸、衣装など、長い年月の中で各地へ散り、一部は忘れられかけていた文化を、可能な限り丁寧に紹介した。
アリアも、一族に伝わっていた発音と歌唱法で《陽だまりのコラール》を歌った。
それは一般客にも、一族の出身者にも好意的に受け止められた。
国にとっては融和事業の成功であり、一族側にとっても「自分たちの文化を物珍しい見世物として雑に扱われなかった」という、大きな実績になった。
アリアは少し誇らしそうに言った。
「去年の成功で、今年は『うちにある物も使っていい』って言ってくれる人が増えたんだって」
キルアが反応する。
「物?」
「昔のお祭りで使ってた道具とか、古い資料とか。私も詳しくは知らないんだけど」
ゴンは素直に頷いた。
「へえー」
食事も一段落した頃、車内は穏やかな静けさに包まれていた。
車輪が規則正しくレールを刻む音と、窓の外を流れていく景色。そして午後の陽射し。
アリアは何となく窓の外を眺めていたが、やがて本当に無意識だったのだろう、ごく小さな声で旋律を口ずさみ始めた。
歌詞はない。
短く、柔らかく、明るく、それでいてどこか素朴な旋律だった。
幼い頃から何度も聞き、何度も歌ってきたものなのだろう。本人には誰かへ披露しているつもりさえない。
ゴンは黙って聞いていた。
一度目。
二度目。
そしていつの間にか、同じ旋律がゴンの口から流れ始める。
アリアが勢いよく振り返った。
「……ちょっと待って」
ゴンも歌うのを止める。
「なに?」
「なんでもう覚えてるの!?」
ゴンは逆に不思議そうだった。
「え?」
首を傾げる。
「一回聞いたから」
「一回で!?」
キルアは慣れた顔で言った。
「こいつ、こういうの妙に早いんだよな」
「いや何で?」
アリアは納得できない顔で二人を見た。
その旋律こそ、一族へ伝わる《陽だまりのコラール》だった。
けれど、この列車の中にいるのは三人だけ。祭具もない。正式な歌唱でもない。何よりアリアは発を使っていない。
ただの鼻歌。
ただの旋律。
だから何も起こらない。
車輪の音と、二人のくだらない言い合いだけが続いていった。
やがて田園が減り、窓の向こうへ少しずつ建物が増えてくる。倉庫、工場、高層建築。それぞれの方向から伸びてきた何本もの線路が、駅へ向かって束ねられていく。
さらに建物の壁面には垂れ幕が下がり、街灯には色鮮やかな旗が取り付けられていた。
列車が都市へ近づくにつれて、街全体の色が華やかになっていく。
駅前に立つ巨大な広告塔には、今回出演する歌手たちの顔が何人も並んでいた。
そして、その中央にはひときわ大きな写真がある。
ゴンが窓へ顔を寄せ、外を流れていく景色へ目を凝らしていた。その視線が駅前の巨大な広告塔へ向いたところで、突然ぱっと表情が明るくなる。
「あっ!」
ゴンは窓の向こうを指差した。
「あそこの看板アリアだ!」
「え?」
自分の名前を呼ばれ、アリアもつられて窓の外へ目を向ける。
キルアも何事かと視線を上げ、ゴンが指している広告塔を見た。
そこには今回の音楽祭へ出演する歌手たちの写真が並び、その中央には、ひときわ大きくアリアの姿が掲載されている。
華やかな衣装を身につけ、いかにも人気歌手らしく微笑んでいる広告の中の少女と、向かいの座席へ座っている本人。
キルアはその二人を交互に見比べた。
「おっ、ホントだ」
キルアは少し意外そうに眉を上げた。
「お前って、思ってたより大々的に飾られてんじゃん」
アリアの眉がぴくりと動く。
「だから言ったでしょ! 私、有名な歌手なんだって!」
ゴンは広告塔を見上げたまま、素直に感心していた。
「すごいね、アリア!」
「でしょでしょ!」
ようやく欲しかった反応が返ってきた。
アリアの口元が少し得意げに緩む。
そこへキルアが言った。
「さっきまで路地でナンパ野郎とトラブってた奴とは思えねーな」
「余計なこと言うな!!」
ゴンが笑った。
駅が近づくにつれ、車内にも祭りへ向かうらしい乗客が増えていた。アリアの広告を見ながら話している人もいる。
「あの子、今日歌うんだよね」
「去年もすごかったらしいよ」
そんな声が小さく聞こえてくる。
アリアはそっと窓へ顔を向けた。
少しだけ落ち着かない様子だった。
キルアは見逃さない。
「何、照れてんの?」
「照れてないし!」
「顔赤いぞ」
「夕陽のせい!」
「まだ昼間だろ」
「うるさい!」
やがて列車が大きく速度を落とし、ホームが見え始めた。
アリアが立ち上がる。
「ほら。着いたわよ」
荷物を抱え直す。
ゴンとキルアも窓の外を見る。
駅の向こうに、人、旗、音楽、飾りが見える。
街全体が、すでに祭りの中にあった。
三人を乗せた列車は、ゆっくりと祝祭に包まれた都市へ滑り込んでいった。