劇場版 HUNTER×HUNTER 終わらない祝祭(エンドレス・フェスティバル) 作:敦盛
会場入口へ着いた途端、一人の若い男性スタッフがアリアを見つけた。
目が合った次の瞬間、その顔いっぱいに安堵が広がる。
「あー!? アリアさーん!」
人を避けながら走ってくる。
「うわ」
アリアが少し引いた。
スタッフは目の前まで来ると、膝へ手をついて息を整えた。
「はあ、はあ……よかった……間に合った……!」
顔を上げる。
「みんな間に合うか心配して待ってましたよ! まもなく本番前リハーサル始まります!」
アリアは少しばつの悪そうな顔をした。
「うん、分かってるわよ!」
スタッフの視線が、彼女の抱えている包みへ止まる。
「あ、それ、ちゃんと受け取れたんですね」
アリアは包みを軽く持ち上げた。
「もちろん」
一瞬だけ、先ほど渡してくれた老人の顔を思い出す。
それから少し不機嫌そうに付け加えた。
「忙しい時にわざわざ隣の市へ取りに行って、変なのに絡まれたせいで遅れそうになったけどね」
「去年の評判がよかったから、今年は一族の皆さんもかなり協力してくれてるんですよ」
「だからって、私まで取りに行かせなくてもいいと思うけど」
アリアは包みを見た。
「直接渡したいって言われたんだから仕方ないでしょう」
アリアも、それ以上は文句を言わなかった。
「……まあ、その気持ちは分かるけどね」
少しだけ笑う。
そしてゴンとキルアへ振り返った。
「ゴン、キルア」
二人も見る。
「ここで一旦お別れね」
アリアは少しだけ歌手らしい顔をして言った。
「ライブ、楽しんでね」
ゴンが元気よく手を上げる。
「うん! じゃあまたあとでね、アリア!」
アリアも手を上げかけた。
けれど途中で止まり、二人へ人差し指を向ける。
「絶対来なさいよ!」
キルアが半眼になる。
「念押ししなくても、チケット渡したのお前だろ」
「うるさい!」
「行くって言ってんじゃん」
「なら返事しなさいよ!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「面倒くせー奴」
スタッフが慌てて二人の間へ入った。
「まあまあ、アリアさん! 本当に時間ありませんから!」
時計を見る。
「あ」
アリアも時間を思い出した。
「そうだった!」
スタッフに連れていかれるように会場奥へ向かう。
途中で一度振り返り、二人へ手を振った。
ゴンも大きく手を振り返す。
キルアは片手だけ上げた。
やがてアリアの姿は関係者通路の向こうへ消えた。
ゴンはその方向を少し見ていたが、すぐに振り返る。
「キルア」
「何?」
「次どこ行く?」
「切り替え早っ」
二人は再び、祭りの中へ戻っていった。
ライブまでは、まだ少し時間があった。
ゴンとキルアはアリアと別れてからも、大通り、工芸区画、小さな演奏ステージ、展示、屋台と、あちこちの会場を回っていた。
かなりの場所を見たところで、キルアが周囲を見回す。
「しかし、ライブまでまだ時間あるよな。何処見て回る?」
ゴンも立ち止まって少し考えた。
「あらかた見たけど、まだ見てない所も――」
その時だった。
人混みの向こうから、祭りの音にも負けない、妙に聞き覚えのある大声が響いた。
「だから親父!これ高ぇっつってんだろ!!」
二人の耳が同時に反応する。
ゴンとキルアは顔を見合わせた。
まさか。
同時に声のした方を見る。
物販売り場には限定グッズ、CD、ポスターが並んでいる。
その一角で、店主らしい中年男と値段交渉をしている長身の男がいた。
スーツに眼鏡。
片手にはCD。
もう片方の手で値札を指差している。
「この値段はねーだろ!」
「限定盤なんだよ!」
「だからって相場より高すぎるっつってんだよ!」
「嫌なら買うな!」
「そういう話じゃねえ!」
見間違えるはずがない。
ゴンの顔が一気に明るくなる。
「レオリオ!」
男が勢いよく振り返った。
「ゴン!?」
声がさらに大きくなる。
その隣にいる白髪の少年を見て、さらに目を見開いた。
「それにキルアも!!」
ゴンが人を避けながら駆け寄る。
「なんでここに!?」
キルアも意外そうだ。
「医者の勉強どうしたんだよ?」
レオリオは、さっきまで値切っていたことなど忘れたように胸を張った。
「学校の現場実習で来てんだよ! 夜からが本番! 今は休憩中だ!」
この規模の音楽祭となれば救護体制も大きい。
簡易救護所、搬送車、看護師、医師、医学生。複数のチームが準備されている。
レオリオは医学校の実習の一環として、その救護部門へ参加していた。
キルアはふと、レオリオの手へ目を落とす。
CD。
そして商品棚。
ジャケットにはアリアの顔が大量に並んでいる。
レオリオも気づき、一枚を持ち上げた。
「この子、今回のメインなんだぞ。結構有名な歌手なんだぜ」
ゴンが普通に答える。
「あ、アリアだ」
レオリオが止まった。
「……は?」
ゴンを見る。
「ゴン、お前知り合いなのか!?」
キルアが代わりに答えた。
「途中で拾った」
「歌姫を野良猫みてーに言うな!!」
「変なのに絡まれてたの助けたら、お礼にチケット貰った流れで音楽祭見に来たんだよ」
「流れで歌姫助けて、ライブに誘われるとか、なんちゅー羨ましい奴らだ!」
しばらくして、三人は一緒に街を歩き始めた。
レオリオは実習先で聞いた話を思い出しながら、祭りについて教える。
「去年もやったらしいんだけどな。評判よかったんで、今年は一気に規模広げたらしいぜ」
レオリオはそう言いながら、通りの両側へ並ぶ展示会場や、その間を行き交う大勢の観光客へ視線を巡らせた。
昼間から人の数は多かったが、夕方が近づくにつれてさらに増えている。遠くの広場からは楽器の音が絶えず聞こえ、展示会場の入口にも人だかりができていた。
ゴンが隣を歩きながら頷く。
「アリアも言ってた! 去年よりずっと大きいって」
「だろ?」
レオリオは少し先にある展示場へ顎を向けた。
透明なケースの中には、古びた装身具や木製の祭具、金属細工の施された器が並んでいる。その一角には、昼間にも見た鏡型の祭具が飾られていた。
「今年は、昔ばらばらになった祭具まで世界中から借りてきたらしいぞ。国外まで流れてた物もあるって話だ」
キルアも歩きながら展示へ目を向ける。
「ああ。それもアリアから聞いた。さっき見た鏡とかか」
「多分な」
レオリオは展示ケースの前へ立つ人々を横目で見ながら続けた。
「去年の祭りで、借りた物をちゃんと扱って、終わったら約束通り返したんだと。それで一族側にも『ここになら預けていい』って思う奴が増えたらしい」
ちょうどその時、ケースの前では係員が一組の家族へ展示物の由来を説明していた。少し離れた場所では、一族の老人らしい男が、若い研究者と何かを話しながら古い刺繍を眺めている。
レオリオはそんな光景を見て、少し感心したように鼻を鳴らした。
「信用ってのは、一回作るまでが大変だからな。今年これだけ集まってんのも、去年ちゃんとやった結果ってわけだ」
ゴンは改めて展示会場を見渡した。
昼間にはただ古い物がたくさん並んでいるとしか思っていなかった。けれど、その一つ一つが、長いあいだ別々の場所へ散っていたものだと知ると、少し見え方が変わってくる。
「へえー。じゃあ、これ全部集めるの大変だったんだね」
「中には寄贈した奴までいるらしいぞ」
キルアが少し驚いた。
「そんなに信用されてんだな」
「そりゃ去年の実績があるからな」
レオリオは腕を組み、そして少し遠い目をする。
「で、そのおかげで今年はどんだけ金と手間かけたんだって話だ」
キルアが呆れた。
「結局そこかよ」
「おいおい! 文化事業は金かかんだよ! 運営費! 輸送費! 保険! 人件費!」
「はいはい」
「お前らその辺分かってねーだろ!」
三人のすぐ後ろを、昼間の親子連れが通り過ぎていった。
母親が男の子へ屋台を指す。
「ほら、あそこに甘いお菓子あるわよ。食べようか?」
男の子は、ゴンが取ってやった風船を抱え、嬉しそうに頷いた。
「うん!」
風船はまだ、しっかりとその小さな手の中にあった。
三人で祭りを見ている途中、レオリオがふと思い出したように言った。
「そういや、クラピカもこの街にいるらしいぞ」
ゴンが勢いよく振り向く。
「クラピカも!?」
キルアも目を丸くする。
「なんで?」
「ノストラードファミリーの仕事だとよ。詳しくは聞いてねーけど」
レオリオは肩をすくめた。
ゴンの顔が一気に明るくなる。
「じゃあクラピカも呼ぼうよ!」
「俺もそう思って、さっき連絡したんだけどよ……」
レオリオは自分の携帯を見せる。
表示は返信なし。
ゴンはすぐに自分の携帯電話を取り出し、番号を選んで発信した。
呼び出し音が一回、二回、三回。
けれど繋がらない。
「……繋がらないね」
キルアは特に気にした様子もない。
「仕事中なんじゃね?」