劇場版 HUNTER×HUNTER 終わらない祝祭(エンドレス・フェスティバル) 作:敦盛
国際音楽祭は、単なる音楽イベントではなかった。
もちろん、有名歌手が出演し、観光客が集まり、企業がスポンサーとなる。表面だけを見れば、大規模な音楽祭だ。
けれど、その開催にはもっと長い歴史が関わっていた。
かつては土地開発など、様々な理由で国と対立し、各地へ散っていった一族。その末裔たちと国との融和。そして、散逸し、失われつつある一族文化の保存と復興。
その二つが、祭典のもう一つの目的だった。
国の役人、開催都市の行政、各地へ散った一族の末裔、民間企業、音楽関係者、歴史学者、考古学者、民族学者、言語学者、美術品の保存修復を専門とする者、イベント運営会社、警備、医療。
数え切れないほど多くの人々が、去年の祭りが終わった直後から準備を重ねていた。
前年、初めて同じ趣旨の音楽祭が行われた。
規模は小さかった。
まだ国側にも一族側にも警戒があった。一族側が「文化が観光のためだけに利用されるのではないか」と疑う一方で、国側も「かつて対立した一族が集まることによる不穏な動きや治安悪化」を深く警戒していた。
それでも、蓋を開けてみれば、一族の歌や踊り、料理、工芸、衣装、口伝は可能な限り一族側の監修を受け、その背景まで含めて紹介された。
借り受けた品も丁寧に扱われ、雑な脚色もなかった。
一般客も楽しんだ。
一族の老人たちも、祭りが終わる頃には少しだけ表情を緩めていた。
それが今年へ繋がった。
国からの予算が増え、スポンサーが増え、会場が増え、研究者が増えた。
そして何より、「信用」が増えた。
昨年の祭りを見た一族や所有者から、次々と連絡が入った。
去年あれだけ丁寧に扱ってくれたのなら、今年はこれも貸していい。
家の蔵に、昔の祭具らしいものがある。
祖父から受け継いだだけで用途は分からないが、文化復興に役立つなら寄贈したい。
国外へ流れた品の所在を知っている。
親戚の家にも似たものがある。
前年の成功そのものが、さらに多くの「本物」を集めるための信用になったのだ。
そんな祭りへ、ゴンとキルアは何の事情も知らないまま足を踏み入れた。
駅を出た途端、空気が変わった。
笛や弦楽器、太鼓の音が重なり、あちこちから拍手と笑い声が聞こえてくる。屋台から立ち上る煙には甘い匂いと肉の焼ける匂いが混じり、頭上では鮮やかな布と旗が風になびいていた。
広場では民族衣装を着た踊り手たちが輪になり、その周囲で観光客まで真似をして踊っている。少し離れた通りでは、数人の若者が伝統楽器を現代風に演奏していた。
屋台へ並ぶ料理も様々だった。古い一族料理をそのまま再現したものもあれば、観光客が食べやすいよう現代風にアレンジされたものもある。
工芸区画では刺繍、木彫り、織物、金属細工の職人たちが目の前で手を動かし、その横では子供向けに簡単な模様を作る体験会まで開かれていた。
アリアは街を見渡した。
自分が知っている去年とは、明らかに違う。
「今回は去年よりずっと大きなお祭りなのよ」
少し誇らしそうに言う。
キルアが横目で見る。
「自分が主役だからって調子乗ってない?」
「なっ」
アリアが振り返る。
「失礼ね! ちーっとも乗ってないから!」
「今ちょっと胸張ったじゃん」
「張ってない!」
ゴンはもう二人の話を聞いていなかった。
あちこちへ目が移っている。
「キルア!」
通りの向こうを指差す。
「あれ見ようよ!」
「おい、勝手に行くなって!」
「アリアも!」
「ちょ、引っ張らないで!」
三人はそのまま人混みへ飲み込まれていった。
列車で大量の弁当を食べたばかりだというのに、ゴンは数分も経たず屋台の前へ止まった。
鉄板の上では大きな串肉が焼かれ、香辛料と肉汁の匂いが立ち上っている。
ゴンの目が輝いた。
「うわ、なんだろう、あの料理!」
キルアが呆れる。
「ゴン、お前食いもんばっかかよ」
「そういうキルアだって」
ゴンは横の屋台を見る。
色とりどりの菓子が並んでいる。
「さっきから色んなお菓子見てるけど?」
キルアの視線が一瞬止まった。
「お菓子は別もんだろうが!」
「何が違うの?」
「生きがい」
アリアが吹き出す。
「そういう所は年相応の可愛らしさね」
「うるせー」
「今お菓子買ったでしょ」
「うるせー」
三人は笑いながら祭りの中を歩いていった。
広場では子供たちが民族衣装を着せてもらい、家族と写真を撮っている。
その近くを、小さな男の子が母親と手を繋いで歩いていた。もう片方の手には風船を持っている。
母親が屋台を指差した瞬間、男の子の手から風船の紐が抜けた。
「あっ」
風船がふわりと浮かぶ。
子供が慌てて手を伸ばすが届かず、風に乗ってさらに高く上がっていく。
「ぼくの……」
泣きそうな声が漏れる。
母親も見上げた。
「ごめんね、もう届かないわ」
その横から、ゴンが一歩前へ出た。
足へオーラを集め、膝を沈めて地面を蹴る。
普通なら考えられない高さまで、一気に身体が跳ね上がった。
周囲の何人かが驚きの声を上げる。
「あっ!」
空中でゴンの手が風船の紐を掴む。
そのまま身体をひねって着地すると、何事もなかったように男の子へ差し出した。
「はい」
子供が目を丸くする。
母親も驚いたまま、一拍遅れて頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
男の子の背中へそっと手を添える。
「ほら、お兄さんにお礼言いなさい」
男の子は戻ってきた風船をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
ゴンも笑う。
「うん!」
親子は手を繋ぎ、何度か振り返りながら去っていく。
そのすぐ近くでは、別の親子が透明な展示ケースを覗き込んでいた。
中へ収められているのは、古びた一枚の鏡だった。
鏡面は少しくすみ、金属製の縁には植物文様とも文字ともつかない細かな模様が刻まれている。
子供がケースへ顔を近づけた。
「これなに?」
母親が説明板を読む。
「えーっと……昔のお祭りで使ってた鏡なんだって」
説明板には、ごく短い解説しかなかった。
一族に伝わる祭礼用の鏡で、祝祭の際、各地で用いられたと考えられていること。年代、発見地、所有者。
それだけだ。
子供はすぐに興味を失い、隣の展示へ走っていく。
母親もその後を追った。
誰も、その鏡の縁へ刻まれた模様をそれ以上気に留めない。
誰も、その鏡が本当は何をするためのものだったのかを知らない。
そしてその時点では、ゴンもキルアも、その展示へ特別な注意を払わなかった。
祭りの中にある、数ある古い品の一つ。
ただそれだけだった。
⸻
集まる祭具
今回の音楽祭には、離散によって各地へばらばらになっていた一族の祭具も、可能な限り集められていた。
ある物は一族の家で代々、意味も分からないまま保管されていた。ある物は旧家の蔵の奥で埃をかぶり、ある物は博物館へ寄贈され、単なる地方祭礼の道具として展示されていた。
何代も前の収集家が買い付け、国外の資産家の屋敷へ渡った物もある。そして前年の音楽祭をきっかけに、初めて一族の品だと判明した物もあった。
前年まで、多くの所有者は慎重だった。
国へ渡したくない。
政治利用されたくない。
見世物にされたくない。
壊されたら困る。
一度貸したら返ってこないかもしれない。
そう考え、協力を断った者も多かった。
けれど昨年の実績が、少しずつそれを変えた。
文化財を丁寧に扱った。一族側の意見を聞いた。展示の意味を勝手に変えなかった。借りたものは約束通り返した。
一つ一つは地味なことだった。
けれど、その積み重ねが信用になった。
今年、前年とは比較にならない量の文化財が集まった。
それは数か月、物によっては一年近く、行政職員や研究者たちが所有者へ説明し、保険を用意し、輸送方法を調整し、頭を下げ続けた成果でもあった。
そして集まったのは、物だけではない。
研究そのものも、前年の祭りを境に大きく進んでいた。
昨年、展示を見た一族の老人が「昔、親戚の家で似た物を見た」と思い出した。
ある家族は復元された歌詞を見て、「祖父の残した古文書に似た言葉がある」と気づいた。
それまで別の国、別の町、別の博物館、別の家庭へ散り、互いに何の関係もないと思われていた資料が、初めて同じ机の上へ並んだ。
歴史学、考古学、民族学、言語研究、音楽史、保存修復。それぞれの専門家が、一つの祭礼を中心に資料を繋ぎ合わせていった。
その結果、祭具の用途や祭礼の順番、人々の配置、祭具が置かれた地域など、少しずつ当時の姿が見え始めていた。
ゴンたちが大通りを歩いている横を、一台の大型搬送車がゆっくりと通過していく。
荷台には人間より遥かに大きな木箱が積まれ、周囲をスタッフが囲み、通行人が近づかないよう声を上げていた。
「中央展示用の像、搬入します!」
「段差気をつけろ!」
「そこ、ゆっくり!」
別の男が箱の角を確認する。
「細部にも傷つけるなよ! 手垢や擦り傷すらつけるな! 保険の額だけでも洒落にならないからな!」
ゴンが振り返った。
木箱の隙間から、ほんの一部だけ中身が見える。
女性の顔だった。
穏やかに目を伏せた、古い石像。
何百年も昔の物とは思えないほど、その表情だけは柔らかかった。
前年には存在しなかった祭具である。
昨年以降に提供された資料を手掛かりに、ようやく所在が判明した。一族の祭礼に関係する品である可能性が高く、所有者との交渉には長い時間がかかった。
破損時の補償、輸送、展示環境。そのすべての条件を満たし、今年初めて貸し出された。
研究者たちは、それを祭礼における中心的な象徴だったと考えた。
だからメイン会場へ置く。
それもまた、文化考証としては間違っていなかった。
同じ頃、各地から集められた鏡型祭具も複数の展示会場へ運び込まれていた。
前年、本物と確認できたものは数枚しかなかった。
今年は違う。
貸し出し、寄贈、新たな発見によって、本物の数が大幅に増えている。
研究者の一人が配置表を確認した。
「第二展示場に一枚」
スタッフが書類へ印をつける。
「はい」
別の者が聞いた。
「北広場にも一枚ですね」
「資料にある地域ごとの配置を参考にしてください」
「向きは?」
「現時点で確証はありません。展示上自然な向きで構いません」
前年度以降の研究で、かつて鏡は一か所へ集められていたのではなく、祭りの範囲へ分散して配置されていた可能性が高いところまで判明していた。
ならば、今年はそこも再現する。
研究者としては当然の判断だった。
中央には女性像が置かれ、都市各地には本物の鏡が古い記録に沿って配置されていく。そこに間違った判断も悪意もなく、研究者たちはただ、分かっている範囲で当時の祭礼を忠実に復元しようとしていただけだった。
そうして一枚、また一枚と、鏡が互いに離れた場所へ配置されていった。